Saraの人生右往左往

『人生は長い旅路である』
Saraの“あっちふらふら、こっちふらふら”な由無しごと

自分開き、岩戸開き その3

2010-03-18 22:50:18 | 
【2010年2月22日(月)】

222の記念すべき日。
今日も戸隠連峰が綺麗に見えている。



戸隠の朝は本当に寒い。
身も心もピッと引き締まる気がする。
たまにだから良いのかな。
毎日だとさすがに生活するのも大変だろうな。

今日も豪勢な朝食をいただいたが、
昨日の夕食がまだ消化しきれていないようで、今朝も食べきれず…
ありがたくももったいないなぁ。

中谷旅館の中庭に朝日が映えて美しい。



朝食を済ませた後、旅館をチェックアウト。
ここは本当にホスピタリティ溢れる良いお宿だった。
中社前からバスに乗り、約1時間で善光寺前に到着。
ここはまったく雪もなく、この日はジャケットがいらないくらい暑かった。
大きな荷物をどこか預けられないか寺務所で聞いてみると、
そこで預かってくれるとのこと。
ありがたい。

入場券を購入し、お戒壇巡りへ。
ちょうど年配の方々の集団と一緒になり、にぎやかにお戒壇巡り。
ダンナの後ろにいたご婦人は、ダンナを柱と勘違いして触っていたらしい…
出てきてからその話を聞いて、思い切り大笑い。
それからゆっくり善光寺境内を見物し、おそばを食べた。

お礼お言って荷物を受け取り、善光寺そばの東山魁夷美術館へ。
平日だからか普段からこれくらいなのか、人も少なくゆっくり見られた。
時代によって絵の感じが変わっていくのが面白い。
中国の水墨で書かれた風景画は「物凄い迫力」の一言。
本当に素晴らしい。

他の展示品やコンテンポラリーアートなども巡った後、バスに乗って長野駅へ。
おやきを買って帰ろうと駅のそばの「おやき工房」へ行ったら、
保冷バッグは別売りで、店員さんも何だか冷たい…
結局そこでは買わずに、道の向かい側にあったおみやげ物屋さんで購入。
ここのおばさんはとっても親切で、保冷用にと新聞紙でくるんでくれた。
やっぱり人に親切にされると、心がほっこりする。
あたしもこれからはなるべく親切を心がけようっと!

時間が来て、新宿行きのバスに乗車。
帰りは本当に時間通りに新宿に着いた。
久しぶりの長野。
今度は緑の美しい季節の戸隠が見たいな。


自分開き、岩戸開き その2

2010-03-08 22:34:25 | 
【2010年2月21日(日)】

朝起きて外を見ると、ものすごい晴天!
窓から見える戸隠連峰がとっても威風堂々としていて思わず手を合わせたくなる。
窓を開けると冷え切った空気が入ってきて、すぐ閉めた…
最低気温はマイナス6度くらい。

今日はまず宝光社から火の御子社、奥社を回って鏡池へ行く予定。
夕方間に合えば、再度中社へご挨拶に行こうっと。

またまた豪勢な朝食をいただき、取りあえず腹ごしらえ。
中谷旅館内にある祭壇に手を合わせ、宿で長靴を借りて出発!
ここのお宿のみなさんは本当に親切で気持ちの良い滞在ができた。
奥社は晴れると雪崩の危険性があるので、慎重に行ってくださいねと助言を受ける。

舗装道路は除雪されているものの、その両側には場所によって2m以上の雪が積っている。
久しぶりの長靴で、歩くスピードがのろい…
両側の雪を触ったりしつつ、のんびり坂を下ってゆく。
歩いて30分くらいで宝光社の鳥居に到着。
拝殿までの階段が雪に覆われて、つるつるの坂道になっている!!



しかもかなり急な坂道だ。
手すりにしがみつくようにしてゆっくり登ってみた。
宝光社も冬期はご神体は中社に移しているとのことだが、
その場のエネルギーを感じたくてえっちら登った。
こじんまりとして清々しい。



そして、怖いのは登りより下り…
しゃがんで少しずつ滑りながら降りて行った。
ダンナは骨折が完治していないのに、よく頑張ったことよ…

鳥居を出て、先ほど下ってきた舗装路を戻って火の御子社へ。



ここは拝殿までは急な階段などはなく、楽に行けた。
ここもご神体は、冬期は中社に移すようだ。

さらに戻って川中島バス戸隠営業所へ。
ここでフリーチケットでバスに乗り奥社まで行ってしまおうという魂胆。
しかし、いざバスに乗ってみたら、「奥社は行かないよ」。
がーん!
冬期は奥社は回らないらしい…
たった2つ先の停留所の中社宮前で下車。
そこから歩いて奥社を目指した。

どれくらいか忘れたけれど、結構な時間歩いて奥社の鳥居前に着いた。



さて、これから取りあえず随神門まで行ってみる。
踏み固められているとはいえ、奥社はさらに気温が低く、雪がサラサラで歩きにくい。
おそらく距離的にはそんなにないけれど、慣れない雪歩きは時間がかかる。
クロスカントリースキーを履いた集団に、どんどん追い抜かれる…とほほ。



そうこうするうちに随神門前に着いた。
狛犬ちゃんが綿帽子をかぶっていて可愛い!!



随神門からは無理に侵入するなと書いてある。
ここから先は自己責任だ。
もし、無理だと判断したらすぐ引き返そうと心に決め、中に入った。

普段は階段になっているらしい道も、雪に埋もれてただの坂道だ。
そこをえっちら登っていく。
パウダースノーは歩きにくい。

とうとう奥社本殿に着いた!
本殿前の鳥居は雪に埋もれてくぐれないので、脇を抜けて本殿前へ。
その鳥居を過ぎたあたりで、「よく来たね」という声が頭の中で聞こえた。
空耳かもしれないけれど、奥社へは来るようになっていたんだな~。



本殿前でおにぎりを食べていたスキーヤー達に挨拶。
なぜ山ですれ違う人には気軽に挨拶ができるのだろう?
それにしても本殿の屋根近くまで雪が積もっている。
屋根と同じ高さを歩くなんて、普段ではできない体験に大興奮!
そして本当に清々しい空気だ。
戸隠はもっと重苦しい空気の場所かと思っていたら、とっても明るくて開けている。
歌を歌ってスキップしたい気分。
本殿の裏は巨大な磐座という話だけれど、すべて雪に埋もれて確認できず…

戻りは滑り降りるようにして、行きより楽に鳥居へ到着!
鏡池に向かう途中の「そばの実」で、念願の戸隠そばを堪能!!
美味しかったぁ!

腹ごしらえ後、「そばの実」の裏手から鏡池に向かう。
ここも凄い雪!!
カーブミラーが埋まりそう。



歩きにくいパウダースノーを踏みしめて、ようやく鏡池に到着…
と思ったら、池がない!!!



