時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

労働の消滅と来るべき未来

2019年03月19日 | 労働の新次元

「仕事の終焉」 

THE END OF WORK
The AMERICAN INTEREST
January-February 2018
cover 

 

平成」という時代が終わりを告げようとしている。これまでメディアの一面を飾ってきた社会経済現象でも盛衰が著しく、その終焉が語られる事象も様々にある。このブログに関連する分野で、今回は「仕事」と「労働組合」を取り上げてみる。

ブログ筆者は長らく「労働の世界」を体験したり観察してきたが、1980年代初めに、日米の労働組合の組織率の時系列的分析を試み、いずれの国においても、文字通り画期的な組織化努力がない限り、組合を取り囲む環境は厳しく、その衰退は不可避であることを予想した。さらに、その趨勢を支配する最大要因は、時代とともに変化する産業基盤であることに着目した。組合員数の行方は、彼らが働く産業の盛衰に基本的に依存しており、衰退産業では組合の組織化努力にも厳しい限界があることを示した。その後、他の説明変数を加えた研究なども行われたが、日米共に労働組合の衰退はブログ筆者の示した方向に進んできた。労使の関係が本質的な変化を示してから、すでに久しい。この点を簡単に見てみよう。

2018年時点で、アメリカの労働組合組織率は13.5%、協約のカヴァー率でも14.8%まで低下している(しかも、そのほとんどは公務員関係組合だ。民間部門は7%以下)。日本の場合も、2018年6月30日時点で、組合員数約1,000万人、組織率は17.0%、(内パートタイム労働者については推定8.1%)と同様に低下している。1980年当時はおよそ1,270万人の組合員、30%程度の組織率であったから、その衰退は明らかだ。推定組織率とは、国ごとに差異はあるが、概して雇用者数に占める労働組合員数の割合を意味する。いずれにせよ、この状況で組合が労働者を代表しているとは、到底言えない。労働者の考えを政治や制度改革に反映させるには、まったく新たな経路を構想しなければならない。新しい時代には、新しい器の構想が必要なのだ。この点は新たなテーマとなる。

「労働の終焉」の意味するもの
この変化と並び、しばらく前から欧米のメディアに、「労働の終焉」The End of Work, 「労働者階級の消滅」The End of the Working Class などの表題が目立つようになった。ここでいう「労働」work、「労働者階級」working classとは、概して、鉱業・製造業労働者などに典型的な肉体労働者 manual wokers を意味することが多い。今日では、長年にわたる厳しい労働の跡を掌(手のひら)などに残している労働者の姿も少なくなった。長年にわたる労働と連帯が刻みこまれた誇るべき手といえるだろう。

第二次大戦後、「階級」class という存在が希薄となった日本でも、一時は階級闘争を掲げ、新聞などメディアの一面を占めた大規模な労働争議も発生したが、1970年代半ば頃から急速に姿を消した。「争議」「ストライキ」というような文字もメディアから消えていった。最近では「官製春闘」というように、労働組合側の企画力、交渉力も劣化が著しく、存在意義すら問われている。

第4次産業革命の挑戦
労働者の実体は産業革命の変遷と相まって、大きく変貌した。その含意は様々で、ブログなどに短く記すことは容易ではないが、あえて試みると、18~19世紀にかけてヨーロッパや北アメリカで展開した「第一次産業革命」が歴史に登場する。L.S.ラウリーなどの作品に、その陰影が描きこまれている。

そして、第一次世界大戦前、1870~1914年にかけて、鉄鋼、石油、電力などを背景に、電話、電灯、写真、内燃機関などに代表される新たな発明を生んだ「第二次産業革命」の展開過程は、手短かに表現すれば、「労働の時代」でもあった。「労働者」階級の誕生とその爆発的増大、並行しての「労働組合」の拡大・隆盛の時代であった。しばしば大企業が「巨大怪獣ビヒモス」の名の下に、強大な支配力を誇った。

続いて、「ディジタル革命」ともいわれる産業と製品が生み出した経済的、社会的変化が生まれ、パーソナル・コンピューター, インターネット、関連しての情報通信技術が機動力となっている「第三次産業革命」が、進歩の段階を深めてきた。そして、ディジタル革命が社会全般、そして医療などを媒介して人体の改造にまでつながる「第四次産業革命」の入り口に差しかかっている。その範囲はロボティックス、AI (人工知能),ナノテクノロジー、生化学、3Dプリンティング、車両などの自動運転など広範に渡り、すでにかなりの程度実用化している。

この長い変化の過程で、労働者階級は産業革命とともに生まれ、多くの変化を経て、いま衰退の危機を迎えている。長く「煙突産業」(製造業)を支えてきた労働者の分厚い掌、強靭な肉体に象徴されるような仕事は、今日の社会を動かしている多くの産業では、中心的存在ではなくなってきた。彼らは少数派になりつつあるが、この社会を自らの手で築いてきたという連帯感と誇りを支えてきた。

代わってさまざまなサービス労働者、IT関連労働者が増加したが、彼らの間には第二次産業革命以後に見られたような労働者としての連帯性も薄れ、代わって各種のロボティックス、AIなどとの領域での仕事の争奪が進行している。

「分解する」労働者階級
このように産業の盛衰も激しいが、労働者の世界も大きく変わった。肉体労働者の比重も減少したが、それとともに労働者の世界も多様な形に分解・分裂してきた。主として頭脳で働く労働者と肉体を使い働く労働者の間には越えがたい一線が生まれ、さらに両者共に多様に分解してきた。この過程は今や最終プロセスに入っている。そして、待ち受けるのは肉体的、ディジタル、生物学的特徴でさまざまに多様化した新たな仕事の世界である。

このところ、ブログ筆者のタイム・マシンもかなり忙しく時空をさまよってきた。飛行を止める時も遠くないことを意識するようになった。第一次、そして第二次産業革命の初期については、L.S.ラウリーが描いたようなイメージが残っている。しかし、その後の産業と働く社会の世界像はかなり複雑で予想の域を出ていない。これからの時代を生きる若い世代には、しばしスマホの狭い画面を離れ、来るべき世界がいかなるものになるか、目を凝らすことをおすすめしたい。チャンスもあるが、リスクも大きなこれまで以上に難しい時代が待ち受けていることは確かだからだ。

  

工業の盛衰と共に生きた人々を描いた画家
L.S.ラウリーの世界 

Judith Sandlling and Mike Leber
LOWRY'S CITY
Lowry Press, 2000   civer  

 

 

 

References
Brink Lindsey, ’The End of Work’, The American Interest, Winter 2018Richard Baldwin, The Global Ipheaval, oxford University Press, 2019

桑原靖夫「労働組合の産業的基盤:日米労働組合の組織率分析」『日本労働協会雑誌』1981年11月
________.『労使の関係』放送大学テキスト, 1995年

 

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