特上カルビの記のみ気のまま

韓国語教育を韓国の大学院で専攻した30代日本人男性が、韓国ソウルでの試行錯誤の日々を綴りました.

求道生活を始めて

2005-01-13 20:15:22 | 祈り
 2001年9月9日に私が「キリスト品川教会」で洗礼を受けるにあたって書いた「入信記」を何回かに分けて、皆さんに公開しようと思います。今日は2回目です(この入信記は2001年9月3日に書いたものです)。


************入信記(2)************ 

 初めて主日礼拝に参加させていただいたその週の水曜日の「聖書の夕べ」にも神様は参加することをお許し下さいました。Y牧師先生のお話がおわり、それぞれグループにわかれて、お話し合いをして最後に一人一人お祈りをした時に、教会員の皆さんが私の求道生活が守られるようにと祈ってくださったのが何よりも嬉しく感動しました。それから欠かさず、「聖書の夕べ」や「朝の聖書の会」に参加させていただいておりますが、吉村牧師先生の語られる、聖書を通じた神様のみ言葉のひとつひとつが、毎日の仕事で疲れた心に染み渡り、明日の働く力を新たに与えられる気持ちがして、主日礼拝とともに、水曜日の聖書の会に参加できることが嬉しくて、それからというもの日曜日と水曜日が待ち遠しくなりました。

 2度目の主日礼拝の時、偶然にも韓国からの留学生であるPさんと席が隣になりました。これも、神様が導いて下さった巡り合わせだと思い、感謝しました。そして2月から、そのPさんと私の2人で韓国語講座の講師として教会で奉仕する機会を神様が与えて下さるとは、その時は考えにも及びませんでした。

 私は学生時代に第二外国語として韓国語を4年間学び、卒業後も韓国企業で働く機会を与えられ、通算14年に渡って、韓国語に携わって来ました。私を教会に導くきっかけを作ってくれた、韓国の友人が「山本さんが今まで韓国語を長い間勉強し続けて来られたのも、教会で奉仕が出来るようにと、きっと神様が導いていて下さったのだ」と言ってくれました。そう考えると私達の想像をはるかに超える神様のみ業を感じずにはいられませんでした。また、教会で韓国語を学ぼうという方々を神様がイエス様を通じて与えて下さったことに何よりも感謝しています。

 日曜日の主日礼拝、水曜日の聖書の会、そして土曜日の韓国語講座と、週に3回も教会に通うようになり、すっかり生活の中心が会社から教会に変わりました。これも、神様がイエス様を通じて、私を教会に呼んで下さっているのだと幸いに思いました。特に何をしても長続きしない私の性格を誰よりも良くご存知なので、求道生活が弱いものとならないように常に必要な備えを与えて下さり、求道者として歩むべき道を指し示して下さっているのだと思うと、神様への感謝の気持ちでいっぱいです。そして、それらの交わりを通して自然と教会員の方々とも親しくなることが出来たのです。

 そのような教会員の方々との交わりの機会を通じて、イエス様とはどのような方か、キリスト教とは何か、キリスト者とは何か、信仰生活とはどうあるべきことなのかというさまざまな事を少しずつ教えていただきました。そして私の心の中に徐々に、生涯イエス様に従っていこうという気持ちが芽生えていったのです。

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