ひとのことはどうでもいいと思ってた。
自分は自分、ひとはひと。
ずっとそういうふうに思ってた。
だけど、いとうくんは家族。
だから、自分のことをもっとたいせつにしてほしい。
楽しく自由に、生きてほしい。
私が当たり前だと思っていたこと、
それがひとによっては難しいんだということ、
それを改めて感じた。
私はちいさいころからわがままで、
ずっと自分の考えを主張してきた。
自分に自信がある。
どこに行けばいいのかもわかる。
何をしたいのかもわかる。
それは、自分とずっと、お話してきたからだ。
ひとに意見を言うことは、ふだん面倒だから、しない。
意見を言うとしたら、自分に対して。
だけど、いとうくんだから、言いたくなる。
こうやって生きたほうがもっともっと、
いとうくんも楽しいだろうし、私も楽しいのに…、と。
人生を楽しくするのは、自分でしかない。
ひとと話すのがこわいから、自分を守ろうとして
意見を言えなかったりちゃかしてしまったり、することを続けていたら
もっともっと自分に自信がなくなっていく。負のスパイラルだ。
ひとの意見なんかよりも、自分のこえに耳を澄ませてほしい。
それができるのは、自分しかいないんだから。
でも、それはひとの意見に反発すればいいとか、
そういうことではない。
ひとに言われて反発したくなる気持ちもわかるけれど
それなら、どうして反発するのかを考えなければならないと思う
自分と向き合う作業をしないと、きっと人生は納得いかない。
私はそう思ってるから、ばーっといとうくんに話してしまった。
ひとのことにこんなにエネルギーなんて使いたくない、
そんな私が、最近いっしょうけんめいにいとうくんに伝えようとしてる。
ひとは、子どものころがいちばん素直で、自由だったんじゃないのかな、と思う
大人になるにつれて、どんどん融通がきかなくなっていく。
私は子どものころの気持ちをいつまでも忘れたくない。
それが子どもっぽい、と、言われようと。
だって、楽しくなくちゃ意味がないと思うから。
何をしても意味がないと思うから。
いとうくんにもいとうくんらしく、生きてほしいなと願う。
ぜんぶは自分のなかにあるということに、気づいてほしい。
そうしたら、自分の言動に後悔しなくなる
ひとと楽しく会話をすることができる
自分もたいせつなひとも、大切にすることができる
うん、やっぱり偉そうになっちゃったけど、
私はいとうくんにそれが欠けていると思ったから、そう伝えた。
せっかくの人生なのに、もったいないなと思ったから。
会話がうまくできなくて、私が哀しかったから。