自然コレクション

アウトドアー生活を紹介します

埼玉のパワースポット

2018年05月31日 16時53分05秒 | 霊場
都心からも1時間以内で小江戸の雰囲気が味わえることから、外国人からも人気の川越。蔵造りの町並みの散策も楽しいのですが、神社・仏閣も見所がたくさん!その中でも「熊野神社」は、参拝をするだけではなく、運気を高めるためのいろいろな工夫がされています。
由利中サッカー部に総体で勝って貰いたく、小雨の中出かけました。日本サッカー協会公認の勝守もあります。

足踏みロードというのがあって、素足で歩くとうんぬんとありました。

川越「熊野神社」は、通称「おくまんさま」とよばれ、古くから開運・縁結びの神として信仰されています。 御祭神は熊野大神で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・事解之男尊(ことさかのおのみこと)・速玉之男尊(はやたまのおのみこと)の御三神とあります

御社紋は、日本サッカー協会のシンボルマークになっている八咫烏(やたがらす)。八咫烏は熊野大神のお仕えで、人生の闇に悩む人々を明るい希望の世界に導く霊鳥。
また八咫烏は太陽の化身ともいわれ3本の足を持ち、天・地・人をあらわしています。

ここでお参りを済ませて、絵札を奉納しました。


続いて仙波東照宮に向かいました。
ところが、クローズされています。

外から見るだけです。

次は川越大師に!


喜多院は天台宗の寺院で三大師のひとつです。
境内は広く池や橋、優美な枯山水などもあるのでかわごえを散歩するのにもおすすめですよ。
有名な厄除け祈願の他、子宝祈願のご利益も授かるパワースポットという声も多いようです。
実は喜多院は風水に置いての龍穴(りゅうけつ)があるそうです。時間が無いのでカット!

喜多院は重要文化財であふれているという点でも有名な寺院です。
建造期は平安初期の830年で淳和天皇の命でこの場所に寺院が創建されました。
1638年川越大火によって山門を残し、ほぼ全焼したことがありますが、
徳川家光公は時を得ずして喜多院の再建に着手しました。
この時に客殿・書院など喜多院に移転したので、「徳川家光公誕生の間」や「春日局化粧の間」
などがあるそうです。

そこから川越駅に戻り、東松山に向かいます。
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時間つぶしに上野のパワースポットへ

2018年05月28日 11時43分18秒 | 霊場
羽田から横浜に向かうはずが、間違って品川方面の電車に乗ってしまった。
仕方ないのでパンダでもと思い上野に向かった。

入場するだけで、1時間もかかりそうだ。パンダを甘く見ていた。
美術館、博物館は全て休館日だ。
そこで霊場巡りに切り替えた。
まずは、
上野恩賜公園の中にある清水観音堂へ御朱印を頂きに行ってきました。



京都の清水寺と同じ舞台造りで、名所江戸百景にもなっている「月の松」が有名です。

次は輪王寺です。


輪王寺は、慈眼大師(開山天海の称号)と慈恵大師を祀っていることから両大師と呼ばれています。



将軍徳川家康公の参謀であった天海が祀られていることから、「長寿」「知恵」のご利益を授けていただけるといわれています。

また、慈恵大師は、元三大師と呼ばれていて、生前に度々災厄を免れてきたことから、元三大師を信仰すると厄除けのご利益があるといわれています。

さらに天海が四代将軍の家綱の誕生の際に、安産を祈願し、実際に家綱が安産であったことから、子授け大師としても広く信仰されるようになったそうです。


最後に寛永寺です
寛永寺は、寛永二年(1625)に天海僧正によって創建されました。


比叡山にならって江戸城の鬼門となる上野忍ヶ岡に、徳川幕府の安泰と江戸城鎮護のために建てられたものです。


慶応四年(1868)の彰義隊の上野戦争によって、本坊、中堂、阿弥陀堂、東叡山三十六坊などほとんどが焼失し、寛永寺領も明治政府によって接収されてしまったそうです。



しかし明治四年(1871)に寛永寺の復興の許可が下り、川越の喜多院の本地堂を旧寛永寺子院大慈院跡に移設し、寛永寺の本堂として発足したのが、現在の寛永寺です。


11時を過ぎたので、代々木に向かいます。

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浅草寺

2018年02月17日 10時15分26秒 | 霊場
次に向かったのは浅草寺!何度も行っているが、御朱印をいただくのに長蛇の列なのでもらっていなかった。
浅草寺は実はきちんと拝観すると奥が深いのだ。
その歴史は飛鳥時代・推古天皇の時代までさかのぼります、西暦628年に宮戸川(現在の隅田川)で漁をしていた兄弟の網に仏像がかかって、漁師兄弟の主人である土師中知(はじのなかとも)がこの像を拝して出家したことから、浅草寺が始まったとされています。
その後浅草寺は、源頼朝や足利尊氏、徳川幕府の祈祷所として繁栄してきました。
五重塔

