[一席]
(熊本市・岡田万樹)
〇 敗走の森にて死すと文そへて戻りきし父の軍用毛布
作中の「戻りきし」「軍用毛布」には、確かに「父の軍用毛布」であると証拠立てる何か、即ち、「氏名かイニシャル」かが記されていたのでありましょうか?
と言うのは、私の従兄が、フィリピンのミンダナオ島で名誉の戦死を遂げたということで、遺骨と軍服の上着が戻って来ましたが、遺骨箱の中身はただの石ころであり、愛用の軍服なるものは、だれが着ていたのかも判らない襤褸切れであったからである。
〔返〕 戻り来し上着はただの襤褸切れで遺骨箱には石ころ三つ
[二席]
(国立市・坂元稔)
〇 静寂と無数の視線惹きつけてボルトの走る長い九秒
正確に言うと「ボルトの走る長い九秒」では無くて、「ボルトの走る長い9・58秒」でありましょう。
100メートルという距離を10秒以下のスピードで走る場合の、「9秒」と「9・58秒」の差は、余りにも大きいと言わざるを得ません。
〔返〕 喧騒とあまたの嫉妬を惹きつけて白組司会の嵐の五人
[三席]
(北九州市・松瀬詩子)
〇 積もる雪蹴散らし走った日々遠く老犬は嗅ぐ風の匂いを
作中の「老犬」は、「風の匂い」を嗅ぎながら「栄光の日々」を回想しているのである。
〔返〕 粉雪を蹴散らし走った栄光の日々は帰らず我は老犬
[入選]
(北見市・浅野昭久)
〇 俯きて赤いポストに手を合わせ少女くるりと走り行きたり
事の次第を正しく説明すれば、「クイズの答を書いた葉書を投函した後、その少女は俯いて赤いポストに手を合わせ、身体をくるりと半回転させて自宅の方に走って行った」ということでありましょう。
と言うことは、副詞「くるりと」は「走り行きたり」という述語文節を修飾しているのではなく、省略されている「半回転させて」という述語文節を修飾している、ということになりましょう。
〔返〕 俯いて赤いポストに呟いた「今度は絶対当選するぞ」と
(千葉県長生村・望月勝子)
〇 少しづつ放されてゆくランナーの荒き息づかひマイクは拾ふ
正月二日の朝からテレビの前に座り込んで、箱根駅伝のランナーたちの走る姿に一喜一憂しておりましたが、「少しづつ放されてゆくランナーの荒き息づかひ」を「マイクは拾ふ」という場面には、とうとう出くわしませんでした。
日本テレビが使用している「マイク」は、某経済大国製の粗悪品なのでありましょうか?
〔返〕 少しずつ離されて行くランナーに小涌園前の観衆激励
(大府市・近藤勉啓)
〇 脳走る神経線維病得て記憶のもみじあかくちりゆく
兼題「走る」に直面して「脳走る神経線維病得て」と詠い出した、作者・近藤勉啓さんの卓越した着想に注目しなけれはなりません。
しかしながら、掲歌鑑賞の眼目は「記憶のもみじあかくちりゆく」でありましょう。
何かの原因で「神経線維」が損傷した瞬間、人間の記憶の全てが一挙に抹消してしまうのでありましょうが、作者の近藤勉啓さんにとっては、かつて小豆島の寒霞渓で目にし、記憶していた「もみじ」が「あかくちりゆく」光景こそは、記憶の全てであったのかも知れません。
〔返〕 なお走る山梨学院大学の三区のランナー襷紅白
事もあろうに、エースランナーの留学生選手が途中棄権してしまうとは?
留学生ランナーを疲労骨折するほどに酷使したりすると、我が国とアフリカ諸国との友好関係に罅が入ってしまいましょう。
その結果、お腹を抱えて喜ぶのは、某経済大国だけでありましょう。
山梨学院大学スタッフは総理大臣閣下と結託して、某経済大国を喜悦せしめる策に出たのでありましょうか?
