私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『世界史』 ウィリアム・H・マクニール

2012-12-18 20:50:11 | 本(人文系)

世界で四十年余にわたって読みつづけられているマクニールの「世界史」最新版完訳。人間の歴史の流れを大きく捉え、「きわめて特色ある歴史上の問題」を独自の史観で鮮やかに描き出す。
増田義郎/佐々木昭夫 訳
出版社:中央公論社(中公文庫)




学生のころは日本史選択だったので、世界史に対する知識はさして持っていない。
だからいきなりこの本を読むのはハードルが高かったかな、という気がした。
知識がなくても読めなくはないけれど、少なくとも初歩的な世界史の知識があれば、苦労しなくて読むことができる。
そういう意味、本書は中級者向けの作品かもしれない。


加えて本書は訳がやたら硬くて、読みづらいと感じる箇所にいくつも出くわす。
たとえば日本史で、鎌倉幕府の成立と、御恩と奉公といった御家人制度を記述した文章だと以下のようになる。

日本の早咲きの宮廷文化は、皇帝の権力が形だけのものになってしまったのちもまったく消え失せなかった。とはいうものの、日本社会の北への拡大の先頭に立った辺境の豪族たちは、日本最初の宮廷人たちが唐代中国から大々的に輸入した優雅で反戦士的な文化理念を、身につけたり、尊んだりする立場にはなかった。それどころか、彼らは、自分たちの独自の行動の規範や戦士的な理想を発達させ、戦場における勇気や、えらんだ指揮官への忠誠や、戦士個人個人の人間的尊厳などを強調した。

もちろん読んで理解できない文章ではない。
でももうちょっと上手い訳はなかったのかいな、と感じる。

はっきり言って文章は、どうもとっつきにくい。
それが必要以上に本書のハードルを上げているように感じる。


しかし内容そのものはさすがにおもしろい。

本書は世界の歴史を、人や文化交流などの流れの中で説明しているのだが、その視点は非常に刺激的で、感心させられるものが多かった。

初期の遊牧民文化による政治・軍事の優越性に関する記述や、ローマの市民政治が戦争によって姿を変えていく様、インド文明の拡大に関する影響、シーア派とスンニ派にイスラム教が分裂した経緯、ギリシア正教側がオスマン・トルコに屈服する内的要因、カリブ海国家に黒人が多い理由、など、そうだったのか、と知らされる箇所にいくつも出会う。

世界史に関して無知な僕には、知らないことばかりで、新鮮な驚きに溢れていた。
歴史には因果関係があるらしく、その発生事由を読むとなかなかおもしろい。

またイスラム史など、欧米や中国以外の歴史はほぼ知らないので、楽しくてならない。

個人的には西洋が中世以降に勃興していく理由を、周辺地域と合わせて書いている点をおもしろく読んだ。
イスラムが発展しなかったのは、オスマントルコや中国が既得権益の上に安住して新しい価値の創造をしなかったからであり、その間に起こったヨーロッパの自己変革が、世界的な優勢を勝ち取っていったという流れがなかなか勉強になる。


本書は日本史の記述に費やすページも多く、それも意外におもしろかった。
外国人の視点から見ると、こういう視点が生まれるのか、と感心する面が多い。

たとえば日本の授業ではあまり取り上げられない、吉田神道に触れている点は宗教的側面を重視する外国人らしい。
また、西洋文化が流入しても日本的要素が失われなかったと書くあたりに、それが世界から見れば稀有なことなのだ、ということを知らされて、目からウロコである。
そして日本的武士道の価値観が、明治維新には生かされているという指摘は、おお確かにな、と感心させられた。

いくつかは僕にとって、自明のことだっただけに、改めて指摘されると興味深い。


ともあれ、非常に勉強になる一冊であった。
とっつきにくさはあるものの、視点は深く、世界史の動きを、一連の流れの中で捉えている点は優れている。
世界史をかじったことのある人なら、読んでみるに足る一冊ではないだろうか。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

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