§夢と記憶§
「う~~~。」
エリーは苦しそうに頭を抱えたまま、ツインテールの髪を左右に揺らしていた。
アポステルにはそれぞれ小さいながら個室も与えられていたが、出動指令が下りるまでの自由時間の殆どを、皆がリビングルームと呼ばれる広間で過ごすことが多かった。
リビングルームには複数のテーブルとチェア、ソファー等が置かれており、各自がそれぞれの好みの場所で思い思いに時を過ごしていた。
そしてエリーはテーブルに両肘をついて頭を抱え唸り声を上げていた。
「どうしたの~?頭痛いの~?」
向かい側に座っていたトーラが俯くエリーの顔を覗き込むようにして心配そうに声をかけた。
その声にぴたっと動きを止めたエリーは俯き加減の体勢のまま視線を上げてトーラを見た。
「何かもう、訳わかんなくて、おかしくなりそうだよ~。」
そんなエリーの背後からキャンスが声をかけた。
「どこか具合悪いんじゃないか?メディカルセンターに行ってドクター・ヒューに診てもらった方が良くない?」
くるっと振り向いたエリーはキッと強い目でキャンスを睨み付け、睨まれたキャンスはしゅんとなって、黙って俯いた。
「大袈裟なんだよ、エリーは。いつだって大したことないのに大騒ぎするんだから。」
ジェイミーは小馬鹿にしたように言った。
「うるさい!あんたは黙ってて!」
エリーはジェイミーに向かって怒鳴った。
「エリーは最近調子が悪いみたいだね。何か悩んでいるんじゃないかい?」
エリーから少し離れたソファーで寛いでいたリブラが言った。
「デジャヴみたいなのが気になるって言っていたものね。」
リブラの向かいに居たヴァルも心配そうに言った。
「それに今はもう戦闘中だけじゃないみたいだしね?」
とその隣のスピオも言った。
「最近ずっと続いてるんでしょ?しかも、今日は他にも余程何か気になることがあったんじゃない?」
と部屋の隅に一人で居たアクアにズバリと言い当てられて、エリーは少しほっとしたように言った。
「うん、アクア、それ、当たりだ…。」
「遠慮しないで何でも言ってごらんよぉ~。気が楽になるよぉ~。」
サジトが後ろから近づいてポン、とエリーの両肩を叩いた。
「最近、夢を見るんだ。昔の、子供の頃の夢。みんなと一緒に遊んだりしてる夢。」
エリーがそう言うと、リオンが訝しそうに言った。
「その夢の何が悩みになるって言うんだい?」
「夢の中でも皆の顔や姿ははっきり見えるし、それぞれの面影はちゃんと残ってて、誰が誰だかはっきりわかるんだけど、何故だか、ここにいる12人の他にも誰かもう1人居て…でもその子の顔や姿はちょっとぼんやりしてて、はっきり見えないの。でも、確かにその子のことは知ってる気がする。夢の中ではみんなで一緒に遊んでいるけど、誰も違和感は感じてないように見えるから、みんなもその子は知ってるみたい。普通に、当たり前にその子は一緒に居て、他のみんなと同じくらい親しくて、仲良しで、もうずっと前から一緒に居て、もしかしたら目が覚めた後の今でも一緒に居る仲間なんじゃないかと思うんだけど、実際にはそんな子が居るはずはなくて…。よくよく考えたら、何となく昔のことって覚えてるようであんまり覚えてなくて…。考えれば考えるほど訳がわかんなくなってきて、もう頭が爆発しそうなんだよ~。」
エリーの言葉を聞いて、皆がはっとした。
「そう言えば、10年前からの、戦闘模擬訓練をやったりとかした記憶はしっかり残ってるけど、それ以外の記憶って、何だかあやふやな気がするな。」
カプリが独り言のように呟いた。
「確かに、言われてみればそうかも?」
ピスケが右人差し指の先をを頬に当てて言った。