池は凍って雪が積もり、どこが池だかなんだか…
それでも遠くに見える戸隠連峰は相変わらず雄大でした。

日が暮れ始めて再び気温が下がり始めた道をえっちら戻り、中社に参拝。
そこでダンナが「大人向けみくじ」を見つけて引いてみた。
年齢を聞かれて祝詞をあげていただき。受け取ってみたら中吉。
仕事上では驕ってはならぬとのお言葉。

宿に帰ってお土産を買い、早速お風呂へ。
風呂上りの夕飯は、昨日にも増して凄いボリュームで、
さすがに全部食べきれず…
しかも胃に血が集まって、頭がふらふらして座っていられない。
まだモリモリ食べ続けるダンナを残し、部屋に撤収。
横になってごろごろして就寝。

…続く


自分開き、岩戸開き

2010-02-27 23:09:20 | 
2年くらい前だったか忘れたけれど、
突然気になりだして行ってみたかった戸隠。
長野県の北部にあり、雪深い土地らしい。
戸隠神社を中心として開けた神聖な土地、そんなイメージだった。

行きたいと思ったらとにかく行く!というのがあたし流。
なんてかっこつけてみたけれど、まぁ我慢がきかないというだけのこと。
2年の憧れを現実にするべく、2月20日~22日まで行ってきた。
なぜこの季節を選んだかというと、なぜか雪が見たくなったから。
スキーもやらず、今まで深い雪には縁のなかったあたしだけれど、
なぜか雪の戸隠を歩いてみたくなったのだ。

【2010年2月20日】
新宿から出ている中央高速バスのお得なチケットで、新宿からバスで戸隠に向かった。
新宿から長野駅まで所要時間3時間40分。
そこからさらに路線バスで1時間。
でも許容範囲だろうということでバスを利用。

3分の2程度しか埋まっていないバスの指定座席に座ったら、
前の席は中国から来たらしい若者3人組。
英語がペラペラなところをみると、香港辺りから来たのだろうか。
英語の喋れるバス会社の従業員の女性と話していた。
内容を後ろで聞いてみたところ、
「花園インター辺りで事故があり渋滞している。
長野駅まで8時間かかるけれど大丈夫か?」
若者3人組は、「ノー・プロブレム」。

でもあたしは、
えぇ~~~!!
8時間?!?!
いやだ~~~!!
と心の中で叫んだ。

しかし、まぁもう後の祭り…
とにかく寝るしかない。
8時間寝たおしてやる!!
同行のダンナはゆったり座れそうな他の席に移って行った。

バスに揺られながら、宇宙にお願い。
夕方6時には宿で一服着いてご飯が食べられていますように…

バスは関越自動車道にのって快調に走ってゆく。
花園インター通過。
あれれ、渋滞は???
どうもあたし達がそこにたどり着く前に改称したようだった。
宇宙はあたしのお願いを聞いてくれて、通常の時間通りに長野駅へ。
そこから順調に戸隠行きのバスに乗り、4時過ぎにはお宿へ。

宿泊する宿は、元宿坊の中谷旅館。
経営するのは神職さんで、お宿の中に祭壇があるのだ。
着いてすぐに取りあえずお宿から歩いて1分の中社へご挨拶。
スキー客向けのボリューム満点の夕食をいただき、
明日に備えてさっさと就寝。

続く…

高野へんろ路 Vol.2

2009-10-14 18:07:27 | 
【9月21日(月)】

高野山滞在2日目。
昨日部屋を変えてもらったが、今日は戻らなくてはならない。
朝の勤行後朝食を摂り、荷物をまとめて元の部屋へ。
まだあのテレビの音のうるさかった家族はいた。
しかも、入口のふすまを開けっぱなし…
いや、人の勝手ではあるけれど、敷きっぱなしの蒲団は丸見えで、
その上に寝転んでいるお父さん。
荷物も散らかり放題。
元々宿坊は修行の場であるので、プライバシーなど考えられていない。
そこに様々な現代機器を持ち込んだものだから、色々ややこしい。

取りあえず、九度山目指して出発。
8時半ちょい過ぎのケーブルカーで山を下った。
こんな時間のケーブルカーには、さすがに乗客は少ない。

極楽橋で南海鉄道高野線に乗り換える。
九度山まで約20分。
また、その途中で突然深い眠りに一瞬落ちた!
これは…一体なんだろう?

九度山駅で降りると、「真田の里」という赤い幟がたくさん立っている。
去年もこの赤い幟は見たけれど、まさかここから登ることになるとは…
地図に従い、手始めに真田庵に向かう。
真田庵は真田親子が暮らした場所。
ここには今真田大権現が祀られている。
そして、小さな真田博物館も併設されている。
そして、結構人がいた。
やっぱり歴史ブームなんだな~
寺務所兼社務所をお手伝いに来ていたおばちゃん2名としばし談笑。
商売繁盛のお守りに(なるかどうか知らないけれど)、真田紐を購入。
真田紐は、真田親子が再起のための軍資金を集めるために売っていたもの。
これで資金が集まったんだから、きっと商売繁盛のお守りになるに違いない。



途中裏道に入ると、真田に関するアンテナショップが!
幸村、大人気なのね。
電柱には真田十勇士のキャラが描かれているし。
真田で町興しなのかしら…

さらに進んで慈尊院へ。
ここはお大師様のご母堂を祀ったお寺で、子育て・安産のご利益があるとか。
絵馬じゃなくて、布でできたおっぱいがたくさん奉納されている。
そこから階段を登る途中に町石の180番目があり、
更に登ると丹生省官符神社がある。



真田庵で予定時間より遊びすぎたため、スピードアップ!
勝利寺に参拝し、展望台を目指した。
まだまだ舗装道路。

展望台に着いたところ、年配のご夫婦に行きあった。
さっき途中で抜かしてきた人たちだ。
「若い人は早いわね~」などと会話を交わす。
展望台から先に進み、ちょっと道に迷った。
でも、去年の二の舞はご免だから、展望台に戻り再度道を確認し、
慎重に進むと町石が見えてきて、ちょっとほっとした。
昔の人はこの町石を頼りに歩いて行ったんだよねぇ。
これを作ってくれた人に感謝しきり。

いよいよ山道に入った。
晴れていたけれどそれほど気温の高くもなく、乾燥して爽やかな天気。
でも、山道に入ったらやっぱり汗が滝のように流れる。
ペースを上げなくては、大門から見る夕日に間に合わない。
まだ午前中だけど、地図を見つつペース配分を考えた。

六本杉に到着。
ここから少し回り道して、丹生都比売神社を巡る。
丹生や丹という言葉は、水銀を表すそうである。
水銀は金を生成するのに欠かせなかったということだから、
丹という言葉のつく地名は、かつてそこで金が産出されたことを意味する。
高野山一帯は金が出たため、金銭的にも豊かだったに違いない。

歩いて行くと舗装された道路に出た。
そして丹生都比売神社。
丹生都比売は天照大神の妹君と伝えられており、
空海が高野山を開くにあたって力を貸してくれた女神とのこと。
神社のエネルギー自体が開けてとても明るい。
そして神職さんたちがみんな気さく…(笑)
この境内のベンチをお借りして、昼食に持ってきたパンを食べた。
しかし、疲れで食欲があまりない。



丹生都比売神社の周囲には大小様々なかえるがたくさんいた。

さらに進んでいくと、また山道に入った。
ここでダンナがペースダウン。
とっても疲れた顔で無言で歩いて行く。
しかし、こんな山道でギブアップしても、誰も助けてくれないのだ(苦笑)

二つ鳥居の手前の、「金剛童子の杖の跡」で写真を撮ろうとしたら、
ファインダーに白い影が横切るのが見えた。
でも写真には何も写っていない。
この土地の精霊だろうか?

