時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

医療格差の改善に向けて

2006年07月13日 | グローバル化の断面

    医療の地域間格差が拡大していることが急速に問題化している。このブログ記事でも取り上げたが、その後新聞、総合誌などが相次いで同様な角度から問題を指摘している*

  日本の医師の絶対数は着実に増えているのに、都市への集中が進み、地方の病院を中心に医師が確保できなくなり、診療科を縮小したり、閉鎖する病院が相次いでいる。小児科、産婦人科、整形外科などの医師の不足が、重なって事態をさらに悪化させている。

揺らぐ福祉の基盤 
  医療の地域間格差の拡大は深刻である。同じ国にいながらも、地域や所得の違いのために適切な治療を受けられないという状況は、福祉国家としての基盤にも影響しかねない重要問題である。
  
  国民が自らの健康について不安を抱き、しかもその不安を軽減する道がないということは、さまざまな点で悪影響を与える。医療は国家の福祉の根幹である。医療福祉に関わる政策を再度見直し、長期の変化に対応しうる内容に変えなければならない。

自治医科大学の例
  最近指摘されたひとつの例として、自治医大の卒業生の定着率が約7割であることが明らかになった。府県別にみると、東京などでは5割くらいの水準である。

  この大学の卒業生は出身都道府県に戻り、公立病院を中心に9年間地域医療に従事することが定められている(4年半の僻地診療所・病院を含む)。そのために、医学部在学中の6年間の学費(約2200万円程度)は、在学中は貸与され、卒業後9年間指定公立病院等に勤務した場合その返還は免除されることになっている。入学時と卒業時で状況がかなり変わったとしても、もはや実態が設立の趣旨と大きく離反している。顕著なモラル・ダウンが起きている。

    自治医科大学は、その設立目的に明示されているように、医療に恵まれないへき地等における医療の確保向上及び地域住民の福祉の増進を図るため、全国の都道府県によって1972年に設立された。そして、地域医療に責任を持つ全国の都道府県が共同して設立した学校法人によって運営されている。この目的のために、医学生の教育など、大学部門の運営に要する毎年度の経費は、全都道府県からの負担金が中心となって賄われている。

抜本的見直しが必要  
  過疎地や地方の病院への赴任や勤務については、自治医科大学に限定せず、他の医学部卒業生や医師にも新たなインセンティブを提供するなど、抜本的な制度見直しが必要だろう。医師の報酬を含めた労働条件も勤務医と開業医で大きな格差が生まれており、市場原理に委ねておいて問題が解決するわけではない。

  医療という分野は、「信頼」という風土がきわめて重要な役割を占める。ひとたび信頼が失われ始めると、復元は著しく困難である。日本の医療はこれまで高い信頼を維持してきたと思っている。次の世代のためにも、これ以上の劣化を防がねばならない。

  以前にとりあげたイギリスのGP (General Practitioner)制度が良いとは必ずしも思わないが、新たな構想での地域総合医療センターなど、検討すべき課題は山積している。

広い視野と構想の必要
  厚生労働省は、医師は将来供給過剰になるとの見通しのようだが、視野が狭小である。医療・看護の人材育成は単なる数の上の問題ではない。需給の数が合ったから問題が解決するわけではまったくない。このままでは、事態はさらに悪化、危機的状況を迎えるだろう。

  少し長い目でみれば、このブログでも再三、記事にしているように、アジアにまで視野を広げて医療立国の姿を考えることが必要になっている。日本が活力を取り戻すために、医療政策が果たすべき役割は大きい。


References
「特集「健康格差」が日本を蝕む」『中央公論』(2006年8月)
「医師不足の深層」『日本経済新聞』2006年6月25日

コメント
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