ツルピカ田中定幸先生

教育・作文教育・綴り方教育について。
神奈川県作文の会
綴方理論研究会
国分一太郎「教育」と「文学」研究会

先生方へのお年玉ー5

2013-01-10 17:18:44 | Weblog

教科の中で「書く活動」をすることの意味と方法―15

      国語科編

承前

書きながら読む『ごんぎつね』指導

『ごんぎつね』の感想の詩が生まれた背景には、全文の視写、また、その文章への「書き込み」(ひとり読み)だけでなく、「初発の感想」を書いたり、授業のあとに書く「感想」も、大きな力となっていたのです。

 さらに、六の場面においては、注目させたい文章について、叙述をおさえ、そこから想像したことを書かせています。

「ごんぎつね」の読みの中での「書く活動」②

 

第六場面  ごんをうった兵十の気持ちを考えて読もう

 

☆想像して書こう 

 

「兵十は、火なわじゅうをバタリと取り落としました。」

◇バタリという感じは、何かすごく、ころしてしまって悪かったという感じがする。取り落としたというところは、兵十が無意しきのうちにおとしたような、力がぬけた感じがする。ここは、兵十が本当にもうとりかえしがつかないことだと、後かいする場面だ。ごんが死ななければ、二人ともしあわせになれただろうと思う。

◇兵十は自分をせめた。ああ、おれはごんを悪いやつだとばかり思って、うってしまった。そう思って、兵十はきっと気を失ったように手をふるわせて、じゅうを落としてしまった。

◇兵十は、もう気がとおくなるほど、なんということをしてしまったんだと思った。ごんは、かわいそうにわるいことはしていないのに、うたれてしまってほんとうにかわいそう。もう、とりかえしのつかないことになってしまった。

◇あまりのショックにじゅうをおとし、なみだがこぼれそうに体中あつくなったと思う。兵十は、さけびたくなったと思う。

 

「青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。」

◇かなしい終わり方だなあと思う。火なわじゅうをうったときのあとのけむりが出ているのがかなしいと思う。細くでていたので、もっとかなしい。そういう気持ちがいっぱいつまっている一行だ。

◇ごんがやさしすぎたのかな。あんなにやさしくなければ、ごんの命は助かったのに。青いけむりは、ごんをみちびいて、ゆったりゆったりのぼっていく。ごんの心は、兵十の心へ、きっと思いが通じただろう。私の心にも私の子どもにもこの思いは通じていく。

◇兵十もごんも火なわじゅうもかなしいくるしい思いをしているんじゃないか。青いけむりは、死んでいくかなしさを表している。けむりが細いのは、兵十とごんの気持ちが細く小さくなって、そのうちに消えて、何もなくなってくるようにかなしくなっていく。この最後の文は、私自身が体験しているように、心に深く残った。

◇ここは、兵十が本当にもうとりかえしがつかないことだと後かいする気持ちが出ていると思う。ごんが生きていれば、今度こそ幸せになれたと思う。「まだ」というのは、ごんをうったときからだから、そのつらい気持ちを強めていると思う。「けむりが細く」というのは、ごんの命のような、さびしい、静かな感じがする。

◇「青い」は、なみだのように思う。けむりは、たましい。はかないごんの命。この一行がさびしさを強くしている。

◇青いけむりが…の青いっていうと、ごんのたましいが、すうっとぬけていくような気がする。バタリとじゅうを取り落とした兵十もきっとたましいがぬけたようになったと思う。兵十はぼうぜんとしていただろう。

 つつ口っていうのは、小さいごんのように細い。そして、ごんは、けむりといっしょに天国へのぼっていった気がする。けむりは、ごんのたましいのように消えていく。とってもかなしい。

 作者の気持ちや、茂平じいさんの気持ちになって、考えてみた。海は、きっと作者が、この話のさいごの一行を書くとき、なきながら書いたと思う。「青いけむり」っていうのは、ごんや兵十や作者や茂平さん、この本を読んだみんなのなみだの色だと思う。「細く」っていうのは、ごんや兵十のさみしさなのだろうな。

