園山俊二さんの人気漫画に“はじめ人間ギャートルズ”というのがありましたが、、、
ゴンの父ちゃんならわかるけど、ま、さ、か、自分が(^^;;
今日の午前中は、パスポートづくりで、多分1時間余りもあったら終わるつもりでした。
10時の開店をちょっと回って写真屋さん、昨日、パスポート用にと自撮りしたデータを持ち込んでプリント。
お店の人から、写真はかなり厳格ですよ、でも、一応持って行ってみたら、って。
窓口をたらい回り
申請書はネットで書き込んだデータがあるので、後は、戸籍謄本。
先ずは、戸籍謄本は市役所まで行かなくても市民サービスコーナーでと、松江駅に行ったら、確かここにあったはずなのに??
そう言えば、イオンに移動したんだっけか?コンビニで申請書を印刷しイオンに。
イオンの1F窓口近くのパーキングに停め、確かこのあたりだったとウロウロ。
迷いながら行きついてみると、な、な、なんと、今日・水曜日は定休日、そんなのありか~~(><
しようがない、市役所に、ホッ!駐車場が一台分だけ空いていた(^^v
親切なお姉さんが整理券を取ってきてくれた上、手取り足取り申請書。
やっとこさっとこ手にした戸籍謄本を持ってパスポートセンターに。
ところが💦💦あるはずのパスポートセンターがない、聞けば、タウンプラザに移転しました。それもかなり前💦💦
昼も近い、時間を気にしながらタウンプラザに取って返し、窓口に行って写真を出すと、顔が大きすぎますって(><
態度はデカいかもしれんけど、顔は小さいはず、、、仕方なく証明写真BOX 。
今度は、何とかかんとか受け付けてもらえました(^^;;
いつの間にか化石人間
最近、市内を走っていて、あれっ?こんなところにこんなビルがとか、あれっ?あのお店がなくなってるとか、まるで違う街みたい。
今日の手続きを終えて、思わず浮かんだのがギャートルズでしたが、“化石人間ギャートルズ”、あっ、違っていましたが、はじめ人間より始末が悪い?
ってことか~!?好きで古代のことを調べているうち、いつの間にか化石になっている自分がいたりして!!
吉備って、鬼が好きなんでしょうか?
気になっていた鬼ノ城に行ったついでに、磐座に行ってみました。
先ずは鬼ノ城、白村江の戦いで大敗したヤマトは、大陸からの攻撃に備え都を大津に移し、九州などを始め、都への要路にいくつもの山城を築いたと言われています。
総社の鬼城山に築かれた鬼ノ城もその一つではないかと言われています。
標高397mの鬼城山に築かれた山城で、8合目から9合目に作られた2.8Kmの城壁や構築物からなっていますが、防塁として意味のある場所なのか?首を傾げました。
権力を握るものの都合なのに、戦いの責任も取らず山城築城などに国家挙げてとも言えるようなエネルギーをつぎ込む。
一体どれだけの民百姓が使役され、どれだけの犠牲の上にできたものなのか、、、
ビジターセンタの展示を見ながらそんなことを思い、現場に足を運ぶのを断念。
近くの磐座を見に行ってきました。
子孫繁栄の願い
先ずは鬼の差し上げ岩、まさに!我が国の原初的な巨石・磐座信仰の場で、先祖たちが祈りに込めた子孫繁栄の願いが彷彿としました。
良質の鉄の産出地だった吉備、鉄鉱石を探して山を捜し歩いた人たちが見つけ、祈りの場として広まったのでしょうか?
そして、その近く、高梁川西岸にせり出した高さ約60mの奇岩!!
小さな石畳神社の御神体とされていますが、まるで鬼が積み木遊びのように石のブロックを積み上げたようです。
川岸に屹立としてそびえる石柱、やはり、子孫繁栄を願う象徴だったのかな?
