きつねの戯言

銀狐です。不定期で趣味の小説・楽描きイラストなど描いています。日常垢「次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活」ではエッセイも。

星宿(ほしのやどり)ー前編ー

2013-06-16 16:46:05 | 日記

(この物語はフィクションであり実在の個人、団体及び地域、時代とは一切関係ありません。)

第1章 約束の子

 既に陽が落ちたとはいえまだ蒸せ返るような熱気が残る庭で唯一生気を感じさせる一本の板屋楓の木。複雑な模様を描く斑入りの葉が青々と茂り周囲の萎えた下草を凛として見下ろしているようだ。
星を鏤(ちりば)めたような黄色の砂子斑が星のように見えるのでつけられた「星宿(ほしやどり)」という名に魅かれて植えられたと聞くその葉が時折吹く風にゆらゆらと揺れている。
 「もうすぐ『星の祭』だわね。今年は『彼』が帰って来るらしいわよ。」
ぼんやりと庭の星宿を眺めていた少女・心(こころ)に母親が声を掛けた。
「『彼』って?」
「玄武(げんぶ)家の虚(そら)くんよ。
中学生の時にお母様が亡くなられた後、父方のお祖父様に引き取られて異国へ行ったから、心はもう忘れてしまったのかしら。
子供の頃はあんなに仲良しだったのに。
先日そのお祖父様も亡くなられて、あちらの高校はもうこの夏で卒業だからお母様のお里である玄武の家に戻ることになったらしいわ。
虚くんも心と同じ『約束の子』だからね。今年は18歳になるし、どうしても『星の祭』には出てもらわないと。」
「また、その話…。」
心はうんざりと言わんばかりに眉をひそめた。
幼い時から幾度となく繰り返し聞かされてきた『約束の子』の伝説。
他人が聞いたら馬鹿馬鹿しい迷信に過ぎないと笑い飛ばされるような話だが、心の家・蒼竜(そうりゅう)家を含む四つの旧家の縁者は皆信じている。
心達男女4人が『約束の子』であると。
遠い祖先の伝説に因んで毎年七夕の日に行われるこの四家だけの独特の『星の祭』の由来。
それは古(いにしえ)の都で星の位(ほしのくらい=筆者注:禁中に昇殿を許された公卿、殿上人)にあった占星術師の四家に生まれた少年少女にまつわる物語だった。
 古の都には政(まつりごと)を始め重要な事は必ず占星術を参考にして決定を下す習わしがあった。
黄道二十八宿の星宿(せいしゅく=星座)による占星術を行う四家はそれぞれ南の朱雀宮(すざくのみや)、西の白虎宮(びゃっこのみや)、東の蒼竜宮(そうりゅうのみや)、北の玄武宮(げんぶのみや)と名乗り、それぞれが持ち寄った占術の結果を総合して帝が判断を下していた。各々が掌(つかさど)る分野は別々で、それ故その結果を合わせて見ることで多角的な判断が可能となるからであった。
 ある年偶然にも四家に男女二名ずつの子供が生まれた。同年の男女二組は長じて恋仲となったが、家同士の対立から十八歳になっても結ばれることが出来ずにいた。
 そんな時都を魔物が襲った。通常の弓矢や刀では一向に刃が立たず、玄武と白虎の二家の男子に伝家の妖刀を以て魔物と仕留めよと帝からの命が下った。二人は魔物に深手を負わせたが致命傷には至らず、逆に重傷を負わされた。
朱雀と蒼竜の二家の女子は星の力を宿す巫女として自らが贄となることで魔物の力を封じた。
二人の男子は重症の体に鞭打って再び魔物に挑み、自らの生命(いのち)と引き換えに巫女達の生命を奪った魔物を倒した。
こうして四つの若い生命を散らして都は救われたが、二組の恋人たちの死を悼み、その鎮魂のため四家では毎年彼等の命日である七夕に『星の祭』が行われることになった。
 そんな四家に星からのお告げがあった。
彼等が亡くなった年と同じように再び星が集う年、彼等の魂は転生して再びこの世で遭い見えると。
同じ年に四家に二人の男子と二人の女子が生まれたら、その子等こそ彼等の転生、『約束の子』。
18歳になったら彼等を二組の夫婦として前世の無念を晴らさせてやるべし、と。
そして18年前、四家に二人の男子と二人の女子が生まれた。
皆は信じた。この子等こそ、『約束の子』と。

