
スニーカー文庫収録の作品を一般向けに編集した乙一の短編集。
事故で右腕の皮膚感覚のみを残して半身不随となった男、妻はその腕を鍵盤に見立てて演奏を奏でる。表題作をはじめとして8作品を収録。
スニーカー文庫の乙一作品はすべて読んでいるわけで、大半は再読ということになる。
「ZOO」という多彩な作品の後に読んだだけに、こちらの方を手に取ると、多彩さの点でどうしても若干見劣りしてしまうのだが、どれも水準以上であることはまちがいない。
思うのだけど、乙一の作品にはコミットメントの苦手な若者が多く登場する。
本作でいえば「Calling You」や「しあわせは子猫のかたち」がその典型だろう。その中でしきりに救いを登場人物に与えようとする乙一の姿勢はやはり感銘深い。「傷」でも感じたことだけど、基本的に乙一は優しい人なのだろう。
以上述べた3作品は、人との付き合いに時に傷付きながらも、それでも明るい何かを求めていこうとする形で終わっている。そのラストが清新な印象を残して心を打つものがある。
個人的には表題作がお気に入りだ。
最初スニーカー文庫で読んだときは主人公の決断がどうしても容認し切れなかったのだけど、再読して考えが変わった。主人公の選択は致し方ない上に、あまりに愛情に溢れていたものだということがよくわかる。はっきり言って心に迫るものがあった。
自分の生きたいという意志や取り残されたくないという思いだけが絶対ではないのだ。時として人は自己犠牲を選択せざるを得ない時だってある。主人公はそのときをまちがえずに選び取ったのだ。そして恐らくは妻も彼の選択を感じ取っているだろうことが何とも言えず切なかった。非常に優れた作品である。
本作品集はすべての作品で、発想の妙や構成のうまさが光っており、乙一らしさが存分に出ている。個人的な印象では「ZOO」よりも劣るもののこちらも読む価値があるのはまちがいないだろう。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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