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続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

マグリット『ユークリッドの散策』

2015-07-21 06:33:55 | 美術ノート
 室内からの眺望。イーゼルに立てかけられたキャンバス(画布)には、あたかも眺望に合致する景色が描かれているという作品。

 一見すると、酷似した二つの三角形を認識せざるを得ない構図がある。 
 円錐形の尖った塔は、円錐形を平面にした(長い)三角形と相似形に描かれているからで、陰影の効果もあって錯視という現象が起きる(ように描いている)。

 もちろん凝視すれば、それは異質のものであることは判明する。
 しかし、塔が円形であることが、道が垂直に伸びて作る三角形と角度的に相似形を作る原因になっている。 絵画の中の絵画という二重の虚空間であることは現実とのズレを曖昧にしてしまう。
 画布に描かれた景色は画布の向こうの景色に一致しないかもしれないのに、接触面においてのつながりによって同質の景色を想定させる。
 そして絵の中の絵の地平線は平らであり、円錐形のものの頂点は一点に結ばれ、平行な道の消失点もまた一点に結ばれる(遠近法)という想定はまがうことなく、当然の帰結をもたらす。しかし、もしかしたら…異形の景色が存在するかもしれないという疑惑が残らないとも限らない。その振幅が散策の途中の景色である。

 室内の設えである濃い茶のカーテンは真っ直ぐ垂直に下がり、窓枠は水平に横に伸びていること等の強い認識のもと、景色やその中にある複製の景色への認識は弱められてしまう。しかし、にもかかわらず、外の景色や画布の中の外の景色に惹きつけられるのは、室内の強い直線以上に意味を有しているからである。人の視線は通常との差異に関心を示すものであるから、視覚作用はその微妙な力関係に惑いを生じてしまう。

 絵画は二次元の作品である。その中に描かれる三次元は二次元においての複写であり、この作品の直観的認識は二重の作意によって鑑賞者を誘い込む散策だといえるかもしれない。

《こう在るはずだ、こうに違いない》という空間認識の観念、思い込みを巧みな計算で提示している。気づくまでの心理的散策には不思議な誘因力がある。


(写真は『マグリット』㈱美術出版より)

『銀河鉄道の夜』23。

2015-07-21 06:20:17 | 宮沢賢治
そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。


☆題(テーマ)の意(考え)を註(解き明かす)衝(重要なところ)は、字に兼ねている。
 字を利(都合よくする)化(形、性質を変えて別のものになる)の弐(二つ)を兼ねた話である。

『城』2028。

2015-07-21 06:03:55 | カフカ覚書
 ただひとつおどろくべきことには、すくなくとも橋屋では、シュヴァルツァーのことがある種の敬意をもって語られるのであった。それも、りっぱなことというよりも滑稽なことが話題になぅている場合でさえ、そうであった。そして、ギーザも、この尊敬の念にいっしょに加えられているのだった。


☆ただ驚くのは、すくなくとも仲介のハロー(死の入り口)ではシュヴァルツァー(影の人)のことが先祖の良心として尊敬を持って語られるのであった。その時でさえ、むしろ馬鹿げたことであっても敬意をもって語られた。ギーザ(総体)もまた、これら尊敬の念に共に含まれるのだった。