時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

少し離れて見る世界(3);拡大するリスクと政治家の責任

2014年03月14日 | 特別トピックス

 

Photo YK

終わりの始まり?
 
この見出しは、英誌 The Economist(March 8th)が、ウクライナ問題の現状について、つけたものだ。多くの日本人には、ウクライナ問題はいまだ切迫感を持って受けとられていないようだ。しかし、筆者には、ウクライナ、クリミア半島は、ほとんど発火寸前の火薬庫のように感じられる。ロシアが武力介入し、内戦状態にでもなれば、世界はイスラエル・パレスティナ、シリアに次いで、きわめて深刻な問題を抱え込むことになる。
1968年の「プラハの春」を思い起こす。

 ロシアの後ろ盾による強引な住民投票で、クリミア半島のロシアへの編入が行われるならば、EU、アメリカなども否応なしに具体的な制裁に踏み切らざるをえない。この方向へ進むことは、ほとんど不可避になってきた。世界は新たな混迷と危険を抱え込む可能性が高い。これまでの歴史の経験からすると、きわめて危険に満ちた展開になっている。日本が仮にロシアをG8から外すというような国際的動きに加担すれば、北方領土問題はたちどころにロシアの戦略カードと化して翻弄されることになりかねない。

 The Economist誌*1などは、すでにクリミア、そしてウクライナのかなりの部分は、ロシアによって「誘拐」kidnapped されてしまったと論じている。ロシアは図らずもウクライナの国内問題に巻き込まれてしまったと弁じているが、筋書きは見え透いている。ロシアは明らかに先手の石を打っており、これを平和的に取り去ることはほとんど困難に思える。


 アメリカ、EUともに外交力が衰え、ロシアに圧力がかからなくなっている。ヨーロッパの中心的存在のドイツは、ロシアからの液化ガス・エネルギー供給に大きく依存していて、自ら強力な制裁措置はとりにくい。ロシアの隣国、中国は国内問題が急を告げていることもあって、ほとんど沈黙している。内政に難問を抱える今、世界の目を自国からそらせたい思いもあるかもしれない。こうした間隙を縫って、ロシアは大国への復権を企図しているのだろう。

 西側諸国は武力で事態を改善するという手段だけは避けたいと考えている。ウクライナでロシアと戦火を交えるのは最悪な事態だ。他方、大国の再現を目指すプーチンのロシアは、これらの点を見通し、すでに準備していた路線を押し通す強気な対応を続けている。今、EUでプーチンにある程度説得力が発揮でき、電話で話ができるのは、
アンゲラ・メルケル首相だけといわれている。しかし、彼女も東ドイツ時代にロシアの裏表に通じているとはいえ、決め手を欠いている*2

メルケルの青い電話:ヨーロッパの最も有効な武器?
 アンゲラ・メルケル首相
の机上の青色の電話は、世界の政治家ネットの中心として最も使われているようだ。とりわけ、クレムリンとの通話は多いらしい。しかし、彼女の説得にプーチン大統領は本気で応答しているかが問われている。ロシアが軍隊を撤退させない場合、ドイツは他のEU諸国と並んでロシアへ強硬な制裁をとりうるだろうか。現状は厳しいが、メルケル首相は欧米側の意図を体して、かなり強く当たっていると報じられてはいる。

 前回も記したドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックの論理を参考に、少し考えてみたい。ベックは現代ヨーロッパを中心に、グローバル化問題について、最も影響力ある論者のひとりである。

 ベックは、1992年の著作で、今日の世界が直面する状況を「リスク・ソサエティ」 risk society という概念で説明してきた。ベックはかなり多作であり、ドイツ語で書かれた著作ばかりでなく、最初から英語で書かれたものもある。しかし、年を追って、最初の概念が拡充・補足されたりで、かなり分かりにくい。

 ここでとりあげる「リスク・ソサエティ」なる中心的概念自体も、1992年の最初の提示以降、時間の経過とともに、論旨が少しずつ修正、加筆されてきた。経済学の場合は、数式、図表などが使用されることもあって、論旨は簡約にすることも可能だが、社会学では新たな概念が次々と導入されたり、増幅されて分かりにくくなる。主要著作について邦訳もあるが、「リスク」、「危険」、「ソサエティ」、「社会」、「世界」などの言葉が、訳者によって微妙なニュアンスの差異を伴いながら使われており、かなり難渋する。

 細部の議論にご関心の向きは、該当文献を参照いただくことにして、ここでは管理人が理解したかぎりで、ベックの道具立てを借りて話しを進めてみよう。

現代自身が生み出したリスク
 日本では「リスク」も「危険」もほぼ同義語のように使われていることもあるが、ベックは「リスク」 risk を、『現代化 modernization それ自体によって誘発され、もたらされた危険および不安定で危うい状態に対処する組織的な方法』と定義している*3 'systematic way of dealing with hazards and insecurities induced and introduced by modernization itself' (Beck:1992, 21).

