青少年育成連合会 | 日本の未来を【夢と希望に満ちた国】にする為に日本人の心に訴えたい
子どもは日本国の宝|私たちは【子どもをいじめと虐待、性犯罪から守る】為にあらゆる方法を講じ解決にあたります





今日は七夕。今から一年一か月前の今日、多摩区の南菅中学3年生の真矢君が亡くなってちょうど一年一か月。いじめられている友達を助ける為に、声を上げたら逆に4人からいじめを受け、この問題を気がついていた教師達は、何も助ける事をしなかった。その間にいろいろあったと思うが、いじめの悲惨さを死をもって社会に訴えた。子どもながらにしても、自らの命を絶つと云う事は、例え子どもでも、その辛さや無念さは想像もつかない。それに両親やおばあちゃんの事を考えると、それは人に言えない位な、悲しみにくれたと思う。今までいじめを受けた子どもの自殺は、多くあったが、いじめられた友人を救おうと立ち上がった真矢君の友情に敬意を表したい。それに対し学校は亡くなった子どもの人権より、学校の体面・名誉を重んじるのか。子どもを失った親は何故自分の子が命を絶ったのか、真相を知りたいと云うのは親の気持ちとしては、当然ではないだろうか。それに対し教育行政の壁は厚い。とにかく子どもの残した数々の遺書を読み、改めて教育委員会をはじめ学校の教職員は、子どものいじめ自殺の認識をしっかりしなければならない。自殺で亡くなった父母はほとんど泣き寝入り。そればかりではない、はじめは世間の同情がありますが、逆に両親が真相究明に乗り出すと地域から猛然と始まる被害者遺族に対してのバッシング。こんなことがあっていいのだろうか。私はとても同じ日本人として恥ずかしい。もうこの多くの人が声を上げることによって、学校は真実を語らざるをえない。それによって学校も新たな教育改革に向かうことが出来るのではないかと思う。どんなことがあっても子どもがいじめられ、自殺するような悲劇を再び繰り返す事が無いよう、地域と学校が協力して真実を明らかにすることによって、開かれた学校の始まりの第一歩としたい
 


いじめによって自殺した生徒の遺書を新たに公開し、もう一度皆さんと考えたい思います。

篠原真矢君の遺書



お父さん、お母さん、お兄さん、先立つことをどうかお許しください。

俺は、「困っている人を助ける・人の役に立ち優しくする」それだけを目標に生きてきました。

でも、現実は人に迷惑ばかりかけて、〇〇のことも護れなかった…

それに俺には想い出が多すぎました。

こんな俺が、人並みに生きて、友達を作って、人生を過ごしていく…そんな事があっていいはずないんです。

俺がいて不幸になる人は多勢いる。それと同時に俺が死んで喜ぶ人も多勢いるはずです。

でも、俺は〇〇をいじめた、●●、●●、●●、●●を

決して許すつもりはありません。

奴等は、例え死人となっても、必ず復讐します。

でも、この十四年間楽しいこともたくさんありました。

春は桜が出会いを運び 夏は花火が夜空に消えて

秋は紅葉が空をも染め上げ 冬は白雪が乾いた心を潤す

季節が過ぎていく中で色々ありました。それが全ての想い出となって心に残っています

家族のみんなにはお願いがあります。

1つは、自分達をどうか責めないで下さい。

俺が死ぬのは家族のせいじゃありません。俺自身と、〇〇をいじめた連中が悪いんです。

大丈夫。ある日は日の光となり、ある時は雨となって、あなた達の心の中で生きています。

だから哀しまずに、俺の死を糧として、全力で生きていって下さい。

2つは、俺の臓器が無事だったら、それを売ってお金にしたり、お婆ちゃんや爺ちゃんの治療に使って下さ

い。それが俺に出来る唯一の罪滅ぼしだから…

それと、爺ちゃんには優しくしてあげて下さい。過去には色々あったと思いますが

それでも大事な家族です。大切にしてあげて下さい。そして赤、青のバッティング・グローブは形見にして

下さい。

今まで本当にありがとう そしてさようなら

~君がため 尽くす心は水の泡 消えにし後は 澄み渡る空~


注)〇〇は少年の友人の名前。

●●は加害生徒の名前

 




