おがはまのつぶやき

ボケばばぁの独り言です。今後の老老介護ならぬ朗々介護目指し、
ボケ老人の扱い募集中です!

手をほうきにして

2010-04-30 05:58:16 | Weblog
このところぐつついたお天気ばかりで、お隣のおばあさんはご機嫌ななめのようです。8時すぎるとお茶の誘いが始まり、9時までは落ち着かないので、それから出かけます。今日もまずは来てくれたことへの感謝から始まり、昔の嫁いだ頃の話、そしてひ孫の話となります。「昔は朝早くから暗くなるまで、手をほうきにしてよく働いた、」と、例えも気に入りました。昔は全部と言っていいくらい手作業です。昭和40年頃から機械化されて、実家では、軽トラックがあって、地区ではそんなにはなく、それから農機具も年毎に増えていきました。ですから40年経った今では手作業は少なくなっています。凄まじい近代化です。車も一軒に2.3台はあり、農機具も仕事に見合った機械が揃っています。弟は農機具の販売をする会社に勤めていました。弟は夜中までも農家に行って、明日の仕事に差し支えないように点検をしていました。小まめにサポートをしたお陰で、全国でも上位の成績で海外への招待旅行?に行ったと聞いたことがあります。今の80歳以上の方たちは本当に働いたのです。父親も朝仕事をしてからごはんを食べるんだ!と言われたことを思い出しました。幼いころの母の手は「しもやけ」でまん丸に膨れて赤くなっていて、大人になったら手袋を買ってあげようと心に焼き付けたことを覚えています。大人になった頃には、「しもやけ」はなかったです。何故なら部屋も暖かく、水汲みもなく、沢水がお湯に使えるようになりました。39年に横須賀に勤めていた時に姉がわたしに言いました。「家には洗濯機も冷蔵庫もあるし、お風呂は木じゃないだから、こっちの暮らしと変わらないから帰ったら、、、?」鵜呑みにして帰って来て、今があります。早い話に運命の別れでしょうか、出会いでしょうか、今では、自然いっぱいのこの地が好きです。お金に振り回されつつも満たされています。

モモの食事 2

2010-04-28 06:11:24 | Weblog
遅食いになって3日目です。モモは食事の時に一緒に食べるのは、当たり前のこととばかりにじいさまの隣でお座りしています。「餌を食べてないから与えてだめだよ」と釘をさします。無視して食べ終える頃になると、鼻をならして横目でおねだりしています。じいさまは『ほら』とわたしの顔を見ながら、ごはんをあげるともっと欲しそうに見つめていました。わたしに気兼ねして『あとハウスだよ』と言っても、「伏せ」をして動きません。夕方の散歩から帰ってから、空腹に限界?そう期待して、手の平の上にドックフードを差し出すと、一握りしか食べず昨日からこの調子でがっかりです。思いのほか頑固で絶対顔を反らして食べてくれません。ダイエットのつもりで根競べです。もう少し経つと連休で息子と孫2人に次男も帰って来ます。相手が出来ない分又、豪華な食事が待っています。モモにしてみれば、えへへへ、してやったりと言う所でしょうか?。どんな生き物にも五感が備わっていて、家族は一生それに振り回されるのでしょう。生きてる!。生きてる!と感じる一瞬です。昨日はゲージを掃除して発泡スチロール手作りの暖房の枠を片付けました。モモは寝室が落ち着かないのか鼻を鳴らし、だんだんと声が大きくなって吠え出し、仕方なく布団から起きだして、又、枠をゲージの中に入れてあげて、やっと静かになりました。寒がりなのか、過保護にしたのか、口が立たない分の意思表示には参ってしまいました。

