聖書に学ぶ神のみことば

teacherが感じ、思ったことなどをいろいろと綴ります。聖書の一節をちょっと添えて。

誰かが気付いているはずなんだけど・・・

2006-07-21 22:35:01 | つれづれに
 ★いえいえ、こういう誤記って意外や、誰も気付かないものなのです★

 国道沿いのコンビニ駐車場で発見したミススペル。TELEPHOENだもな~でも右側面には、ちゃんと正しくTELEPHONEと、綴られています。この電話ボックスを作った業者さんのミスだろうね。

  teacherは、仕事柄こうした「誤記」は見逃しません!やっぱり恥ずかしいよね。生徒がテストで、speakの過去形spokeを、spoakeとか、sparkeとかと書くよりもずっとずっと恥ずかしい。
  以前も、国道沿いのレストランが、なんとなんと「RESTORAN」になっていてびっくり。ただ、ローマ字をあてただけなのかと思ったが、もしローマ字をあてたのなら、RESUTORANになるはず。そのお店に話してみたところ、どうも「洒落っ気」でつづったものではなく、それが正しいと思い込んでいたようだった。しばらくして、看板は、正しい綴りの、RESTAURANTに直ったのだったが、町中こうした誤記はかなりある!先日も、カー用品店のトイレで発見したのが、No Smorking.正しくは、No Smoking。まあ、こうした単純な綴りミスは許そう。でも、語法ミスの最たるものが、近郊の野球少年団のチーム名にある「●●childs=チャイルズ」。これも、もしかしたら「洒落っ気」で命名したものなのかもしれないけど、もしこの語尾-Sがまじめに複数形を示すというのなら、当然、答えは、children。やっぱり、日本人にとって英語は鬼門といえるのかもしれない。こういう間違いは、教養が問われるのだ。いい歳をした大人が基本的な漢字を書けないのと同類項。teacherの職場近くにも、「徐行」が、「除行」となっている道路看板がある。小学生じゃないんだからさ~と、その看板を毎日眺めての出勤ですが、何年経っても直る気配はありません。決して、どうでもいいことだというわけでもないんだけど・・・。(と、格好のいいことをいいながら、このブログにも誤植多数)

 ヨハネ福音書14:6 
   わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。


   わたしたちは、この目に見えることばを通って、目では見ることのできないわたしたちの生の意味を考えることになります。それもまた信仰の一スタイルといえるでしょう。聖書を読むという行為は、文字で記されたメッセージのなかにその不可視的な意味を読み取る作業でもあります。そして聖書のことばを恣意的に解釈するのではなく、テキストとしてあらゆる人々に開放されている聖書が持つ多様な可能性こそが、ある意味、世界中のクリスチャンを支えています。ちょっと哲学になりすぎました。また、明日以後、別の考察を加えてみたいものです。

 それしても、TELEPHOENは、何と読めばいいのだろう?「テレフォエン」いや「テレフォーイン」かな?「ン」で終わる単語は、つづりがNで終わることも多いので、そんなところから発生しているミスなんだろうけど・・・。

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 「小学生が読書好きに?」~ちょっと胡散臭いニュースです。teacherはそう感じないぞ。