取りあえず二つ鳥居に到着!



でも、まだまだ先は長い!

どんどん進んでいくと、国道と交差する地点に出てきて、残り少し。
ここには自販機があったので、コーラを買って飲んで、ひと心地。
食欲はないけれどしょっぱいものは食べたい。
持ってきたお煎餅を二人でつまんだ。

最後のラストスパート。
ここからはお大師様の結界に入って行くのだ。
袈裟掛石というのが結界の境界線だ。



南海鉄道で急に眠くなる辺りの標高が、ちょうどこの辺り。
結界を出たり入ったりするのって、体力がいるんだな~と納得。
ここからは登りもきつくなってくる。
ペースを落とすと日没に間に合わない!
二人で無言でちゃかちゃか登る。

最後のきつい登りを超え、なんとか大門へ!



なんとか間に合った!

夕日を堪能し、更に壇上伽藍へ。
ここに町石の1番目があるのだ。
その前で記念撮影。

宿に戻る途中で商店によりアイスを買って食べた。
おいしかった~!!
宿坊に着き、着替える間もなく夕食。
昨夜のうるさかった親子はチェックアウトしたらしく、ほっと安心。
代わりに入っていた親子はとてもお行儀が良かったので、
こちらも気を使い、テレビなどの音は控えめにした。

それにしても、ものすごい達成感である。
昔の人はこれを登って参拝したんだよな~
昔は本当に様々なことが自分の思い通りにならなかったと思う。
栄養状態も悪い中で参拝し、
高野山に無事着いたらきっとそれだけでご利益があると思ったのだろう。
自分の意思で歩く。
そんな昔の人に思いを馳せた一日だった…

続く…

高野へんろ路 Vol.1

2009-10-04 12:59:18 | 
今年初めての試みだというシルバーウィーク。
ただし、次回の9月の大型連休は5年後だとか6年後だとか…

そのシルバーウィークは、昨年お盆に訪れた高野山に再び。
昨年は狐に化かされ(?)、女人道を踏破できなかったのだけれど、
今年はさらに距離を延ばして、九度山から高野山へ登るという、
23kmの高野へんろ路に挑戦した。

【9月20日(日)】
世の中はシルバーウィーク2日目。
東名高速道路55km渋滞という狂乱のさなか、新幹線で新大阪へ。
連休なのに新幹線が割と混んでいなかったのは、
やっぱり高速道路1000円という政策のせいなのだろうか。
これにはいろいろ物申したいところだけれど…(苦笑)

新大阪から難波に出て、南海鉄道高野線に乗り極楽橋まで。
天空にも乗ってみたかったけれど、1日2往復しか出ていないのだそうだ。
朝作ったスパムむすびやらスナック菓子など食べながら、
1時間20分弱で極楽橋に到着。
ここからケーブルカーで高野山へ入った。
勾配45度はありそうなケーブルカーだ。

まず、今日から2日間のお宿となる「蓮華定院」へ。
ここは真田昌幸、幸村親子が高野山に流されたときに仮の宿としたお寺。
真田所縁の品々が所蔵されているという。
宿のあちこちに真田の旗印である六文銭や、家紋である結び雁が見える。

歴女の影響か、はたまたお彼岸だからか、お盆より混んでいる高野山。
通された部屋は元々茶室だったらしく、天井がめちゃくちゃ低い。
身長182cmのダンナがさっそく頭をぶつけた。
以前チャネラーのmasamichiさんに聞いた話によると、
引っ越しや旅行などの節目となるときに怪我をするのは、
そこに至るまでの間に、その変容に見合う対価を払っていないからだとか…
その後ダンナは足もしたたかにぶつけ、涙目でその禊を受け入れていた(笑)

標高900m近い高野山では、午後3時では既に夕方の日差し。
午後5時に閉門となる奥の院には最初にご挨拶しなくては!
奥の院には、弘法大師空海が入定なさっている。
その結界はいまだ有効であることを感じられる場所だ。

ぶらぶら歩きながら奥の院に向かうと、前回以上の人ヒトひと…
若い女性のグループが、「謙信公よ!!!」と言いながら、
上杉謙信のお墓に群がっていた。
これが噂の歴女か~!!

午後4時半、奥の院の最奥の御廟の前に到着。
ツアーの団体客が群がっていた…
前回感じたお大師様の強いエネルギーは、今日は感じられない。
人が多くてざわざわしすぎているからだろう。
般若心経のひとつでも唱えたかったけれど、人に流されてそれもできず(涙)

一通り奥の院を回り、宿へ帰ることにした。
午後5時半から、夕方の勤行である瞑想があるからだ。
前回の大円院では夕方の勤行はなかったから、出てみることにした。
本堂に入ってみると、相変わらずフランス人が多い。
フランス人は仏教に興味がある人が多いようだ。

住職の説明を聞き、それから瞑想に入る。
40分くらい瞑想した後、瞑想の効能について住職から説明があった。
心だけでなく体にも良いということだ。
狭い中で瞑想し、足が痺れてそれどころじゃなかったけれど(苦笑)
それからいったん部屋に戻ると、隣のお部屋の親子連れが騒いでいた。
これも修行と思おうかとしたが、テレビの音がうるさいのには閉口。
子供の声ならまだ我慢できるけれど…
というより、1歳の子供を連れて高野山って…
ま、物見遊山というところだろうか。
宿坊のおかみさんにお願いすると、今夜は他の部屋が空いているということで、
ワンランク上の部屋へ移動させてくださった。

ダンナが真田幸村好きなのでここに決めたけれど、
正直言って、大円院のほうが良かったかも。
なんて思いつつ、明日に備えて早く寝ることにした。
あしたは23kmの山登りだ。

翌朝聞いた話だけれど、霊感の強いうちのダンナ、
夜中に奇妙な音を聞いたらしい。
シンバルの音と水の音だそうだ。
シンバルの音は、鳴り始めると周りの音がすべて消え、
水の音は部屋の周りをまわっていたとか…
恐怖は感じなかったけれどね~と言っていたけれど。
高野山の長い歴史の中では、色々血なまぐさいこともあったのだろう。
ま、あたしは爆睡していたけれどね~(笑)