 海から、ごんへ手紙を書きます。

  ごん、/あなたは、とてもやさしかったね。/さいしょのところは/あんまり悪いいたずらをするので/なんてひどいやつだ、ごんは/って思っていた。/でも、ずっとごんの気持ちを読んできて/さいごの場面になったとき/兵十のねらいさだめた/火なわじゅうのたまが/海の心ぞうもつらぬいたような気がしたよ。/海はしばらくの間/口がこわばってうごかなかったよ。/ごん/こんどこそ、天国で/しあわせにくらしてね。

 

 

□六の場面(ごんの死・心の交流)での学習の展開は、2時間の扱いで、次のような読みの目あてをたてて行われています。

 

(1)そのあくる日も、……のごんの気持ちを想像する。

(2)ごんを見つけた兵十の行動と気持ちを読み取る。

(3)ごんを撃ったあとの兵十の行動と気持ちを読み取る。

(4)うなずいたごんの気持ちを想像する。

(5)最後の一文の持つ感じや効果を味わう。

そういった展開の中で、

・火なわじゅうをバタリと取り落とした兵十の気持ちを想像して書く。

・青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました……から想像できること、この一文の効果を考えて書く

 

という背景から書かれたものです。

 

 

 

 


先生方へのお年玉ー4

2013-01-09 16:26:32 | Weblog

教科の中で「書く活動」をすることの意味と方法―14

      国語科編

承前

書きながら読む『ごんぎつね』指導

『ごんぎつね』の感想の詩が生まれた背景には、全文の視写、また、その文章への「書き込み」(ひとり読み)だけでなく、「初発の感想」を書いたり、授業のあとに書く「感想」も、大きな力となっていたのです。

 

「ごんぎつね」の読みの中での「書く活動」①

 

〈初発の感想から〉

 学習展開の第一時茂平じいさんはどんなことが心に残っていたのだろう。

◇ ごんは、ちゃんと反省しておかえしをしたのに、兵十は、ごんをてっぽうでころしてしまってかわいそうだな。茂平さんもそのことが心にのこっていたのだろう。

◇ 最初はわるかったけど、兵十のおっかあが死んでからは、兵十が一人になったからいろんなものを持ってくる。ごんも一人なのになんでだろう。茂平じいさんは、いつもものをもってきてあげるのに、きつねをころしたことが心に残ったのだろう。

◇ 兵十は、ごんをころしてしまって、こうかいしていると思う。うんのわるいごんぎつねだなあと思っている。

◇ ごんぎつねさんは、最初にいたずらをしてしまったけれど、そのおかえしにまつたけやくりなどを拾っては、家のところにおいて、自分のした悪いことがわかっているのに最後にはころされてしまった。動物は話ができないので、ころされちゃったと思う。もししゃべれたら、わけを話したりして、ころされはしなかったと思う。 ごんはとてもやさしいきつねだと思う。おじいさんはそんなきつねのごんが心にのこったと思います。

 

          波線…主題想定への直接的な手がかり  実線…間接的な手がかり(略)   

 

〈授業後の感想から〉…読み取りの授業のあとに、感想としてワークシートに書いたもの。

第一場面 

ごんがいたずらをするときの気持ちを考えて読もう」…読み取りの目あて

 

 その一  ごんの生活ぶりやいたずらの様子を読みとろう

◇ぼくはこの場面を読んで、ごんはすごくわるいやつだなあと思った。すごいいたずらをしている。おひゃくしょうさんにとっては、食べ物がなくなってしまうようないたずらばかりだ。わるいやつだなあ。

◇ごんはひとりぼっちだからかわいそうだと思った。たいくつすぎるから、こんなひどいいたずらをするんだな。

◇ごんは一人ぼっちだけど、生きていっている。中山様という人いがいは、みんなくろうしている

 