第2章 星の祭

 「やあ~っ!ただいま~っ!久しぶりだな~っ!」
「どっ…どなたですか!?」
「へっ?…あ…。人違い…だったみたいです。…すみません…。」
朱い髪に紅い瞳の少年は大きな声を上げて同年代の男女に抱きつこうとして間違いに気づき、青菜に塩の如く大袈裟にしょげた。
「…相変わらずねえ。そういうとこ、虚(そら)くんちっとも変ってない。」
少女の呆れたような声に虚が振り向くと茶色の髪に茶色の瞳の可愛らしい少女が苦笑している。
「星(せい)!星だろ?今度こそ間違いない!やあ~懐かしいなあ~。」
「…落ち着きのないところも、全然変わってないないな…。」
少女の後ろに居た銀白色の髪に黄金色の瞳の少年がぼそっと呟いた。
「昂(こう)!昂だろ?その陰気臭さは間違いなくお前だ!会いたかったぜ、親友!!」
虚は昂に駆け寄って肩を組んだ。昂は両手をポケットに突っこんだまま無表情で言った。
「僕もだよ。虚。」
しかしその言葉の響きには深い友情の絆が感じられた。
昂には感情がない訳ではないのだ。ただ表すのが苦手なだけで。
「で、心は?」
虚は昂の肩に腕を回したままきょろきょろと周囲を見回した。
「…いるじゃないか。僕の後ろに。」
昂がそう言って視線を向けた先には黒髪に紫色の瞳の眼鏡を掛けた少女が。
「お…おう。心。久し振り。…ほんっと、お前が一番変わってないな…。」
「…お帰りなさい。」
小さな声で心は言った。
 帰国する虚を三人揃って空港へ迎えに行こうと提案したのは星だった。
昂はそうだな、と言っただけだった。
心は正直乗り気ではなかったが、星はもうすっかり三人揃っていくものと決め込んでいる。
星はいつだってそうだ。心の思惑など関係なしに突っ走る。そして昂はいつもそんな星を黙って認めている。
今回もそうやって星に押し切られる形で三人一緒に空港へ来たのである。
 正直なところ、心は虚のことをずっと忘れていた。
母が彼の名を口にしたあの夜、子供の頃のアルバムを広げてみてやっとおぼろげだった記憶が鮮やかに甦ってきた。
少し色褪せた写真に写った4人の子供。
4人はとても仲良しの幼馴染だった。
陽気で豪快な虚。物静かで大人びた昂。天真爛漫で人気者の星。そしていつもそっとそんな三人の傍らに居た心。
四家は家族ぐるみの付き合いで、家同士は表面上はとても仲良さそうに見えたが、実際には先祖代々どこかお互いを意識し合う緊張関係にあったことは子供心にも何となくわかっていた。
しかし4人にはそんなことは関係なかった。
『約束の子』と呼ばれる重圧を共有できる仲間はこの4人しかいない。
心はそれ程の絆で結ばれながら虚の存在を忘れかけていた自分を責めた。
中学二年の夏に虚が遠い異国へ去ってからはずっと昂と星と心の3人きりだったからといっても。
 星と心は親友だったが星が昂の婚約者となってから心は昂への想いを胸の内に秘めて封印してきた。
星は裏表のない性格で人を疑うことがなく誰とでも仲良くなれたが、あまり深くものを考える方ではなかった。
それ故わかりやすい星が昂を好いているのは誰の目にも明らかだった。
昂は自分の感情を殆ど表さないが、心には昂の気持ちがわかった。
他人の目には無表情に見えても、わずかな目や口元の動きに昂の気持ちが現れている。
それはずっと彼だけを見つめ続けて来たからこそ感じ取れるものだった。
