私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

牧野信一『ゼーロン・淡雪』

2015-06-02 21:31:02 | 小説(国内男性作家)
 
故郷小田原の風土に古代ギリシアやヨーロッパ中世のイメージを重ね合わせ、夢と現実を交錯させた牧野信一の幻想的作品群。表題作の他に「鬼涙村」「天狗洞食客記」等の短篇8篇と「文学的自叙伝」等のエッセイ3篇を収める。
出版社:岩波書店(岩波文庫)




牧野信一のことは、よく知らないのだけど、かなりユーモラスな作家だな、と感じた。
スラップスティックって感じの話が散見され、読んでいるとニヤニヤする。そこが良いのだ。


たとえば表題作で、本作中の白眉でもある、『ゼーロン』。

内容は駄馬との珍道中といったところか。
その内容にふさわしく、思った以上にくだらない話で笑ってしまう。言うことを聞かない駄馬なだけに、困った展開ばかりが、主人公を襲っておもしろい。

彼も彼なりに、なだめすかす言葉を馬にかけたり、歌なんぞを歌って励ましてみるけれど、まさに馬耳東風で、右往左往するばかり。
加えて卑屈な自虐もあって、他人から隠れようと、おろおろするところなども笑ってしまう。

最後は超展開って感じで、不思議な恍惚感を得られるところも印象的。
ともあれ、そのユニークさが変に心に残る一品だった。



そのほかの作品も作家の個性が出ている。

『鬼の門』

カリカチュア的な味わいがおもしろい作品。
ファンタジーの世界にのめり込んで、その遊戯めいた行動にはまるうちに、どこまで事実か、妄想かの区別がほとんどわからなくなってくる。その過程で生まれる混乱がユーモラスだった。



『泉岳寺附近』

守吉が本当に小憎らしい。
芝居好きとは言うけれど、人を煽るような口調には本当にいらってさせられる。
そんな相手に、自分のマネを(無意識とは言え)されたら腹も立つだろう。自分のことを自分自身嫌っているみたいだからなおさらだ。

しかし大人が惨めなドラマだよな、と読んでいて思った。
子供相手に賭け将棋して、むきになる酒のみのダメな大人が主人公だからよけいに、そう思えてならなかった。


『天狗洞食客記』

横柄で笑いも忘れたような男が、その不遜な態度のため、武道の師匠に弟子として認められていく。その過程はほとんどコメディだ。
ラストに至って、主人公には嘆きも笑いも戻って来るが、それは困惑なのだろう、と読んでいて感じた。いわく笑うしかないっていう状態である。
そしてその展開もまたコメディなんだな、とつくづく思うのだ。



『淡雪』

叙事的な文体で淡々と一家の運命の変転を描いていて読ませる。
さながら長篇小説のような味わいだ。

実際登場人物たちの状況はどんどんと変貌していくわけだが、全篇を通して見られるのは、人と人との衝突だろう。
後ろのエッセイを見る限り、私小説に近いようだ。だからこそ、淡々としているわりに妙に生々しい。
これだけの豊かな素材な分、正直腰を据えて書いてほしかったと思う次第だ。

評価:★★★(満点は★★★★★)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« リルケ『若き詩人への手紙、... | トップ | 遠藤周作『キリストの誕生』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

小説(国内男性作家)」カテゴリの最新記事