 その二  兵十が魚をとっているのを見ているごんの様子と気持ちを読みとろう

◇雨が二三日もふりつづいて、やっと雨が上がって、ごんはきっととってもうれしかったんじゃないかな。モズの声を聞いて、気持ちがよかっただろうな。

◇兵十はとてもしんけんにおしごとをやっているので感心しました。まるでわたしがごんになって、今わたしの目の前で兵十がいっしょうけんめいあみをゆすぶっているところが見えてきた気がしました。

◇ここの場面で、はじめはわからなかったけど、いたずらをしたいごんの気持ちや兵十のようす、いろいろわかってきた。新美南吉さんは、「光る」という表現をつかうのが上手なんだなと思いました。

 

 その三  兵十にいたずらをするごんの気持ちや様子を読みとろう

◇兵十がいなくなったすきに、せっかくとった魚を川下になげた。ぼくはごんは悪いと思った。ごんがうなぎをつかんだら首にまきついてしまった。兵十がきて追いかけられた。ぼくは兵十のことを考えてほしいとごんに言いたい。でも、この場面のさいごで、ごんはころしてしまったうなぎを草の上にそっとおいてねむってもらった。やさしいところもあるんだとわかった。

◇私は、二回目の「ほっとしました」というのは、一回目の「ほっと」とちがうというのに気がついた。兵十がこなかたのは、もう追いかけるのに、力が出なかったのだと思う。うなぎもかみくだかれて、かわいそうだけど、兵十の方がもっとかわいそう。

 

第二場面

 その一  村の人たちがおそう式のじゅんびをしているのを見ている ごんの気持ちを読みとろう

◇また、ごんはいたずらしに村に出たんだな。何か村の人たちがやってるかと思えば、そう式だったから、がっかりしたんだろうな。

◇ごんは、最初うきうきしてた。でも村のいろいろなようすをみていたら、「そう式だ。」とわかってくらくなった。ごんは、だんだん不安になって、とうとう心ぱいになった。でもまだおそう式と自分がしたいたずらのこととは関係があると気づいてはいない。

 

 その二  兵十のおっかあのそう式を見て、ごんが後かいする気持ちを読みとろう

◇みんなで読みとる前は、ごんはひどいやつだなと思ったけど、自分でしたことをこの場面で、ごんは後かいしている。自分のせいでおっかあが死んだと思いこんでいる。ごんはとてもえらいと思う。自分のおかあさんも死んだから、そういうふうにごんは考えられるんだと思う。

◇ごんはだれが死んだか知りたくて、一生けんめいのびあがって見たのだろう。兵十のことを心配していたからだ。兵十のおっかあが死んでしまった。一人ぐらしは、ごんは体けんしているから、どんなに兵十が哀しいかわかると思う。あとで、よくよくとごんは反省した。ごんは本当はやさしくてかしこいんだな。

 

第三場面  兵十につぐないをするごんの気持ちを考えて読もう

◇兵十は、麦をあまりといだことがないんだね。いつもは、お母さんがやっていたのに、今はお母さんもいないから、自分がやらなければならないんだ。それにごんは、いわしをあげたことをいいことをしたと思っているけど、兵十にとっては、めいわくなことで、ごんの気持ちはわかってもらえなくてとてもかわいそうだと思った。

◇ごんは、いわしを持って行って、まず、いいことをしたと思っていたけれど、兵十の家に行って、やっと悪いことだったとわかった。それからは、だれのものでもない、山のものを毎日兵十の家に持って行ったごんはえらいな。

 

第四場面  兵十と加助の話を聞いているごんの気持ちを読みとろう

◇この場面の最後に、ごんが早く兵十の話のつづきが聞きたくて、しゃがんでいるのがかわいらしい。ごんの気持ちがだんだんわかってきた。

◇月のいいばんで、ごんは気持ちがいいだろう。さんぽに出かけて、いい気持ちなのに、自分のことを兵十が話してくれていて、なおさらうれしくなっただろう。ごんは、はやく話のつづきが聞きたかっただろう。ぼくだって、自分のことだったら、はやくつづきを聞きたいなと思う。

