ぴかりんの頭の中味

主に食べ歩きの記録。北海道室蘭市在住。

【本】脳外科医の幕間

2007年03月01日 22時44分13秒 | 読書記録2007
脳外科医の幕間, 三輪和雄, 朝日文庫 み-6-1, 1988年
・脳外科医でありノンフィクション作家である著者のエッセイ集。約50編収録。
・書き抜きはないが、『ある少女の自由』と題した節が印象に残った。10年以上にわたって受け持った、あるてんかん患者についてのエピソード。なんとも切ない。
・「私は、その頃インターン仲間で流行した「婦長、看護婦、医師、モルモット、インターン」という言葉をかみしめていた。」p.14
・「つまり、心臓移植も行われず、かといってホスピスなどもあまり必要としていないようである。私もそうであるが、いまの日本人の死生観は、観念的で中途半端なのかもしれない。」p.28
・「しかし、ニューリーダーとして騒がれて早世した中川一郎氏の夫人の手記を読むと、鈴木宗男秘書の反逆が中川氏に大きなストレスを与えたことがわかる。」p.32
・「昭和初期、古川竹二氏の論文「血液型と気質」が発表されて、話題になった。」p.35
・「精神医学者のヤスパースはこう言った。  「意識とは、現在の瞬間における、精神生活の全体である」」p.47
・「「意識」のテーマには、有名な哲学者デカルトが必ずひきあいに出される。彼の哲学は二元論で、人間には意識(精神活動)と反射機能があり、動物は意識がなく反射だけで行動しているという。マルブランシュという弟子が犬をけとばして、あれは犬という機械だよ、と言ったそうである。  最近のある生理学者の意見はデカルトの逆である。  「脳の働きの中心にあるものは反射機能である。意識は二次的なものか、あるいはこれも反射の一種と考えねばならない」」p.48
・「ひとつの事実とは何だろうか。残念ながらそれは人間の精神ではなく、人間の行動である。外界について言えば、ある物体の使用方法や目的ではなく、その物体の存在である。」p.63
・「ワープロはブラウン管に現れた映像を、原稿用紙で言えば二、三ページ前まででさえも眺められない欠点がある。私に言わせると、文章は絵のようなもので、画面に描き加えた一点の紅が、全体に大きな影響を与えるのである。」p.74
・「機能的脳外科手術の問題点は、その手術方法の相違や考え方の差ばかりではなかった。むしろ、薬物療法が強力な敵であった。」p.107
・「人間は徐々に死んでゆくらしく、何の治療もしなければ(中略)、生と死の区別はほとんどわからないぐらい自然に移行してゆくものだそうである。病院に勤めて30年にもなる私だが、そのような死は見たことがない。」p.118
・「では脳移植はいったいできるのか、できないのか。結論を先に言えば、まず不可能であろう。(中略)脳は網状の神経組織であり、臓器のように単独に存在するわけではない。(中略)SFに出てくるように、頭の中身だけを取り出し、培養タンクの中で生かし続けるというようなことは、全くの絵空事にすぎないのである。」p.125
・「この多様な、主観的情報を組み合わせて、医師のカンに頼らない、真に客観的な医学情報処理システムができないものだろうか。」p.131
・「本来は、社会のほうから身体障害者を受け入れやすいかたちで患者にアプローチするべきであるにもかかわらず、ほとんど行われていない。行政が、その方面を放りっぱなしにしているのである。」p.138
・「「のどに穴を開ける」ということは、一般の人びとにはたいへんな出来事に受け取られるが、これを躊躇していて失敗した例は多い。」p.147
・「こう考えていくと、現在の日本では、救急車などの移送手段をはじめ、救急病院や救急救命センターがほぼ完備しつつあるので、一般の人びとは救急車が到着するまでの処置や心がまえを身につけておけばよい、ということになる。」p.148
