
ブルートレインに最初に乗ったのは「はやぶさ」でした。
ちょうど受験の時、当時は「新幹線の若返り工事」が時々行われていて、午前中は新幹線が全面運休。そこで静岡から東京までの間で、「はやぶさ」に乗車できるよう配慮されていました。もちろん座席の指定はありませんので、食堂車に居座った覚えがあります。
その後、学生時代は寝台車に乗れるだけの余裕もなく、急行列車の硬い座席に身を埋めての旅。社会人になってからは東名阪の移動が多く、これだけの列車がありながら、実際に乗車したのは家族旅行で小倉まで乗車した「さくら」と、結婚式に招待されて下関まで乗った「はやぶさ」の2回だけ。
そして、とうとう最後を迎えるこの「富士・はやぶさ」。高速バス・航空機・ビジネスホテルなど、後で生まれた多くのライバルを相手に、よくぞここまで健闘したと思います。車両の数も少なくなり、華だった食堂車もなく、ちょっと寂しい最後です。

3月14日「大分・熊本」にもシールが貼られる事でしょう。ホームから遠い地名が消えていきます。
ちょうど受験の時、当時は「新幹線の若返り工事」が時々行われていて、午前中は新幹線が全面運休。そこで静岡から東京までの間で、「はやぶさ」に乗車できるよう配慮されていました。もちろん座席の指定はありませんので、食堂車に居座った覚えがあります。
その後、学生時代は寝台車に乗れるだけの余裕もなく、急行列車の硬い座席に身を埋めての旅。社会人になってからは東名阪の移動が多く、これだけの列車がありながら、実際に乗車したのは家族旅行で小倉まで乗車した「さくら」と、結婚式に招待されて下関まで乗った「はやぶさ」の2回だけ。
そして、とうとう最後を迎えるこの「富士・はやぶさ」。高速バス・航空機・ビジネスホテルなど、後で生まれた多くのライバルを相手に、よくぞここまで健闘したと思います。車両の数も少なくなり、華だった食堂車もなく、ちょっと寂しい最後です。

3月14日「大分・熊本」にもシールが貼られる事でしょう。ホームから遠い地名が消えていきます。
あれから20ウン年。いよいよ東海道筋から消えてなくなってしまうのですね。さびしい限りです。
去り行く列車に代わり、6月から静岡→九州間には飛行機という移動手段が加わります。奇しくも「富士」の名を冠した空港、そして「富士」の名を冠した航空会社が生まれます。
ブログ見ました、ただたださびしいですね・・・
「富士☆はやぶさ記念弁当」は食べそびれました(笑)
それからブログのタイトルが
「大井川の風」ですが、大井川鉄道も
数年前に乗りに行きましたよ!!
↓↓↓↓↓
http://murauchi.info/weblog/2006/09/post_603.html
静岡はいいですよね~
会社の関係では、ムラウチさまのネットショップを利用しております。
さて、ムラウチさまのブログにありました
>日本人は機械の固まりである「富士はやぶさ」号にも魂や心があると思っているんだと思います。
・・・まさにその通りだと思います。
ニュースで寂しげな汽笛を聞いた時「みんな!ありがとう」と聞こえました。今回の廃止はたいへん残念ですが、まだ残っている他の寝台特急はぜひ末永く運転してほしいと思いました。