モモの食事

2010-04-26 06:30:22 | Weblog
昨日生まれて初めてお弁当のハンバーグ1個をたべました。美味しく食べるのを見て、わたしらも満足なのでした。運転席と助手席と足元でしたから、致し方なかったのです。夕食はご褒美とばかりに、白菜のおひたし、あまりごはん、ドックフード、その上に犬用の粉チーズを混ぜて、我が家ではボリュームアップの豪華な食事でした。今日の夕食はドッグフードだけです。あまりの違いか、味を知ってしまったのか、一握りしか食べません。みんなが言うように美味しいのしか食べないと言うのは本当でした。2.3日は根くらべになりそうです。我がまま、気ままの良いとこどりは、我が家では許せません。今度は逆転して、服従する立場に変わってしまいます。モモにとっても犬社会のなかでは、変わり犬として相手にされないでしょう。我慢することも大事かなと思っています。べっぴんさんの気ままは見苦しいね、おかあさん、、、と探してくれるモモが好きです。そうして健全な家族の一員として満たされると、みんなが気持の良い毎日がおくれると思います。モモ!気ままにはさせないからねー。昨日は昨日なのです。

ドライブ

2010-04-25 06:25:07 | Weblog
今日はモモのべっぴんになる美容室に行きました。隣町に8時半の予約ですから、7時の朝食にしょうと動いていました。掃除しているとじいさまが7時10分前にトイレに降りてきて、モモが2回のドアまで追いかけて行ったのにモモだけ降りて来て、わたしはカチン、ムラムラッ!!、と来ました。2階に洗濯を干しに行きながら、「7時のご飯だよ。」と怒りを抑えて言ったつもりでも、雰囲気で分かったのか「あと10分あるよ」としぶしぶ起きだしてきました。その10分でブラッシングして欲しかったです。なんでもわたしが、、、と気が急ぎます。予約の時間5分前に到着し、一般家庭の離れの間で行うのでした。庭にはラブラドールが吠えて、部屋の中のゲージで小さいコリー犬も吠えています。モモも負けじと吠えていました。ここで見ていたかったのですが、失礼かなと指示を待っていたら、1時間ほどかかりますが、、、、。と言われて、お店もまだ開いていなくて、30分行ける所まで行って戻って来ようとドライブです。結構走るもので藤沢、川崎をぐるっと一周出来ました。道の駅で携帯が入り一路、美容室に向かいました。玄関の中からこちらを見て待っているのが分かりました。ドアを開けたらそこには凛と見えるべっぴんのモモが!!!。リボンを付けていただいて、光沢があり、顔もきりり、毛も揃っていて匂いもほんのり、、、すごく可愛いです。やっぱりプロだと思いました。お嬢様に見えた挙句に、「お利口さんでしたよ」と言われて、その気になりこのまま家に戻るのが勿体無く、平泉の柳の御所までドライブしました。残念ながらモモは車の中でしたが、途中高台の見晴らしの良い所で、車の中で3人揃ってお弁当を食べて満足して帰って来ました。

子クマちゃん

2010-04-23 06:25:52 | Weblog
この頃のお天気は今の世の中と同じで日替わりメニューです。寒くてどんよりして精神的にもよくありません。昼食を食べながら、「近場の温泉に行かない?」『どこにする?』迷った挙句に、一山超えた竹駒の玉の湯にでかけました。部屋に入ったら末の弟の義妹とお母さんに会いました。地区の民生委員なので20人弱のおばあさん達の面倒をみていて、すれ違いに帰って行きました。決まったいた時間なので、ちょっと残念でした。2時着ですから、8時まで営業しているので、時間を気にせずゆっくりしようと、気分も軽やかです。家から離れた価値がありました。2度程お風呂に入って夕方の雰囲気が出て来るとモモの留守番が心配で5時前に帰って来ました。降りて2分位の所に道路に黒いものが動いています。猫?犬?と近ずいてみたら、ぷっくりしたまん丸の子供のクマでした。見方は分かりませんが、パンダの公開する位の大きさで、歩き方が可愛いいのです。山で見るのは 初めてで、抱っこに駆られましたが、親が近場にいると思い車から降りずに、2分足らずで降りて来ましたが、向かいの山に行ったのを追いかけたように感じられました。道路にちょこん!と座り、車に気が付いたら後ろの山に小走りに、体を振って走って行きました。1分くらいで民家が点在していて、共存を意識しました。人家の隣り合わせにクマがいるのには現実的に驚きでした。わたしは山に住んでいるとは自覚していませんから、気も新たです。我が家の畑にもカモシカが隣の牧草を同じ時間に食べに来ます。クマでなくて良かったです。モモは一生懸命吠えていますが、カモシカは動じたものではありません。美味しくこちらを見ながらはぐんでいます。我が家も共存の会員です。