第五場面  兵十と加助の話のつづきを聞くごんの気持ちを読みとろう

◇ごんは、かわいそうだね。ごんが兵十にいろいろなものをおいていってるのに神様がおいていってくれると思われているんだから。でも、ごん、これからもくりやまつたけを兵十のうちにとどけてやりな。兵十とごん、ひとりぼっちどうしだもんね。

◇ぼくは、「兵十のかげぼうしをふみふみいきました。」というところが、とっても心にのこった。そこのところでいろいろ考えてみた。 …かげなので、くらいし、ごんは小さいからかくれやすかった。そして少しでも、自分と同じ一人ぼっちの兵十といっしょにいたかった。それに、自分も人間になったつもりで、いっしょに歩いていたんじゃあないかな。

 

□第六場面については次回。

      ー「授業のあとに感想を書く」ー

 授業の話し合いでは、思わなかったことや考えつかなかったことを「感想を書く」なかで気づくことができる貴重な時間ですね。教師がこれを読むと、子どもたちがどのように読み取ったかがわかります。

子どもたちが書いた感想を、安子先生は次の時間にとりあげて、読みをふかめるのに役立てていました。


先生方へのお年玉ー3

2013-01-07 11:56:35 | Weblog

 

教科の中で「書く活動」をすることの意味と方法―13

 

      国語科編

 

承前

 

書きながら読む『ごんぎつね』指導

 『ごんぎつね』の感想の詩が生まれた背景には、つぎの三つの考え方のもとに、「ていねいな読み」が展開された結果であると考えられます。「日常の指導として」「授業の展開にあたって」「文学教材の指導と学習課題の問題」                       

■日常の指導として

言葉を大切にし、イメージを広げる力を

☆書くことに慣れる

 ・親子ノート

 ・新聞づくり

 ・お話をしっかり聞けたよノート

☆言葉を大切に、読む、書く。

・詩のノート(詩の視写と創作)

・作文の授業

☆言葉を大切に イメージ豊に読む

 ・国語の学習と図工の学習を併せた試み

    ・『一つの花』感想詩・画

 ・ひとり読みの導入(視写・書きこみ)

 ・音読の工夫(音読カード)

 

■授業展開にあたって

主体的な学習態度を育てるために

☆一人読み(書きこみ)の導入……子どもたち一人ひとりの読みを大事にする。

・文学の読みの基本として、書かれていることを大切に、一つひとつのことば、表現に気をつけて、それを意識的に書くように。

・こうした〈書きこみ〉をとり入れながら一つひとつのことば、表現をふまえて、さらに集団討議、集団思考を重ね、読みを深めていく。(一層豊かな読みへ)

・教師の発問依存の授業にならないように、発問の多発、連絡をさける。教師は、司会、助言、軌道修正の役割。

・しかし、一人読みの発表に終始しないこと。友達の発言をよく聞き、自分なりの読みの修正、深まりを感じることの出来る話し合いを。

・教師の教材分析。段落ごとに指導のねらいと視点はしっかり持つようにする。

・言語感覚を高めるために、場面ごとに読みの手がかりとなることば、表現に着目させるようにする。

・〈全文視写〉

    手で書き写しながら読むことの意義――書きながら作品の言葉の響きに肌でふれることである。

☆大事なことばをよりどころに

  文章を確かに読み取るには、一つひとつの語句の意味や働きをもとに、イメージをともなった深い意味内容を主体的に読む力を高める必要があり、それは、言葉に関心を持って自らが新しい言葉を獲得しようとする力を高めることでもある。

  授業を組み立てようとするとき、必ずこどもたちに「よく読ませたい、深く考えさせたい叙述」や「単なる意味理解に終わらせたくない語句」が浮かび上がってくる。これが「大事なことば」である。

 語句には、その一つひとつには、それほど大きな意味の広がりや、深まりがあるわけではないが、それをある文章に位置づけたとき、文脈の中で非常に深い意味が読みとれる場合がある。そして、その深い意味を追求することで、文章全体が寄り深く確かに読み取れるようになる。このような言葉が「大事なことば」といえる。

