時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

外国人労働者が争議の原因?:EUとイギリス

2009年03月04日 | グローバル化の断面

  世界に雇用削減の嵐が吹いている。メディアが解雇反対など労働争議のニュースで覆われてもおかしくない。しかし、ストライキとか争議 にかかわる記事はあまり見かけない。

 日本についてみると、第一次石油危機以降、労働組合などが主体となった集団的労働争議は、急速に減少した。代わって、個人の利害関係を背景とした個別労働関係紛争が増加した。それでも、メディアへの紛争・争議の登場は少ない。

 そうした中で、目についた記事があった。イギリスでの労働争議である。日本も関連している。最近、日本の日立製作所は英国の高速鉄道車両にかかわる総額75億ポンド(約9600億円)相当の受注に成功した。車両数では最大限1400両になると言われている。この大不況時、日本企業にとっては喜ばしいニュースだ。

仕事を奪われる?
 ところが、イギリス最大の労働組合のひとつ、鉄道・海運・運輸労働者全国連合(RMT)は、イギリス人労働者の仕事の機会を奪われると反対している。仕事の機会が外国へ流れてしまうというのがその理由だ。実は、こうした争議はイギリスでは、他にも起きている。

 リンゼー石油精製所 Lindsey oil refinery では、去る1月28日から工場外でのデモが始まった。精製所拡大のために外国人労働者が雇用されることへの反対が理由だ。イギリスでは、1984年の炭鉱争議以降、労働法上は違法な争議行為なのだが、同情ストが頻発してきた。同情ストは今回も発生。2月4日現在で、争議は22地点へ波及、約6000人が参加した。

 日立製作所の受注、そしてリンゼー製油所の場合もそうだが、労働組合の反対理由が、これまでのストの原因である賃金その他の労働条件の域を越えて、拡大していることが注目される。

移民労働者への不安
 たとえば、上述のようなイギリスでの移民・外国人労働者をめぐる紛争・争議の背景には、 仕事を喪失することへの恐れ、増える外国人労働者への憂慮、そして移民政策一般、未だ遠い存在ではあるが、いつの間
強力になったEUの権力への不安、そして自分たちに同情的でなく、伝統的な支持者の多くに関心のない現在の労働党への幻滅など、さまざま要因が絡み合っている。

 争議の内容も、従来の争議と比較するとかなり捻れている。リンゼー製油所の例では、製油所を所有・経営するトタール社(フランスの石油企業)が、アメリカ、カリフォルニアのエンジニアリング会社ジェイコブスを起用した。ところが、ジェイコブスは仕事をイタリア企業IREMに外注した。このイタリア企業は、自社の百人近いパーマネント・スタッフ(イタリアおよびポルトガル人)に仕事をさせるべく、イギリスに送り込んだ。その後も、さらに数百人が加わることになっている。

 契約は秘密なので、なぜ仕事がイギリス人ではない外国人に委託されるのかは明らかにされていない。IREMは、イギリス人ではないティームと仕事をした経験があり、彼らの能力が高いと考えたようだ。

 ストライキに参加したイギリス人労働者は、国外からの新参者は地域の賃金、労働条件を引き下げているという。これについてはIREMもTotal社も否定している。法的にもスト実施者側の基盤が確固としているわけではない。


 EU加盟国民はどこの国でも働くことができる。しかしながら、IREMの労働者は、イギリスではEUの特別な指令、posted workers directive*の下で働いている。一種の自国外への派遣労働者である。競争をゆがめることがないことを条件に、派遣元企業が彼ら自身のスタッフを、ヨーロッパのいずれの国でもテンポラリーなプロジェクトで働かすことができるよう送り出す仕組みである。

 たとえIREMの労働者がイギリスで、イギリス人労働者(この例では、正確にはイギリス最大の組合UNITE)の労働条件よりも低い水準で働いているとしても、EU基準を下回らない限り、それはただちに不法というわけではない。その点に少し立ち入ってみよう。

