表現の現在―ささいに見える問題から⑮ (作品と作者)
以下に引用する、新聞掲載の川柳作品を読んで気づいたのだが、自分の作品を選者の目に留まり載せてもらいたいという動機で詠まれた作品に時々出会う。次の意表を突いた作品もおそらくそんな作品である。「載った句は」という表現にその動機が込められている匂いがする。
載った句は三月も前の自分です
(「万能川柳」2016年2月3日 毎日新聞)
作品を作り上げて投稿し、選ばれて新聞に掲載されるまでにどの位の日数がかかっているのかわたしは知らないが、三月というのがどういうところから来ているのかはわからない。つまり、そんなにもかかるのかなという疑問がある。要するに、ここでは掲載された作品が読者に読まれる今と作者が詠んだ時とは違うということ。したがって、読まれる作品は、現在の作者の心の有り様とは違うかもしれませんよという内容である。表現されたものを読む場に、意表を突いたところからツッコミを入れるのを作品のモチーフとしている。
ところで、わたしがこの作品を取り上げたモチーフは、この作品をきっかけとした次のことにある。福岡伸一は、『動的平衡』で、現在の知見によると人間の細胞は絶えず死滅と生成をくり返していて、私たちの生体は別人になること無く絶えず生まれ変わっていると述べていたと思う。人間の心から精神に渡る世界は、そのこととは直接の対応はしていないように見える。一方に、一般的な見方として人の性格は簡単には変わらないと言われるような固有性の本流があり、他方には、それにもかかわらず人は日々の経験の中でその根強い固有性を反復しながら少しずつ変貌するということがあり得る。また、現実の場で追い詰められたりすると、ちょっとしたことに見えるものをきっかけとして大きく豹変することもあり得る。
以上のことから判断すると、作者という存在にスポットライトを当ててみれば、作品としてかたち成した表現には、作者の性格のような固有の本流とともに、その影響下に現在の何かの対象に触れ、関わったことによる現在性の流れとの二重のものが織り込まれていると思われる。
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