確かに単なる夢の話であれば、精神状態が不安定なエリーが見たただの悪夢に過ぎないと断じてしまえばそれで終わりなのだが、その後皆で思い出を話し合ってみると、普通なら誰か覚えているが別の誰かは忘れていたり、そもそも知らなかったり、立場や状況によって解釈が違って話が微妙にずれたりするものなのに、全員の記憶が見事に殆ど一致していて、逆に違和感しかなかった。
そして、次第に他の者たちも、
「自分は夢を見たことすら忘れていただけで、もしかしたらエリーと似たような夢を見ていたかも知れない」
という気さえし始めた。
「それはあくまでも単なる気のせいであり、妙な暗示にかかっているだけだ」
と無理やり結論づけようとしたが、全員の心の中に確実に不安の種が芽生え始めていた。
夢の中でエリーは幼い子供になっていた。左手はトーラ、右手はピスケと繋いでいる。反時計回りにトーラの隣からジェイミー、キャンス、リオン、ヴァル、リブラ、スピオ、サジト、カプリ、アクア、そしてピスケへと繋がって輪になって回っている。みんな幼い子供の姿だ。楽しそうに歌いながら回っている輪の中心に誰か同じ年頃の子供がしゃがんで両手で顔を隠している。
歌が途切れて立ち上がった子供が時計の3時と9時の位置で繋いだ手を手刀で切る仕草をすると、輪は等分されて二列に別れて向かい合う。別の歌を歌いながら向かい合う2組がそれぞれ波が寄せては返すように前進後退を繰り返す間に、その子供は小走りで駆け寄って右手をスピオの左手と繋ぎ、そのまま列を引っ張って左手をサジトの右手と繋ぐ。二つの列は繋がって再び一つの輪に戻る。
だが、何故かその子供の両隣のスピオとサジトの姿ははっきり見えるのに、その真ん中の子供の姿だけはぼんやりとしていて男の子か女の子かすら判別できなかった。
毎回眠るとその夢を見て、ほんの少しずつではあるが、その子供の姿がはっきりして来たように思えた。
あと少しでその正体が明らかになりそうなのに、まだわからないのがエリーにはもどかしく思えた。
§ブリーフィング・オブ・ファイナル・ミッション§
「マザー・ミリアムの子供たち、アポステルの諸君、これより次のミッションのブリーフィングを開始する。」
ドクター・ヒューはブリーフィングルームに集合した12人のアポステルを前にして言った。
「今回はドーム裏ゲートから出発し、ファームBの魔物と戦闘、プシュケを回収してもらう。作戦行動については前回のファームAのミッションとほぼ同じであるが、ファームBの魔物はファームAよりも更に手強いと予想される。前回も約半数が戦闘不能状態で終了したが、今回は更に厳しい戦いになることは間違いないと覚悟を決めて臨んで欲しい。」
ドクター・ヒューの表情は固く強張って見えた。
「質問してもよろしいでしょうか?」
とリブラが挙手して言った。
「勿論。」
とドクター・ヒューが答え、リブラは立ち上がって言った。
「前回の魔物より手強いと仰いましたが、具体的にはどのような敵だと理解したらよろしいでしょうか?」
「そうだね、具体的な説明というのは非常に難しいが、『最も戦いにくい、戦いたくない相手になるだろう』とだけ言っておこうか。」
ドクター・ヒューの言葉は漠然としていたが、何故だか背筋が凍るような悪寒を禁じ得なかった。
「それは前回のような精神的負荷を伴う戦いになるということなのですか?」
とヴァルが尋ねた。
「それも一つの要因と言って良いかも知れない。」
ドクター・ヒューがそう言うと、
「でも、それだけじゃない、ってことね。」
とスピオが言った。
ドクター・ヒューは真顔のままで続けた。
「諸君は初戦から圧倒的に強かったと言っても良かろう。これまでは多少苦戦したとしても、それほど負ける気がしなかったのではないかな?だが、前回ファームAの敵と戦って初めて恐怖や不安に苛まれたことと思う。実際に半数の者が戦闘不能状態になり、最悪の結末を予想したかもしれない。一つだけ諸君が今まで詳しく知らなかったことを教えよう。実は体の傷は治療できても、魂の傷を治療することは難しいということだ。恐怖や不安という魂へのダメージは蓄積し回復が困難であるからこそプシュケの回収に特殊魔法が使える。戦闘不能状態は魂へのダメージが限界を超えた状態だということだ。」
