きつねの戯言

銀狐です。不定期で趣味の小説・楽描きイラストなど描いています。日常垢「次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活」ではエッセイも。

彷徨える魂達の戦場

2012-05-11 04:27:16 | 日記
[この文章はフィクションであり、実在の個人及び団体とは一切関係ありません]

「…!」
 大きな音と衝撃。目の前が真っ暗になった。私は入試会場へ向かうために電車に乗っていた。一体何が起こったの?
 生温かいものがねっとりと皮膚の上を流れている。血だ。でも、感覚が麻痺しているのか、痛みはあまり感じない。
 寒い。出血多量になると寒いと聞いたことがある。そうか。私は死ぬんだ。一度くらい行ってみたかったな、大学。
 今日が最後、もう受験は終わりって思ってたのに。人生も終わっちゃったよ…。

 (…叫び声。振動。光と音。一体何が起こってるの?私は死んだはずじゃ…)
「ちょっとアンタ。ぼーっとしてんじゃないわよ?消えたいの?」
突然頭の上から勝気そうな少女の声が聞こえた。
「え?」
何が何だか訳がわからない。周りを見廻すとさながら戦場のようだ。青白く華奢な、少年とも少女ともつかない人影がたくさん見える。良く見ると皆同じ姿、同じ顔をしている。手に手に武器のようなものを持って戦っている相手は私と同年代かその前後のように見える少年少女達だ。彼らもまた武器のようなものを持ち必死に応戦している。
「『天使』にやられちゃうでしょ?消えちゃうわよ?」
少女はまた『消える』という言葉を口にした。『死ぬ』じゃなくて『消える』?しかももう私は死んだはずじゃなかったか?

 私は彼女にせきたてられて傍らの武器らしきものを手に取った。まるで昔のSFモノのレーザーガンのように見える。見よう見まねで引き金のような装置に指をかけ、引いた。熱の全くない光がほとばしり、直進して前方の『天使』と呼ばれた者を貫いた。
「ギャーッ」と叫び声を上げて『天使』は塵のように散ってしまった。
 しばらく夢中で戦い続け、やっと戦闘終了。『天使』は一体残らず消え失せた。しかし共に戦っていたはずの少年少女達も何人か姿が見えなかった。私に声をかけて来た少女の言うところの『消えた』ということなのだろうか。

 「アンタ、見ない顔ね。ここへ来たばかりなのね?だから何にも知らないんだ?」

 彼女の名前は『こころ』。もう長いこと『ここ』に居ると言う。『ここ』は時間のない世界だから何年とか、何日とか、そういうのはよくわからない、と言った。
 『ここ』は『あの世』との狭間にある世界。死んだものの、何らかの理由で『あの世』に行けなかった魂が集まってくる所らしい。そしてその魂を完全に消滅させるべく送られてくる刺客を『天使』と呼んでいると言うのだ。『天使』もまた私達と同じく実体を持たないものなので、同じ武器で消すことができるから、倒した『天使』から武器を奪い、反撃に出たのだとも言った。襲ってくる『天使』を全て消せば一旦は平穏な時が訪れるものの、またいつ襲ってくるかはわからないから、常に警戒しているのだと。
そして私もまた何らかの理由でこの世界に送られてきたようだった。何故ここに来たのか。この先どうしたらいいのか。何一つわからないままに。

 「ねえ、『天使』に消されるまでただひたすら戦うだけ?どうにかしてここを出るとか他に何かないの?」何をどう訊いていいかすらわからず、私は漠然とした言葉しか思いつかなかった。でもここに来た者が考えることは似たりよったりだから、言わんとすることは通じたのだろう。『こころ』は答えた。
「私もよく知らないんだけど誰かが言ってた。『ここに来た理由がわかったら消されずに済む』って。ここに来るのは何か思い残したこと、やり残したことがあるから『あの世』に行けなかったんだって。自分の『心残り』が何だか思い出してそれを解決したらここを出て『あの世』に行けてまた生まれ変わることができるんだって。でも無理だよね。アンタもそうだと思うけど、『死んだ』事は覚えてるけど他の記憶はないでしょ?みんなそうなの。だからみんな探してるのよ。自分の記憶。それを見つけて出ていくの。でも『天使』に消されたら『あの世』にも行けないし、生まれ変わることもできなくて、魂は消滅しちゃうんだって。だから、変な言い方だけどこの世界で『生き残って』自分を取り戻すの。アンタも探すのね。失くした自分とその記憶。名前ぐらいしか覚えてないんでしょ?」

 そう言われて考えた。そうだ。私は確かに死んだことははっき覚えているが、それ以外はもやがかかったようにぼんやりとしか思い出せない。学生だったのは何となく覚えている。死ぬ直前の感覚は微かに何処かに残っているけど、今のこの身体は自分の中に微かに残る自分の記憶が実体化したものだから、傷跡が残っている訳でもなく、本当に実際生きていた頃の自分と同じかどうかもわからない。持ち物もなく、何も自分に関する情報はない。この状態からどうやって『自分が何故ここに来なければいけなかったのか』を知ることができると言うのだろう。

