私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

「夏の終り」

2013-09-03 05:30:51 | 映画(な行)

2012年度作品。日本映画。
瀬戸内寂聴が自身の体験を基に描き、100万部を超えるベストセラーとなった同名小説を、満島ひかり主演で映画化した大人のラブストーリー。『海炭市叙景』で高い評価を得た熊切和嘉監督が、小林薫演じる年上の男と、綾野剛演じる年下の男という2人の間で揺れ動くヒロインの心情を丁寧に描き出す。
監督は熊切和嘉。
出演は満島ひかり、綾野剛ら。




原作がいまいちだったので、見るべきか迷ったのだが、予告編がおもしろそうだったので結局見ることにした。

率直に語るならば、原作よりも映画版の方が個人的には楽しめた。
後半はややダレるけれど、前半部は緊張感があっておもしろい。

そしてそう感じられたのは、満島ひかりをはじめとした俳優陣の存在が大きいだろう。



主人公の知子は妻のある男慎吾と不倫関係にある。
冒頭の慎吾との生活描写は、ほとんど夫婦のようだ。満島演じる知子も、良き妻のようになじんだ雰囲気がある。

しかし知子は、自身が熱が出て寝込んでいるとき、元彼を呼び出すようなことを平気でしている。のみならず、そのことを慎吾にも平気で話すような女だ。
不倫相手とは言え、そんな知子の行動は、慎吾としてもおもしろくないだろう。
涼太も評するように、知子の行動は、無神経そのものだ。

しかし知子の行動には、邪気というものが感じられないのだ。
それだけに、男の僕としては理解できない分、おもしろく、同時にぞくりとさせられる。


そんな彼女の無神経な行動の中には、男に対する媚びや甘えもほの見える。そのあたりがなかなか興味深い。

元彼の涼太を呼び出すときの、来て、というときのトーンや、不倫相手の家に乗り込んだとき、男の着物の襟をひっぱりながら話すところなどは、特にそう思う。
そうすることで、知子は、自らの女性性を男たちにアピールしているのだ。

だが知子は、そういった女を前面に出すような媚びや甘えに対しても、無自覚に見える。

そこが僕にはやっぱりおもしろく、やっぱり恐ろしい。
そして碌でもない女だな、と正直な話、思ってしまうのだ。


それに限らず、知子は僕の(恐らく何割かの観客の)共感を拒むような女でもある。

涼太に向かって、憐憫であなたとつきあっているだけだ、と感情的なことを言ったり、涼太に対して妻と仲良くしている慎吾の悪口を言ってみせたり、と、こいつひどいわ、って思う場面はいくつかある。

原作ではそこまで思わなかったけれど、映画版の方の知子は、感情と感覚を無自覚に発露しており、無神経さが際立っている。
原作同様、映画版の知子も僕には理解できない。
だが同時に変な生々しさも感じられるのだ。


そしてそんな変な生々しさこそ、、満島ひかりの存在抜きには語れない。
共感できるできないにかかわらず、彼女の表現力には終始圧倒されるばかりだった。
特に女の媚びや甘えを、表情と行動で的確に表現したところは絶品である。
本当にいい女優だと心から思う。



演技つながりで言うならば、小林薫もまた見事だった。

彼は不倫している作家なのだが、なかなか細やかな男で、女のためにふとんを敷いてあげたり、雑巾がけを行なったりと、甲斐甲斐しいところがある。
それでいて知子から妻とのことを問いただされるときには、気弱さと、ずるさと、甘えが透けて見えるのだ。
それを表現するところはさすだと思う。

また綾野剛も、ほかの二人に食われてしまった感はあるが、いい演技をしていたと思う。



プロットは盛り上がりに欠けるので、ストーリーとしての楽しみは乏しいかもしれない。
加えて主人公に共感することも難しいだろう。

しかし俳優陣の演技は本当にすばらしく、そこから生み出される空気には、ただただ心を持っていかれる。
それだけでもこの作品を見た価値はあったと心から感じる次第だ。

評価:★★★(満点は★★★★★)



原作の感想
 瀬戸内寂聴『夏の終り』

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