 中野富士見中学いじめ自殺事件は、1986年に東京都中野区で起きた男子中学生の自殺事件。俗に「葬式ごっこ事件」とも言われ、学級担任がいじめに加担するなど日本で初めていじめ自殺事件として社会的に注目された事件である。

 1986年2月1日、当時の東京都中野区立中野富士見中学校2年の男子生徒が、父の故郷である岩手県の盛岡駅ビルのショッピングセンター地下のトイレで首を吊って死んでいるのを見回りの警備員に発見された。床には遺書が残されていた。

 男子生徒が2年生に進級した後にクラスメートのグループからいじめに遭うようになり、それが徐々にエスカレートし、日常的に暴行を受けるまでになった。さらに、そのいじめグループらの主催によって学校でその男子生徒の「葬式ごっこ」が開かれることとなる。その「葬式ごっこ」には担任教師ら4人が荷担し、寄せ書きを添えていた。荷担の理由として「どっきりだから」といじめていたグループに説明されたから記載したと釈明した。

 それがきっかけとなり男子生徒は学校を休みがちになりのちに自殺することになった。



 この事件はマスメディアにより大々的に報道され、初めていじめ自殺事件がクローズアップされた事件でもある。報道により学校や教師の自宅、いじめに荷担していた生徒の自宅に嫌がらせが発生した。これ以外にも被害者である生徒の遺族の自宅まで嫌がらせが発生し、遺族が二次被害を受けることとなった。

 担任教師らは自分の身を守るために、担任を行っていた生徒らに対し自殺した生徒について口止めするように言っていたことも発覚。他にもいじめを知っていながら教育委員会などに対し報告も行わなかったり、自殺後に開かれた聞取調査では自殺した生徒に原因があるかのような発言まで行っていた。同年4月に保身に走っていた担任教師に対し事件後に発覚した学習塾でのアルバイト行為などにより諭旨免職の処分が下り、校長と4人の教師に対し減給などの処分が下り、校長と2人の教師が自主退職した。



 また、この自殺事件で同学校の生徒の精神面も不安定となり、授業中に自殺した生徒の名前を挙げながら同級生と喧嘩をした挙げ句、教室を飛び出し教師ともみ合いになった生徒が暴行容疑で逮捕される事件も起こった。ちなみにこの際、教師は生徒が教室を飛び出す直前まで生徒同士の喧嘩を見て見ぬふりをしていた。

 

愛媛いじめ自殺事件:遺書の内容明らかに

愛媛県今治市の島嶼部の中学校に通っていた1年生の男子生徒がいじめ を苦に自殺した事件(8月17日発生)に関して、男子生徒が残した遺書の内 容が明らかになりました。

 最近生きていくことが嫌になってきました。クラスでは「貧乏」や「泥 棒」と言う声がたえず響いていて、その時は悲しい気持ちになります。 それがもう3年間も続いていて、もうあきれています。それに、毎日おもしろおかしくそいつらは笑っているのです。そう言うことでこの度死ぬことを決意しました。

私が、死んだ後の物は(弟2人の名前)で分けて下さい。机にある小 判は私だと思って持っていて下さい。

(弟2人の名前)は僕の分まで長生きして、いい職について下さい。

いつも空から家族を身(原文のまま)守っています。

さようなら

いままで育ててくれてありがとう

母さん父さん

By.(男子生徒の名前)

 【岐阜・中2自殺】 「特に××さん…これでお荷物が減るからね」

遺書にバスケ部4人の実 名…「いじめ」の可能性?

メモの全文(××はチームメート4人の実名)

皆さんへ 今、誰かが私の手紙を見ている時、きっと私は死んでいるでしょう。 この忙しい時に御迷惑をおかけします。

今まで、私を愛し、育ててくれた家族、ありがとう。

今まで仲良くしてくれた友達、ありがとう。じいやん、がんばって早く良くなってね。

部活のみなさん、特に××さん、××さん、××さん、××さん、本当に迷惑ばかりかけてしまったね、これでお荷物が減るからね。 もう何もかもがんばる事に疲れました。

それでは、さようなら。"

 【松木友音(ともね)さんの残した遺書11通】

2005年9月9日北海道滝川市立江部乙(えべおつ)小学校の教室で当?6年生の松木友音(ともね)さんが11通の遺書を残し、教室で首をつり、翌年の1月そのあまりにも短く尊い一生を終えた。

