おだわらぐらし

縁あって引っ越した 相模の国_小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わった三年半の思い出

石橋山古戦場を歩いてみました

2010-05-18 15:46:57 | 小田原-建物
国道135号線の 一段上になる「旧道」を行くと
「ふくや旅館」があります。
 
↓その向かいの道を上がると 石橋山古戦場 に出るそうな。
 
↓東海道線のトンネルだ。
 
↓トンネルの上から海側を眺めたところ。
 
↓この辺は蜜柑畑が多い。
 (この風景、ちょっとJ・R・R・トールキンが描いた「ホビット村」の絵に似ています♪)
 
↓今はみかんの花が咲いていて バイクに乗っていても
 みかんの香りの風の中を走ってるようでした。
 
↓あら、分かれ道__
 えっと 左に行くと「文三堂(ぶんぞうどう)」、
 まっすぐ行くと「佐奈田霊社」ですって。
 
↓で、この一帯が 頼朝挙兵の地
 「石橋山古戦場」なんですね?
 
ここで大庭氏率いる3000騎の軍と_ 頼朝側は頼みの三浦氏の到着が遅れ・・・ わずか300人で戦い 大敗してしまったのかー。

まずは「文三堂」の方を訪ねてみましょう。
↓途中にあった長い石段。
 これを上がると佐奈田霊社の「与一塚」だそう。
 
↓その先の案内板によると
 ここが頼朝から 大場兄弟を討て と命じられた佐奈田与一が討ち死にした場所で
 与一が敵と 上になり下になりしたところから「ねじり畑」と呼ばれている、んだとか。
 
↓少し離れたところに 文三堂へ上がる石段がありました。
 
↓これが文三堂。
 文三家安 は与一の家臣で、合戦の折 与一と一緒に命を落としています。
 (お堂の中には 墓石らしきものと 文三家安を描いた絵 が見えました)
 
↓石段脇には何体もの石仏がありましたが
 どれも素朴であたたかみがあり 和まされました。
 


この後はいよいよ(?)
佐奈田霊社を訪ねます。

(*「文三」はブンゾウ 或いは ブンザ と読むようです。勝手にブンサンかと思っていたので「へ~」でした。ブンサンじゃ東大みたいですね^^;)

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