「つまり、」
とアクアが言った。
「恐怖や不安があたしたちの魂にダメージを与え続けたら、戦闘不能状態になるかも知れない。今度の敵はあたしたちが全滅になりかねない相手だ、ということですよね。」
「それだけのプレッシャーを与えてくるが、それに負けてはいけない、ということでもある。」
ぐっと拳を握り締めてカプリが言った。
「みんなで協力して、励ましあって、支えあって、だね。」
とピスケも言った。
「ねえ、ちょっと良い?」
とエリーが手を挙げた。
「今言うべきか悩んだけど、前回自分が自分じゃないような感じになったって言ったよね?みんなも多少なりともそうだったって言ってたよね?そんな状態でもっとシビアなミッションやって大丈夫なの?」
「エリーは変な夢も見るって悩んでるんです。それは病気とかじゃないですよね?」
心配そうにキャンスが言った。
「事前に個別に呼び出してメディカルチェックは行う予定だ。もし異常があれば作戦参加は見合わせる。」
ドクター・ヒューは冷静に答えた。
「でも~、エリーだけじゃなくて前回の戦闘中はみんなも何か変だな~とは感じてたみたいなんですよ~。原因がわからないのって何か嫌じゃないですか~?」
とトーラが言った。
「気のせいだと思いたいけど、何かすっきりしないしさ。」
とジェイミーも唇を尖らせて呟いた。
「問題ない。諸君たちは度重なる戦闘で心身が疲弊したために軽い神経衰弱に陥っているのだろう。一番の薬は成功体験だ。困難なミッションをクリアすることで自信がつけば自ずと不安は解消されて精神状態も安定するだろう。」
ドクター・ヒューにそう言われると反論はできそうになかった。
「戦って勝てば全て解決する、と信じても良いってことなんですね?」
とリオンが言った。
「ここまで来たら、それっきゃないっしょ~!」
とサジトが暗くなりかけたその場の雰囲気を盛り上げるように言った。
「それでは諸君、メディカルチェックに問題がなければ、明後日ニイサンマルマル裏ゲートに集合し作戦開始。裏ゲートから出発し順次遠隔操作によりセキュリティ防壁を解除しつつファームBに向かう。ファーム入口の二重ロックを順次解除後魔物との戦闘開始。全12体の魔物を殲滅、戦闘不能状態に至らしめて特殊魔法にてプシュケを回収することで作戦終了とする。なお、本日個別にメディカルチェックを行うので個人端末宛に連絡があれば、メディカルセンターに出頭するように。」
とドクター・ヒューが説明すると
「了解しました。」
アポステル全員が声を揃えて答えた。
§13人目のアポステル§
個別メディカルチェックに呼び出されたアポステルに対して、ドクター・ヒューから説明があった。
「今回は特別にメンタル面でもメディカルチェックを行うことにしたよ。検査の間ちょっと催眠状態になってもらうけど、全員に同じ検査をするから、特に心配はいらないよ。」
眠りに落ちたと思ったら次に目覚めた時は既に検査が終了していて、眠っている間に何が行われていたのかはわからなかった。
「検査結果はどこにも異常は認められなかったので、作戦参加は問題ない。作戦開始までゆっくり休みたまえ。」
ドクター・ヒューは12人全員に同様の言葉をかけていた。
(ついに来るべき時が来てしまった。また私は彼らを…。)
ドクター・ヒューは眉を顰め、メディカルセンターの奥の隠し扉を開けた。
真っ暗な奥の部屋に灯りが灯ると、そこには人が一人入れる大きさのカプセルが12個並んでいて、カプセルの中にはライフエナジーが溶け込んだような薄緑の液体が満たされ、その中に人影が見えた。
