○ ふうせんになりたいと言ふ子供ゐて療舎の窓を五月へひらく (小松島市) 関政明
関政明さんと言えば、<NHK短歌>の常連中の常連であり、今や全国区の投稿歌人である。
長期療養中というご不自由な身の上にありながら、ご自身の周辺から歌材を探し出し、各種の発表メディアに優れた作品を発表している。
「ふうせんになりたいと言ふ子供」は、関政明さんと同じように長期療養中の子供さんでありましょう。
その子の切ない願いが聞き届けられ、看護士さんなどが「療舎の窓」を、折りからの季節、「五月へ開く」のである。
「五月へひらく」が宜しい。
「五月」の空には元気よく鯉幟が上がり、「五月」の庭からは、五月の花の香りを湛えた涼しい風が「療舎」内に吹き込んで来たに違いない。
〔返〕 独房に風に焦がれる男居て天井近き窓ばかり視る 鳥羽省三
○ 縦長に口をひらきて歌垣のプリマドンナの埴輪は歌う (福岡市) 大西隼人
「埴輪」を「歌垣」の歌い手に見立て、しかも、その歌い手のことを「プリマドンナ」と呼んだことが素晴らしい。
唐津市浜玉町の仁田古墳群で発見された「埴輪」は、「縦長に口をひらきて」とまでは言いかねるが、その表情や手つきや口つきは、歌劇の「プリマドンナ」さながらである。
本作に登場する、「プリマドンナ」にも似た「歌垣」の女歌い手、即ち「埴輪」は、誰に向かって、どんな恋心を歌い上げようとしているのだろうか?
〔返〕 口まろく大きく空けてマリア・カラス「ある晴れた日に」を朗々と歌ふ 鳥羽省三
○ コンビニで小さき声で「ひらけごま」スーと開きてのどあめを買う (中野市) 増田きみ江
児戯めいた事ながら、私もまた美術館の自動扉の前などで、「ひらけごま」をよくやる。
美術館の自動扉は、格別な呪文を唱えなくてもごく自然に開くのであるが、私が「ひらけごま」をやると、いつもより元気に、いつもより速やかに開くような気がするからである。
本作の場合は、「のどあめを買う」ために訪れた、コンビニのガラス扉前で行う「ひらけごま」である。
「スーと開きてのどあめを買う」が宜しい。
「ひらけごま」と呪文を唱えると、「コンビニ」の扉が「スー」と開くのも気持ちいいが、「スー」と扉が開いたので「コンビニ」の中に「スー」と入り、躊躇いも無く「スー」と買った「のどあめ」を口にしたら、喉の詰まりが「スー」と相手、スースー息が出来るに違いない。
そうなったら、どんなに気持ちがいいだろうか。
〔返〕 劇場のトイレ扉に「ひらけごま」前の利用者の何が匂ってた 鳥羽省三
○ 父母の逝き恩師の逝きしふる里の海開き見るテレビの中に (倉敷市) 妹尾政恵
「父母の逝き」、「恩師の逝きしふる里」とは、半ば以上「ふる里」でなくなった「ふる里」である。
その「ふる里の海開き」の光景を「テレビの中に」視た時、本作の作者・妹尾政恵さんは、どんなに切なく、どんなに懐かしくお思いになったことでありましょうか。
私見ながら、私が私の故郷の光景をテレビ画面の中で視た時は、「あんな故郷はさっさと財政破綻してしまえ」とさえ思うのである。
〔返〕 父母持たぬ私に辛き故郷のシャッター通りに群れる野良猫 鳥羽省三
○ 紅をさし稚児行列の女の孫はほんのり口をひらきてゆきぬ (日進市) 植手芳江