 この点を別の言葉にすれば、ベックのいう「リスク」は、現代という時代が自ら生み出した危険で不安定な状態を、人類としてなんとか体系的にコントロールする方向を模索することとでもいえるだろうか。

 特に注意すべきは、「リスク」は、それ自体、「現代(モダーン)」が生み出したものであり、「現代」の存在自体を脅かしかねないものという理解である。さらに、ベックは「危険」hazardsのグローバル・レベルへの普遍化を説く。彼が1992年に最初に「リスク・ソサエティ」の概念を導入した当時、すでに1986年4月に現在のウクライナの首府キエフの北方、チェルノブイリ原子力発電所で炉心爆発・溶融破壊、建屋崩壊事故が発生していた。多数の死傷者が出て、欧州諸国が放射能汚染にさらされ、当時のヨーロッパはパニック状態となった。たまたま筆者が訪れたオーストリアでは、子供たちに呑ませるミルクがないとうろたえる人々の姿に、その現実の一端を目にした。こうしたこともあって、ベックは原子力発電の危険性について、最初から例としてとりあげている。

普遍化するリスク
 
さらに、この事故のこともあって、ベックは現代の危険は、単に特定の地域、企業などの範囲に限定されることなく、国境を越えて普遍化することを強調した。さらに、工場などからの汚染物質の排出、大気汚染などへも注意を促した。これらは産業の論理、言い換えると近代化それ自体が生み出すものであり、従来の国民国家の特徴である国境や地域の範囲内に限定することができないとした。現に中国などで発生しているP.M.2・5などの大気汚染問題は、当該国だけにとどまらず、国境を越えて他地域にまで悪影響を及ぼす。

 加えて、ペックは「リスク」の原理と「民主主義」の原理とを対比させて、現代の社会が直面する多くの問題を説明しようとする。いつ果てるともないパレスティナ紛争、「アラブの春」といわれた一連の動き、そして目前のウクライナ問題などが材料となる。ベックの論理は、グローバル化の次元へと拡大され、「世界リスク社会」という課題で論じられるようになる。

 ベックの展開する推論は、現代という世界が内在する問題を、とりわけリスクという観点との強いつながりで説明しようとすることが基軸になっている。理論というよりは、説明という感が強いが、いくつかの概念化で複雑な現代社会を理解する上で、重要な手がかりを提供してくれる。

「破断」する現代
 このように、リスクは「
現代」が自らが作り出し、現代を象徴する現象であり、さらに現代自体を脅かす存在であるとベックは言う。今日の世界に起きているさまざまな異常事態は、「現代」がいわば「破断」break しつつあることかもしれない。しかし、その後に続く世界がいかなるものであるかは、誰も分からない。

 ウクライナが火急の政治危機に直面し、そればかりでなく、あのチェルノブイリ原子力発電所もそこにあり、廃炉の行方も未解決のままにあるという事実をとっても、日本と無縁ではない。緊迫した東アジアの政治情勢にあって、原発問題をかかえる日本は、さまざまなことを考えねばなるまい。そして、当面、なによりもプーチン大統領、そして世界の政治家が人類の将来に責任を感じて、真摯に対応することを願うしかない。


 

*1
"Kidnapped by the Kremlin"  The Economist, March 8th-14th 2014

*2
”Charlemagne: Disarmed diplomacy” The Economist March 8th 2014

*3
Beck, Ulrich.(1992) Risk Society: towards a New Modernity, trans. M. Ritter, London: Sage Publications[東廉・伊藤美登里訳(1998) 「危険社会:新しい近代への道」 法政大学出版局]



References
____(1999) World Risk Society, Cambridge, U.K.: Polity Press[山本啓訳『世界リスク社会』2014年、法政大学出版会].
____(2009) World at Risk, Cambridge, U.K.: Polity Press.

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