私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『坂の上の雲』 司馬遼太郎

2012-01-29 21:33:05 | 小説(歴史小説)

明治維新をとげ、近代国家の仲間入りをした日本は、息せき切って先進国に追いつこうとしていた。この時期を生きた四国松山出身の三人の男達――日露戦争においてコサック騎兵を破った秋山好古、日本海海戦の参謀秋山真之兄弟と文学の世界に巨大な足跡を残した正岡子規を中心に、昂揚の時代・明治の群像を描く長篇小説全八冊。
出版社:文藝春秋(文春文庫)




全八冊、トータルで見れば3000ページ超と非常に長い作品だ。だがこの長さも納得と読み終えた後に思う。
それは、本作が日露戦争に至るまでの日本の姿と、日露戦争の状況を、総合的、複合的視点から描き上げようと努めているからだ。
その結果、雄大な物語になっており、圧巻である。


戦争を複合的に捉えているということもあって、この作品には多くの人物が登場する。

日本騎兵の父と呼ばれた、秋山好古。
日本海海戦時の参謀でバルチック艦隊を破る戦術を創案した、秋山真之。
短歌と俳句の道筋に新しい道筋をつけた、正岡子規、
といった主人公陣を始めとして多士済々。

ロシアとの開戦を回避するために行動した、伊藤博文。
ちょっと尊大な雰囲気もある外務大臣の、小村寿太郎。
大リストラを敢行し、日本海軍の礎を築いた、山本権兵衛。
その上司で愚の如し態度を取りながら部下が働きやすい環境を整えた、西郷従道。
日露戦争の大将で西郷同様の態度で部下をまとめ上げた、大山巌。
日露戦争の総参謀長で精力的に行動する、児玉源太郎。
詩才はあるけれど、愚直で、戦争が下手で、しかしなぜか劇的な生き方を背負ってしまう性質の、乃木希典。
無口だが、日本海海戦で的確な判断を下す、東郷平八郎、など。

印象に残る人物がたくさんいて、どれも一読忘れがたい。
第三軍の参謀長で、どう見ても悪玉に割り振られた伊地知幸介でさえ、非常にインパクトがあり印象的だ。

そんな中で個人的に目を引いたのが、明石元二郎、だ。
日露戦争のときヨーロッパに渡り、諜報活動をくりひろげた明石だが、その話が刺激的である。
明石が行なったことは早い話、反ロシア政府団体に金を渡しただけだけど、それが地味にロシアを苦しめていくという展開は、読んでいるだけで、ちょっとワクワクしてしまう。
歴史においてはいろんな役割の人物がいるけれど、こういうユニークな役割の人物がいると知れただけでも非常に新鮮である。


また日露戦争の相手国であるロシアの人物たちも、日本ほどではないにしろ、司馬は紹介している。

日本人を「猿」とののしる、皇帝ニコライ二世、
日本との戦争を避けようとして遠ざけられた、ちょっと皮肉っぽい雰囲気のある、ウィッテ、
傲慢な態度を取り続けるバルチック艦隊を率いた、ロジェストウェンスキー、
官僚的側面のある、クロパトキン、など。
それぞれがどういう考えの元で動いていたのかも知らされる。

そして同時に、日露戦争に至るまでや、その最中に、いかに多くの人間が関わり、動いていたのか、ということを改めて気づかされるのだ。


また軍隊が戦場でどのように戦い、動いていたのかも、複合的に描いている点がすばらしい。

これだけの人物を描ききり、多くの事象、軍隊の動き、政治的駆け引き、人々の思惑など、あらゆる要素を積み重ね、日露戦争の全体像を描こうとした司馬の筆力に、僕は読んでいてただただ圧倒されるばかりだった。

もちろん最新の研究成果からすれば、司馬の見方にはいくばくかの誤りがあることとは思う。
しかしそれでも連載当時の資料をフルに駆使して、これだけ大きな絵を描きあげたことに感服するほかない。


だがそうした大きな絵を通して見ると、日露戦争がいかに薄氷の勝利だったか、ということを思い知らされる。

解説には日本の覚悟がロシアを上回っていたことなどを理由に、「日本は勝つべくして勝ち、ロシアは負けるべくして負けた」と書くけれど、やっぱり運の要素が本当に強かった、と思うのだ。
特に黒溝台会戦や奉天会戦などは、相当量は運の要素が強いように僕には見える。

確かにロシアには粘りがなく、結果的に日本の粘りが、勝利を引き寄せたと見えなくはない。
けれど、僕にはロシアの司令官の態度などがたまたま運良く積み重なった結果だとしか見えないのである。
それは本当に偶然の産物によるものが大きい。

そして日本軍が、そういった運も含め、日露戦争をきちんと総括できず、その後の時代を進んだということは、一つの教訓とも言えるのだろう。
そういった教訓を読み手に考えさせる面も含め、本作は本当に大きな絵と言えるのかもしれない。


司馬の作品では、個人的に言うと、『国盗り物語』や『燃えよ剣』『峠』『花神』『竜馬がゆく』など、ドラマツルギーを感じさせる作品の方が好きだ。
けれど、この作品の雄大さは、そんな好みを抜きにしても賞賛するほかにないくらいに、高いレベルにある。

『坂の上の雲』は司馬の代表作と見なされることが多いが、それも納得の非常にスケールの大きな作品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



そのほかの司馬遼太郎作品感想
 『国盗り物語』

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「ウィンターズ・ボーン」 | トップ | 『切れた鎖』 田中慎弥 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
コメントありがとうございます (qwer0987)
2014-01-20 20:32:18
日露戦争はいろんな幸運が積み重なったものだとつくづく思います。
もちろん外交や軍事など、人事は尽くしたでしょうし、それ相応の犠牲は出してきましたが、やはり人事以上の要素は無視できません。
その部分を、国民に説明しなかったからこその、日比谷焼き打ちなんでしょう。あるいは説明をする気もなかった、その態度が、40年後につながったのかもしれないなと思いました。
返信する
日露戦争 (里牛蹴)
2014-01-19 17:34:01
日本がロシアに勝てて良かった。負けたら、どんな条約を結ぶ事になったのでしょうか?

>日露戦争がいかに薄氷の勝利だったか

本当にそう思います。
また、イギリスがロシア海軍に嫌がらせをしてアフリカ大陸の最南端を回る羽目になった。あれも大きいですね。
しかし大量の戦死者を出したのに、他国からたくさん借金をしたのに領土を取れなかった。当時の国民の怒りはすごかった事でしょう。
返信する

コメントを投稿

小説(歴史小説)」カテゴリの最新記事