 あれからどれくらいたったのか…時間の流れのないこの世界では一瞬も永遠もない。時に『天使』と戦いながら考える。ただ考えてもわからないから、他の『仲間』達と少しずつ思い出せたこと、思い出せそうなことを探り合う。『天使』のいない時の大半をそうやって過ごした。

 「アタシはね、どうやら何かやりたいことがあったみたいなの。普通の勉強じゃなくて何か専門的なこと。まだそれが何かってとこまではいかないんだけどね…」
外見が少し派手で、見た目の年齢は学生のようだが、此処に居る大半の『仲間』達とは違って制服ではなく私服を着ている少女が言った。
「オレは何かスポーツをやっていたんじゃないかと思うんだ。この体格だしね。『天使』との戦闘でも自然と体が動くことがあるし。ただ何かっていうとこまではまだ…ね。」
背も高く筋骨隆々と言った感じの少年が言った。
「わたしはね、どうやら学校へは行ってなかったんじゃないかと思う。あ、制服は着てるけどそれは記憶の中のイメージだから…ね。もしかしたら何かの理由で行けなかったのかもね。それが何故かはまだ思い出せないのよ。」
と、『こころ』は言った。
 私は学生だった…多分。制服を着ているし、ぼんやりとだが学校に通っていたような気がする。ただそれ以上深く考えようとすると霧が立ち込めるように真っ白になって何も見えなくなってしまう。一体何があったのだろう。…何かが引っ掛かっている…

 あれから随分長いことこの世界に居る気がする。数え切れないほどの『天使』を消した。最初は実体ではないとはいえ人の形をしたものを撃ち、消してしまうのは抵抗があったが、慣れとは怖ろしいもので今ではもう何とも思わなくなっていた。心に突き刺さっていたあの断末魔の叫びですら耳をすりぬけてゆく。

 「あれ?ナミちゃんは?」
私服の少女の姿が見えなかった。
「もしかして消された?」
『こころ』が答えた。
「違うよ。ナミは答えを見つけたんだ。だから自分から消えたんだ。彼女はアート系の専門学校に行きたかったけど、病気になって死んでしまって行けなかったんだって。それを全て思い出したからいなくなったんだ。今度生まれ変わったら元気な体で夢を叶えるんだって言ってたよ。」

 「そういえば、ショウ君は?」
アスリートかもしれないと言っていた少年の姿も見えなかった。『こころ』が答えた。
「ショウも見つけたんだよ。答えを。彼は高校球児だったみたいだね。大会を前に不祥事があって出られなくなったせいで親友がグレて、悪い仲間とつるんでるのを何とか止めようとして喧嘩に巻き込まれて命を落としたってわかったみたい。今度生まれ変わったら親友を助けられないまま終わるなんて嫌だ、そんな方向へ行ってしまう前に今度こそ親友を止めるんだって言ってたよ。」

 次々と『仲間』は去った。じっと黙って考え込んでいた『こころ』がゆっくりと話し始めた。
「わたしもわかったかも知れない…。わたし…多分学校には行ってない。行きたかったんだね。難病でずっと入院していたんだと思う。この制服はもし病気じゃなかったら行きたかった学校の制服だったんだ。これを着て、自分の足で歩いて学校に通いたかった。でもそのまま学校に行くこともなくて死んじゃったんだね。だから学校に行きたかったけど行けなかったと言う気持ちがわたしをここに来させたんだとわかったみたい。もしも今度生まれ変わったら学校へ行きたい。一人ぼっちじゃなくて友達いっぱい作りたい…」
いつも強気な『こころ』が大粒の涙をぽろぽろこぼしながら話した。そして話し終えると彼女の姿はそこになかった。

 『仲間』達の物語を知って、私も徐々に記憶を取り戻し始めた。そう、私は入試会場へ向かう途中、電車の事故に巻き込まれて大怪我をしたんだ。そしてそのまま死んだんだ。もう自分は死ぬんだな、と思った時、考えた。今日受けるはずだった入試に合格して、大学へ行ってみたかったなって。
 いや、それも嘘だった。本当はあの大学に行きたかったんじゃない。行くって周りに言ってしまったから意地になって行こうとしただけ。成りたい未来がそこにあった訳じゃなかった。どうしたらすごいって言ってもらえるか、どうした誉めてもらえるか、それだけだった。自分の夢なんてない。ただの虚勢だった。
 本当にやりたいことは別にあったけど、あまりにも漠然としていたし、人に言っても
「現実的じゃない」
「そっちへ進んで何をするつもり?」
「そんなんじゃ食べていけないよ?」
などと言われるだけだから、と頭から諦めていた。最後の瞬間、後悔した。私の人生、これで良かったの?
 そうか。だから私はここへ来たのか。やり直したい。もう一度。もしも生まれ変わってやりなおすことが出来るなら、今度こそ自分の夢を貫きたい。

 その瞬間、彼女の姿は見えなくなった。
 そして今もあの場所で自分と夢を失った彷徨える魂が『天使』と戦っている。
 新しく現れる者もいれば、去っていく者もいる。
 一度は諦めた夢を見つけ出して、もう一度やり直したいと心から願う時、魂は生まれ変わる。
 今度こそ、今度こそ、夢を叶えられますように…

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