(境港市・重森弘行)
〇 時化休み続く漁港をトロ箱が風に吹かれてからから走る
今回の兼題は「走る」である。
掲歌の作者・重森弘行さんは、この兼題に直面して、箱根駅伝のランナーや「ななつ星」が走る光景を詠むのでは無くて、事もあろうに「トロ箱が風に吹かれてからから走る」光景を詠んだのである。
「トロ箱が風に吹かれてからから走る」光景こそは、いかにも我が国有数の漁港たる境港に相応しい光景である。
兼題「走る」を手玉に取って、故郷・境港ならではの風景を詠んだ、重森弘行さんの奇抜なご着想に対しては、私・鳥羽省三とても素直に脱帽しなければなりません。
〔返〕 トロ箱が風に吹かれて逃げて行くゲゲゲの鬼太郎追っ駆けて行け
(福岡市・堺多鶴)
〇 沿線のコスモス揺らし日常のわれを揺らして走る<ななつ星>
「日常のわれ」とは、ご亭主殿の少ない給料をあれこれと遣り繰りして、慎ましやかな生活を営んでいる「われ」でありましょう。
その「われを揺らし」、「沿線のコスモス」さえも「揺らし」て、あの「ななつ星」野郎は、ひたすらに由布院駅に向って走るのでありましょう。
〔返〕 ななつ星明日は博多の駅に着く三泊四日料金高過ぎ
(大牟田市・桑野智章)
〇 走るのを急に止めたるランナーは寒風の中靴ひも直す
「靴ひも」が解けてしまったら「走る」のは勿論のこと、歩くことさえ出来ません。
したがって、「靴ひも」の状態が気になったら、たとえ「寒風の中」だろうが地獄の業火の中だろうが、しっかりと立ち止まって結び直さなければなりません。
今年の箱根駅伝でとても印象的だったのは、第一区のランナーたちが、あの冬の早朝の寒い中でそれぞれ靴ひもを結び直していたことでありました。
〔返〕 駒大の復路六区のランナーがスタート直後にずっこけちゃった
あの瞬間に、駒沢大学の大学三大駅伝制覇の夢は幻となってしまったのである。
大八木監督及び窪田主将の胸中や如何に?
(熊本市・岡田万樹)
〇 敗走の森にて死すと文そへて戻りきし父の軍用毛布
作中の「戻りきし」「軍用毛布」には、確かに「父の軍用毛布」であると証拠立てる何か、即ち、「氏名かイニシャル」かが記されていたのでありましょうか?
と言うのは、私の従兄が、フィリピンのミンダナオ島で名誉の戦死を遂げたということで、遺骨と軍服の上着が戻って来ましたが、遺骨箱の中身はただの石ころであり、愛用の軍服なるものは、だれが着ていたのかも判らない襤褸切れであったからである。
〔返〕 戻り来し上着はただの襤褸切れで遺骨箱には石ころ三つ
[二席]
(国立市・坂元稔)
〇 静寂と無数の視線惹きつけてボルトの走る長い九秒
正確に言うと「ボルトの走る長い九秒」では無くて、「ボルトの走る長い9・58秒」でありましょう。
100メートルという距離を10秒以下のスピードで走る場合の、「9秒」と「9・58秒」の差は、余りにも大きいと言わざるを得ません。
〔返〕 喧騒とあまたの嫉妬を惹きつけて白組司会の嵐の五人
[三席]
(北九州市・松瀬詩子)
〇 積もる雪蹴散らし走った日々遠く老犬は嗅ぐ風の匂いを
作中の「老犬」は、「風の匂い」を嗅ぎながら「栄光の日々」を回想しているのである。
〔返〕 粉雪を蹴散らし走った栄光の日々は帰らず我は老犬
[入選]
(北見市・浅野昭久)
〇 俯きて赤いポストに手を合わせ少女くるりと走り行きたり
事の次第を正しく説明すれば、「クイズの答を書いた葉書を投函した後、その少女は俯いて赤いポストに手を合わせ、身体をくるりと半回転させて自宅の方に走って行った」ということでありましょう。
と言うことは、副詞「くるりと」は「走り行きたり」という述語文節を修飾しているのではなく、省略されている「半回転させて」という述語文節を修飾している、ということになりましょう。
〔返〕 俯いて赤いポストに呟いた「今度は絶対当選するぞ」と
(千葉県長生村・望月勝子)
〇 少しづつ放されてゆくランナーの荒き息づかひマイクは拾ふ
正月二日の朝からテレビの前に座り込んで、箱根駅伝のランナーたちの走る姿に一喜一憂しておりましたが、「少しづつ放されてゆくランナーの荒き息づかひ」を「マイクは拾ふ」という場面には、とうとう出くわしませんでした。
日本テレビが使用している「マイク」は、某経済大国製の粗悪品なのでありましょうか?