続く…

Bonin Blue Again ! Vol. 5

2009-09-13 21:47:48 | 
2度目の小笠原滞在から早1ヶ月半…
ようやく帰りのフェリーの記事を。

【7月24日(金)】
小笠原滞在最終日。
今日の14時に出港するフェリーで東京に戻るのだ。
行きは800名強だった乗船人数が、帰りは1000名になるという情報を得て、
なるべく早めに乗船手続きをすることにした。

まず、朝9時に桟橋の宅急便営業所へ荷物を持ち込んだ。
乗船数が少なければ船室に置いておけるけれど、
多くなるとダイビング器材などの大きなものは、置くのも運ぶのも大変。
1000円でチッキにするよりも、東京都内なら1680円で自宅まで配送してくれる。
それなら宅急便のほうがお得^-^

宅急便に預けた後は、昨日聞いたハカラメの自生地を探しに大神山へ。
連日の快晴続き、今日もピーカン。
汗をかきかき大神山へ。
途中でハカラメの自生地も見つけ、何枚かゲット。

大神山神社でお守りを分けていただき、そのまま山頂へ。



二見港が一望できる、Sceanic Pointだ。

それからウェザーステーションへ。
とっても暑い日で、持ってきた500mlの麦茶は途中で飲みほしてしまった。
でも、汗は止まらないし喉は乾く…
生まれて初めて熱射病になるかと思った…

暑い炎天下をふらふらになりながら歩き、ウェザーステーションに到着。
この目の前の開けた視界!
何度来ても見とれてしまう。
しばらく海を眺めてから下山。
出港前に前回食べ損ねた島寿司を食べるのだ!!
サンシャイン小笠原の従業員の方に聞いた丸丈へ。
ポットで出してくれた冷たい麦茶をあっという間に飲み干してしまった…
ごめんなさい!
でも、本当に喉が渇いていたんだよ~!!
小笠原の島寿司は、カジキを漬にしたものを握りにしてある。
そして特徴は辛子。
ワサビじゃなくて西洋辛子を挟むのだ。
カジキがとろっとしていて美味しかった!

14時出航なので、13時より前に桟橋へ。
もう既に相当の人が並んでいた。
13時から乗船が始り、番号札を受け取って船室へ。
帰りも混雑している中ではよい場所をゲット!
これで安心して眠れる^-^

荷物を置いて甲板へ。
これから小笠原名物のお見送りが始まる。
まず、南洋踊り。
フラと盆踊りを合わせたような踊り。
小学生くらいの男の子が一生懸命踊ってくれて、あったかい気持ちになる。
それから和太鼓。
リーダーっぽい女性がいかにも「姉御」という感じで、粋な感じ。
そして、出港。
各ダイビングショップがボートで追いかけてきてくれる。
そして、最後にはスタッフが飛び込み!
これは何度見ても楽しいのだ!

お見送りを楽しんでから、甲板でお昼寝したり、ビール飲んだり…
乗船人数が多いので、早めにシャワーを使っておいた。
夕方以降は混み合いそうだから、そこら辺は臨機応変に。

夕日を見に甲板へ行くと、また目の前に大きな虹!
今回は虹がたくさん。
虹が消えたころ反対側に回ったら、きれいな夕日。
しばらく見とれていたら、フェリーの前方に大きな積乱雲。
見る見るうちにフェリーが積乱雲に突っ込んで、大粒の雨。
恵みの雨、禊の雨。
甲板に吹く強風に、ダンナが大喜び。
まるで犬みたいだ。

デッキでビールを飲みながら、買ってきたカップ麺とパンで夕食。
早めに就寝。

明けて25日(土)。
昨晩のうちに、売店横に掲示される日の出時刻を調べておいたので、
日の出を見に甲板へ。



「E ala e」を詠唱しながら日拝。
もちろん小声で。
今日は13の月の暦では時間を外した日、自由な日。
しばらく朝日なんて見ていなかったなぁ。
神々しい気持ちになる。



船室に戻り、もうひと眠り。
フェリーの中って、よく眠れる。
普段以上の睡眠時間だ。

寝たり起きたりを繰り返しつつ、お隣さんとおしゃべりしたり。
隣は偶然KAIZINで一緒に潜った人だったので、ダイビング談義したり。
あっという間に竹芝桟橋。

小笠原、やっぱり大好き!
ここはあたしにとって、本当にパワースポットだ。
いつか小笠原で出張ロミロミやりたいな~
きっと素晴らしいセッションになりそうだ。

ありがとう!小笠原

小笠原日記、終わり。


Bonin Blue Again ! Vol. 4

2009-08-20 18:41:00 | 
【7月23日(木)】

空もめちゃくちゃ青い小笠原は、海も青い。
もちろんダイビングに行かない訳がない。
ということで、2年半前にお世話になったKAIZINさんに再度お世話になった。
ポイントは、ケータ列島の嫁島。
ここは海況が良い夏しか行けない、ダイバー憧れのポイント。

朝、宿まで迎えに来てくれたスタッフの車で桟橋へ。
器材をボートに積み出発。
ケータ列島まで、ボートで約1時間40分。
のんびり船旅。
ダンナがあまりに不安がるので、軽くリラックスのヒプノセラピーを行った。
ダイビング後、「今までで一番上手に潜れた」だって!
ツマがヒプノセラピストで良かったね~(苦笑)

ボートの2階で日向ぼっこなどしつつ、結構あっという間に嫁島に着いた。
この日は新月後の大潮で流れが速いということで、
1本目はのんびり「お花畑」というポイントへ。
海に入って潜行していくと、物凄く青い海と珊瑚の花畑。
「ひゃ~」っと叫びだしたくなるくらいキレイ!!
7月に入って暖かい流れが入り込んで来てから、透明度が上がったらしい。
この日も30mオーバーの透明度。
晴れていて、本当に青い。



のんびり宇宙遊泳のような海中散歩を楽しんで、エグジット。
ボートに上がったらすぐにスタッフが、
「イルカがいる。入りたい人は3点着けてゆっくり入って!」
マスク・スノーケル・フィンを着けてゆっくり再度海へ入ると、イルカが2匹。
人懐こいイルカで、大勢の人に囲まれても全然平気。
人の間を泳ぎ回っていた。
素潜りで深く潜る人がいたら、そちらへ向かったり。
好奇心が強いのだろう。



あたしの手の届きそうなところにも来てくれたけど、
さすがに触ることはできなかった。

2本目はマグロ穴へ。
残念ながらこの日はうねりが強く、まぐろ達は遠くを回遊。
その姿を見ることはできたけれど、ちょっと遠かった…

とにかくその青さに感動した小笠原の海。
百聞は一見にしかず。
ダイバーなら、ぜひ一度は訪れて欲しい。

帰りのボートでは突然のスコールに会い、また虹が出た!



