LOVE AND GLORY

-サイキックの眼-

鬱と統合失調症は、自己防衛の本能。

2021-05-26 10:26:57 | サイキックの眼
 
 
鬱と統合失調症は、自己防衛の本能。
 
 
これからの未来
鬱になる人
統合失調症になる人も
増加の一途をたどる。
それはまぬがれぬ事実となっていくでしょう。
 
原因は…
苦しい現実を前に、心も精神も肉体も耐えられなくなるからだ。
 
様々な家庭環境のあり方とその要因。
そして家庭内における虐待やネグレクトの事例は数多く関わりをもってきました。
大体は…それに気づかないままの方が多い。
現在の生活の悩みごとや相談内容をひと通りうかがって…
次に「ご両親はどんな方々ですか?」と、こう質問を促すと…
最初は「良い人だと思います」や、
親の良いとこ探しをされるのですが…
その後さらに深めていきますと、
100%、虐待とネグレクトが日常茶飯事だあったことが明らかになります。
家庭環境は子供には変えられない。
それが当たり前で、どうすることも出来ないのが現状。
中には、警察に行こうと思った…という幼少の頃の苦しみを語られる方もおられます。
 
親をやり玉にしたような話しを掘り返す作業をするのではありません。
各々の家庭状況や現状を踏まえたうえで、
何が正しくて?何が間違っていたのか?を
その分別の作業を
心と感情、深い気持ちや精神の状態から
細かく細かく整理していくのです。
仕方が無かったことだったのか?
或いはそうではなく、示威的なものだったのか?
(示威的とは=他を抑えつけ服従させる)
なぜそうする必要があったのか?
その意味や理由が無いモノなどありません!
必ず、その理由や原因があるものなのです。
 
ですが、人間、どうすることも出来ないコトは誰の人生にもあります。
「だから、あなたのせいじゃないでしょう?」と…
ここまでハッキリとさせて、
自己肯定の根源を根付かせていくのです。
それでも、脳細胞に構築されてしまったトラウマは…
そのトラウマから新たに芽が生えてゆき
“自己品種改悪”されていってしまいます。
なので本来の自分自身というものは、なかなか元には戻りません。
時間を要するのが現状です。
 
すでに親の世代から脈々と、
鬱と統合失調症が受け継がれている。
親から暴力や無視、
暴言など否定的に扱われる子供は、
必ず“鬱と統合失調症”を発症します。
 
例えば…
暴力をふるう
暴言をいう
無視する
嘘をつく
etc.
これみんな❝自己防衛の策❞なんですよね!
自分の立場が危ういと、相手を黙らせる為におこなう行為です。
自分の精神が危うく壊れそうなとき、相手の精神をめちゃくちゃにするのです。
 
すると、それを受けてしまった側はどうなるのでしょう?
まず…心も精神も耐えられなくなり、自己分裂するでしょう。
これが統合失調症です。
精神を分裂させて、再起不能を回避させるのです。
つまり…
虐待する側も、暴力やコントロールで“自己防衛の策”をとる。
そして…
虐待された側も、統合失調症をもって“自己防衛の策”とするのです。
どちらも、家族であって“自己防衛”しなければならない関係なのです。
悲しいですが、日本のスタンダードかもしれません。
 
次に 鬱 です。
鬱もまた“自己防衛の策”のひとつの姿です。
 
鬱は、感覚を消失させることで、恐怖を感じなくさせる再起不能回避方法です。
感覚と言えば、五感でしょうか。
五感と言えば、欲求となります。
恐怖を与えられることで、それに耐えられず、心も感情も五感もスリープさせるのでしょう。
なので、欲求がなく、常に眠たくなるのです。
恐怖や苦しみから鬱という方法で“自己防衛の策”をとる。
あるしゅ「救急自己冬眠」といえるかもしれません。
だから、やる気がおきない、
世界が灰色に見える…など、
無気欲で、無感情。
こうすることで、精神が壊れないように自分を守っているのです。
 
ですから、鬱も統合失調症も、
“緊急のマイセルフ応急防衛方法” といった、本能なのだと思います。
 
ただ、この自己防衛策。
自分でスイッチを入れた…?
入れざるをえなかった…
「鬱の “緊急SOS!五感スリープボタン”」
「統合失調症の “緊急SOS!精神スプリット(分裂)ボタン”」
自分の応急本能で入ってしまった防衛機能は・・・
いったい!いつ?どこで?だれが?
解除できるのでしょうか?!
まるでウィルスに侵されたパソコンが、
強制シャットダウンしたような状態。
いつどのような時に再起動できるのでしょうか?
 