学校のみんなへ

"この手紙を読んでいるということは私が死んだと言うことでしょう"

"私は、この学校や生とのことがとてもいやになりました。それは、3生のころからです。なぜか私の周りにだけ人がいないんです。5年生になって人から"キモイ"年と言われてとてもつらくなりました"。

"6年生になって私がチクリだったのか差べつされるようになりました。それがだんだんエスカレートしました。一時はおさまったのですが、周りの人が私をさけているような冷たいような気がしました。何度か自殺も考えました。"

"でもこわくてできませんでした。

でも今私はけっしんしました。(后略)"

6生のみんなへ年

"みんなは私のことがきらいでしたか?きもちわるかったですか?私は、みんなに冷たくされているような気がしました。それは、とても悲しくて苦しくて、たえられませんでした。なので私は自殺を考えました。(后略)

※一部抜粋、仮名遣いなどは原文のまま"

 

2005年12月6日未明、高山裕太君(16才)が命を絶ちました。

この少年は、長野県立丸子実業高校1年生で、バレーボール部に所属していました。 バレーボール部内のいじめや暴力によって、8月末から不登校になっていました。

この事件は、テレビのワイドショーが取り上げましたが、長野地方の新聞以外はほとんど報道していません。テレビと新聞の報道 から、自殺までの経緯を見てみます。 少年は声帯を痛め、声が出にくい状態であったこと。これを上級生などが真似て、からかうことがあった。2年生部員が1年生部員をハンガーなどでたたくことがあった。



福岡県城島中学3年、大沢 秀猛君(1996年1月23日自殺)遺書全文 1996年1 月24日、両親が公表。

(文中の実名は仮名にしました)

お父さん、お母さんごめんなさい。

僕がこの町にきて中1の初めの日にA君に後ろからつつかれたり蹴られたりされて、ついおこって「いいかげんにしろ」と言ったそしたら泣かされた。その日からずっと1年間泣かされつづけた。何回か先生に言ったらA君もおこったが、僕が口が悪いと言われた。そして、2年 になって口の悪いやつがいてそいつがいってもないことをいつもB君言いつけなぐられつづ けた

3年になり1学期は、なにもおこらなかったのでことしは、なにもないだろうと思っていたら2 学期の初めの日にC君につよい人がおまえに「スーパーファミコンをもってこい」と言ってき た。初めは、にげまわっていたがスーパーファミコンぐらいいいと思いわたした。そしてこんど は、お金をようきゅうされ初めは、わたさなかったが、「うでをおるぞ」と言われてわたしてしま った。そしてずっとお金をとられつづけている。いま30万円ぐらいとられている。またお金を ようきゅうされた。しかしそのお金がないので死にます。

皆さん読んでみて、相変わらず教育委員会や学校の言い訳ばかり。本当に今の学校に正義があるのか。何よりも大切なのは、学校や教師の対応。それに教育委員会。しかしいじめのほとんどが学校で起きている。だから、いつも事件が起きれば学校は責任回避や言い訳ばかりを言ってるが、対応がとにかく遅い。それは、いじめの問題を隠そうとすることを先に考えるからだ。もし、学校が総力を挙げて、本気でいじめの問題を迅速に対応したならば、いじめられている子供を助け上げる事が出来ないはずがない。

 

 


校内の暴力行為 川崎市の小中校で激増 文科省の調査で明らかに



2009年12月18日号 タウンニュース多摩区版 ケンカ繰り返す子ども増加
http://www.townnews.co.jp/0203/2009/12/18/25280.html より

 神奈川県の校内暴力は4年連続でワースト1。川崎市内の暴力行為は倍増−。こんな実態が、文部科学省がこのほど公表した調査結果でわかった。同じ生徒児童が繰り返し起こすケースやふざけあいからケンカに発展するケースが増えているという。

 文部科学省が公表した「平成20年度児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」の結果。平成20年度に全国の小中高で発生した暴力行為は5万9,618件で前年に比べて6,862件増えた。

 神奈川県では暴力行為が9,232件で4年連続全国ワースト1位。1,000人あたりの発生件数10.2も全国ワースト1位となった。

小学校では3倍

 川崎市内の暴力行為をみると、平成19年度の517件から平成20年度は918件と倍近くに増えた。小中高別にみると、小学校が51件から154件、中学校が439件から750件と大幅に増加した。高校は27件から14件に減った。