・「少し理論的に考えると、リハビリテーションとは、頭部外傷や脳卒中の時の訓練のような狭い意味に用いられることもあるが、本来は、ラテン語の「用意ができた」とか「適した」という意味からきている。つまり、「再び適当な人間に戻す」行為だと考え、さらに「社会に復帰する」という意味に使われている。」p.152
・「ブレーディ報道官の場合がそうであって、頭を撃たれても脳幹をはずれると、現代の脳外科では生命を助けることができる。よく映画などで、こめかみに銃を当てて自殺する場面がある。この場合も少し上向きに銃弾が進めば、そう簡単には死ねないと考えられる。」p.159
・「夢の研究家の一人である鑪幹八郎博士の夢の内容の統計を見ると、楽しい夢よりも、追われる夢や落ちる夢、襲われる夢や不幸な夢が多いことが報告されている。」p.164
・「たとえば子供が戸外で頭を打って、その時は何の症状もなくて遊んでいたりすると、重大なことを見逃す場合がある。家に帰ってから食事もあまり摂らず、元気がなくなってきたら、一応は脳外科で受診して検査を受けた方が良い。これは頭蓋内に血腫ができて、脳を圧迫し始めた時の初期の症状として、かなり重要である。」p.173
・「彼はサンフランシスコで毎日マリファナたばこを喫って、一年半を過ごした。彼は次のように話している。  「何よりも、時間の流れが遅く感じられ、また感覚が澄みわたり、音楽が実に美しく感じられる。快適で幸福感に満たされ、食事がひじょうにおいしかった」  当時は、三時間ぐらいそんな幸福感にひたり、そのあとは熟睡したという。しかし、やがて彼は激しい中毒症状で来院し、治療を受けることになる。」p.193
・「しかし、時間を感ずるというのはかなり高級な感覚であって、これまた大脳皮質の働きなのであろう。」p.194
・「私も酒を飲むほうであるが、いつも不思議に思うのは、酒を一滴も飲まずに、酔った人と同じように酒席で冗談を言ったり、カラオケを歌ったりする人がいることである。こんな人の場合は、脳の中でアルコールと同じような物質が分泌されて、アルコールを飲んだ人と同じように、その物質が脳に働きかけている、と考えられないものだろうか。」p.196
・「医学というものは、シロかクロかに割り切れるものではない。絶えず"灰色"である。一プラス一は二というように、はっきり結果が出てくることは少ないので、治療の説明もまた明確でない。それをうまく利用して、薬漬け、検査漬けの対象にすることがある。」p.203
・「都市の病院は、完全に旧帝国大学の支配下にある。主な全国の病院は「七帝」と言われる官立大学の卒業生が主要ポストを占め、残りを他の大学が分け合っている。もはや新設医大の卒業生が入り込む隙間はない。」p.208
・「プライマリー・ケアー(primary care)という言葉について、その提唱者であり推進者である日野原重明聖路加看護大学学長は、「プライマリー・ケアーは、問題を持つ患者がまず最初に接する医療で、これは一次医療と言われるべきものである」  と規定し、さらに、  「二次医療は総合病院で、三次医療は大学病院や特殊の専門病院で行われる医療である」  と説明している(『公衆衛生』1977年4月号)。」p.215
・「考えてみると、病院とは実に不思議なところである。二流ホテル並みの宿泊施設。食事は味けないルーム・サービス。檻を思わせるような生活の諸規制。二十四時間の監視体制。一方に産院があって他方に寺院があるような、生と死の舞台。それらはまさに、人生の縮図である。」p.223
・解説(保坂正康)より「表現者であるという姿勢と、専門的知識も兼ね備えている能力とが、見事に調和しているノンフィクション作家は、原発問題にとりくむ広瀬隆氏、航空機や医療にくわしい柳田邦男氏、生産現場にこだわりつづける鎌田慧氏、外洋にでかける日本人をとおして日本を見つめる春名徹氏など、わずかでしかない。」p.231
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