心のケアと自立のための日記指導-1
―「週一日記」のすすめー
科学や知識、文化からも学ばせたい。また、日々の生活の中からもたくさんのことを学ばせたい。ていねいに物事を考えて、事実にもとづいて考える子に育てたい。
そのためには、日記を書くことが大切です。
そして、それを読み合い、学び合う学級・学校をつくらなければなりません。
その、応援として、私の実践した「日記指導」について、紹介します。不十分なもの(未定稿)ですが、参考にしていただけたらうれしいです。
《 文中にでってくる児童名は仮名です。ご了承下さい。》
一 「週一日記」のスタート
(一)学び合える集団をつくる
今は、「安全」「安心」がキーワードの時代。新しい学年を受け持ったとき、まず、子どもたちの安全を保障し、心を開かせ、安心して学校生活をすべての子がおくれるように心がけなければなりません。
それは、クラスのなかの一番弱い立場にいる子どもたちに目を向け、一人ひとりのちがいを認めながら「仲間づくり」「学級づくり」をしていくことです。ほおっておいては、形はあっても「集団」はできてないのです。
その時に大きな力を発揮するのが、子どもたちが書いてくれる日記や作文、詩です。
とくに日記は、子ども自らが書きたいことをえらんで書くことが原則になりますから、えらんだ題材、書かれている内容、その書きぶりなどから、その子の生活や願い学習の状況、友だちとの関係などがみえてきます。日々の心の変化の一部を知ることもできます。
一人ひとりの子どもの生活や願いを知れば知るほど、その子にあった教育ができる。
このことばは、日記をずっと子どもたちに書いてもらってきた、わたくしの経験から生まれたものです。
子どもたちの書いた日記は、教師が読んで、「赤ペン」を入れて書いた子どもを励ますだけでなく、書かれたものを読んだり、学級通信や一枚文集に紹介したりすることで、書き手の生活に対する思い、願い、見方・考え方をみんなのものとすることができます。
お互いの生活や願い、その日、その時の気持ちを知ることで、心をひらき、共感、共鳴する心も育ち、安心して生活をおくることもできるのです。
大震災の後、「災害に遭った子どもたちの心のケアにどう取り組むか」が、問題になっています。今回の大震災の特徴から、今後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の増加が予測され、学校でのPTSDを未然に防止するために必要な支援として 「(1)安全・安心の確保。(2)個々の子どものへの理解。(3)特別支援教育に学ぶべきユニバーサルデザイン教育。」があげられています。さらに(3)のユニバーサルデザイン教育で必要な具体的な配慮として、①クラス一人ひとりが、安心していられる場所を作る。②好きなこと、得意なことで教師、仲間とつきあえる。③クラス一人ひとりに活躍の場がある。④不快な感情を言葉で表現できる機会がある。」(注1)という提言が出されています。
けれども、今、こころのケアの必要なのは、災害にあった子どもだけではありません。こころのケアの必要な子はどの学級にもいるのが現状です。
インクルーシブな教育、人権教育の充実。人間理解を深めるという観点からも、「具体的な配慮」を可能にしてくれるのが、日記のもつ力です。
教育をつかさどる教師の大切な仕事として、「日記指導」を上位に位置づけて、とりくんでみてはどうでしょう。一週間に一回は書く、「週一日記」からはじめましょう。
(二) スタート前の準備
1 教師が語ることから
日記を生活の一部として子どもたちに書いてもらうようにするためには、まず、教師が子どもにたくさんのことを語ることが大切です。
新学年・新学期のスタートにあたっては、まず教師の思いや願いを、できれば通信か「一枚文集」に書き、それを読みながら語ることが大事です。
進級おめでとう/一人ひとりの力とよさを出し合って/すばらしいクラスをつくっていきましょう
「田中定幸先生」と、五年一組の担任が発表になった時、どんな気持ちでしたか。一年生の時に習った、石川先生や大澤先生がよかったとか、四年の時の受け持ちの先生方がよかったとか、新しく武山小学校へきた若さモリモリの米田先生がいいなと思った人もいたかもしれません。
