天の元后

2012-08-22 18:34:10 | インポート
こんにちは~、マリーで~す。 突然ですがウォッホン、エートさあ、あたしの名前のマリーってマリアなのよねえ。マリア様のマリアよ、知ってた? ほんというと、あたしも知らなかったの。うちのおばはんが教会のカレンダーを見ていて、今日は天の元后聖マリアだって言って、そういえばマリーさんもマリアよねえ、って言い出してわかったの。

たしか、うちのおばはんの記憶にある一番古いパパ様のお名前がピオ十二世だったと思うんだけど、この方が、発表した回勅(アド・チェリ・レジナム)で決まったんですって。ほんでもって、“マリアは神の母であり、新しいエバとしてイエスのあがないの業に参与した”って言う教えを発表したのね。昔々から大抵の信者は心の中でそう思っていたけど、ピオ十二世が認めるまでは教会として正式な教えになってなかったの。そんなのすごく変よね。ピオ十二世は勇気のあるとっても深い心を持ったパパ様だったんだと思うわ。

だからってわけじゃないけど、今日はあの人と一緒に四ツ谷の昼ミサに行って、終わってから水曜ティー・サロンを覗いたら、あの人の聖歌隊にいた頃の昔の知り合いがいたから二人であれこれ、おしゃべりしてたの。知り合いは中医学を勉強している方で、中医って、普通の漢方よりももっと素人のうちのおばはんにはむずかしい世界みたい。セミの抜け殻だとか蛇もお薬の範疇に入るらしいのよ。もっともおばはんの知り合いの方はそういうものが大嫌いでいじりたくなかったんですって。

昔の知り合いにあって話したおかげで、あの人、聖歌隊は基本辞めたけど、新垣先生のいらっしゃる日だけもぐりこもうかなって、考え直してたわ。このあいだ隠れキリシタンの子孫の知り合いもそんなことを言ってたし、歌えなくても新垣先生のお話は聞くだけの価値があると思ったみたいよ。

今日はもう二十二日でしょう、八月ももうあと十日もないのよね。この先どうなるんだかさっぱりわからないけどさ、とにかくあの人も出来ることを一生懸命やってくしかないじゃない。少しは気合を入れようってんで。信者じゃない若い子達にロザリオのネックレスがはやってるそうだから、うちのおばはんも目立たない程度に真似することにしたのよ。

でも美しい本物のガーネットのチョーカーにもなりそうなロザリオはまさかぶら下げられないから(目立ちすぎてはずかしいからやだって)、フィリピン土産のプラスチックの丈夫なスカプラリオとロザリオが一緒になったようなのをぶら下げてみるつもりみたい。もうちょっといい品物のほうが見た目もいいのになんだか、うちのおばはん。どうも中途半端なんだわさ。まあいいけどね。

なんでもやってみてちょうだいね。気まぐれでもなんでも次に移るエネルギーの発火点にならないともかぎらないもんね。ってことで本日の話はおしまい。

ほんじゃまたね。

あ、いけない。忘れてた。こんなの。地味すぎの感じだけど。













真夏の一日

2012-08-21 14:57:36 | インポート
こんにちは~、マリーで~す。 

今日も朝からあっつい、あっつい。うちのおばはんなんか茹っちゃいそうだってふうふう言ってるわ。あの人、昨日は荻窪のタウンセブンでちょっとばかりショックなことがあって、なんかまだ落ち込み気味なのよね。まったくもう、しょうのない人だわ。え、何があったって? 馬鹿らしいはなしよ。ちょっと待ってね。フェイスブックのあの人んとこからコピーしてくるから。

つまんないことばっかり言ってピーピー騒いでるのよ。荻窪警察署の小鳥のピーポハウスみたいよ。こんなこと書いてるの。

『実は昨日、荻窪のタウンセブンで地下に降りたいけれど、足腰背中の都合で歩いて降りるのは苦痛なので、エレベーターで降りようと思い、三台のエレベーターを全部一応下を押して待っていたら、来るエレベーター、来るエレベーター、皆様、下は無視して上に行ってしまいさすがに、そんなのってないだろうと怒って、三台目は何とか下に降りてくれたので、買い物のついでに西友さんでエレベーターの苦情はどこに持っていけばよいのか聞いて7階のカスタマーセンターに行き事情を話した。そこまではよいのだが、家に戻って考えてみると今後、どこへいってもこういう問題はつきまとうわけで、階段を歩いて登り降りできないということは、いざというときは逃げられないということだし、大変な問題なのに気がついて少々落ち込みぎみ、アリャリャ、であります。』