 市内のいじめは小学校で101件から115件に増加した。一方、中学校では371件から301件、高校で20件から8件に減少した。

  市教育委員会では「暴力行為は、同じ児童生徒が繰り返し行うケースやふざけあいからケンカになるケース、それを止める教師に対して暴力をふるうケース等が 増加している」という。いじめについては「その年によって変動があるため一概には喜べないが、犯罪という意識やモラル教育などが徹底してきて、陰湿ないじ めやメールを利用したいじめは減ってきていると見ている」という。

 市教委では今後、人間関係やコミュニケーション能力の向上を図るための共生共育プログラムや、他校の児童・生徒らと交流を図る「小中連携教育」を推進し、暴力行為やいじめの撲滅をめざすとしている。

 

 日本の未来の担い手を育てるために、文武両道をしっかり学んだ子ども達が、たくさん必要だ。その為に必要な活動は、これからも継続していく。皆さんの参加と協力をお願いしたい。





2011.07.05 Tuesday 扇風機 売り切れ状態


前の席の議員が「扇風機が売ってない!」と
ぼやいていましたが、本当にそのようです。
中国でも停電で「扇風機」の需要が増しています。
 
私は、たまたま2年前に買った扇風機がありますが
まだ、押し入れから出していません。
もう7月に入ったので、そろそろ出さなくては!
気が付いたら、もう7月なんですねぇ。
 
さて、今日は国会では第2次補正予算案が
閣議決定されました。
 
二重ローン対策に774億円、
被災者の住宅再建支援に3000億円。
原発で影響のある県民の健康調査対策に2754億円など
総額:1兆9988億円ということです。
 
震災対策、津波対策、原発対策、健康調査対策
節電の対策・・・いやぁ、大変です。
 
明日は特別委員会開催日です。


 
(上記の写真は第1秘書猫さんの新聞を布団代わり
 に寝ている様子です・・・お休みなさい!)

 君が代


 

 






 今日は私の人生の中で、女性初の元大阪市助役の大平光代さんの生き方を読み、これほど自分は感激を覚えたことがない
 今の政治家や学校関係者、その他の人たちに是非読んでもらえば、人間どんな苦境の世界に入っていても、死ぬほどの努力をすることによって、新たな人生が開けるのではないかと思いました。
 彼女の中学時代は、信じられない位のいじめに遭ったり、仲のいい親友からの裏切りに遭い、自殺未遂まで起こしてしまう。運よく助かり、その後16歳で暴力団の組長の妻となり22歳で離婚。北新地でクラブのホステス、そこで父の友人との出会い。そして友人が彼女の養父となり、そこから立ち直り猛勉強を始めた。

それからのプロセスは、これから詳しく書きます。

庫県西宮市生まれ。中学生のときいじめを受け、自殺未遂をするまで追い込まれる。その後非行に走り、16歳のとき暴力団組長の妻となる。
22歳で離婚。大阪・北新地でクラブのホステスをしているとき、父の友人である大平浩三郎と再会する。浩三郎はのちに光代の養父となる。
浩三郎の強い勧めで立ち直る決意をし、猛勉強を開始宅建試験、司法書士試験に合格
 その後、近畿大学法学部通信教育課程に入学。同大学3年の29歳のとき、最難関の司法試験に、1年間の猛勉強の末、一度で合格

 

弁護士として非行少年の更生に努める。

2000年、波乱の半生を描いた自伝『だから、あなたも生きぬいて』(講談社)が200万部を超えるベストセラーになる。

 

2003年12月、当時大阪市長だった關淳一の要請を受け、女性初の大阪市助役に就任。異例の市役所外部からの人事として話題となる。弁護士活動を一時休止する。
翌年には、大阪市問題が大々的に報道され、市政改革に奔走。
2005年10月17日、關市長の突然の辞任に伴い、大阪市助役を辞任(關は出直し選挙で再選)。
2006年1月6日大阪市法律顧問(法令遵守担当)に就任することが市から発表される。しかし、自民党と公明党の市議会議員たちから反発され、翌7日に就任を辞退。
退任直後、先輩弁護士と出会って3ヶ月後に40歳で再婚。
2009年4月龍谷大学客員教授に就任。