  本授業『ごんぎつね』の指導では、人物の気持ちの動きを考えて読むことが、主題にせまる上で大切なことから、作品の叙述の中で人物の気持ちが想像できる表現に着目して読みとるようにした。これが『ごんぎつね』における「大事なことば」と考えたからである。

■文学教材の指導と学習課題の問題

1 学習課題作りの不自然さ

 児童が文学作品を読み進めていく場合に、登場人物や事件の展開に心を引かれ楽しんでいく姿が自然。したがって、読みの浅い段階で学習課題を設定することは、以後の読みを制約し、不自然な読みになるのではないか。

2 読みの課題は、読み進めていく中で生まれる

 読みが深まり、作品の叙述に着目し始めたとき、そこで、初めて、追求したい疑問や問題が、意識されて出て来る。したがって、読む最初の段階で、学習課題を設定することにむりがある。

3 児童の感動体験を学習課題は、阻害するおそれがある。

 学習課題の追求は、「なぜ」「どうして」という知的追求になりがち。そのために、文学教材の本来の姿である作品において、感動体験を享受することは、矛盾するおそれがある。


先生方へのお年玉ー2

2013-01-05 18:48:37 | Weblog

教科の中で「書く活動」をすることの意味と方法―12

 

      国語科編

 

承前

 

『ごんぎつね』感想の詩―②

 

  天国のごんへ

        恵

ごん 聞いて下さい。

ごんぎつねの物語 勉強してきて

兵十のこと おっかあのこと

ころしてしまった うなぎや

ふみ折られた ひがん花のこと

とっても心をいためるごんのやさしさが

わたしのむねにひびきました。

兵十のおっかあが死んだのは

まるで 自分が悪かったというように

自分をせめるごんに 心をうたれました。

でも いたずらは いけませんよ。

一つでも あんなひどいいたずらをすると

もう 信じてもらえなくなりますよ。

そういうことを ごんは知らなくて

とりかえしが つかないことをになってしまったのですよ。

 

兵十は ごんのこと

いたずらぎつねめ

ぬすっとぎつねめって

にくんでいたからね ずっと。

 

そして ごんが うたれてしまったとき

わたしは なにかが

しんぞうにささったような感じがしたよ。

 

もうどうしようもない。

 

一番始めに 先生に

本を読んでもらったときに

わたし 兵十って いやな人だと思った。

だけど 二人とも いい人だった。

だのに ごんは うたれてしまった。

 

このことは ぜったい

わたしの心から

はなれないと思います。

 

 

  さよなら ごん

         貴光

ぼくが

「よけろ よけろ。」

といっても聞こえない。

もう おそかった。

「ドン」

ぼくのむねに つっとった。

ぼくも死んだような気がした。

ぼくのからだから

血がでて

なみだがでて

「兵十のわからずや。」

って さけんでいる。

 

 

  兵十へ

         ティミィ

兵十

今 後かいに後かいを重ねて

とっても気分が悪いことだろう。

兵十は つぐないをしているごんのことなど

何も知らないで

にくしみの毎日だったから

ごんを

うってやる うってやると

思っていたんだろう。

おっ母をなくして

うんとさみしくなって

麦をとぐのも 自分でやるのは

一人でキャンプに行くみたいだったろう。

兵十

ごんは 天国で

兵十のこと おうえんしているよ。

元気を出して

兵十。

 

 

