続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

距離。

2014-05-26 06:39:33 | 日常
 仕事は外注のため、受けるにしろ届けるにしろ、電車やバスを乗り継いで出向いた。京急上大岡駅から笹下町あるいは中永谷、京急日の出町駅から天神橋、横浜駅から相鉄線で大和、京急杉田駅から徒歩・・・随分あちらこちらの会社にお世話になったものだと今さらながらに思う。
 ため息が出るほどの距離を、何とも思わず鉄砲玉のように飛び出し、伝書鳩のように帰ってきた。しかもそのいでたちと言ったら近所の小母さんとしか思えないようなラフ・・・というかだらしない格好。気がついたらサンダル履きの事もあったし、もちろん化粧など論外・・・。どこへでも飛んで出た、仕事(お金)のためとあらば。


 今では至近距離のスーパーでさえ億劫で(惣菜は、あるもので済ませよう)という感じ。しかも出ればいきなり持ちきれないほどの買い物、よろよろという足取りでようよう帰りつく日常。

 行動範囲がどんどん狭まっていく。ごく個人的な日常の作業にがんじがらめになって身動きが取れないばかりか、萎縮している。精神的な伸びやかさの欠如は、同じことの繰り返しを甘受するけれど、少しでも違う行動を嫌悪する傾向がある。


 動く目的が身辺に付着しているせいかも知れない。目的の狭さが行動範囲の距離を縮めている。

 空を見て山を見て、そのまた向こうを夢想してみること。そうしようとする意思なくしては遂げることはできない・・・何事も。少年ではないが、大志を抱く意思が世界との距離を縮めてくれるに違いない。半径一キロメートルからの脱出。(と、いつも思っているけれど、時間の方が先回りしてわたしを笑っている)

 距離というものに抵抗をもたず、精神的ジャンプで自由に飛んでみたい。飛ぶという安易な妄想でなく徒歩で行くという健気の方がわたしに向いているとしても。

 《疲労は距離に比例する》ではなく《喜びは距離に比例する》のだと思いたい。

『ポラーノの広場』348。

2014-05-26 06:27:41 | 宮沢賢治
「アンモニアは利かないって、今朝の新聞にあったぢゃないか。」デステゥパーゴは椅子から立ち上がりました。デステゥパーゴは桃いろのシャツを着てゐました。


☆理(道理、物事の筋道)の魂(精神)に挑んでいる。
 真(まこと)を問う意(きもち)を視て(気をつけて見る)、詞(ことば)を留める。
 祷(神仏に祈る)の若(ごとし)。

『城』1634。

2014-05-26 06:06:37 | カフカ覚書
というのは、これからは、彼らにも仕事をしてもらわなくちゃならんからだ。きみは、ここ数日間てんやわんやの連続で、これ以上の無理はよしたほうがよいし、ぼくはぼくで、この苦境からなんとか抜けだす道を見つけだすのに忙しい目をすることになるんだ。


☆あなたは現場不在にならねばならないだろう。安心である一方、小舟の扇動は、最後の日々の強制に見えるし、それによって、先祖はこの苦境からの逃げ道を見つけだすのに没頭することになるだろう