私的感想:本/映画

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シュテファン・ツワイク『ジョゼフ・フーシェ ―ある政治的人間の肖像』

2014-06-29 20:19:21 | 小説(海外作家)

「サン=クルーの風見」。フーシェにつけられた仇名である。フランス革命期にはもっとも徹底した教会破壊者にして急進的共産主義者。王制復古に際してはキリスト教を信ずることのきわめて篤い反動的な警務大臣。フーシェは、その辣腕をふるって、裏切り、変節を重ね、陰謀をめぐらし、この大変動期をたくみに泳ぎきる。
高橋禎二、秋山英夫 訳
出版社:岩波書店(岩波文庫)




フランス史は詳しくないので、ジョゼフ・フーシェがどんな人物かは知らない。
だがツワイクの描くフーシェを読んでいると、とても尊敬できる人物ではないな、というのが率直に思ったところだ。

それは副題にある通り、あまりに政治的人間であるからだろう。
彼は政治的信条の欠片もない、権力に恋々としている政治屋なのだ。
能力がある人なのはまちがいないが、あまり友人にはしたくないタイプである。

だがそういった人物ゆえに、読み物としてはおもしろい。


ジョゼフ・フーシェはフランス革命前の時代、僧院の教師としてキャリアをスタートさせる。そしてやがて、政治家として議会に登場する。

政治家としての彼には、政治信条に対して、一本筋の通ったものは見られない。
穏健な革命派だったのが、力で反対勢力を弾圧する急進派になるし、再び穏健派になったと思いきや、上司を裏切りナポレオンに尻尾を振る始末。かと思えばそのナポレオンを裏切り、また王党派に与するなど、ころころと彼のイデオロギーは変転していく。
どう見たって節操がないとしか言いようがない。

しかしそんな節操のなさにも関わらず、いつまでも政治の世界の中を泳ぎきるだから、才能があることはまちがいない。


彼は基本的に待ちの人である。
議員になったばかりのころは、下手に意見も言わず、状況を見極めて、自分の行動を決している。そして時代の流れを読み取り、その流れに乗っかる以上のことをしない。

そしてそのためなら、同僚や上司を裏切ることも辞さないのだ。
リヨンの虐殺のときは同僚を、ナポレオンのクーデターのときには自分を救ってくれたバラ―を裏切っている。

そして一旦、自分がピンチに陥れば、ロベスピエールやナポレオンのような最高権力者とも対峙し、根回しを行なうなどして排除している。

この才能は目を見張るほかない。
そしてその才能ゆえに、いつまでも権力の中心近くにいることができたのだろう。

そのようにフーシェが生き延びることができたのは、特に情報の扱いに優れていたからだと思う。
警察大臣として、裏情報を入手し、うまく使いこなしている様はさすがだ。
そして彼自身、権力への渇望が強かったことも、政治の世界に生き延びることができた要因なのであろう。


だがフーシェがそんな人物であるからこそ、最後は転落を迎えたのだと思うのだ。
僕から見ると、フーシェの末路は自業自得としか見えない。
必然と言えば必然であろうし、自分が招き寄せたものと見える。

彼自身、自分の人生にどれほど納得できていたかはわからない。
だが何となく、傍目には人間の無常についていくらか考えてしまう。

ともあれ特異な人物の評伝として、非常に楽しい一冊だと思った次第だ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

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