自分の身体の感覚。
恐怖への理解と対応方法。
再起動するにあたり、ひとつひとつ念入りな事前チェックを必要とします。
その際…
なにがあって強制シャットダウン(本能)したのか?
どのような苦しみと恐怖があったのか?
なぜ誰も助けてくれなかったのか?
そのすべての理由とは何だったのか?
これらを、ひとつひとつ丁寧に拾い上げて、少しづつ再形成させていくのです。
それは少しづつでなければなりません。
統合失調症でいえば、壊れて破断したファスナーのような状態。
それを少しづつ左右をかみ合わせながら修繕していく作業です。
 
「鬱」も「統合失調症」も
社会不適合者ではありません。
苦しみの限度を越えた…与えられた経験から、自己防衛の本能が働いたカタチなのです。
そしてその原因である、苦しみを他者や子供に与える側もまた、それは自己防衛の本能なのです。
つまり…
自己防衛と自己防衛が、絡み合っている。
これが人間社会もそうですし、夫婦や親子の間にも。。。
 
社会に対しての自己防衛は、
動物なら当たり前の本能ですし、それが仕事でもあります。
それが、信頼しあえるはずの家族親子から
身を守らなければならないということは、
家庭内弱者は逃げ道がありません。
なので自分の存在を消すしか自己防衛方法がないのです。
消えてしまいたいと思う人はこれです。
そして今回のテーマである鬱と統合失調症。
或いは、耐えて耐えて、その苦痛環境に順応しようと努力する人は、アトピー性皮膚炎や食物アレルギーになります。
また或いは、何らかの反抗やストライキを起こそうとする人は、ひきこもりで応戦するようです。
もうこの世は「自己防衛の百貨店」…古い?
ならば…
もうこの世は「家庭内自己防衛のアマゾン」と化しているのです!!
  
でも笑い事ではすまされません。
毎日のように、家族内事件のニュースを目にします。
戦争末期のように、自己防衛策も尽きたのでしょう。
つまりは、最初から破綻しているんですよね。
破綻を引きのばし引きのばしして…
それを維持する苦しさや、破綻回避の為の余計な出費。
そしてまた繰り返される疲弊するだけの苦しみ。
そしてその苦しみに耐えられず、自分をスリープ状態に。
 
自分に正直に素直に生きたい。
鬱も、統合失調症も、
自己破損させない為の“緊急自動・自己防衛本能”です。
自分を守る、選択肢のひとつだったのです。
 
 
サイキックの眼  山本 コージ
 
 
 ▮ オマケ
 

「がんばれロボコン」の第一期生 
ロボコン(左)ロボワル(中)ロボ・パー(右)
ロボ・パーは、感受性豊かで、とてもやさしいロボット。
だけどショッキングなことがおこると、
からだがバラバラになってしまう。
感激する嬉しいときもバラバラになりますが。
 

そして…感情や気持ちが耐えられなくなると…
みずからの本能でバラバラに。
最初はそれがコンプレックスだったようです。
なんどもなんども挫折しながらも…
ゆくゆくは、そのままを受け入れていき成長をしていくキャラクターでした。
主人公のロボコンは、失敗ばかり…
イライラしながらも耐えて耐えて耐え抜いて、
死ぬギリギリまで人間に奉仕し、いつもクタクタになってました。
石ノ森章太郎 氏作
1974年~放送のロボット根性ドラマ
「がんばれロボコン」
根性で耐えるロボコンと、本能のままのロボ・パー。
どちらもよく考えられ制作されているなぁ~と、いつも感心してしまいます。