3階に住んでるから嫌でも毎日手すりに掴まって上り下りして、荷物が重い時は小分けにして何度も上り下りするようになっちゃった時からそれぐらい考えなかったのかしらねえ。大体真剣さが足りないのよ。いつだって誰かが何とかしてくれるなんて甘い考えが抜けないから、とんでもない立場になっちゃって30年も過ぎちゃったんじゃないの。

だけど三つ子の魂百までで、もしかしてあの人、死ぬまで基本はこんなものかもしれないわね。今じゃ本当に余計なものは何にもない生活になっちゃって、それどころか、必要な物だってないくらいなんだけど、ちゃんと高価なものもたくさんもっていた時に、ほしくないからって周りの人にみんな上げちゃったのよね。だけど今、その人たちはあの人に知らん顔してるじゃない。要はお馬鹿すぎるんだから自分がわるいのよ。他の人も自分とおなじように考えるなんて思ってると大間違いだって還暦過ぎてわかり始めた人じゃ、何を言ってもしょうがないけどね。

まあ、どうせだったら、ピーピー言ってるより、楽しいこと、面白いことを考えたほうがいいんじゃないかと思うんだけどなあ。あの人のお父さんは冗談を言って人を笑わせたり、喜ばせたりするのがするのが大好きだったのよ。あの人、このところいろんな目にあって自分の中のお父さんから受け継いだ良いものを忘れちゃってるのよ。つまんないことばかり考えていないで、もっと自分がほんとに好きなことを考えて気持ちのリセットをしてほしいんだわ。

今日は暑くてどうせこれ以上頭も働かないからこんなとこでおしまいよ。ほんじゃまたね。


ロザリオ

2012-08-20 19:51:02 | インポート
こんにちは~、マリーで~す。今日はうちのおばはんも、あたしが夕べ無理やり寝かせたから、なんとかかんとか調子もよくなってるみたいよ、やれやれだわ。

ちょっとまだ風邪気味だけどそれでも四ツ谷にも出かけたもんね。このところ、足の調子がよくないから四ツ谷の駅の向こう側の長い交差点をあんまり渡りたがらなくて、サンパウロとか、ドンボスコとか、ピエタとか、昔ながらのカトリック関係のお店もあんまり行っていなかったんだけど、今日は珍しく寄ったのよ。

なぜかっていうとね、この間うちのおばはんが何の気なしにロザリオで検索したらすっごくいろいろなのが出てきたの。いいものもわるいものもごっちゃごちゃよ。教会側は知ってるのかどうかよくわかんないけど、今の若い子達って本当のカトリック信仰に関係無しに、結構ロザリオやマリア様への関心はあるのよね。ほんでもっていい加減な話もいっぱい流れてるの。それとどうも若い子達は本当は今のわかりやすい口語の祈祷文より昔ながらの文語の祈祷文のほうが好きみたい。

昔、心理学に詳しくてイエズス会の霊躁の指導でもかなりの方だった神父様が、人間にとって、信仰を深めていこうという時、ムードというものも重要なんだっておっしゃってたの。なんていうかさあ、ほら、暗闇の中での蝋燭の光とか、香の煙やにおい、司祭の祭服の色や形、音楽、聖歌隊の歌声、とにかく日常の世界から、神聖な心の世界に入っていく時にはそれなりの儀式、儀礼的なものが有効なのよね。だから、わかりやすい普段の言葉での祈りより、文語の祈りやラテン語の祈り、日本人にとっては非日常的な英語の祈りやミサなんかもそうだし、とにかく、日常性から非日常性へ移るための何かがあったほうがいいらしいのよね。

キリスト教は宗教じゃないって言う方たちもいるけど、そうなると、人間の心の奥底での神聖なものとの出会いの場もなくなっちゃうから、キリスト教に魅力が無くなっちゃうのよ。なんでもかんでもわかりやすければいいってもんじゃないみたいよ。わかりやすいのはいいけど、薄っぺらにわかりやすくなったのでは人間の魂を動かすものにならないんじゃないの?

