時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

絵が日の目をみるまで

2010年05月10日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

 最近、ニューヨークのオークションで、スペインの画家パブロ・ピカソ(1881―1973)の油絵「ヌード、観葉植物と胸像」が、1億648万2500ドル(約100億円、手数料込み)で落札されたと、競売業者クリスティーズが発表した。同社によると、美術品としては過去最高額とのこと。 この作品は縦162センチ、横130センチの油絵で、1932年3月8日に当時の恋人だったマリテレーズをモデルに1日で描き上げられ、官能的な描写が特徴とされる。絵画は昨年11月に死去したロサンゼルスの実業家夫人のコレクションの一部であった。第2次大戦後は一度しか展示されたことがなく、関係者の間では“幻の名作”として知られていた。50年以上も公的な場に出ることはなかったのだ。 

 クリスティーズは落札者を明らかにしていないが、電話での入札という。同社によると、競売にはロシアとアジアのある国を含む8人が参加し、落札予想額は7千万~9千万ドルだった。画商に近い知人の話では、この頃は中国人の富豪などが落札している場合も多いという。


Pablo Picasso. Nude, Green Leaves and Bust.1932.
 
  このピカソの作品、制作された後、チューリッヒの美術館が所蔵していたが、1951年海を越えてアメリカへ渡り、ロスアンジェルスの土地開発業者シドニー・ブロディ夫妻が取得し、同夫妻のモダーンな邸宅に飾られていた。昨年11月にブロディ夫人も世を去ったため、他の26点の美術品とともにオークションにかけられた。2億2400万ドルという個人の美術品売却額としては、史上最高の額となった。

 多くのファンが見たいと思っても、個人のコレクションになってしまうと、特別の機会でないと見ることもできない。作品が私蔵されてしまうことは問題だ。こうした状況を生む美術作品の市場や公共性については、考えさせられる点は多いが、論点が多すぎて、ブログには書きにくい。少しずつ解きほぐしてゆくしかない。

 この話を読みながら、ラ・トゥールの『いかさま師』、『女占い師』が、フランスからアメリカへ移った話を思い出した。とりわけ、『女占い師』 The Fortune Teller をめぐる経緯だ。この作品は、現在ニューヨークのメトロポリタン美術館が所有している。作品が最初に発見されたのは、ひとりのフランス人アマチュア美術愛好家ジャック・セリエ Jacques Celier の記憶と努力の成果だった。第二次大戦中にドイツ軍の捕虜となっていたセリエは、抑留中に差し入れられたラ・トゥールにかかわる書籍を読み、叔父の田舎の邸宅で、この画家ではないかとみられる作品を見たことを思い出した。彼は戦後解放されるやすぐに、叔父の家を訪れ、作品を確認し、その重要さを知らせた。

 1948年に叔父が死んだ後、ルーブル美術館と美術商ジョルジュ・ウィルデンシュタインGeorges Wildenstein が、この作品の取得をめぐって競いあった。結局、ウイルデンシュタインが競り勝ったのだが、1949年時点での購入価格は750万フランといわれていた。その後長い間、作品は一般の人たちの目前には現れなかった。長らく忘れられ、再び話題に上ったのは、1960年にニューヨークのメトロポリタン美術館へ売り渡された時だった。しかし、その購入価格は「きわめて高額」といわれただけで今日まで明かされていない。米仏の紛争のほとばりもさめた今、そろそろ公表されてもよいのではないかと思う。

  この売却をめぐって、大西洋の両側で別の騒ぎも起きた。フランスでは、こうした素晴らしい作品がフランスを離れ、新大陸へ移ることに強い反対の声が上がった。当時のフランス文科相アンドレ・マルローが議会で経緯を説明させられるまでになった。ジャーナリズムが格好のトピックスとして取り上げる傍ら、アメリカではメトロポリタンは贋作をつかまされたのではないかという騒ぎも起きた。 こうした論争はラ・トゥールの他の昼光の作品『カード・プレーヤー』(アメリカ・フォトワースのキンベル美術館、ルーブル美術館が各一点所有)にまで拡大した。

 ひとつの疑惑は1940年代頃に行われたある贋作師の手になるものではないかということであった。 論争は続いたが、その後の歴史的・科学的調査の結果、これらの作品がラ・トゥールの手になるものであることについては、専門家の評価もほぼ一致している。この贋作論争も画壇や美術史家間の泥仕合のような所も感じられるのだが、一時はかなりの注目を集めた。論争には興味深い点も多々あり、美術業界の暗黒面を垣間見せてもくれる。いずれにせよ、当の画家にとっては関係ない迷惑な話だ。

  この作品『女占い師』の意味するところは明らかだが、隠れた含意としては「放蕩息子」prodigal son あるいは劇場の一場面という解釈もある。 17世紀美術が興味尽きないわけのひとつは、画家や作品の provenance (出所、由来、履歴など)が十分確定できないことが多く、後世さまざまな推論が生まれることだ。同じ時代で、ラ・トゥールなどよりもはるかに史料などの情報が豊富に蓄積され、知見が充実、定説が確立したと思われているレンブラント、フェルメールにしても、最近次々と新発見、新説が現れている。あたかもミステリーを読んでいるような雰囲気がある。専門でもない変な分野に首を突っ込んでしまったなあと思いながらも、飽きることなく続いている。

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