本堂の西南に位置する五重塔は、なかなか存在感のある塔です。945年に平公雅によって建立され、その後焼失と再建を繰り返して現在に至ります。五重塔は、お釈迦様の遺骨を納める墓所であり、仏教寺院に多い仏教建築で仏舎利塔とも呼ばれています。インドはドーム形ですが、大陸を渡たり中国でこのような形になったことから、日本でも現在のような五重塔となっています。

外国人が8割だな

浅草寺には2種類の御朱印があり、受付の際に希望を聞かれます。ここでの希望とは、「どの御朱印にするか?」です。自分が選んだのは、ご本尊・聖観世音菩薩と書かれたものです。もう一つは大黒天と書かれたものもありました。

またこの御朱印は、「坂東三十三観音霊場」「江戸三十三観音霊場」各巡礼の御朱印でもあります。

帰りに電気ブランを購入したく神谷バーに向かいました。重いお土産を購入して、水上バスで、日の出桟橋へ向かい、モノレールで羽田へと向かいました。

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東京大神宮

2018年02月17日 10時03分59秒 | 霊場
午前中に会議は終了したので、参宮橋から新宿へ戻り中央線で飯田橋に向かった。
東口から10分ほどで東京大神宮に到着した。

東京大神宮は、明治13年、東京における伊勢神宮の遥拝殿として創建。天照皇大神と豊受大神を祀ることから「東京のお伊勢さま」と称され親しまれている。また、万物の結びの働きを司る「道化の三神」を合わせ祀り、神前結婚式を創始した神社であることから縁結びのご利益でも知られている。
殆ど自分には関わりがないが、パワースポットとしては行かないわけにはいかない。

女の子たちが絵馬に願い事を書いている。ここは外国人もいなくいい!


御朱印をいただきリフレッシュできました。
300円です!
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朝散歩 代々木

2018年02月16日 07時57分59秒 | 霊場
国立オリンピック記念青少年総合センターに宿泊している。
今回は、いわきサンシャインマラソンの疲労もあり、旅ランの支度はしていない。
会議は9時からなので、朝食を兼ねて代々木八幡宮あたりまで散歩した。

朝食は参宮橋駅前の松屋でカレーを食べた。
380円也!
駅前通りを歩く。緩やかな上り坂だ。閑静な住宅街だが、とんでもない立派な家がほとんどだ。
1、2kmほどで代々木八幡宮に到着。
ここに来たのは2度目だ。

代々木八幡宮は昔の武将が戦前に必ず参拝したといわれるほど、勝負運・出世運・成功運がアップするというパワースポットである。

代々木八幡宮の奥にある出世稲荷がパワースポットと言われとても有名で、仕事運アップの御利益を求めて、こちらに初詣に訪れる人が増えているそうです。

裏口から入って表から出てしまった。
ここからオリンピック記念青少年総合センターまで1、5kmある。
気温が低く耳は痛いが、身体と心はポカポカになった。酒も抜けて、会議に集中できそうだ。
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鶴岡へプチ旅 荘内神社を参拝

2017年08月19日 13時45分28秒 | 霊場
今日は、鶴岡へのプチ旅を行なった。北前船情報を収集したいからだ。
鶴岡公園に入ると荘内神社のサインが目にとまり、行ってみた。


公園正面口から、大鳥居をぬけて参道を歩いていくと、樹齢数百年をこえる老松・老杉に囲まれた荘内神社がみえてきます。参道わきの土留石や、神社の柵の土台など、ところどころにみかける白っぽい石は、鶴岡公園がお城だった頃の石垣の石。
酒井家初代 忠次(ただつぐ)、二代 家次(いえつぐ)、三代 忠勝(ただかつ)、九代 忠徳(ただあり)を祀った由緒ある神社で、鶴ヶ岡城本丸跡に明治10年(1877年)に建てられました。

大晦日から元旦にかけて、参道はたくさんの初詣客でにぎわい、夏の例大祭(荘内大祭)では、かつて江戸城西の丸で時を告げていた大太鼓が打ち鳴らされ、参勤交代を再現した大名行列が市中を練り歩くそうだ

また境内には、神職の解説と共に、酒井家藩主ゆかりの品々や、ひな人形(古典雛)、武者人形など貴重な歴史資料を展示する宝物殿があり、古美術愛好家の目を楽しませてくれます。

創建から120年以上を経た今も「神社はん」の愛称で、市民や近在の人々の心のよりどころとして親しまれている神社だそうです。


御朱印は500円と高い。
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由利本荘市日役町のお寺巡り30分