そうなのよ、宗教とか信仰に人間の魂を揺り動かす力が無くなってしまうと何の魅力も無いから人も集まらないんだわさ。今の時代の人たちだって本当はもっと神聖な御者との出会い、神様とのまことのふれあいを求めているんだと思うわ。

だけど、教会でちゃんと教理を勉強してとかってなると、よくわからないし、面倒だから手っ取り早く近づけるのがロザリオとかマリアさまなのかもよ。それもちゃんとキリスト教がわかった上でじゃないからちょっと危なっかしいインチキ科学と結びついたようなのとか、いろいろよ。カトリック教会がほんとにちゃんと宣教する気があるんだったら、人の誹謗中傷をしたりしてる暇にもっと本気で自分も神様との真の出会いを求めなきゃいけないのかもしれないんじゃないのかしら。

マリア様をインチキ宗教に利用させていないで、もっと本当にマリア様を通して神様に近づかなくちゃいけないんじゃないの。ロザリオを唱えなくちゃいけないんじゃないの。よくわかんないけど、うちのおばはんと一緒に今日ドンボスコに行ってみて、あの人、バーゲンで出ていたちゃちな安物だけど、カルメル山の聖母の御像を買って、またスカプラリオのことを思い出したのね。めでたしの祈りは忘れちゃいけないってあらためて思ってるみたい。いやに真面目になってるわよ。

ああ、もうこんな時間だ、今日のはなしはこのへんでおしまいよ。

ほんじゃまたね。


夏風邪みたい

2012-08-19 19:02:41 | インポート
※ おまけ
  
寝た筈だったんじゃないかって? だってさあ、うちのおばはんが眼が冴えて眠れないってまたパソコン開いちゃったのよ。おまけって言ってもたいしたものじゃないし、相棒ファンの方たちならとっくに知ってる話なんだけどね。あの人、テレ朝のリンクはたまにしか見ないから眠れないついでに見たら出てたの。今度の相棒の名前は、甲斐亨くんですって。今までで一番若い相棒よ。 あんまり長く書かせるとあした、うちのおばはんがまた具合がわるくなるといけないからこれでおしまいよ。おやちゅみんちゃい。

あーあ、いつの間にか夕方になっちゃった。マリーで~す。

うちのおばはんはねえ、なんか夏風邪ひいたらしくて、ボーっとして全然頭が働かなくなっちゃってるみたいなのよ。夕べもいつもなら土曜の夜にはtwitterに載せてる、長崎の浜串教会の神父様の説教ブログもさっきまで忘れちゃってたし、今も、一日一回は見て廻る、お友達のアメブロのブログも忘れちゃってたの。大きい病気で仕事をしながら闘病中のおともだちのニュースレターに気をとられてたし、自分も熱が出て歯が痛くなっていて、頭が働かないらしいわよ。

今日はもうこのブログもさっさと切り上げて、あたしもあの人につきあって早くおねんねするから、あとはよろしくね。

ほんじゃまたね。


ウォークマン

2012-08-18 20:36:44 | インポート
こんばんは~、マリーで~す。もうこんな時間なのね

うちのおばはんのパソコンは今日もまたまだ動かせない状態なのよ。あの人、ウォークマンの音楽を新しいものと取り替えて動画や写真も替えることにしたんだけどさ、これが転送にやたら時間がかかるのよねえ。もう、うんざりだわ。

音楽の方はあっという間なのに、動画と来たらほんの短いビデオクリップはまだいいんだけど、45分とか1時間物は転送にもそれくらいの時間がかかるの。あの人もまったくとんだ暇人なんだわさ。こんなの付き合ってられないと思うのに、あちらは昨日聖三木図書館で借りてきた本を読みながらだから平気なのよね。いまいましいわ。付き合わされる身にもなってよね。もうほんとにやんなっちゃう。

あの人が今、読んでる本? えーと「聖母像の到来」って言うの。青土社で出てる本だから読みごたえがあるんじゃない。書いた人はこの前亡くなった若桑みどりさんよ。

よくわかんないんだけど、16世紀のヨーロッパの世界進出の時代のキリスト教美術の話しみたい。日本にキリスト教がきたのがその頃じゃない。それでマリア様の聖母像も宣教師たちが持ってきたのよね。

ほんでもって、日本に入ってきたキリスト教やマリア様の姿が時代の変化の中でどういう風に変わっていったかとかそんな話みたい。そんなのを読みながらウォークマンに転送している動画ときたら自分で作った「相棒」や「熱中時代」のビデオクリップだもんね。なんか笑っちゃう。画質がわるくてもなんでもいいから気に入った話は音楽や本みたいに持ち歩きたいらしいの。

あ、やっと転送が終わりそうだわ、ああ、よかった。今日の話しもこれまでね。

ほんじゃまたね。


かみなり

2012-08-17 19:41:22 | インポート
こんばんは~、マリーで~す。

うちのおばはんがのんびり構えてるから今、お外はピカピカゴロゴロ、ドーンて猛烈な、かみなりよ。これじゃパソコンは使えないじゃないのよ。まったくしょうがないなあ。今日は別に大きなこともなかったから、ギャラクシータブで書いてもいいけど、うちのおばはんて、かみなりが来そうだってわかってたのに何にもしないんだもの。ものすごい稲光が見えてから慌ててるのよ。

