神様のご計画は人間の側の期待や希望とはかなり違うことが多いようだ

2017-07-11 17:26:33 | Weblog
昨夜は帰りが遅くなったし、今日は今日で朝から用事が重なって、この時間も暑さと寝不足と疲れでへたばっているから、考えをちゃんとまとめる必要のある話は季節がよくなってからにしようと思う。ただ、簡単なことだけ書くと、神様のなさることは実に巧妙だ。いくつもの偶然、いくつもの出会い、それがいくつも重なって人生が進んでいくらしい。

自分のことはちょっと置くとして、うちのおバカさんの弟めの話を少しさせていただくが、この間からアパートのことであの子の今の状況をちゃんと確認させたところが、保証人がどうこうどころではない。33年、住んでいたアパートの所有者が変わって、こんど新しい所有者はアパートを壊して新しい建物に建て替えるから出て行ってほしいということだったのが分かった。33年もいたのではそれはもう当然ありえる事態だ。こういう事態をまったく考えていなかった弟のほうがどうかしていると言いたいが肉親だから、それでもやっぱりただ文句ばかりもいえない。

これからどうすればよいか、お酒ばかり飲んでいないでちゃんと考えないと奴めは宿なしになってしまう。とはいえ、反面、あの子がもしも、もうちょっとちゃんと気持ちを入れ替えて問題に立ち向かおうとしてくれるなら、これはもしかしてとても良い大きな転換点になるかもしれないという気もする。

5歳違いだから、62か3のはず。腰痛がどうのこうのといってもまだ働く気があれば何か仕事はあるはず。私の時のように今は亡きSJの某のような道を間違えたどこかの宗教関係者の妬みや悪だくみで、マスコミや悪い組織に付きまとわれたりして仕方なく生活保護を受けてちんまり暮らすはめになったというのとは違うんだよ、自分の力でまだまだ立ち上がれなくてどうする。なんでもいいから仕事を探せと言いたい。

住む家がなくなれば、わずかの年金で毎日お酒ばかり飲んで暮らすのはできないぞ。奴め、正道に立ち返ってくれと姉としては心からそう願っている。ちゃんと働かないとお前、家も見つけられないし、食べていけないよ、本気でこの先を考えてくれ。突発性難聴で片耳が聞こえないとしても、できる仕事はあるはず。お皿洗いだって清掃だってなんだっていいじゃないか。