続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

マグリット『世紀の伝説』

2017-10-15 07:00:50 | 美術ノート

 『世紀の伝説』

 石化した椅子が地上(あるいは海底か…)に鎮座しており、その上にも小さな木工の椅子が乗っている。ゆえに、石化した椅子は巨大に、木工の椅子はごく小さく見える。
 人の視点はおそらくこの小さな椅子に準じた大きさと思われ、この石化した椅子を見上げている。他にはまばらに岩石が散在するだけで何もない光景であり、背景は空とも海とも思える清明な空間である。

 世紀(The Centuries)というのはCentury・100年、キリストの生まれた年を第一年としたもの、つまり諸々の偉大な伝説というよりキリスト教の伝説という意味合いではないか。
「偶像を模ってはならない、わたしは岩である」という旨の神(エホバ)に対し、人間として生まれたキリストを神である岩に鎮座させたという光景と思われる。

 ずっと遥か高いところに祀り上げられたキリスト(木工の椅子)は到底昇り得ない高所である神と共に在る。

 そしてずっとずっと先の未来にも、もしかしたら語り継がれるであろう伝説は、このように象徴化され、謎のような痕跡を残すかもしれない。
(絶対と確信しているような伝説も宇宙時間で図るような未来においては不明な形態として迷宮に残存するのみである)


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)

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『どんぐりと山猫』10。

2017-10-15 06:39:29 | 宮沢賢治

 一郎は滝に向いて叫びました。

 一郎はイツ・ロウと読んで、逸、糧。
 逸(隠れた)糧(物事を養い育て支えるのに必要な物)としたけれど、
 逸(優れたもの)が露(現れる)とも読める。


☆逸(優れたもの)が露(現れる)糧(物事を養い育て支えるのに必要な物)の講(話)は、教(神仏のおしえ)である。

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『城』2782。

2017-10-15 06:24:46 | カフカ覚書

と言いますのは、それならそんなつまらない手紙を届けるような仕事になぜ汲々としているのか、なぜ言葉と行動が矛盾したようなことをしているのか、なぜこの手紙の受取人であるあなただけでなく、手紙を託した差出人までもあざむくのか、そもそも仕出し人が手紙を託したのは、受取人にわざわざ要らぬ説明なんかして、手紙の価値をさげてもらうためではなかったはずだ、ということになってしまうからです。


☆わたしたちはあなたを受取人としないで、なぜわたしたちの任務としたのか確実な証明がありません。そして、わたしたちの説明を通し、あなたが受け取る(死にいく)という価値を低下させているのです。

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