せめてブログの下書きくらい書いておけばいいのにさ、何にもしてないからこんなことになっちゃってさ、どうするのよねえ、あの人。

しょうがないからお前さんのほうで、かみなりの時のパソコンのことでも何か書いてくれ? 何かったってねえ、そういえばさっきまだ軽くゴロゴロ鳴ってるだけだった時、Facebookのお友だちが、モデムやルータも用心するようにって言ってよこしてたわよ。かみなりでパソコンが壊れた話はたくさん聞いてるから、うちのおばはんもさすがにそれは用心してすぐに電源は落とすけど、モデムやルータのことは初めて聞いたみたいよ。

パソコンてこの頃は簡単に誰でもいじってるけど、これは本来精密機械なのよね。迂闊に扱うとやっぱり壊れたりするんだわさ。修理代ですめばいいけど、買い換えだと安くはないんだからさ、大事に使ってあげてね。

ほんというとギャラクシータブやあたしだって機械なんだから、やたらな使い方をされると困るのよね。あのさあ、人間の子供だって動物の子供だって大切にして可愛がって育てないとちゃんとまともに育たないじゃないの。大人だって回りに自分に関心を持って気にかけてくれるひとがいなかったりしたら生きてくのも大変なのよね。生命体ではない機械だって、ちゃんと大事にされて世話をされていないと壊れちゃうのよ、わかる?ちょっと難しくいうとさ、大切にされてないとどんなものも存在していられなくなっちゃうってわけよ。

繰り返すけど、パソコンはかみなりに弱い機械なんだからさ、かみなりの時は用心して使ってちょうだいな。お願いね。

こんな話にしかならないけどこれでいいかなあ。よくわかんないけどこれで今日の話はおしまいね。 ほんじゃまたね。


このはなし、どっかで聞いたような気がする? あ、そのへんは気にしないでね。公園のお風呂ダヌキさんから聞いた話の受け売りだもん。お風呂ダヌキさんに聞いたかしたんじゃないのかな、たぶん。


8月15日、吉祥寺教会で

2012-08-16 16:48:21 | インポート

こんにちは~、マリーで~す。昨日も今日も暑いわねえ。しばらくずっと暑さが続くみたいよ。天気予報を見てうちのおばはんもため息をついてたわ。

朝から暑い、暑いって言いながら、それでもあの人、今日はずっとおんぼろパソコンにかじりついて、昨日の夜中にyoutubeにアップしておいた、音声だけで画面は吉祥寺教会の天井しか映っていない幸田司教様のミサ説教が、ちゃんと公開になるようにするのにずいぶん苦労してたのよ。何が何でも主導権をとりたいIEが、operaでアップしたままだと他から見られないようにしちゃってたから、あの人、いやいや、ブラウザをIEに切り替えてやっと見られるようになったの。

このブログもIE以外のブラウザからだと、リンクができないし、写真のアップもうまくできなかったりするのよねえ。でもgoogleのブラウザも日本語はいまいちだし、どっちもどっちだわ。本当はoperaが一番気に入ってるのに、うちのおばはんもパソコンの諸事情で仕方なくIEに頭をさげてるのよねえ。

パソコンのこんな話、いくら言っても関係ない方たちには何を言ってるんだかわからない、面白くない話ね、ごめんなさい。とにかくパソコンが言うことを聞かなくて、こんな時間になっちゃったのよ。

それでもやっとyoutubeに出せた昨日の幸田司教さまのお説教はこれよ。頭がちょっと切れてるけどほぼ全部よ。   

     http://www.youtube.com/watch?v=hnV2PDkjW5A

昨日の、吉祥寺教会の講演では、カリタスジャパンの支援活動の話が主だったせいか、原発被害の福島の話で「浪江やきそば」の名前は出てくるし、福島産の野菜果物を買うことでの支援はしたいけど、一抹の不安もあって、もっと放射能のことをよく知っておきたいという意見が出たり、結構生々しい感じだったのよ。うちのおばはんも、隣にいた奥様と、還暦過ぎた自分たちは福島産でもこだわらないけど、赤ちゃんや、小さい子のいるお宅や成長期の子供たちにはやっぱりちょっとねえ、なんて話してたの。