いったん宿に戻り、ログ付けにKAIZINのショップへ。
そこで、意外な人と再会。
なんと、1日目に船室の場所が分からずにいた時に声をかけてくれた、あの女性。
わお!
彼女は、KAIZINオーナーのお嬢さんだった…

その女性いわく、
「島の人っぽいけれど、船に慣れていないようだったから、
島の人じゃないと思った」
はい、あたしはどこに行ってもその土地の人と思われます(笑)
きっと、土地の人になりきってしまう憑依体質なんだろう。

彼女とひとしきりお話しして、お土産にもらったのがハカラメだ。
葉っぱをちぎって置いておくと芽が出るという不思議な植物。
その生命力により、多産や繁栄の象徴らしい。
初めて知った不思議な葉っぱをお土産にいただいた。
小笠原と沖縄で自生しているらしい。
ちなみに、JA小笠原でもお土産として売っていた。



それにしても、あの海の青さは人類の宝と言っても良いと思う。
それを後世に残すことは、あたし達の使命のひとつだろう。

…続く

Bonin Blue Again ! Vol. 3

2009-08-14 23:08:44 | 
【7月22日(水)】

日食当日。
昨日の天気予報では曇りのち雨だった。
朝5時に目が覚めて外に行ってみると、快晴~!!
わぉ!

同じ宿の人たちは、船で皆既日食の海域に行くツアーに参加の人がほとんど。
でもあたしは、「日本の地面の上で日食を見たい」と思っていたので、
父島の小港海岸に行く予定なのだ。
日本の地面で日食を見ることに意義があると思ったからだ。

村営バスの駐車場に行くと、営業所の人が
「暑いから中で待ってたら?」と声をかけてくれた。
朝から30度を超す気温。
お言葉に甘えて営業所の建物の中に入った。
日食を見に小港まで行くのだという話をしたら、
小港海岸からさらに歩いて中山峠まで行った方が良いという、
ありがたい情報をゲット!

バスで小港海岸まで行って降りたら、あまねちゃんの旦那さんのたつさんが。
「奇遇だね~!」と再会を喜んだ。
たつさんたちは小港海岸で見るというので、別れて中山峠へ向かった。
中山峠のてっぺんに着いた頃、ちょうど食が始まった。
日食グラスで見るとほんの少し欠けた太陽が見えた。
「うぉぉぉ~!!」
最初は日食なんて興味がないと言っていたダンナも大興奮!



影に写る穴の形も、日食のように欠けている。

中山峠のアズマヤには、年配の男性二人組もいて一緒に観測。
食の最大になるまでに1時間半くらいかかるけれど、
飽きることなく日食グラスを覗く。

父島での食は98%。
ほとんど太陽は隠れてしまう。
皆既日食に近い状態になるんじゃないかな~なんて期待していたけれど、
凄いぞ!太陽!!
たった2%でも明るい!!
その太陽の力は、皆既日食状態だったら気がつかなかったと思う。
2%に思いを馳せることができたのは、その2%を体験したから。
皆既日食も素晴らしかったと思うけれど、ここで見て良かった。

それでも98%も隠れたら、辺りはすーっと涼しくなって、
鳥が騒ぎ始め、野生化した山羊がうるさいくらいに鳴き交わした。



水平線の辺りがうっすら明るく、天頂は薄暗く、まるで白夜のよう。
こんな体験を子供の時にして、宇宙飛行士を目指した毛利さん。
さもありなん、と思う神秘的な体験。

食の最大が終り、徐々に戻っていく太陽の大きさ。
お昼近くで暑さも戻ってきたので峠を降りて、扇浦海岸へ。
ここでは、ボニネシアン・カヌーを復活させたカヌークラブが活動しているのだ。
JHCA(日本ハワイアンカヌー協会)のパンフレットを携えてご挨拶。
それからシュノーケリングをして、イリイリを拾った。
イリイリはフラで使うストーンカスタネットだ。

民宿に戻って入浴していたら、突然の豪雨。
昨日もそうだったし、まさに熱帯だぁ~
夕食の時間、宿では日食の話題で持ち切り。
悪石島は悪天候で日食は観測できなかったようだ。
小笠原は快晴という、たまたまいただいた幸運に感謝だなぁ。

26年後には本州で皆既日食が見られる。
その時はたくさんの人が、神秘的な体験をできるのだろうな。
楽しみだ~

…続く




Bonin Blue Again ! Vol. 2

2009-08-05 21:40:47 | 
【7月21日(火)】
朝6時、2等船室の電気が点いて、ざわざわと人が動き始めた。
狭いながらもそれなりに眠れて、割りとすっきりした気分。
6時半ごろ起きだして、洗面所へ。
さすがに混んでいる。

顔を洗い、水を飲んだり身支度したり。
8時過ぎに甲板に出てみると、目の前に大きな虹!
これは幸先良いかも~
虹の写真を撮っていたら、
あまねちゃんのご主人のたつさんとそのお友達がやって来た。
虹について少し話し、船室に戻った。
まだ寝てるダンナを起こし、持って来たパンで朝食。

午前中は、おがさわら丸見学ツアーに参加。
これは船内の案内所で申し込むと、機関室や操舵室を案内してくれるツアーだ。
まず機関室へ行って、機関室長から説明を受けた。



それから操舵室へ。



普段は入れない所に入るって、それだけで楽しいのだ。

それから約2時間後に父島の二見港に入港!
港に来ていたダイビングショップ【KAIZIN】のスタッフと
23日のダイビングについて話してから、
宿泊予定のサンシャイン小笠原のスタッフに荷物を預け、
徒歩でお宿に向かった。
サンシャイン小笠原横の羽衣で、500円(安い!)の鯵フライ定食を食べ、
トレッキングガイドの【ボニン・ブルー・シマ】のしまちゃんと合流。
お願いしていたツアーはアカガシラカラスバト・サンクチュアリーへの
トレッキングだったけど、他の参加者が戦跡も見たいとのことだった。
果たして遅刻して来たのはキャピキャピのギャル2名。
ちょっと苦手なタイプと思ったその印象は、最後まで変わらなかった。
戦跡でピースサインで写真を撮るとか、う~ん…て感じ。

トレッキングに出かけ始めた頃は、最高の青空。
だんだん雲行きが怪しくなり始め…
アカガシラカラスバト・サンクチュアリーに着く頃は本格的な土砂降り。
これが南国のスコールの典型なのね。

前回もここには来たけれど、今回は固有種の花を見ることができた。
ムニンヒメツバキとムニンノボタンだ。
両方とも白くて可憐な可愛い花。
ムニンヒメツバキからは熟しすぎたバナナのような香りが…



小笠原は来年早々に世界自然遺産に申請するため、
固有種を守る運動を行っている。
固有種絶滅の問題は、ハワイでも深刻な問題となっている。
人間が持ち込んで不要になったものがそのまま繁殖し、
小笠原やハワイなどの競争力の弱い固有種を減らし続けているのだ。
先を読まなかった人間たち。
今の環境問題も、先を読まずに今だけを重視した結果である。
ハワイや小笠原などの絶海の孤島は、独特の生態系がバランスを取ってきた。
それを元に戻せるか。
これからが勝負である。