犬がいっぱい

2010-04-22 06:41:54 | Weblog
今日はモモの狂犬病予防接種がありました。去年は時間間違いで車で追いかけて、車の中の抱っこで注射をしましたから、早めにでかけました。広い駐車場にはもう10匹程飼い主の足元でお座りしています。初めての経験なのでどうするのかと思ったら、1人前に驚きもせず自分の散歩コースだと言わんばかりに、本気で吠えています。片方の2.3匹は「なにー!?」と吠えている感じです。気の優しいモモは静かに吠えるようになり笑ってしまいました。そこに獣医さんの車がやって来て、手馴れたもので、次から次へと踊るようにスマートに、手招きに準じて注射を打っています。それでも慣れているとはいえ噛まれたこともあるとか、大変な仕事です。モモは「抱っこがいいねー」と言われ、4本足を抱えるように抱っこしてすぐに、ブスッ!!。モモは感じる前に終わった感じです。モモは???で吠えることもしませんでした。いかに専門とはいえ、瞬時の判断でその子にあった注射の仕方には関心しました。ある犬はよその車の下に隠れて、飼い主は大騒ぎで今度はゆっくりとその光景を傍観してみたいとニンマリです。いろんな種類の犬がいて頭数も多く、三々五々集まり、スムーズに進みました。お天気が良かったので、ついでに散歩の時間を繰り上げてひとまわりです。昨日散歩していた時に、進まないと後ろを振り向いたら、死んでいたへびの匂いを嗅いで、驚きました。もうその時期かと好きになれないへびを睨みました。長い棒を持って来て土手に突付き、明日は会わないようにと願うのみです。今日は気になっていたので、辺りを探しても見当たりません。カラスにでも食べられたのでしょう。自然に浄化されるようになるものだと関心しきりです。

犬も格差社会

2010-04-19 06:35:56 | Weblog
夜、友達が来てじいさまと3人で軽い飲み会となりました。わたしはあまりお酒が飲めないので、宴席は苦手です。相手も知ってか長いはしません。犬のモモはハウスで大人しくしています。「こっちの犬は利口だなー。」と褒めてくれました。毛拭けで今は少し落ち着いて来たところだよと言い、凄い量の毛が抜けてびっくりしたことを言いました。「犬に癒されているんだから、ご褒美に専門に頼んでシャンプーして貰えー、すっごい綺麗にしてもらえるぞー。」と去年から進められていて、今回連休に孫が来るので頼むことにしました。今日、電話番号を聞いて掛けたら、犬の種類とか性格とか、どこまで手を掛けるかを聞いたようでした。何しろ、立派な雑種犬でトリミングなどとは程遠く、毛を揃えて頂くだけなので、気を小さくしながらお頼みするようです。友達は犬を迎えに来るからを信用していたら、土曜日の朝8時半に来るようにと言われて朝の弱いじいさまは気落ちしていました。友達の犬は全国のコンクールに出す程の名犬コリーで品も良いです。比べたら罰が当たりますが、、、、、我が家のも名犬?です。様子伺いをして自前とあまり変わらないようであれば、わたしの朝シャンにしましょう。雑種とはこんなに下ろされて犬も可愛そうだと思いました。わたしから見ればモモは大人しく、茶の間でも乱暴な遊びはしない利口なモモです。犬の種類と見かけでランクをつけられたら余りにも口惜しいではありませんか。まずはお手並み拝見と行きましょう。

