おがはまのつぶやき

ボケばばぁの独り言です。今後の老老介護ならぬ朗々介護目指し、
ボケ老人の扱い募集中です!

復興商店街

2013-12-26 06:29:30 | Weblog

今日は畑仲間の女性3人の忘年会です。と言っても昼食会です。お隣の復興商店街へ出かけて来ました。友人のお気に入りだった中華屋さんを見つけました。プレハブですからテーブル2個とカウンター5.6人で、入ったら戻れない感じで、今まで遠慮していました。友人を力に思い切って入ることにしました。ここに開店はしたものの、震災前はお店の構えが良くて、お店の中もおしゃれで引きこまれそうな感じでした。今は動かなくてはと思う気持ちに、少し同情しました。それでも時間になると、お店にはお客さんは入れ替わり入って、安心しました。今は全国チエーンが入り始めて、電気屋さんから薬局さんやら、スーパーも増えました。ところが、震災にあった場所はまだまだ前の状態には程遠いと思いました。もう前のようには、、、と、誰もが考えるだけで辛くなるのではと泣きたくなります。じいさまとショッピングセンターに出かけた時に、フイリピンへの募金をしていました。「生きるために」と書いてありました。商店も「生きるために」だったのです。お魚市場はそのままのリニューアルで動き始めました。開店はその周りのお店も戻ってくるでしょう。「結い」の精神は力なりです。また応援の食事に出かけようと思いました。大型店の良さもあるけれど、商店の良さを感じました。「イカの塩辛」を求めましたが、佐賀からの予約で買えませんでした。「柳カレイ」の半干しも予約でしたが、家族分だけを分けて売って頂きました。3年目のお正月が来ます。ここに幸あれと願いました。


ひょう柄

2013-12-22 19:02:28 | Weblog

友人と話が盛り上がると、わたしは何故か、昔の学芸会(学習発表会)で踊る「のざきまいり」の傘を回したくなります。すると、夫は手を揉みながら上下に振ります。どう見てもぎこちなく、笑います。すると友人は「こう(このように)踊るの!」と、歌いながら踊ります。二人で盛り上がり、わたしは笑う係りです。昨日彼女から、一部ひょう柄の傘をプレゼントに頂きました。盛り上がるとまた、ふたりで傘を持って踊るに違いありません。血液検査も「様子をみる」に収まり、安心したのか布団に寝て起きては、マラソンと有馬記念の競馬を応援していました。わたしはじいさまの間違いの、恥ずかしさに正論を求めますが、彼女は「逆らって大きくしないの!」といつも注意されます。近くから見ているのと、間隔を置いているのとは、やはり見方が違っていたようです。わたしが訂正せずとも、誰もが足したり、引いたりして人を見ていると思いました。今からは否定せず。枠を緩めて見守ることにしました。それでもついには「だんだんと取扱い注意になりました」と言ってしまいました。「己は?」の答えも出せない自分の老いに、悔しさが残るだけでした。今から本気のサポートの勉強あるのみです。真面目で頑張ったじいさまに、手を添えましょう。乱れるまでね。


モモの爪切り

2013-12-18 07:14:28 | Weblog

用事でモモを車内に2時間入れて、車外に出したら前足の左が地についていません。エサも水も散らかしていて、帰るのを待ちきれなかったのでしょう。帰って来て半日、横になってばかりです。可愛そうにと、トイレは抱っこして草むらへ連れて行きました。そこへ大好きな猫が歩いてきました。モモは3本足で追いかけます。本能とはいえ、飽きれてしまいました。猫はすぐ敷地内の気に登り、モモは塀で背伸びしています。いつも負けています。部屋に戻るとまた、横になっています。次の日に、掛かり付けの動物病院に出かけましたら休日でした。3か所回っても休日でした。仕切り直しの3日目です。怪我の具合は良くなっています。病院へ行くと、吠えもせず静かにしていて、利口そうにしています。診察室に入らないので、ずるずるリードを引っ張って台に乗せました。諦めたのか、大人しくしています。怪我のことを見てもらいましたら、手首は痛むのか触ると噛むしぐさです。治療をしなくても良いので安心しました。首にラッパのようなものをお願いして、爪切りをしてもらいました。先生も慣れてはいるものの、手首に噛まれた感じの小さな跡が5か所ほどありました。先生も大変な職業のようです。帰りのモモは足を突っ張るようにして、助手席の窓側でわたしに支えられて、前を見ています。自然治癒なのでしたー。