〔返〕 少しずつ離されて行くランナーに小涌園前の観衆激励
(大府市・近藤勉啓)
〇 脳走る神経線維病得て記憶のもみじあかくちりゆく
兼題「走る」に直面して「脳走る神経線維病得て」と詠い出した、作者・近藤勉啓さんの卓越した着想に注目しなけれはなりません。
しかしながら、掲歌鑑賞の眼目は「記憶のもみじあかくちりゆく」でありましょう。
何かの原因で「神経線維」が損傷した瞬間、人間の記憶の全てが一挙に抹消してしまうのでありましょうが、作者の近藤勉啓さんにとっては、かつて小豆島の寒霞渓で目にし、記憶していた「もみじ」が「あかくちりゆく」光景こそは、記憶の全てであったのかも知れません。
〔返〕 なお走る山梨学院大学の三区のランナー襷紅白
事もあろうに、エースランナーの留学生選手が途中棄権してしまうとは?
留学生ランナーを疲労骨折するほどに酷使したりすると、我が国とアフリカ諸国との友好関係に罅が入ってしまいましょう。
その結果、お腹を抱えて喜ぶのは、某経済大国だけでありましょう。
山梨学院大学スタッフは総理大臣閣下と結託して、某経済大国を喜悦せしめる策に出たのでありましょうか?
(境港市・重森弘行)
〇 時化休み続く漁港をトロ箱が風に吹かれてからから走る
今回の兼題は「走る」である。
掲歌の作者・重森弘行さんは、この兼題に直面して、箱根駅伝のランナーや「ななつ星」が走る光景を詠むのでは無くて、事もあろうに「トロ箱が風に吹かれてからから走る」光景を詠んだのである。
「トロ箱が風に吹かれてからから走る」光景こそは、いかにも我が国有数の漁港たる境港に相応しい光景である。
兼題「走る」を手玉に取って、故郷・境港ならではの風景を詠んだ、重森弘行さんの奇抜なご着想に対しては、私・鳥羽省三とても素直に脱帽しなければなりません。
〔返〕 トロ箱が風に吹かれて逃げて行くゲゲゲの鬼太郎追っ駆けて行け
(福岡市・堺多鶴)
〇 沿線のコスモス揺らし日常のわれを揺らして走る<ななつ星>
「日常のわれ」とは、ご亭主殿の少ない給料をあれこれと遣り繰りして、慎ましやかな生活を営んでいる「われ」でありましょう。
その「われを揺らし」、「沿線のコスモス」さえも「揺らし」て、あの「ななつ星」野郎は、ひたすらに由布院駅に向って走るのでありましょう。
〔返〕 ななつ星明日は博多の駅に着く三泊四日料金高過ぎ
(大牟田市・桑野智章)
〇 走るのを急に止めたるランナーは寒風の中靴ひも直す
「靴ひも」が解けてしまったら「走る」のは勿論のこと、歩くことさえ出来ません。
したがって、「靴ひも」の状態が気になったら、たとえ「寒風の中」だろうが地獄の業火の中だろうが、しっかりと立ち止まって結び直さなければなりません。
今年の箱根駅伝でとても印象的だったのは、第一区のランナーたちが、あの冬の早朝の寒い中でそれぞれ靴ひもを結び直していたことでありました。
〔返〕 駒大の復路六区のランナーがスタート直後にずっこけちゃった
あの瞬間に、駒沢大学の大学三大駅伝制覇の夢は幻となってしまったのである。
大八木監督及び窪田主将の胸中や如何に?