困難なEU法との整合
 外国人労働者は、EU労働法の下で、ローカルな労働者と同じ権利を与えられている。大陸では「公正賃金」ルールが、特定の仕事に特定の賃金を設定している。イギリスでは、企業は少なくも全国最低賃金だけは支払わねばならない(時間賃率5.73ポンド、8.30ドル)。この水準は、イギリスの建設産業の多くの仕事をカヴァーしている全国協定で定められた率(組合賃率)よりもかなり低い。

 2007年、「イギリス人労働者にイギリスの仕事を」と述べたゴードン・ブラウン首相は、批判の的となった。その後、保護主義は「景気後退を不況」にするとして、態勢を立て直した労働党だが、イギリス経済の環境は厳しく、党内の舵取りも難しい。

高まるナショナリズム
 グローバル大不況の浸透で、ナショナリズムの動きは強まっている。スペインでは、ザパテロ首相は自ら打ち出した公共事業計画で、失業者の救済を掲げ、30万人の新規雇用を創出するとしている。これについてEUは、失業者救済はよいとしても、これらの仕事に雇用される労働者を地域の失業者やスペイン人だけに限定はできないと釘を刺している。

 同様な論理は、イギリスについても適用される。イギリスで働く外国人が、イギリスの競争相手の労働条件を「切り下げている」と非難される場合である。EU単一市場の論理は、域内のいかなる地域であろうとも、競争原理が働くようにすることにある。このことは、イギリスの水準よりも低い労働コストで働く外国人労働者、たとえばポーランド人労働者をイギリスに受け入れることも(EU基準を充たすことが条件だが)認められるということだ。EUが従来の加盟国よりも、相対的に貧しい国々を加盟させるにつれて、以前からのヨーロッパ諸国の労働組合は、これまで獲得してきた水準を維持することに難しくなっている。

錯綜する現実;頻発する争議
  短期には願いもかなえられた部分もある。今回の場合、トタール社が約100人分の仕事をイギリス人に保証したことで、2月5日ストライカーは職場へ戻ることを選択した。しかし、山猫ストもあり、雇用削減不況への恐れが浸透している。

  しかし、トタール社の争議が下火になったころ、代わって別の争議が発生した。2月5日、建設労働者が、Alstom(フランスの企業)のロンドン支社の前に集まった。この企業は、ノッティンガムシャーの新しいステイソープ発電所の建設に加わろうとしている。仕事はイギリス国外の下請け企業が請け負う。

 エネルギー産業は、2012年ロンドンオリンピックを目指して、大きなブームの対象になる。ステイソープは新しいガス発電所のひとつだ。代替エネルギーの補填として、石炭および原子力発電所も計画途上にある。

 イギリス企業は、これらのある部分は引き受けることができるだろうとみられている。しかし、外国企業は、より高い技術を保有しており、どうしてもその起用が必要となる。労働組合の反対にもかかわらず、空洞化が進んだイギリスの製造業では、それらの仕事を国内の企業、労働者では充足できない。

 3月1日、EU首脳会議は、保護主義的政策はとらず、EU共通の新しい枠組みを推進してゆくことで合意した。しかし、現実には国境の壁は固く、ケースバイケースの対応がなされている。保護と開放をめぐって、緊張は一段と高まるだろう。グローバル化のひとつの分流と考えられるEU基準という大きなプレートが、各国の国内労働市場のプレートと衝突し、軋みあっている。大不況のさなか、各国ともに自国重視の傾向は避けがたく、EUとのせめぎ合いが続く。


*  posted worker とは、限定された期間、通常働いている国から離れて、EC加盟国の別のある国の同じ分野で働く雇用者。この指令では、使用者は実際に働く加盟国の賃金など基本的労働条件を労働者に確保しなければならない。


References
 「日立高速鉄道車両受注」『朝日新聞』2009年2月14
‘Discontents, wintry and otherwise’The Economist February 7th 2009

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