2005年10月17日、大阪市長の辞任に伴い大阪市助役を辞任。2006年1月6日大阪市法律顧問に就任することが市から発表される。同時に自民党と公明との市議会議員たちから反発されよく7日に就任を辞退。

結局は自民党と公明党との議員の、あまりにも大平先生が優秀なので、一種の妬みやっかみの世界。この馬鹿達は今も大阪市議をやっているのだろうか。こういう馬鹿達がいるから、ちっとも大阪市は進歩もない。とにかく、こういう市会議員は選挙で選ばないほうがいい。後退があっても進歩がない。出世欲や保身が強い、それだけの人間だと云うことだ。

れに対して大阪府の橋下知事は、素晴らしい知事だと私は尊敬している。私のブログにも何回か出していますけどね。
もし橋下知事と大平先生がコンビで大阪を引っ張って行ったら、最高のコンビで大阪は、ますます日本の注目の的となり、成長するに違いないと私は確信しております。



今日、松本復興相の件で、どうしても、あいつの顔を2,3発殴ってやりたい位だ
もし川崎に松本がいたら間違いなく、やるだろう。まだ あんな奴が大臣にいるなんて選んだ管直人はもう首相を辞めた方がいい。日本にとって今の民主党は要らない。とにかく松本は議員辞職をしろ。俺をこれ以上興奮させるな。
国民の多数は怒り心頭。もう松本の出る幕はない。今まで長い政治家人生で何か国の為に、やった事があるのか。やったことといえば金を貯めただけだろう。今まで貯めた金は被災で苦しんでいる人達に寄付をしろ。馬鹿モンが



私も会長と考えが同じで怒りが込み上げて、未だ感情が止まらない状態だ。
この怒りを誰にぶつけたら、いいのだ。私も宗教研究家で冷静な気持ちは持っているが、この松本を地獄に落としてやりたい。私の会の会員の多くはボランティアで、一生懸命活動している。とにかく今の政治家の中で命を懸けて、この国の為に働いているのは何人いるだろうか。おそらく何人もいないだろう。一度政治家を目指してなった以上は、この国の為に命を懸けろ。まして今の日本は戦後最悪。この時代を生き抜く為には、政治家が先頭になって
この国の日本丸の舵をとれ。この国の日本丸の舵取りを間違うと沈没してしまう、とにかくしっかりやる事だ



東日本大震災で日本赤十字社などに寄せられた義援金は2930億円に上るが、そのほとんどが被災者の手元に届いていない。震災発生から4か月を経とうと言うのにまだ593億円しかない。この義援金は、最初に15都道県に配分された後、市区町村を通じて被災者へ届けられる。あちこちに配分委員会があって手続きだらけのシステムで簡単に被災者には義援金が渡らない。
義援金配分なぜこれほど遅い 3か月もたって総額の15%だけ 2011/6/10 11:27という記事がネット上にあります。これはもう約1か月前の話で結局何も改善されていないのです。このままだと、????億円はあちらこちらに残ってうやむやにされてしまうのではないでしょうか。何故このような義援金を素早く支給できる国になれないのですか。騙し取られるのを警戒し、あくまでも公平にというお題目を表向きにしていますが、当面の生活費などを先に簡単な手続きで支給してもらいたいものです。それぐらい出来るでしょう、日本人なんだから。


松本龍復興大臣が辞任  テレ東テロップが神がかってる
2011-07-05(Tue)の主なコメントか


http://blog-imgs-34-origin.fc2.com/n/e/w/news020/vlippan220707.jpg

上をクリックしてみてください。この画像は、韓国のテレビドラマで、妾から生まれた身分で、朝鮮時代最高の名医となり貴族の身分になった、崇高な人間愛と不滅な業績で仰がれる<東医宝鑑>の著者である許浚(ホ・ジュン)の波乱万丈な人生を描いたドラマの一場面。すごい場面で松本復興担当大臣が辞任の意向というテロップを合わせた画像がニュース2ちゃんで使われている。理事長のコメントにある大平光代さんといい、このホ・ジュンといい、人間やる気があるかどうか。それが一番重要な事だ。人間やる気がなければ、ただの動物だ。国会議員はどうなんだ。政治家は何をやっているんだ。渇!!
 