「孫自慢と南瓜自慢は喧嘩相手の家の婆さんもする」とは、私の口から即興的に出た諺である。
「紅をさし」「ほんのり口をひらきて」「稚児行列」の中の一員となっている「女の(お)孫」さんの様子は、喧嘩相手の家のお婆さんの目には、虚ろで薄馬鹿めいて映るに違いないであろう。
だが、その子の御祖母様の目には、この地上でこれ以上美しく、これ以上可愛らしいものは無い、ように映るに違いない。
かと言って、それは人間の本能に基づいたものであり、御祖母様にもお孫さんにも、なんらの罪も無いわけである。
〔返〕 紅さして稚児行列の中を行く孫は小憎き嫁の娘だ 鳥羽省三
○ 拘縮に結んでしまう夫の指今日のリハビリそのてをひらく (牧之原市) 鈴木道子
「拘縮」とは「① 筋肉が持続的に収縮すること。 ② 関節の近くの傷のために関節がうごかなくなること。」(『新明解国語辞典・第五版』参照)である。
その「拘縮」のために、持続的に「結んでしまう夫の指」が「今日のリハビリ」に依って、「そのてをひらく」までに快復した、と言うのである。
おめでとうございます。
もうしばらくの辛抱です。
ご油断なさらずに、リハビリにお励み下さい。
〔返〕 チャリンコで転倒したため動かない肩も治ったリハビリ励み 鳥羽省三
昨年の晩春から今年の晩春にかけて、一年がかり毎週二日のリハビリ通いでした。
○ 箱ひらくときめきこそがプレゼント中身はつまらぬものであります (横須賀市) 丹羽利一
その通りです。
近頃は特に、ラッピング用品専門店なども在って、贈答品の包装が益々過剰になるような傾向が見られます。
〔返〕 ボルドーの一番安い赤なれどラッピング一つで付加価値も付く 鳥羽省三
○ 息つめてテレビに見入る三澤拓のパラリンピックの立位の転倒 (日野市) 御子柴万里子
片足のスキーヤーとして有名な「三澤拓」選手は、バンクーバー・パラリンピック大会に金メダル獲得を目指して参加したが、残念ながら、「立位」レースの途中で転倒してしまい、悲願が叶わなかった。
その「三澤拓」選手の滑るのを、本作の作者・御子柴万里子さんは、「転ばないで、転ばないで」と神様に祈るような気持ちで応援していたのでありましょう。
〔返〕 神ならぬ人にありせば転倒も三澤拓は転んでも起き 鳥羽省三
○ 藤の花に似るジャカランダ見てみむとパソコン開く若葉の窓辺 (町田市) 坂井暁子
本作の作者・坂井暁子さんは、「藤の花に似るジャカランダ」の花を、マイ・パソコンのテンプレートとして咲かせているのでありましょうか?
〔返〕 表紙絵のジャカランダ咲く藤に似たその花見んと千客万来 鳥羽省三
○ シャガひらく白にむらさき黄の点あやめの子ども姿勢のよい子 (佐倉市) 水野清子
「あやめ」とは、あの<菖蒲>のことでしょうか?
それとも、「あやめ=彩り・模様」で、数多色ある「シャガ」の花の中で、「黄の点」の彩りをした「シャガ」だけが「子ども」みたいに小さく、他の彩りをした花の中に直として立っていて、「姿勢のよい子」みたいだと言うのでしょうか?
〔返〕 シャガと言えば白い花だと思ってた紫色のシャガも在ったか 鳥羽省三
○ 名前なき草はないよと野の花の図鑑ひらけば段戸襤褸菊 (ふじみ野市) 芝谷庸子
「雑草という名の植物は無い」とは、何処の何方のお言葉であったかしら?