原発事故は人々の関係を引き裂いたっていうけど、たしかに同じ家族でも同じ食べ物が食べられないような状況があるのよねえ。内部被爆のことも国の発表はあてにならない感じだし、まだまだ先の長い問題みたいよ。それはとにかく、いつもは遠くの席から声を聞くばかりで近くで顔を見る機会のなかった、カリタスのお仕事をしている田所さんとか漆原さんもすぐ近くで実物の顔が見られたって、うちのおばはんもいい年をして未だにミーハーっぽいところがあるから、あたしのほうが恥ずかしくなっちゃうわ。

そんなこんなでこの後が夕べのドコモショップの話だったわけよ。うちのおばはんときたら、大事なことも大事でないことも一緒くたにしてまったくどうしようもないんだわさ。もうちょっとちゃんとしてよね。

あの人に文句を言うときりがないからこのへんでやめとくわね。 ほんじゃまたね。

 


今日のうちのおばはん

2012-08-15 19:51:55 | インポート

こんばんは~、マリーで~す。

 今、夕方の7時半過ぎよ。それなのにさあ、うちのおばはんときたら、こんな時間にまだドコモショップに順番待ちで並んで待ってるのよ。さっき、別のドコモショップでうんざりするほど待ってやっと用事が済んだと思ったのに全く、何やってるのかしらねえ。終わったと思ったらひとつ抜けてたの。 しょうがないから、あの人もう一度違うお店に入って待ってるのよ。

明日にすればいいじゃないかって? そんなこと言っても今の時期じゃ連日おそくまで込んでるからいつだって同じだって言うのよ。そりゃそうだから、あたしもあきらめて付き合ってるところよ。おうちじゃないからパソコンも使えないし、これ、ギャラクシータブからなの。だからあとでパソコンから色々手直しが必要なんだわさ。

 あ、そろそろ順番かな、あとでまた話すわね。一寸失礼・・・・・・・・・・・

ただいま、今、あの人と一緒にやっとこさ、おうちに帰ってきたわよ。今日のドコモショップ、大入り満員よ。待ち時間もすごい、すごい、夏休みだし、お盆だし、ボーナスが入った人は買い替える時期だし、店員さんも大変よ。うちのおばはんなんかはちょうど契約の二年縛りの真ん中だから、ドコモショップに用といっても機械の故障だとか、備品を買いにいくとか、たいした用事でもないのに帰りたくても帰れなくなっちゃうんだもん、ほんとにすごかったわ。

久しぶりに吉祥寺教会に行ったついでだから、買い物して帰る筈だったのが、ドコモショップに寄ったばかりに大番狂わせよ。今、時計は10時よ。あの人、この後まだ、映像は教会の天井しか映っていなくて、音声だけで撮った幸田司教様の今日の説教をパソコンに取り入れて使えるかどうか確かめるんですって。まったく、とんだ一日だったわ。

だいたい、おっちょこちょいのうちのおばはんが早起きして、ちょこっと格好つけてつまんないブログを書いてみたりするから、おかしなことになるんだと思うわ。これに懲りてあんまり珍しいことに手を出さないでよね。ああ、まったくあたしまでえらい目にあっちゃったわよ、やれやれ。

とにかく今日はおしまいはこんなところだったのよ、ほんじゃまたね。

 


聖母被昇天の日に

2012-08-15 09:24:31 | インポート
※ 本日は日本では終戦記念日でもあり、聖母被昇天のお祝いの日でもありますが、もうひとつ重要なものを忘れるところでした。今日は菊地司教さまの霊名の、聖タルチシオのお祝いの日でもあります。菊地司教様のためにもお祈りしたいと思います。


タイトルは聖母被昇天の日だが、話の内容はそれにあまり関係がないかと思う。関係があるとすれば、人間でありながら、ある意味、人間を越えた存在になられたマリア様のお姿をどのようにイメージできるかといったところだろう。

マリア様をどのようなお姿にイメージするか、それは人それぞれの問題だが、こちらは実は泰西名画的な聖画にはどうもあまり「聖」を感じない。マリア様のお姿を描いた絵で一番心にピンときて昔から大好きなのは東方教会のイコン、中でも「ウラジミールの聖母」のお姿だ。人それぞれだから、もちろん反論もあると思うが、個人的な意見としては、この絵ほど、神聖な雰囲気をたたえているものはそんなには無いと思うのだ。

この小さな愛らしい赤ちゃんは、救世主であり、成長後は人々の罪の贖いのために十字架につけられるお方なのだ。母はすでにそれを予期し、いとおしさと不安や悲しみをも心に抱いている。その姿に天のきさきと呼ばれるにふさわしい気品、気高さを感じるのは私だけだろうか。