だから素っ気ない態度を見せている昂だが、本当は星のことが好きなのだと痛いほどわかった。
この世の誰よりも大切な昂と、自分にとって唯一の掛け替えのない親友の星。
二人に幸福(しあわせ)になって欲しいと願いつつ、何処かにどす黒い気持ちがあるのは否定できない。
(何故私じゃないの?)
心は自分に自信のある方ではなかった。
客観的に見てどちらが異性に好まれるかと言えば間違いなく星だとはわかっている。
陰気な自分に女性としての魅力が乏しいことは認めざるを得ない。
でも…昂の隣に居るのは、婚約者に選ばれるのは、自分だったかもしれないのに。
あの日のちょっとした運命の悪戯が昂に星を選ばせたのかも知れない。
出来ることならあの日に戻ってやり直したい。
狂った歯車を正しく噛み合わせてやれば、昂は自分を選んでくれたろうか。
結局真実を告げられぬままただ黙って昂を見つめ続けるしかなかった心の気持ちに気づいたのは意外にも昂でも星でもなく虚だった。
「お前、昂のことが好きなんだろ?」
子供というものは常に残酷なまでに正直だ。遠慮もなければ言葉を選ぶこともしない。
特に虚は真っ直ぐな性格だ。思いついた瞬間にはもう口に出てしまっている。
「…昂くんだけじゃなくて、星も虚くんもみんな友達だよ?」
「そういう意味じゃなくてさ…。」
「もう!何なのそれ。意味わかんない。みんな仲良し。それでいいでしょ?」
その場は星がそう言って話は終わった。
しかし確実に虚は気づいていた。
そんな気恥しさからいつしか心は自分の中から無意識に虚の存在を消そうとしてしまっていたのかも知れない。
 「『星の祭』かあ…何年ぶりだろ?4年か…みんな大人っぽくなっちゃうはずだよなあ…。
昂なんてぞっとするほど恰好良くて男の俺でも惚れちゃいそうだし、星も心もますます可愛くなっちゃってるしさ…。
あ、まあ異国帰りの俺が一番格好良いのは言うまでもないけど。」
軽口を叩く虚の胸を隣に居た星がどんと拳で突いた。
「もう!自分で言うから値打ちないんだって。でも確かに虚くんも格好よくなったよ。ね、心?」
「…あ、うん。そうだね。何て言うか…垢抜けた…?」
「心、それどういうことだよ?昔の俺ってそんなにダサかったか?
…なあ、星。昂から俺に乗り換えない?
…なんてね。嘘、嘘。冗談だって。星も昂もそんなに睨むなよ。」
それがあながち冗談でないことを星以外は全員知っている。
心が昂に憧れていたのと同様に虚もまた星のことを好いていながら、二人が相思相愛の仲であり星が親友・昂の婚約者であるが故に自分の想いを抑えているのだと。
「…僕は別に…。」
昂が視線を落としたままぼそっと呟いたのに対して、星は耳まで真っ赤になりながら
「虚くんの馬鹿!」
と掌でまた虚の胸を叩いた。
星が昂との仲を冷やかされたと思って照れたのか、それとも本当に魅力的な青年になって戻って来た虚の言葉に満更でもなかったのか、心にはわからなかった。
そして厳かに祭が始まり、4人は川岸から灯篭を流し祖先の霊のために黙祷した。
自分達がその転生だと言われている四人の少年少女は何を思って生き、何を思って死んだのか。
愛する人を守れなかった無念のうちに命を落とした四人は今の自分達を見て何を思うのだろう。
四人は祭の間そんなことを考えていた。

to be continued

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