「名前なき草はないよ」と、何処かの何方かから教わったのであるが、「本当かしら」と思って、「野の花の図鑑」を開いたところ、「段戸襤褸菊」という名の花が目についた。
本作の作者・芝谷庸子さんは、「名前が有っても、その名前の一部が『襤褸』では、無いよりも良くない」と思ったのでありましょう。
〔返〕 くずと言ふ名前背負へる花も在り秋の野山を彩りて咲く 鳥羽省三
○ こんなにも軽くひらいてよいものか鉄の箱なりエレベーターは (土浦市) 興津甲種
「エレベーター」は、確かに「鉄の箱」であることは間違いない。
その堅く頑丈な「鉄の箱」なる「エレベーター」が、ボタン一つ押すと、あまりにも簡単に、「軽く」開くので、「こんなにも軽くひらいてよいものか」と、本作の作者は、半ば不思議がり、半ば叱責しているのである。
〔返〕 こんなにも気軽に読んでいいものかこれで終りと観賞も急く 鳥羽省三
関政明さんと言えば、<NHK短歌>の常連中の常連であり、今や全国区の投稿歌人である。
長期療養中というご不自由な身の上にありながら、ご自身の周辺から歌材を探し出し、各種の発表メディアに優れた作品を発表している。
「ふうせんになりたいと言ふ子供」は、関政明さんと同じように長期療養中の子供さんでありましょう。
その子の切ない願いが聞き届けられ、看護士さんなどが「療舎の窓」を、折りからの季節、「五月へ開く」のである。
「五月へひらく」が宜しい。
「五月」の空には元気よく鯉幟が上がり、「五月」の庭からは、五月の花の香りを湛えた涼しい風が「療舎」内に吹き込んで来たに違いない。
〔返〕 独房に風に焦がれる男居て天井近き窓ばかり視る 鳥羽省三
○ 縦長に口をひらきて歌垣のプリマドンナの埴輪は歌う (福岡市) 大西隼人
「埴輪」を「歌垣」の歌い手に見立て、しかも、その歌い手のことを「プリマドンナ」と呼んだことが素晴らしい。
唐津市浜玉町の仁田古墳群で発見された「埴輪」は、「縦長に口をひらきて」とまでは言いかねるが、その表情や手つきや口つきは、歌劇の「プリマドンナ」さながらである。
本作に登場する、「プリマドンナ」にも似た「歌垣」の女歌い手、即ち「埴輪」は、誰に向かって、どんな恋心を歌い上げようとしているのだろうか?
〔返〕 口まろく大きく空けてマリア・カラス「ある晴れた日に」を朗々と歌ふ 鳥羽省三
○ コンビニで小さき声で「ひらけごま」スーと開きてのどあめを買う (中野市) 増田きみ江
児戯めいた事ながら、私もまた美術館の自動扉の前などで、「ひらけごま」をよくやる。
美術館の自動扉は、格別な呪文を唱えなくてもごく自然に開くのであるが、私が「ひらけごま」をやると、いつもより元気に、いつもより速やかに開くような気がするからである。
本作の場合は、「のどあめを買う」ために訪れた、コンビニのガラス扉前で行う「ひらけごま」である。
「スーと開きてのどあめを買う」が宜しい。
「ひらけごま」と呪文を唱えると、「コンビニ」の扉が「スー」と開くのも気持ちいいが、「スー」と扉が開いたので「コンビニ」の中に「スー」と入り、躊躇いも無く「スー」と買った「のどあめ」を口にしたら、喉の詰まりが「スー」と相手、スースー息が出来るに違いない。
そうなったら、どんなに気持ちがいいだろうか。
〔返〕 劇場のトイレ扉に「ひらけごま」前の利用者の何が匂ってた 鳥羽省三
○ 父母の逝き恩師の逝きしふる里の海開き見るテレビの中に (倉敷市) 妹尾政恵
「父母の逝き」、「恩師の逝きしふる里」とは、半ば以上「ふる里」でなくなった「ふる里」である。
その「ふる里の海開き」の光景を「テレビの中に」視た時、本作の作者・妹尾政恵さんは、どんなに切なく、どんなに懐かしくお思いになったことでありましょうか。
私見ながら、私が私の故郷の光景をテレビ画面の中で視た時は、「あんな故郷はさっさと財政破綻してしまえ」とさえ思うのである。
〔返〕 父母持たぬ私に辛き故郷のシャッター通りに群れる野良猫 鳥羽省三
○ 紅をさし稚児行列の女の孫はほんのり口をひらきてゆきぬ (日進市) 植手芳江
「孫自慢と南瓜自慢は喧嘩相手の家の婆さんもする」とは、私の口から即興的に出た諺である。