夕方小止みになった雨の中お宿へ。
運悪くエアコンのない部屋になってしまったけれど、
夜は東京よりすごしやすく、扇風機で十分だった。

さてさて、明日は日食を見られるのか…

続く…

Bonin Blue Again ! Vol. 1

2009-07-29 17:31:17 | 
このブログを書くきっかけとなった小笠原へ再び行ってきた。
最大の目的は7月22日の日食だけれど、
とにかく小笠原はもう一度行きたい!と思っていた場所。
今回の日食のお陰でダンナの説得にも成功し、無事小笠原へ再上陸。
小笠原は、あたしにハワイ、沖縄と同じくらいパワーをくれる。
人にはそれぞれ自分だけのパワースポットがあるけれど、
あたしにとって、小笠原はパワースポットだ。

【7月20日(日)】
小笠原へ出発の日。
週間天気予報はあんまり芳しくない…
いったん梅雨明けした関東地方だけれど、梅雨前線が再び南下している。
さてさて無事日食は見られるのか?!
不安を胸に竹芝桟橋へ。
不安だけれど、大丈夫と思う気持ちもある。

おがさわら丸の乗船手続きを終えて並んでいると、
マナカード仲間のあまねちゃんが!
凄い偶然。
久々の再開を喜び、それぞれの列へ。

船室の場所の札を受け取り船の中へ。
船室の場所が分からずうろうろしていたら、
若い女性が「向こう側ですよ」と教えてくれた。
実は彼女とは、後ほど意外な場所で再会するのである…

無事自分の札の場所についた感想は、「うわっ、狭い!」
前回はかなり余裕だったけれど、日食という一大イベントを控えた船は、
前回の2.5倍くらいの乗客がいて、800名あまりらしい。
大型フェリーのおがさわら丸は甲板も出られるしデッキも広い。
意外と快適に過ごせてほっとした。

それにしても揺れは少ないものの、やっぱり揺れる。
こういう揺れって、意外と体に堪えるのかな。
うたた寝して本読んで、ご飯食べてうたた寝して。
そんなことの繰り返しだった。
それでも飛行機と違って歩きまわれるから助かる。

22時消灯なので、本も閉じて目も閉じた。
あっという間に夢の中。
気になるのは現地の天気のみ。
おやすみなさい。

…続く。



Soul Of どんと - ハワイ島の聖地:South Point

2009-02-22 21:29:59 | 
【1月30日(金)】

今日はもうひとつのあたしにとっての聖地、South Pointへ向かうことにした。
ここはタヒチとハワイを行き来したカヌーを繋いだ場所という伝説がある。
繋いだという穴のあいた岩も残されている。

この日の朝はのんびり出発。
サウスコナのマナゴホテルからSouth Pointまでは車で1時間以上。
本当にハワイ島は大きいのだ!
途中、スーパーマーケットでお昼用のお弁当を購入し、
South Pointまでロングドライブ。

19号線を外れ、風車が見下ろすガタガタ道をひたすら走る。
風が強く高い木もなく、見晴らしはばっちり。
ガタガタ道をひた走って20分くらいでSouth Pointに到着。



足元10mくらい下に広がる水は、本当に青い!!
波が荒く風が強く、雲は吹き払われて遠くまで見渡せる。
まるでタヒチまで見えそうなくらい!
実際は地球が丸いので、5kmくらい先までしか見えないそうだ。

South Pointに復元されたヘイアウの前で、E ho mai。


日本から持参した、様々な聖地の水をまく場所を探してしばらく散歩。
垣花樋川や天河、日光などの聖地の水だ。
直接水をまけそうな場所を見つけ、足まで入って水をまいた。



水が本当に気持ち良い!!
それから、溶岩の上に腰をおろしてお弁当。
さすがアメリカ、サイズが大きい!
半分は明日の朝用に持って帰ることにした。

ぶらぶら1時間くらい散歩し、ロイヤル・コナのコーヒー博物館へ向かった。
ここではコーヒーの試飲ができるのだ。
しばらくコーヒーを飲んでいなかったので、たっぷり試飲させてもらった。
さらに北上し、Island Naturalsというオーガニックのお店へ。
これはヒロにもあるお店で、ヒロ店の方が大きい。
ホメオパシーのレメディーを10個ほど購入した。

それから再度かおりこさんのお宅へ。
最後の最後までお世話になりっぱなし。
途中でククイの木を見つけたので、お土産代りに実を持って行った。
ククイはハワイの叡智の象徴だ。
実は天然の抗生物質となる。
木から出ていた汁をなめて、Rちゃんが【苦~~~い!!】。

かおりこさんとカヒコやネイティブインディアンの話をしながら夜も更けて、
名残惜しいけれどお別れしてマナゴ・ホテルへ帰った。
翌31日の朝、日本へ向けてのフライトなのだ。

朝、ひとりで運転しながらコナ空港へ向かった。
土曜日の朝は道がめちゃくちゃ空いていた。
空港で珍しいリュウゼツランの花が咲いているのを見つけた。



飛行機の中から外を見たら、晴れた空にマウナケア。
白い山は雪をいただいて、美しく見送ってくれた。



視線を少し左にずらすと、マウイ島の最高峰のハレアカラ。



次回はマウイ島に行ってみようかな。
終わり。

Soul Of どんと - ハワイ島の聖地:Kawaihae~Pololu

2009-02-18 21:51:34 | 
【1月29日(木)】
朝7時半。
同じManago Hotelに泊まっていたあやちゃんを空港まで送るために、
ホテルを出発。
眠い…
昨日は遅くまでかおりこさんのお宅で大盛り上がりだった。
かおりこさんのお宅のあるHolualoaからManago HotelのあるCaptain Cockまで、
近いようで結構距離がある。
あやちゃんも眠そう。

平日朝の19号線は物凄く渋滞する。
これからKing Kamehameha Hotelにも寄って、
ちーちゃんとりえちゃんも拾ってから空港に向かうのだけれど、
約束の8時に間に合うか…やっぱり間に合わず。
8時10分にホテルのロビーでピックアップして、空港へ。
空港には8時半ちょっと過ぎに到着。

間もなく、ち~こさんやしかぼん、マナちゃん達もお見送りにやってきた。
今日買えるのはあたしが乗せていた3人のみ。
残りのメンバーも、今日からは別々の行動になる。
3人をゲートで見送り、あたしはひとりで車に乗った。
コナ空港の駐車場料金が3ドルに値上がりしていてびっくり。
まぁ、今は円高だから良いけどねぇ…

ひとりでコナ空港を後にして向かった先は、まずKawaihae Beach Park。
港は今はテロを警戒するという名目で入れなくなっているが、
ビーチパークはいつも開放されている。
着いた途端、昨夜の寝不足が祟ったのか、途方もない眠気に襲われた。
車を停めて、30分くらい仮眠。



Mamala i ka 'Aina.
大地を養い、大地と共に生きよう。
ハワイアンは、海も大事にするけれど大地も大切にする。
その上に木が生え草木が茂り、人が暮らしていく大地だから。

1時間近くここで瞑想したり、ぼーっとしたり、水際で遊んだりした。

それから車で北上。
島の北東側はいつも乾燥していて晴天が広がる。
まず、Hawiの街で昼食。
薄暗くて地元の人しか来ないようなメキシカン料理の店を発見!
メキシカン料理大好き!!
店の雰囲気に入るかどうかちょっと迷ったけど、食欲には勝てず。
注文していると、お店の人に「ここに住んでるの?」と聞かれた。
やっぱり日本人に見えないくらい、ふてぶてしい態度なのかな^-^;;

昼食の残りを車に乗せ、さらに北上。
カメハメハ大王像で一時休憩。
【銅像に登らないように】と注意書きがあるにも拘らず、
この銅像にはいつもレイがかけてある。
ハワイ州の中にはカメハメハ大王像が3つあるが、これが第1号なのだ。



あたしの目線で写真を撮ってこの角度。
誰があの手の先に、レイをかけたのだろう?

