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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

8月30日・井上陽水の歯医者復活

2013-08-30 | 音楽
8月30日は、チェロキー族の血をひくブロンドの映画女優、キャメロン・ディアスが生まれた日(1972年 )だが、シンガーソングライターの井上陽水の誕生日でもある。
自分がはじめて聴いた井上陽水の曲は「夢の中へ」だった。「さがしものはなんですか?」見つからないですか?」と問いかけておいて、さがすのをやめたら見つかるということもありますから、ひとまずさがしものはやめて、踊りましょう、ぼくといっしょに「夢の中へ」行きましょう、という軽薄な内容の歌で、ラジオでよく流れていた。子ども心に「いいかげんな歌だけど、いいなあ」と思ったのをよく覚えている。

井上陽水は、1948年、福岡で生まれた。本名は、陽水と書いて「いのうえあきみ」と読む。姉と妹にはさまれた3人きょうだいのまん中だった。父親は元軍医で、歯科医だったため、陽水は歯科医になることを期待された。
中学生ごろからビートルズを熱中して聴いていた彼は、九州の歯科大学の受験を3年続けて失敗し、歯科医になる道を断念して、一転して歌手を目指すことにし、上京した。
21歳のとき、ラジオ番組に自作のテープが放送されたのをきっかけに、アンドレ・カンドレという芸名でレコード・デビュー。しかし、曲はヒットせず、3枚のシングルを出してアンドレ・カンドレは終わった。
24歳のとき、芸名を井上陽水(ようすい)とし、シングル「人生が二度あれば」で再デビュー。つぎの曲「傘がない」で注目され、3枚目の「夢の中へ」がヒット。さらに「心もよう」「闇夜の国から」などをリリースし、アルバム「氷の世界」が大ヒット。吉田拓郎と並ぶフォークソングの旗手となった。
玉置浩二のバンド「安全地帯」は、陽水のバックバンドをしていた後にデビューを果たしたもので、彼らの「ワインレッドの心」「恋の予感」は陽水の作詞による。陽水はそのほか、中森明菜の「飾りじゃないのよ涙は」の作詞作曲、PUFFYのデビュー曲「アジアの純真」の作詞なども手がけた。

「傘がない」の詞は、衝撃的だった。「都会では自殺する若者が増えている」と新聞にあるけれど、そんなことより問題は、いま、きみに会いに行くために必要な傘がないことだ、外は冷たい雨が、という内容だった。
そういう切実で真摯なものを秘めた詞を書くかと思いきや、ものすごくいい加減な軽さもあって、たとえば、PUFFYの「アジアの純真」の詞は、ナンセンスに音の調子でことばをつなぎ合わせたのもので、シュールレアリスム的なみごとな出来ばえである。

思いきりいいかげんで不埒な遊び心と、真摯で深刻な精神性が矛盾しながら同居している、それが井上陽水というパーソナリティーのユニークさなのだと、自分は理解している。いったい、人間とは、そういうものではないだろうか?
それにしても、大学受験を二浪してあきらめ、歌手を目指して大成したのは、立派だし、後に続く世代の励みになると思う。人生、敗者復活ならぬ、歯医者復活はある。
(2013年8月30日)



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