でも、がまんしてください。一人ひとりみんなの気持ちを聞いていたら、武小のクラスの担任を決めることはできません。学校全体のことをよく考えて校長先生が決められたのです。その中で、みんなはせいいっぱいやるほかはないのです。先生が気にいらないからといってしょげていては、何も学ぶことはできません。
先生たちも、好きな子ばかりをえらぶことはできません。また、そんなことはしません。みんなも好きな友だちを集めてクラスを作ることは出来ません。
組がえになった仲間35人と先生が、力を合わせていいクラスをつくっていくのが、だいじな『人を育てる』学校教育の目標なのです。
ぼくの好きな言葉に、国分一太郎先生の言葉があります。(注2)
…君ひとの子の師であれば/とっくに それは ごぞんじだ/あなたが 前に行くときに/子どもも 前を向いていく。/ひとあし ひとあし 前へ行く。
先生のぼくががんばれば、子どももきっといい子に育つ。まず、教師ががんばらなければだめなのだよ、という意味です。
先生もがんばります。
井上 友美さんも がんばってください。…。 (以下、クラス全員にこう、呼びかける)
こんな通信を書くのです。そして、よいクラスをつくるためにはどうしたらよいか子どもたちに問いかけます。子どもたちに話させ、考えさせます。考えを引き出すようにします。そして、そういうクラスをつくるために、先生からは、一人ひとりの気持ちを大切に育てていくために「日記」を書いてほしいと提案します。
2 日記のすばらしさを語る
日記を書くと、こんなよさがあると話します。
・先生が日記をよむと、たくさんのことを知ること、学ぶことができる。
・「赤ペン」によって、感想を伝えられる。
・書いた人の気持ちや心がわかったとき、その人にあった励まし方ができる。その人のよさをみんなに伝えられる。
・友だちの日記を読むと、友だちも、同じようによろこんだり、かなしんだり、心配したり、驚いたりしながらくらしていることに気づく。同じような出来事にであっても、ちがう考え方をする人もいる。各家庭には、それぞれの生活がある。
・友だちの、見方・考え方を学べる。
・おたがいが知り合うことで、学級としての「なかま」ができる。学び合える「集団」ができる。そして、「安心」「安全」な学校生活が送れる…。
こういったことを話したからと言って、すべて伝わるわけではありません。けれども、日記を書き、それを読み合うことは、いじめのない、一人ひとりが大切にされる学級ができることをしっかりと伝えます。
このときの話は、文字に固着させて、「学級通信」にも書いておきます。それを目にする保護者や家族の人たちにも伝わるようにします。所信をしっかりと伝え、指導の柱としての位置づけをします。
3 日記帳をプレゼント
進級プレゼントとして日記帳を用意します。もちろん後で、集金してもかまいません。日記帳を教師が用意するのは、同じ物であれば扱いやすいこと。そして、子どもたちが、書きやすいように、また、書いた達成感が味わいやすいように、罫線の巾の広いもの、マス目の大きいものなど、実態にあったものを選べるからです。書き方についても、共通の約束のもとに書き進めるようにできるからです。
すぐに書かせず、初日は、日記帳のプレゼント。そして、1ページ目から順にページを書きこませます。表紙には、自分の好きな名前をつけて、1冊目、あるいは№1と書き入れさせます。
そして、この次に、新しい学年になって心が動いた日のことを書こうと予告しておきます。日記帳はそれまで大事に教師が預かっておきます。子どもたちに持たせておくと、書く当日、忘れてしまう子が何人か出てしまうからです。
(注1)小林正幸「提言 災害に遭った子どもたちの心のケアにどう取り組むか」『教育展望』(教育調査研究 所編 2011.10)
(注2)『君ひとの子の師であれば』(国分一太郎著・新評論)の冒頭に書かれていることば。山形県東根市にある国分一太郎の教育碑にもこの文言が刻まれている。