2017年08月19日 05時09分06秒 | 霊場

以前忍耐の「お坊さまクラブ」というお寺巡りの仲間がいました。
可愛いシャツを作って、お寺巡りをしていました。
教育長から夕方電話がかかってきて、北前船の調査活動をして欲しいとの事。酒田、秋田に乗り遅れたくないようだ。
そこで取り敢えず、北前船と関わりのある歴史的な場所を朝から散策する。
日役町方面に向かう。やたら大きなお寺さんがある。
蔵堅寺 泉流寺 天然寺 広誓寺の四つの寺がある。





ついでに猟師町の超光寺にもよってきた。

超光寺は一向宗の寺院です。

超光寺初代の六平政吉が1470(文明2)年に本願寺八代の蓮如上人のもとで帰依し釋巧圓と名乗りました。その後、1475(文明7)年に、赤尾津(現在の由利本荘市松ケ崎)に一宇を建立し超光寺を開創しました。


1614(慶長19)年には、子吉郷本城の現在地に移転しました。

海士剥の専念寺も同系列の寺です。
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鎌倉七福神めぐり

2017年07月29日 09時42分57秒 | 霊場
今日は鎌倉を独り旅します。
観光CMに、躍らされている感もありますが、鎌倉七福神めぐりをしようと思います。
北鎌倉で降りるはずが、ボーとしていて鎌倉まで来てしまった。一駅戻ります。
まずは浄智寺の布袋様です。


知恵を授け福徳円満な人を作る神様です。凄いぞ。
鶴岡八幡宮旗上弁財天へ歩くこと20分
暑すぎる。


歩くこと7分
宝戒寺毘沙門天を目指します。
毘沙門天は病魔退散財宝富貴の福神様です。
明日から金持ちになれるはずもないが❗️‼️

ここでは、法要に真っ最中でした。

次は妙隆寺寿老人を目指します。
人々の安全と健康を守る長寿を司る福神様です。

暑すぎです。これから移動するには無理があります。今回はこれでやめときます。

駅に向かい、小町通りのコメダコーヒーで休憩。
明日のレースの事を考え、これ以上歩くのは控えます。

12月に続きをやります。
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日枝神社 東京パワースポット

2017年07月28日 15時00分17秒 | 霊場
昼休みに飯も食わず日枝神社に行った。

高い格式を持つ神社で、東京5社・東京10社、新・東京5社の一つ(地域・家庭の縁結び)、東京では明治神宮とならぶ官幣大社です。江戸時代には、徳川将軍家御用達の氏神・江戸城の鎮守でした。以降は皇居の鎮守で、変わらず日本の中枢・皇城を守護しています。

元は太田道灌が江戸城を築くにあたり、江戸城の裏鬼門(南西)封じのために、川越の山王社を勧請したのが始まり。鬼門(北東)を護る神田明神と対をなしています。

神田明神は昨日参拝したので完璧です。



御利益は仕事運・出世運アップ
 ・物事に杭を打ち、根が定まり、地に足をつけた落ち着きが得られます。
 ・物事の要を押さえ、揺るぎない実績を作り出す、計画実行パワー・対人運をもたらします。
 ・特に、政治や世界と関わるビジネスマンと相性の良い神社です。

近くには首相官邸や議員官邸があり、警備が凄いです

御朱印は500円と高めですね

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パワースポット 新橋 烏森神社

2017年07月27日 11時27分00秒 | 霊場
今日は新橋で会議がある。
まだ、少し時間があるので新橋駅前の烏森神社に行ってみる。
これが少しばかりおしゃれだ。



心願成就ということで、様々な人たちの願い事が叶うようにお祈りした。



境内の御由緒書によれば、平安時代の940(天慶3)年に平将門が東国で叛乱を起こした際、征討将軍・藤原秀郷が武州に鎮座していた稲荷社に戦勝を祈願した際、白狐が現れて秀郷に白羽の矢を与えた。
その後将門を討った秀郷は、報賽として一社を勧請しようとしたところ、夢に白狐が現れ「神鳥の群がる所」が霊地と告げる。
旧桜田村(当地付近の旧地名)の森まで来ると、霊夢のとおり烏が群がる場所があり、そこに社頭を造営したというのが創祀とされている。
室町時代の1455(享徳4)年に室町幕府の初代古河公方・足利成氏が当社に戦勝祈願した。
その祈願状は現在に至るまで当社の社宝として伝えられ、港区の指定文化財となっている。
江戸時代には1657(明暦3)年初頭に発生した明暦の大火でも類焼を免れたことなどから次第に崇敬が篤くなり、柳森神社・椙森神社と併せ江戸三森と称され、稲荷祭としてその賑わいは江戸で一二を争うものであったという。
明治維新後の1872(明治5)年11月村社に列せられ、翌1873(明治6)年には社号をそれまでの烏森稲荷から烏森神社に改めた。とある。


御朱印もいただいたが、500円と高い。が、お守りとキャンディ付きなので高くはないかも。こんなカラフルな御朱印は初めてだ。
なんとなく、ゆったりとした気分になった。

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