Qの読書な日々

大好きな本と、毛糸に囲まれる日々の独り言

真鶴

2011年08月27日 | 現代小説
真鶴 (文春文庫)
川上弘美
文藝春秋

8月27日(土)

「ねっとり」と言いましょうか、湿度の高い作品でした。川上弘美さんというと、有名なのは「センセイの鞄」ですが、あれとは趣が違います。「竜宮」なんかに近いでしょうか。

京(けい)の夫、礼(れい)は12年前に失踪。当時3歳の娘百(もも)は高校生に。母、自分、娘、3人の暮らし、妻子もちの彼との逢瀬では埋められない喪失感。せつなくて、恋しいのです。

真鶴にはこの世とあの世なのか、現実と夢なのか、京にとっての何らかの境界線がある。気持ちと身体、あるいは他人とのバランスを保つために必要な時間と空間。

突然女が現れたりする。もちろん現じゃない。霊魂とか幽霊とも違う。川上さんはそういうのが非常にうまい。

誰かを恋しく思ったり、「いない」ことに対する喪失感、はたまた子どもが独り立ちしていく喪失感、なまなましい言葉でえぐられるようで、決して心地いいだけの文章ではない。

「でも、人は、そんなにかんたんに、人にふれさせてもらえないのよね。」

うーん、孤独だなあ。それを知ってこその温かさ。深い。やっぱり川上弘美は素晴らしい。

ところで、

私は図書館で借りたので、装丁が違います。リンゴとプラムだかの静物画で、とても素敵。白にオレンジ「真鶴」じゃ、新潮文庫の三島由紀夫みたいだわ。

 


本日の作品

2011年08月26日 | 手芸

8月26日(金)

すんごい雨でした。近くの川も増水してたらしいですが、今はすっかり静かになっています。このまま止むのでしょうか。

今日は私のかわいい甥っ子、マツコDXJr.と楽しく手芸。

小二のJr.、初の手芸作品です。Jr.の大好きなピンクでくまを作成。フェルトを切るのと、顔の刺繍は私がやりましたが、周りのブランケットステッチはほとんどJr.がやりました。最後に超極太毛糸のリボンをして完成!

続いて私の作品。Jr.の大好きなリカちゃんにドレスが完成。

だもんで、読書がすすまない。。。

 


秋のはじまり

2011年08月25日 | 手芸
毛糸だま No.151(2011年秋号) (Let’s Knit series)
クリエーター情報なし
日本ヴォーグ社

8月25日(木)

毎年8月25日に私の秋が始まる。何故って?それは「毛糸だま」秋号が発売するから!

今年のは、カワイイ

3年ぐらい編みあがらないフェアアイルとか、バーゲンで買った毛糸たちが押入れでわんさか眠っている。糸と本を交互に眺めて、今シーズンは何を編もうか考えてるときが至福のとき。今年も秋が始まる。ふふ。


14歳の子を持つ親たちへ (新潮新書)

2011年08月24日 | 書評、エッセイ
14歳の子を持つ親たちへ (新潮新書)
内田樹 名越康文
新潮社

8月24日(水)

週末から一転して蒸し暑い~。今日はばったりママ友Sさんにお会いして、ちょっと立ち話。なんだかリフレッシュ

「下町ロケット」今度銀行に行くときポストに入れていきましょうか?

さて、先日図書館で借りましたこの本。ずっと気になっていたんですよー。

ん~、タイトル勝ちですね。「まえがき」でしっかり断ってますが、「この本を読んで「何かがわかる」とか「処方箋が手に入る」ということは期待するな」と書かれているとおり、二人のおっさんが好きなように喋ってるだけ。楽しく会話したら、本が一冊できちゃうなんて、なんともうらやましい話ですが、まあそれも内田さんだから。

ふむふむだったのは、「自分の意見をはっきり言うことがコミュニケーション能力ではない、ディベートは最悪の教育法」。(この本は2005年出版なので、やや古いですが)両氏は、「コミュニケーションとは、自我をはっきり持って、自分の意見を発信できることだってことになってるようだけれども、それはおおいに違う。むしろ何をいっているのかはっきりわからないことを受信する能力」といっています。確かに最近の学校の評価は、関心や意欲、授業態度、どれだけ発言するかや、どれだけ積極的にやれるかが重要視されてるようです。シャイだけど、頭の中ではいろいろ考えをめぐらせている子って、今は評価が低くなっちゃう。

これを一冊読んだから親として何かわかったか、実践できるかって、全く無理。というか、近道はない。最近の親は結果を焦りすぎるからいけないそうだ。

これは私もまったく同感なんですが、「大事なのはルーティン」。日々当たり前のことをしっかりやること。同じ時間に起きるとか、挨拶をするとか、部屋を整えるとかね。家庭の中でこれをちゃんとやってれば結局は大丈夫なんじゃないかと両氏は締めくくっております。

結論:子育てに答はない。何冊読んでも、正解はない。

 

 

 

 

 


孤高の人

2011年08月19日 | 現代小説
孤高の人〈下〉 (新潮文庫)
新田次郎
新潮社

8月19日(金)

いや~今夜は涼しいですねえ。先日この涼しげな表紙に惹かれ新田次郎購入。先ほど読み終わりました。

マンガになっているそうで、山岳マンガとは、なかなかおもしろそうですぞ。

さて、舞台は昭和初期。社会人登山家として実在の人物「加藤文太郎」のお話です。それまでの常識をくつがえし、冬山を次々と単独踏破する文太郎は、社会人としても素晴らしく、造船会社で造船技師にまで昇格します。

その山に対する情熱、日々の暮らしはまさに奇人変人。毎日15キロの石を入れたザックを背負い、会社へは徒歩で。山での寒さにそなえ下宿先でも庭に野宿。山での食料難にそなえ絶食。飲み会も断り、おしゃれもせずヒマラヤ行きのため守銭奴のごとく金を貯める。などなど、そのストイックさは尋常ではありません。

後半、これが最期になることが残りページ数でわかってますから、つらくて飛ばし読みになりました。だってねえ、結婚して、子どもが出来たばっかりなんですよ。 ♪ 山男にゃ惚れるなよ ♪ なんて歌のとおりですわ。

「なぜ山に登るのか」という自分に対する問いかけは、作品の中で何度も出てきます。そこに山があるからだなんていうことでは言い表せない・・・結局作中結論は出ないんですけど、山登りに魅せられるひとの話ってなんでこんなに面白いんでしょうね。

それにしても、エアコンなしで寝られるなんて、久しぶり。明日は早く起きなきゃなのに、うっかり寝過ごしそうだ。