チラシ

2010-04-18 07:12:18 | Weblog
本家から畑を掘り起こして頂いたので、お礼に行きながら、お茶をご馳走になりました。家でも液晶テレビを買ったよ。その他2台のテレビはチューナーを買って付けることにした。と言ったら、チラシを持って来て「チューナー2つ買ったらテレビ買えるよ」と言いました。2万円もしないで買えるのです。それは誰でも新品は買いたいものです。でもわたしは買ってから10年位でどこも傷まないし、もう1台は息子がおばあさんに買ってくれたものだし、、、、と一瞬考えました。わたしは何を買うって言っても、じいさまが一生懸命汗水流して働いたお金を簡単に下取りとは気が重く、大切なお金だからこそ、この方法で大慈にしようと思っています。給料の中には、働いた分と、注意されたかもしれない分と、人との関わりの悩み苦しみの分も入っています。だからといって出し惜しみはもっての外ですが、年のせいか気が回らないのか、買った頃の商品を選ぶ気持ちを引きずっているのかもしれません。テレビ以外でも同じことに考えてしまいます。お金は簡単に手に入ると思ったら大間違いで、だからこそ大慈な買い物をしたいです。作った人、買う人、いろんな思いで売買されて、流されやすい方に行く前にちょっと立ち止まる自分でありたいです。引き払いの時はお金を出して処分ですから、損をしているかもしれないけど、何事も大慈が大切だと思っています。

恩送り

2010-04-15 11:25:41 | Weblog
今日の地方版新聞の交差点に「恩送り」と題して掲載がありました。井上ひさし先生が「作文教室」で恩について話された時の話です。今はない一関の本屋さんで中学生だった井上少年が出来心で辞書を盗もうとしたら店番のおばあさんに見つかりました。おばあさんは本の代金を稼ぐには、どれだけの本を売らなければわかるかと言いました。自分は年寄りで薪割りが大変だから代わりに割っていくよう命じました。彼は悔いながら暗くなるまで薪を割ったところ、おばあさんは日当から辞書の代金を引いておいたとお金を渡しました。井上先生は恩をその人に返さなくても別の人に何かしてあげる、それを「恩送り」とおっしゃたと書いてありました。わたしもこの年になって恩をいっぱい受けて参りましたが、感動しました。わたしも少なからずも多少お世話をしたこともありましたが、お金だけが回るのではなく、恩も回るものだと思っています。いつ、どこで、誰にお世話になるか見当も付かない一生ですが、今のことで人を決めつけたくはありません。もっとおおらかに、見守ってあげたいです。ちなみに幼少の頃にわたしは親から「いちご畑で靴紐を直すな!、りんご畑では、手をあげるな!」と言われてから、怪しげな態度はしないことにしています。これをわたしは子供、孫たちに申し送りとして伝えていこうと思っています。

分収林

2010-04-12 06:34:18 | Weblog
今日は約50年受け継がれた分収林の解散会が行われました。宝林会と名ずけて昭和31年からですから、嫁に来る前から約100人の会員で山の植林から、管理までしていたのでした。途中に事情があって脱退していますから最後は86人でした。その時の夢は大きくなった木を売って大金を分けようと、人夫になって大人が出られない時は小学生まで歩いて山に入ったそうです。わたしが嫁いで来た頃には、出られない人はお金の集金があったことを思い出しました。わたしは一度も出たことはありません。何故なら、刈り払いなどしたこともないし、蛇は怖いし、漆と草にもまけるしで良いところなしです。そのうちに色あせて来て挙句に材木の安さに運営が???が付き、初めて木を売り市に山を返すことになりました。当時描いた時の金額よりも、記念に思い出の物をひとつしか買えない金額に誰も異論をだすこともなく、今を受け入れようとの思いが伝わってきました。もう共同体も老いに押されて先人の発足の時代とはかなりの温度差がありました。昔は、、、、など若い人もいないし通じないのかもしれません。回転が速いのか、世の中に追いつくのに息切れしてしまいます。手弁当で培った思いたるや、現役員さんの手で解散はどれ程辛く寂しかったでしょう。先人には及ばなかったとは思わせたくなかったです。いろんな思いで積み重ねた宝林会の会員代表は最後に「会は無くなりますが、みなさんの役に立つようにがんばりましょう」と前向きな挨拶でした。自給自足が主だった頃と、とにかく現金収入でとの温度差が今はっきりと時代を感じさせました。急成長した今、何かを置いて来たか?を確かめて見たくなりました。