  茂平じいさんへ

        恵子

茂平じいさん

わたしは この物語を

最後の場面まで

いっしょうけんめいにやってきました。

そのせいか うんと心に残ったことがあるのです。

それを茂平じいさんにおしえたくて

この手紙を書き出しました。

どこもそれぞれ とっても心に残りました。

だけど 一番つよく残ったのは

「青いけむりが まだつつ口から

 細く出ていました。」

というところです。

「青いけむり」は かなしい色。

ごんをころしてしまって

悪いことをしたという

兵十の気もちが表れていると思います。

茂平じいさんが話してくれたこの話は

わたしたちの心の

深いところに残っていくでしょう。

わたしも 年をとったら

この話をまた

子どもに語って聞かせたいと思います。

そして、わたしが作者になって

もし この物語の続きを書くなら

――ごんは 死んでしまったけど

  兵十を うらむことはありませんでした。

  兵十にうたれてしまったのですが

  ごんはやっぱり

  兵十のことが大好きだったからです。

  だから

  天国へも行かず

  兵十のそばで ずっといっしょに

  くらしました。

 

 

  語り終わった茂平じいさんは

        美幸

茂平じいさんは

しばらく目をとじていましたが

ふと 思い出したように

また 口をひらいて

わたしに話してくれました。

「動物も人間も

 心が通じ合えば

 争うことはないんじゃよ。

 兵十とごんをかなしませないように

 生きていかねばなあ。」

そう語りながら

茂平じいさんは

遠くの方へ目をやりました。

秋晴れの

しずかな空の下で

ひがん花がいっぱいにさいていました。

わたしは

ごんが今にも

ひょっこり出てきそうな

気がしてなりませんでした。

 

 

  語り終わった茂平じいさんは

        綾子

茂平じいさんは

なみだで顔が

くちゃくちゃのわたしに

やさしく やさしく

語りかけてくれました。

「お前だって いつかは死ぬんだ。

 それまでに いたずらもするが

 人に親切にすることもある。

 ごんは みじかい一生だったが

 せいいっぱい生きたんだ。

 さあ

 そんなに泣いていると

 天国のごんにきらわれてしまうぞ。」

そう なぐさめてくれました。

 

もう夕方で

山のむこうで

夕日がぼんやりと

もえていました。

 

□『ごんぎつね』感想の詩を読まれた方々へ

 ここで宿題を出します。どうして、このような詩が生まれたか、その背景について、想像し、考えてお答えください。

 宿題をやり、それをお送りくださった方の中から、抽選で、2名の方に「お年玉」としてつぎの本(どちらか一冊)を差し上げます。(ご希望の本をご指定ください。)

 

     ①復刻版『君ひとの子の師であれば』(新評論・国分一太郎著)

     ②『作文指導のコツ』(子どもの未来社・田中定幸著・低学年・中学年・高学年の希望も)

 

□送り先

   sadayuki@mrh.biglobe.ne.jp

 


先生方へのお年玉ー1

2013-01-04 13:15:26 | Weblog

 

 

教科の中で「書く活動」をさせることの意味と方法―11

 

      国語科編

 

『ごんぎつね』感想の詩―①

 

 この『ごんぎつね』の学習の中で生まれた詩は、同じサークルに所属する安子先生の実践の中から生まれた詩です。先生方への「お年玉」として、この詩をおおくりします。

 

  あの音

       亜弥

「ドン」

ひくく

ぶきみな

あの 耳にひびく音。

私の耳にへばりついて はなれない。

みんなで読んだ四時間目

ドンと へばりついて 

給食のとき

ドンドン…て ひどくなる。

そうじのときには

ドンドンドンドン…

私の耳の中で ひびきわたっている。

それは

兵十に

ごんの気もちが伝わらなかったから

だれの耳にも へばりつく。

 

「ドン」

ごん 死んじゃった。

 

 

  ごんぎつね

       和也

兵十

もっとよくたしかめて

うつか うたないか決めればよかった。

いつもいつも

ごんは 物をもってきてくれたのに。

うつ前に気がついていれば

今はきっと

兵十といっしょにくらしているな。

それなのに うってしまったとき

ぼくは

「あああ…」

と ふるえたよ。

でも ごんは

兵十が わかってくれたと

知っただけでもよかっただろう。

さいご 兵十とごんの心が

通じて よかったね。

今は 天国で

ずっと兵十を見まもっているだろう。

ここには

おっ母に うなぎを

食べさせられなかったうらみは

もう ないね。

兵十のおっ母に

ごんもやさしくされているんじゃないかな。

 