1年半前に来たときは、ここまでで引き返したけれど、
今日はこの先に進んでみることにした。
目的地はPololu Valley。
ちょうどWaipio Valleyの反対側くらいに位置する渓谷だ。
細い道をくねくね曲がり、走り続けることどれくらいか。
突き当りがPololu Valleyだ。
最初は展望台から見るだけのつもりだったが、山道を降りることができるらしい。
【行ってみるか?!】と心の中でつぶやき、降りてみることに。



山の斜面に大きなHala(たこの木)が群生している。
道は最初は楽だったけれど、だんだん険しくなっていく。
でも引き返す方が癪なので、降りることにした。
汗びっしょり…



さぁ、下のビーチに到着。
冬の島の北側は、波が荒い。
ここも波しぶきが風に吹かれて、細かい霧のように降ってきた。



Pololu ValleyはWaipio Valleyほど有名ではないけれど、
波打ち際に立った時、強いエネルギーを感じた。
そして、Waipioより男性的だ。
ここで'ili'iliを拾うことにした。
'ili'iliは小石という意味のハワイ語で、フラの楽器として使う。
ちょうど習い始めたフラ・カヒコで使う予定なのだ。
ただ持って行くだけでは申し訳ないので、E ho maiを歌いながら探した。
そして、最後に去る間際にはOli Mahalo。

探している間に結構な時間が経っていたので、コナに戻ることにした。
そして散々迷った挙句に、再びかおりこさんのお宅にお邪魔することにした。
かおりこさんはとても温かい人で、昨晩「明日も来てね」と言ってくださった。
でも、こういうとき悪い癖で、「社交辞令では?」と思ってしまう。
口ではああ言っていたけど、実際は迷惑なのではないか?
何より、自分がKYだと思われることを何より恐れている。
まぁ、小心者だってことだ。

そのため、散々迷って自分の殻を破ることにした。
迷惑だって思われたって良い。
だって、あたしが行きたいと思ったんだものって。

実際行ってみたら、まだち~こさんとしかぼんがいて、
かおりこさんとお嬢さんのRちゃんとち~こさんとしかぼんでご飯を食べ、
食後はち~こさんがRちゃんにウクレレを教えながらフラを踊ったり…
かおりこちゃんもRちゃんも「泊まっていって!」って何度も言ってくれた。
汗で気持ち悪かったので、辞退したけれど…
とても嬉しかった。
小心な自分の殻を破って、人の好意を信じられたことも嬉しかった。
タイガーさんとカメハメハ大王の力添えかも…なんてね。

続く。

Soul Of どんと - どんとの最後の足跡を巡る

2009-02-13 23:24:40 | 
【1月28日(木)】

今日は、どんとさんがこの世で最後に縁があった土地を巡った。
ナヴィゲイターは、もちろんどんとさんのパートナーの小嶋さちほさん。

朝いちばんと言っても8時頃、まずレインボー・フォールズに出発。
昨年はキラウエア火山の噴火の影響で、ヒロの雨量が少なくなっていて、
虹が見られず残念な思いをした。
さて、今年はどうかな~と思いつつ到着。
やっぱり駄目だった(涙)
どんとさんが亡くなった後、ち~こさんは沖縄のユタに聞いたという。
どんとさんは白い服を着た、滝にある洞窟に住む女性に連れられて、
あの世に旅立ったと。
この女性は多分、ハワイの月の女神であるHinaだろう。
Hinaは黄泉の国を司る女神でもある。
そして、レインボー・フォールズに住んでいたという。

あたし達一行は、レインボー・フォールズの数量復活を願って、
【水を尊ぶ歌】を奉納した。

それからヒロのダウンタウンに戻って、朝一を冷やかした。
Peleに捧げる花であるLehuaの花から取った蜂蜜や、
ハワイ固有の有用植物であるMamakiのお茶などを買い、朝食も買った。

それから、再度キラウエアへ。
今日も硫黄の強いにおいが鼻をつく。
そして、キラウエア上空はどんより曇っていた。
一行のメンバーであるちーちゃんが、喘息のような症状に襲われたため、
どんとさんが倒れたボルケーノ・ハウスを早々に後にした。



それから、Na'alehuのPunalu'u Bake Shopで昼食をとり、
マーク・トゥエインのモンキー・ポッドを通り過ぎ、
16時くらいにPu'uhonua O Honaunau(ホナウナウの逃れの地)へ。

ここは以前も訪れたことがある。
その時はひとりだったので、思いっきり古代ハワイに思いを馳せた。
今回は総勢10名くらい。
あたしは案内役に徹することにした。

同行のりえちゃんの目から突然涙が溢れ、止まらなくなった。
彼女のお祖父さんはハワイに移住したのだとか。
彼女もハワイに縁が深いのだ。
このPu'uhonuaは罪を犯した人間が赦されるために逃げ込む場所だ。
古代ハワイの理不尽なカプを犯した人たちが、逃げ込んだ場所。
赦しを得て、再び生まれ変わる場所。
りえちゃんにも何か生まれ変わる理由があったのかも知れない。

5時半ごろ、Pu'uhonua O Honaunauを後にして、
あやちゃんとManago Hotelにチェックイン。
ヒストリカルなお気に入りのホテルだ。
しかも安い。



それからりえちゃんとちーちゃんをキングカメハメハ・ホテルに送り、
ち~こさんたちと合流してかおりこさんのお宅で夕食をご馳走になった。
アリシアさんも交えて、賑やかな夕食。

こうして、どんとさんの最後の足跡を巡る旅は終わった。

続く。


Soul Of どんと - 10回忌 @Hilo本願寺

2009-02-10 18:58:22 | 
【1月27日(火)】

ハワイ島に到着して、怒涛の流れでAia La O Pele I Hawai'iを奉納し、
倒れこむように眠った日から1日明けて、とうとうどんとさんの10回忌。
朝、おいしいというパンケーキ屋に出陣するも、
『今日は夜からしか営業しないよ』というスタッフの一言に玉砕。
踵を返して別の店に行こうとした瞬間、
マナちゃんの運転する車に地元の車がぶつかった。
それほどひどいぶつかり方ではないけれど、
レンタカーにわざとぶつかる車もいる。
保険で何とかなることが分かり、一安心。