名無しさん@ニュース2ちゃん 2011/07/05 11:08

覚悟も何も無いのに大臣とかそもそも無理
防災大臣だったのに東北の地名も知らないとか
自分から仕事なめてます発言してたから当然の末路
こんなゴミみたいのしかい政党 民主党ですw

名無しさん@ニュース2ちゃん 2011/07/05 11:09

叩くの大得意で、その癖に自分が叩かれたら一気に凹みまくる。
まさにクズ団塊の特徴そのもの。

しかも「そういうつもりで言ったんじゃないのになぁ」みたいに自己弁護ばっかりして
一切反省しないんで、忘れた頃にまた同じ事するよ。
忘れた頃どころか、他に話が漏れない様な状況だとその日にまた言い出しそうだけどさ。

名無しさん@ニュース2ちゃん 2011/07/05 12:11

セミの一生と同じにするのはセミに対して失礼。
7日間懸命に鳴いて散っていくセミと失言して言い訳して散っていくアホと一緒にしてはいけない。

名無しさん@ニュース2ちゃん 2011/07/06 02:34

メディアと利権関連で絡んでないと一瞬で潰されるといういい例
この何万倍もの巨悪の東電やらはひたすら情報統制に擁護一徹だからな
この復興相だけでなく、いやそれ以上に日本は病んでる


日本の未来の担い手を育てるために、文武両道をしっかり学んだ子ども達が、たくさん必要だ。その為に必要な活動は、これからも継続していく。皆さんの参加と協力をお願いしたい。













「瀬戸神社の三ツ目神楽に参加」

  瀬戸神社の夏祭りは「天王祭」と呼ばれ、古くは7月7日から14日までの祭事で、この八日間に亘る祭事の三日目の夜に、神輿の御祭神の前で奉納される神楽が「三ツ目神楽」だそうです。
 夜の境内に、地元の子供会の子供達が描いた灯籠があり、とても風情があります。この時に大釜に湯をたぎらせて、笹の葉で参列した人達に振りかける「湯立神楽」も毎年の楽しみです。このお湯に当たり、終わった後にこのお湯を飲み干すと今年も一年よい事がありそうな気になります。
 お祭りの後に、佐野宮司様が
「東日本大震災が起こり、お祭り等を自粛する動きがあるが、こんな時だからこそ、皆が元気になる為にもお祭りは必要なんだ!」
と、おっしゃいました。私も、正にその通りだと思っています。
 皆で災害に遭われた人達の事は決して忘れずに、しっかりと想いを胸に、これからの復興を祈り、元気を取り戻すことこそ必要です。お祭り等を通じて、少しでも経済の活性化をする事も大事な復興のお手伝いです。少しでも経済を立て直し、税金を納め、復興の資金となるようにしていかなければなりません。 
 大臣(松本復興大臣)は、一週間で辞める事はできても、被災者は一週間で簡単に辞められるものではないのです。一日も早い、国会運営を望みますし、その為に働いていきます!!






「子供達の今!~横浜市中央相談所~」

 自民党一期生のメンバーと一緒に横浜市中央相談所に視察に行って来ました。
 正直、10年程前に長男の同級生の兄弟が保護された事があり、どんなところだろうか?と、子育て中の母として大変興味がありました。
 実際に建物は外から見たら、子供達のプライバシーを確保する上でも、生活感は全然なく、殺風景としていました。行政の方々が案内していると、子供達から親しく、まるでお兄さんに話しかけているような温かさも感じられ、少しホットしました。小学校低学年、高学年、中学、高校と教室(学習室)に入ると、静かな環境でゆったりと勉強している様子が感じ取れました。今までは、親から虐待を受け、学校へ行く事も出来なかった子供達が、学ぶ事の楽しさを知るキッカケにもなっていると聞き、児童相談所の必要性を痛感しました。
 私が一番に驚いた事は、親御さんが子供を迎えに来た時に一泊する部屋で"家族体験"をするということです。そこで、普通の家族の様子を教えるそうなのですが、今ではそんなことをしなければならなくなっていることへのショックでした。
 価値観も多様化している中で、子供を取巻く環境も大変な次代だと思います。
しっかりと自分の目で見て、市会議員として、今何が必要なのかしっかりと視察等の勉強をして意見を述べていきます!



東日本の復興を祈願します