 

  かなしい日

         祥子

兵十のおっかあが 死んだ日。

その日の墓地

しいんとして

ごんのかくれている

六地ぞうさんのかげ。

ひがん花が

赤いきれのように

ずっとさき続いている。

いくらたくさんさいてても

かなしい。

兵十のおっかあが死んだかなしみを

ひがん花は

もっと大きくしている。

 

 

  やっぱり兵十が悪い

         美幸

ごんはつぐないをしてたのに

兵十がうちころすなんて ひどい。

私 この物語を

三才半のときにえいがでみて

「ごんは 悪くない。

 悪いのは 兵十だ。」

と 泣いたそうだ。

今 教室で

みんなでうんと読み合ってきて

ごんのいたずらは

どんなにいけないかも

よくわかった。

それでも

「ごんは 悪くない。

 悪いのは 兵十だ。」

と どうしても思う。

つぐないをする

ごんのやさしい気持ちを

兵十がうちころしたから

どうしても思う。

 

 

  兵十へ

      しのぶ

兵十

とりかえしのつかないことをしちゃったね

ごんは あなの中で

兵十から うなぎをぬすんだことを

すごくはんせいしたんだよ。

兵十が いわしやにぶんなぐられて

ほっぺたにきずをつけられたのも

ごんは はんせいしていたよ。

もう ごんのこと

にくいとか うらんだりしてないよね。

あんなに くりとかまつたけを

毎日毎日とどけたごんが

やさしいきつねだということが

ようく わかったでしょうからね。

 

 

  兵十へ

         賢治

やさしいごんをうってしまって!

毎日毎日、くりやまつたけをもってきてくれたのに。

 

ごんは

兵十のくやしい思いがいっぱいつまっている

火なわじゅうでうたれたんだ。

いたかったろうね。

うったあと ごんが置いた

くりやまつたけを見て

びっくりしただろう。

でも もうおそいんだ。

火なわじゅうのつつ口から出ている

青いけむりは

ごんのたましい。

さいごに うなずいたごんは

きっと 天国で 兵十をゆるしていることだろう。

 

 どんな実践からこんなすばらしい詩がうまれてきたのでしょう。その学習の展開を想像してみるのもよいかと思います。

 けれども、それはあとにして、この詩を、ていねいに書き写して、「引き出し」にいれておくことをおすすめします。「何のために?」。そんなにあわてて答をもとめないでやってみるとよいと思います。いつか、どこかで、この詩を読んだこと=ていねいに書き写したことが、役に立つと思うのです。

 それは、4年生の受け持ちとなって『ごんぎつね』の授業にとりくんだときに役立つだけではありません。これらの詩を読んで感じる、子どもの視点、考え方、詩の形式のするどさや確かさ。いろいろなものがこの詩をていねいに読んだなかであなたの心のなかに蓄積されていくのです。それが、どこかで、生きるのです。

「マニュアル」はやりの実践が多い昨近ですが、しっかりとした教科の学習から生まれた子どもの文章表現は、それを読むたくさんの先生方に「お年玉」をくれているように思えてなりません。

 


初仕事

2013-01-03 19:20:52 | Weblog

 気軽にご参加ください

 

 今年の初仕事は横須賀作文の会の案内状の作成。

 長いこと、この仕事は現職T先生がやってくださっていました。T先生が退職したこともあって、しばらくは、また、担当させていただいています。横須賀作文の会をたちあげて、毎月案内をだしていた時にもどってきた感じがして、若返ったつもりで出しています。忙しい現場のお手伝いを少しでも、という気持ちもあって、たのしみながら通知をだしています。(といっても「案内」の半分は現職のH先生にお手伝いをしていただいているのですが。)

 このブログを読んでくださる方が、もし行ってみようということでしたら、遠慮なくおこしください。毎月参加するかたもいらっしゃいますが、一年に一度の参加という方もいらっしゃいます。