シーソー

2013-12-13 06:14:26 | Weblog

先日、検診の結果が出ました。「血液の専門が無いので、医大に行って下さい」と言われて、じいさまはすっかり気が弱っていました。わたしに弱みを見せたくないと思ってはみたものの、見え見えで透けて見えます。わたしも一緒にふさぎこんではと、素知らぬふりしますが、お互い感じていることは同じだと思いました。診察の前日は本当の病人のように出来上がっていました。気は病とは本当です。「付いていく?」「行きたかったら来いよ」本当は、心細かったに違いありません。そして、バス停の近くですが、タクシーを考えているのではと、一人苦笑です。いよいよ面接となりました。酒は?、たばこは?と聞かれます。一言発すれば、10も分かる先生に丁寧に言おうとする姿が可笑しかったです。「それでは検査の結果にいきましょう」流石、先生です。先生と診療所の先生の係り付けにしようと、一人で決めました。適格な薬のために大事を押して頂いた、診療所の先生に感謝です。これからは「ギッコン、バッタン」とシーソーのように、夫婦で行くようだねと友人が言っておりました。その通りです。お互いを案じながらの生活圏に入ったようです。だんだんと歯車が合わなくなるのが、目に見えて近寄っています。何がどうあれ、平均寿命まで元気に暮らしたいものです。


男気

2013-12-05 21:36:25 | Weblog

今晩は友人に誘われて、スナックに行って来ました。友人は「男の涙」を歌いました。同級生がマイクを持つとこの歌を歌うのだそうです。奥さんは震災に遭われて負債の書類などを流されたショックで、うつ病になってしまいました。今日で、あれから1000日経ちます。ご主人はしっかりと寄り添い、どこへ行くにも一緒です。「しっかりしてろよ!家を建てるからな!」と励まし続けて、最近2世帯住宅を建てました。どんなに悲しく、苦しかったろうと、心が痛みました。奥様の回復を案じましたが、怖くて聞けませんでした。友人は自分の事のように感激して、同級会を開くと張り切っておりました。「男気の力」に感心です。被災された方は住宅とか、再建とかで、悩みがつきない生活をしていると思います。いろんな事情を抱えているのに偉いなーと思っています。仮設ではこれからの寒さに加えて、充てのある人は、何人だろうと我が身に代えて、考えてしまいます。場所が決まっても、整地からですから見えていても、程遠い気がします。それから電気、水道ですから大変な事業です。焦らず、前を見ていて欲しいと願っております。


絆コンサート

2013-12-02 06:55:14 | Weblog

昨日は合併前から行っている、村の音楽会がありました。5校あった小学校が2つになりました。PTAコーラス2校もありません。広域となると、人家も広くなり、お勤めとなると集まりには遠慮してしまうのでしょう。他校のマーチングのお手伝いがあって、何とか形に収まりました。中学校は1校で、声楽の先生が赴任して、「MY ONE TRUE FRIEND」を歌いました。指揮も良く、集中していて、見る側も心地よかったです。やはり、発声法の上達が見られ、全員が自信満々で、達成感を感じたと思います。ちなみに指揮した女生徒は、祖父が亡くなる2時間前まで「乙女の祈り」を弾いていて、静かに息を引き取ったと聞きました。なんと理想な出来事と、感心しました。家での看取りでした。祖父は我がじいさまの同級生でした。いよいよ今日は、絆コンサートです。わが村に避難した人は1000人と聞きました。あとは歌うことは無いだろうと、諦めかけた時に、全国の皆さんからの後押しで2回目を開会されたことが、嬉しいと仰っていました。立ち上がって歩み始めたことが、わたしも嬉しかったです。わが会にも、被災された73歳の男性は、バスに入団していただきました。今日の我が団員は7人も減っての発表会で、とっても心細かったです。挙句には間違いが目立ち、風呂敷をかぶりたい心情でした。昨日は、それなりにまとまったのに残念です。着替えをしながら、3人づつのパートですから、声を張り上げた分の頑張りが、裏目に出たと大笑いです。へへへ