「紅をさし」「ほんのり口をひらきて」「稚児行列」の中の一員となっている「女の(お)孫」さんの様子は、喧嘩相手の家のお婆さんの目には、虚ろで薄馬鹿めいて映るに違いないであろう。
だが、その子の御祖母様の目には、この地上でこれ以上美しく、これ以上可愛らしいものは無い、ように映るに違いない。
かと言って、それは人間の本能に基づいたものであり、御祖母様にもお孫さんにも、なんらの罪も無いわけである。
〔返〕 紅さして稚児行列の中を行く孫は小憎き嫁の娘だ 鳥羽省三
○ 拘縮に結んでしまう夫の指今日のリハビリそのてをひらく (牧之原市) 鈴木道子
「拘縮」とは「① 筋肉が持続的に収縮すること。 ② 関節の近くの傷のために関節がうごかなくなること。」(『新明解国語辞典・第五版』参照)である。
その「拘縮」のために、持続的に「結んでしまう夫の指」が「今日のリハビリ」に依って、「そのてをひらく」までに快復した、と言うのである。
おめでとうございます。
もうしばらくの辛抱です。
ご油断なさらずに、リハビリにお励み下さい。
〔返〕 チャリンコで転倒したため動かない肩も治ったリハビリ励み 鳥羽省三
昨年の晩春から今年の晩春にかけて、一年がかり毎週二日のリハビリ通いでした。
○ 箱ひらくときめきこそがプレゼント中身はつまらぬものであります (横須賀市) 丹羽利一
その通りです。
近頃は特に、ラッピング用品専門店なども在って、贈答品の包装が益々過剰になるような傾向が見られます。
〔返〕 ボルドーの一番安い赤なれどラッピング一つで付加価値も付く 鳥羽省三
○ 息つめてテレビに見入る三澤拓のパラリンピックの立位の転倒 (日野市) 御子柴万里子
片足のスキーヤーとして有名な「三澤拓」選手は、バンクーバー・パラリンピック大会に金メダル獲得を目指して参加したが、残念ながら、「立位」レースの途中で転倒してしまい、悲願が叶わなかった。
その「三澤拓」選手の滑るのを、本作の作者・御子柴万里子さんは、「転ばないで、転ばないで」と神様に祈るような気持ちで応援していたのでありましょう。
〔返〕 神ならぬ人にありせば転倒も三澤拓は転んでも起き 鳥羽省三
○ 藤の花に似るジャカランダ見てみむとパソコン開く若葉の窓辺 (町田市) 坂井暁子
本作の作者・坂井暁子さんは、「藤の花に似るジャカランダ」の花を、マイ・パソコンのテンプレートとして咲かせているのでありましょうか?
〔返〕 表紙絵のジャカランダ咲く藤に似たその花見んと千客万来 鳥羽省三
○ シャガひらく白にむらさき黄の点あやめの子ども姿勢のよい子 (佐倉市) 水野清子
「あやめ」とは、あの<菖蒲>のことでしょうか?
それとも、「あやめ=彩り・模様」で、数多色ある「シャガ」の花の中で、「黄の点」の彩りをした「シャガ」だけが「子ども」みたいに小さく、他の彩りをした花の中に直として立っていて、「姿勢のよい子」みたいだと言うのでしょうか?
〔返〕 シャガと言えば白い花だと思ってた紫色のシャガも在ったか 鳥羽省三
○ 名前なき草はないよと野の花の図鑑ひらけば段戸襤褸菊 (ふじみ野市) 芝谷庸子
「雑草という名の植物は無い」とは、何処の何方のお言葉であったかしら?
「名前なき草はないよ」と、何処かの何方かから教わったのであるが、「本当かしら」と思って、「野の花の図鑑」を開いたところ、「段戸襤褸菊」という名の花が目についた。
本作の作者・芝谷庸子さんは、「名前が有っても、その名前の一部が『襤褸』では、無いよりも良くない」と思ったのでありましょう。
〔返〕 くずと言ふ名前背負へる花も在り秋の野山を彩りて咲く 鳥羽省三
○ こんなにも軽くひらいてよいものか鉄の箱なりエレベーターは (土浦市) 興津甲種
「エレベーター」は、確かに「鉄の箱」であることは間違いない。
その堅く頑丈な「鉄の箱」なる「エレベーター」が、ボタン一つ押すと、あまりにも簡単に、「軽く」開くので、「こんなにも軽くひらいてよいものか」と、本作の作者は、半ば不思議がり、半ば叱責しているのである。
〔返〕 こんなにも気軽に読んでいいものかこれで終りと観賞も急く 鳥羽省三