 初仕事で作成した案内の骨子は、次のとおりです。

 

 

□「横須賀・逗子」作文の会

1月例会のお知らせ

 

 あけましておめでとうございます。お正月は、少しはゆっくりできましたか。賀詞交歓などで、あわただしく過ごしてしまった方もいらっしゃるのではないかと思います。

 そんな中でも、やはり年賀状を読むのもたのしいものですね。今年届いた教え子からの年賀状の添え書きに、次のようなものがありました。

  「先生、お元気ですか? 私は子供の頃持っていたワクワクした気持ちを取り戻し、夢に向かってかんばります! 楽しく生きることが大事ですね!」

  「弁理士として、文章作成を仕事としています。小学校の頃の経験が活きていると思います。」

また、友人からは、

  「『君ひとのこの師であれば』が復刊になり、若い人たちにすすめています。この本が私の実践のスタートでしたので。」

 こんな励ましのことばをいただくと、今年もたくさんの方々と力をあわせて、すこしでも住みよい世の中をつくるためにがんばらねばと思いました。

 さて、1月の例会は、16日の水曜日です。曜日を間違えないようにご参加ください。授業のビデオによる提案もあります。お早めにおこしください。

 

《提案―1》「友達の良さを自分のことばで表現しよう」

 

―日常の中に友達の良さを見つけ、それを思う自分の気持ちを

表現する日記とスピーチ指導(4年生)―

 

《提案-2》5年生物語文「わらぐつの中の神様」の導入

… 一の場面の読み取りの授業をビデオに撮って提案いたします。…

 

□日 時   2013116日(水)18:3020:50  

□司会者   (略)

□場 所   横須賀市総合福祉会館 5階第1研修室

□会 費   1回300円  (年会費として3,000円を納めていただけると幸いです。) 

□次回例会の予定  2013年2月9日(土)14:00~ 研究会 17:00~ 交流会(田中宅)

         

 □連絡先   田中定幸  自宅 逗子市新宿3―2―45  ℡・FAX 046-873-4339 

 

復刊された国分一太郎の『君ひとの子の師であれば』(新評論)を多くの方に購入していただき、ありがとうございます。読んで感動された方は、是非、身近な方におすすめ下さい。(本の注文は田中まで。定価2,200円→1,900円)


今年の決意

2013-01-02 16:45:06 | Weblog

      2013年・私の抱負

 

 今年も次のような気持ちで、教育にかかわる仕事をつづけていこうと思っています。このブログを通して思いを発信していこうと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

1 つねに子どもの生活と心理の現段階、そのありのままの姿をとらえ、それにふさわしい方法を見つけだそうとする。

 

2 つねに子どもがとらえている具体的・個別的・特殊的な事物、現象、または認識上の個々の成果などを抽象的・一般的・ 普遍的なもの、本質的な認識などに結びつけようと心がける。

 

3 つねに、ひとりひとりの子どもの心理や個性に注目し、すべての子どもを集団のなかに位置づけ発展させようとする。

 

4 つねに「生きる」ということを中心として、それに結びつけて、心理と真実にたいするあこがれをみんなのものにしようと努力する。

 

5 つねに子どもたちの自主性を大事にし、子どもたちを積極的・意識的に考えさせるような指導に心をくばる。

 

6 つねに子どもの心の内面のうごきを探ろうと欲し、それにふさわしい適切な働きかけのくふうに苦心する。

 

7 つねに、子どもの生活と心理の過程・現段階をとらえ、必要な環境・知識は何かを探りつづけ、子どもたちの自主性を大事にしながら、必要に応じてそれを享受するよう心がける。

 

・1~6「Ⅲ 生活綴方的教育方法の成立と到達、今後の展望」(国分一太郎)『講座・生活綴方 4』―生活綴方と教育実践―1962.4日本作文会編・百合出版より

・7 よい環境をつくること、必要な知識を積極的に学ばせることの大切さを強調して、つけ加えたもの。