鉄を通じて?出雲と深い関係にあったと言われる吉備、やはりお仲間!ですかねえ。
TVで“リハ”と言うのを聞いて、主人が“リハ”ってなんだ?リハビリか?と仰ったと。
正解はリハーサルだったけど、今どきの日本語って難しいよね~。
今日の竹細工教室でランチを食べながらの話でした。
“さぼる”って
若者が使う言葉が融通無碍に変化していることを嘆く意見をよく耳にします。
確かに、横文字を便利に使い、さらに短縮して使う、こういう形で日本語が変化していくのを眺めていると、言葉に内包した繊細な文化も一緒に失われてしまうのでは?とも思いますが、、、
“さぼる“って言葉、よく使いますよね、その元って仏語の“sabotage”だそうです。てっきり日本語だと思っていました(^^;;
先日読んでいた本には、カタカナ英語の氾濫は日本語のあるべき姿と書かれていましたが、文字を持たなかった我が国では、漢字を訓字として使ったり、音仮名として使ったり、混用したり、、、
理を伝える漢文と情を伝える万葉仮名の和文を組み合わせた、系統不明の辺境の言語と書かれていました。なるほど!
カタツムリは人気者?
昭和5年初稿、昭和18年改訂、改訂版を底本に1980年に発刊された、柳田国男著「蝸牛考」を読んでいます。
蝸牛を表わす方言は、京都を中心としてデデムシ→マイマイ→カタツムリ→ツブリ→ナメクジのように日本列島を同心円状に分布している。
それは、この語が歴史的に同心円の外側から内側にむかって順次変化してきたからだ、と著者は推定し、民俗学や方言学の原理を示すこととなったとも。
僕にはちょいとハードルの高い論文ですが、蝸牛を表わす方言が伝播し、小さな地域でもさまざまに変化していって、数百の呼び名になっている。
カタツムリって、かくも人気者?と思ってしまう、でも、令和の時代にどれだけ地域の言葉として残っているんですかねえ?
そして、AIが跋扈するネット社会において、方言や言語ってどう変化していくのでしょうか。
そうそう、松江周辺で採録され記載されている蝸牛の呼び名のご紹介
松江市周辺 ダイダイムシ、ダェダェムシ
八束~美保関 ゴンゴ
境港付近 メェダセ
出雲の一部 モォロモロ、モンモロ
出雲今市辺 モォモリ
この当時、もっと多くの呼び名があったのでは?
それにしても、どの呼び名も聞いたことがない(^^;; 今、残っている呼び名があるのかなあ?
水郷際の日、スタイルのいい浴衣姿の奇麗な娘さんが二人、思わず目が釘付けに。
浴衣もおしゃれ~!
ただ、その姿でイメージしたのは、一仕事終えた後の女郎さんが浴衣を羽織っただけの気怠そうな様子。
二人の娘さんはキャピキャピなんですが、その浴衣の着こなしがそんなことを思わせる。
ホテルや旅館の朝食会場で、浴衣を着て食事をする姿を見ることがあります。
ピシっと着こなしていらっしゃれば、粋だなあと思いますが、起き抜けで来たんじゃないよなあ、なんて思わせる女性がいたりする。
義務教育での難しい数学や年号中心の歴史、英語(全く話せないから言う訳じゃないけど)など不要とまでは言わないけど、日本人の心や伝統を学ぶことのほうが大切なんじゃないか。
せめて浴衣くらい、ピシっと着こなせたり、お茶を点てたり、お花を生けたり、、、
殺伐とした時代だからこそ猶更、できたら良いよなあと。
そんなことの良さを思うようになった、これってお年頃だから?
凄い夕立(><
慌てて雨漏り常習ヶ所の荷物をどかしてと、、、
その驟雨のさなか、いつもの蜘蛛さん、落ち着かない様子です。
雨がやんで、しばらくして缶ビールを片手にいつもの所を見上げると、やけにごみが、、、
もしかして!とカメラを構えて写してPCで見てみると、やっぱり!!
今度こそ本物!!!散らすあれ、そう蜘蛛の子、しかもオナガグモの赤ちゃんです。
今度は本物(^^;;ゴミのように見えたのですが、写真を引き伸ばすとちゃんと手足が(どれが手か?足か?)あります。
夏休みの宿題じゃないけど、時々見上げて観察していると、最初は15匹くらいだったけど、いまじゃあ倍以上!
まさに、あの蜘蛛の子(散らすってやつ)ですね。
やっぱり、親子ですね。まさに縮小版です。
いつぞやUPした赤ちゃんクモ、やっぱりお腹に収まったのかなあ(涙
今日は、ユートピア縄文を書こうかなあと思っていましたが、またの機会に。