事故現場の近くのドライブインで朝食。
その後、波フラの練習をしたいという要望と海に行きたいという要望を取り入れ、
リリウオカラニ庭園そばのココナツアイランドへ。
ココナツアイランドは人工島で、地元の人の散歩コースだ。
ハワイは常夏と思っている方が多いが、緯度は石垣島と大して変わらない。
つまり、冬の水温は20度を少し超えるくらい。
結構冷たいのだ。
なので、水温28度超えないと水に入りたくないあたしは(苦笑)、
ビーチに足をつける程度で満足した。

その後、ヒロのダウンタウンで買い物。
30分しかない中で、シグ・ゼーンまで走った。
ヒロまで来たからには、シグ・ゼーンのアロハを買わないと気が済まない!
この滞在では、ここしかチャンスがない!
店に飛び込んだら、見知った顔が。
マイカイ・オハナ・ツアーズのビッグ・ジンこと大高仁さんだ。
お久しぶり~~と挨拶して、仁さんは仕事に戻った。

あたしはワンピースとダンナのアロハ、パレオ2枚を購入し、
いざ、ヒロ本願寺へ。
キラウエア通りにヒロ本願寺はあった。
こんな場所にあったなんて、知らなかった。



中はまるでキリスト教と仏教の融合!
午後2時、しめやかにどんとさんの10回忌が始まった。
最初は住職のお話があり、その後ち~こさんらが音楽を捧げ始めた。
現地に住む人、日本から来た人、カリフォルニアから来た人…
様々な地域から、様々な人種が駆け付けた。
総勢40名ほどだろうか。

ち~こさんの歌に合わせて、ハワイ島在住の舞踊家シズノさんが踊った。
法要をイメージした、静かな舞だ。
それからち~こさんがどんとさんの波を歌った。
海の幸のケニーさんとキャシーさんが歌い、
ハワイ島在住のオキナワン=ハワイアンのジーン玉城さんがジャンベを叩き、
それから、『地球の上に生きる』の著者であるアリシア・ベイ=ローレルさんが、
どんとさんのあの世での誕生日を祝う歌を歌い、
そして、ハワイ語で【波】を歌った。
あたし達は、そのハワイ語の波に合わせてフラを踊った。


演奏後のアリシアさんと。

アリシアさんの声は透明感にあふれて美しく、本当にラブリーだ。
声を張り上げるわけでも何でもないのに、本当に心にしみる。
こんな声に合わせて踊れるなんて、何と素晴らしい体験をさせていただけたのか。
しかし、ハワイ語になると振り付けが出てこない…
いつも、日本語の意味に合わせて踊っていたんだな~って改めて思った。

法要にはハワイ島在住のホクレア関係者、ニック加藤さんもいらしていて、
カマクラ号が進んでいることをお知らせすることができた。
力になれることがあったら言って欲しいと、暖かいお言葉をいただいた。

法要が終了し、みんなでどんとさんの新しい門出を祝った。
それから買い物したりない女子たちは、わずかな時間をぬってダウンタウンへ。
打ち上げで【みよず】に行き、お腹も満ちてホテルへ戻った。

シャワーを浴びた後、あやちゃんと話していたらしかぼんが部屋にきた。
ハワイの神話などについて話しつつ、夜は更けていったのだった…

続く。



Soul Of どんと - Hawai'iへ上陸

2009-02-07 22:57:02 | 
今年は元ボ・ガンボスのボーカリストだったどんとがこの世を去ってから9年。
1月27日はどんとの10回忌だった。
あたしはどんとさんとお会いしたことはないのだけれど、
縁あって、どんとさんのパートナーの小嶋さちほさんと
何度かお会いし、この旅のハワイでもご一緒させていただくこととなった。

昨年11月の沖縄滞在から、
いくつかこの旅に関係するのではないかというメッセージを受け取っていた。
あたしが受けるメッセージは、大抵単語のみ…
意味や関連については、自分で調べたり推測したりするしかない。
11月に来たメッセージは珍しく文章になっていた。

【ペレ(ハワイの火の女神)とポリアフ(ハワイの氷の女神)の源は同じ】
でも、それをどうしたら良いのかは分からなかった。
今回ハワイに行ったら、何か分かるかな…という期待もありつつハワイへ。

【1月26日】
旧正月のこの日、成田を発ってコナ空港へ。
ウッドバレーに滞在している小嶋さちほさんや、
以前のターラワークで一緒だった姉妹たちと会うために、
車を飛ばしてウッドバレーへ。
しかし、彼女たちは30分前にキラウエアに向けて出発したという。

そのままキラウエアに向けて出発。
ボルケーノビレッジでち~こさんや姉妹たち、
【地球の上に生きる】のアリシア・ベイ=ローレルさん、
Little Eagleというブランドの服を作っているかおりこさん、
舞踊家のしずのさんと合流した。

しずのさんのお宅で昼食をごちそうになり、
キラウエアのハレマウマウが見える場所へ移動した。
その場所は、昨年ハワイ島のカフナ・ヌイであるイカイカさんと
一緒に訪れてご神事をした場所だ。
やっぱり、エネルギーが強い場所なのだろう。

ここで突然、
E ho maiとAia la o Pele i Hawai'iを奉納しようということになった。
E ho maiはハワイの伝統的なチャントである。
Aia la o Peleは、どんとさんがこの世で最後に聞いた歌で、
古典フラの有名な歌だ。
その曲を、マナちゃんと一緒に踊ることになった。

昨年以上に噴煙の上がっているハレマウマウ。
しばらくいるだけで気管が痛くなる。
そして、小石の上で踊る。
肺も苦しいし、足も痛い。
え~~、なんじゃそりゃ~~~、と思っていたけれど、
実際に踊りだしたら、ペレ様のご加護なのか痛さも苦しさもなかった。

日本人が集まって変なことをしている。
他の観光客からはそんな風に見えたかもしれない(苦笑)
でも、ハワイを愛する気持ちは強いのだ。
ハレマウマウの上空で雷が鳴った。
きっと、この祈りの気持ちが届いたのだろう。

大きなキラウエアの火口の前に立っていると、
人間って小さいな~~と思う。
普段の生活ではそんな単純なことを見失ってしまうけれど、
自分以外の大きな存在に触れるのって、とっても気もちが良い。

さすがに空気が悪いので、
そこを移動してチェイン・オブ・クレーターズ・ロードへ向かった。
カラパナの少し手前のトレイルを歩いた。
まるで宇宙空間にいるかのよう。

しばらく散策し、みんなでヒロへ向かい、その日の宿のシーサイド・ホテルへ。
着いて時差ボケも収まらないうちからいろいろ活動したが、
ハワイ島にいる時って不思議と疲れない。

と思っていたが、さすがにシャワーを浴びたらネム~~zzz
明日はどんとさんの法要だ。