時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ラ・トゥールの書棚(1)

2006年07月09日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの書棚

  ラ・トゥールという画家と作品に出会って以来、いつの間にかこの希有な画家についての知識も増えた。同様に関心を持った若い友人から、この画家についての文献を聞かれることがあった。実はラ・トゥールについての文献は、謎の画家といわれるわりにはかなり多いほうである。

    今日の段階で比較的容易に入手できる日本語文献としては、このブログでも取り上げたジャン=ピエール・キュザン&ディミトリ・サルモン(高橋明也監修)『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール』がある。画家と作品の発見史というユニークな観点から書かれている。この画家が20世紀になって、いわば闇の中から掘り起こされるような過程に関心を持つならば、観賞の手引きを兼ねて楽しんで読むことができるだろう。もちろん、最初から作品鑑賞の機会に恵まれることが望ましいことはいうまでもない。   

  ひとりのラ・トゥール愛好者という観点からすると、始めてこの画家の作品に出会ったのは、さしたる文献も刊行されていない時代であり、作品に対面したのもかなり偶然であった。その後、機会あるごとに特別展などにも足を運び、作品をみてきた。気づいてみると、かなり多数の文献も読んでいた。相当のめり込んだことが分かる。   
 
  回顧を兼ねて、その間に目にした主要な文献などにも触れてみよう。中にはすでに絶版になったり、大学を含めて日本の図書館でも所蔵していないものも多い。ラ・トゥールに関心を抱かれた人には多少のガイドとなるかもしれない。   

オランジュリーでの回顧展
  なんといっても、この神秘的な背景を持った画家の主要な作品に出会ったのは、1972年のパリ・オランジュリーの特別回顧展であった。当時、ラ・トゥールの作品と特定されたものは、ほとんどすべてが一堂に会したのである。偶然にも仕事でパリに滞在していて、この幸運に出会ったのだが、たちまち引き込まれてしまった。会期中に何度か通った。その時の衝撃と感動は大きかった。   

  この回顧展は当時はパリでも大きな注目を集めた。手元に当時のフランス美術界での反響などを伝えるLe Monde(10 Mai 1972)の切り抜きも残っていたが、文芸欄などに2面以上にわたり、この画家と記念すべき催しについて詳細に記している。特に、斬新な構図、華やかな画面などで世界を驚かせた「いかさま師(ダイヤのエース)」については、2段抜きくらいの大きな紙面で2個所にわたって作品全体と部分を掲載して紹介している。 ルーブルがこの展示にかけた力の入れようが伝わってくる。  

画期的な展示
  この回顧展のカタログは手元にあるが、その時点で確認されたラ・トゥールの作品を、ほとんどすべて掲載した当時としては画期的なものであった。回顧展の企画委員会Comité Scientifique の委員は次のように、ラ・トゥール研究のそうそうたる人たちが名を連ねている:

Vitale Bloch
Michel Laclotte
Pierre Landry
Benedict Nicolson
François-Georges Pariset
Pierre Rosenberg
Charles Sterling
Jacques Thuillier
Cristopher Wright
  

  回顧展のカタログでは、ラ・トゥール研究者のジャック・テュイリエが主要な部分を担当している。テュイリエは後にラ・トゥールについての決定版ともいうべき大著を刊行しているが、いずれ別の機会に触れよう。

素晴らしい内容
  このカタログでは作品説明は共著者のピエール・ロザンベールとテュイリエが書いている。次のような構成である:

Georges de La Tour et notre temps par Pierre Landry
La Tour, enigmes ethypothèses par Jacques Thuillier
Biographie et fortune critique par Jacques Thuillier
Catalogue par Pierre Rosenberg et Jacques Thuillier
Bibliographie par Jacques Thuillier   


  カタログの表紙は「いかさま師(ダイヤのエース)」である。掲載されている作品図版の多くはモノクロだが、数枚は多色刷であり、当時としては大変ぜいたくなカタログであった。

  この時一緒に購入した「キリストと大工聖ヨゼフ」のポスターは、長い間仕事場の壁を飾っていた。心が安まる思いがしていた。今はレンヌの「聖誕」に代わっている。



References
Georges de La Tour. Orangerie des Tuileries. 10 mai – 25 septembre 1972. Minisére des Affaires Culturelles, Réunion des museés Nationaux. 283pp

Cuzin, Jean-Pierre et Salmon, Dimitri (1997) Georges de La Tour Histoire D’Une Redécouverte, Paris: Découvertes Gallimard, Réunion des MuséésNationaux Arts. (印刷、装丁は日本語版よりかなり上質)


ジャン=ピエール・キュザン & ディミトリ・サルモン (高橋明也監修・遠藤ゆかり訳) (2005) 『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール』 東京、創元社。

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