そのカプセルの一つに触れながら、ドクター・ヒューが呼びかけた。
「エリー。」
そのカプセルの中にはエリーにそっくりな人型の肉体が浮かんでいる。
更にまた一つ一つのカプセルに触れながらドクター・ヒューはアポステルの名を呼んだ。
「トーラ。ジェイミー。キャンス。」
そのカプセルにはそれぞれ名を呼ばれたアポステルと同じ姿の肉体が浮かんでいる。
「リオン。ヴァル。リブラ。スピオ。」
どれも俯き加減で目を伏せて、一糸纏わぬ生まれたままの姿で液体の中に浮かんでいる。
「サジト。カプリ。アクア。ピスケ。」
どの個体も傷一つない綺麗な姿である。
「私は…アポステルになれなかった欠番。13人目のアポステル。」
そう言うと自虐めいた笑みを浮かべた。
薄暗い奥の方にまた別のカプセルがあり、そこには『人ではない何か』が収められ、そのカプセルに付けられたタグには「マザー・ミリアム」の文字が書かれていた。
「何故なんだ。マザー・ミリアムの子供たちは全部で13人だったはずなのに。」
カプセルに手を触れて、ドクター・ヒューは呟いた。
「私だけが歳を重ねて、彼らの時は永遠に17歳で止まっている。私は生き残ったのではない。ただ、死ななかっただけだ。彼らは永遠に17歳を繰り返し、何度も何度も私は彼らを迎え、見送るだけ。生まれてすぐに死ぬこともなく、さりとて彼らと同じ能力を得ることもできなかった不活性な受精卵から生まれたのが、よりによって何故私だったのか…。そしていつか私だけが歳を重ね、老いさらばえて死ぬ。だが、それも人類の悲願『パリンジェネシス』のため。私はただの失敗サンプルでは終わらない。たった一人彼らと違う運命を与えられたのは、きっと私自身がパリンジェネシスの鍵を握る者になるという使命なのだ。そうだろう?マザー・ミリアム。彼らが新しい世界の礎となるために生まれた者たちであるなら、私もまた、重要な役割を果たすべく生み出された存在、『選ばれし者』に違いない。13人目のアポステルとして、私は何度でも彼らを蘇生し続ける。今はまだ、消耗し劣化していく彼らを、そのまま失うわけにはいかないのだ。」
§マザー・ミリアム§
かつて栄華を誇った人類は、環境破壊との関係を否定できない気候変動や大規模な自然災害により、その半数以上を失った。
そして、環境汚染のため種の生存に不適合となり大量死した動植物の絶滅や、不慮の天災により瞬時に肉体を失ったことに気づかぬまま死の自覚なく彷徨う全ての魂は、いつしか星に還るためにライフエナジーと呼ばれるエネルギーに姿を変え、そのまま廃墟等に滞留していた。
また、温暖化により永久凍土が融け出して露出した太古の地層に眠っていた未知のウイルスが拡散し、謎の伝染病により感染者は死亡し、或いは生存できたとしても人に非ざる魔物へと変化してしまった。胎内でウイルスに感染していた場合は、普通は死産だが、仮に生まれたとしても、17歳頃になって発症し突然命を失うか魔物と化すこととなり、成人するまで無事に育つ子供が激減した。
また、都会では環境汚染とウイルス感染によるDNA損傷により突然変異することで、多くのミュータントが誕生した。人としての言葉すら失い、魔物のような姿で生まれたミュータントは同胞としては受け入れられず、彼らは最早汚染された世界でしか生存できないため、人類が棄てた街の廃墟に留まるしかなかった。
資源が枯渇した世界では、食糧やエネルギーの争奪が繰り返され、ついにはライフエナジーこそが究極のエネルギー源であり、瀕死の肉体から魂(プシュケ)を回収(ドロー)し、ライフエナジーに変換し利用するための技術が開発されて、ウイルス感染から免れた一部の人類は自らを巨大ドーム内に隔離し、ライフエナジーの恩恵を受けて存続していたが、その未来には自ずと限界が存在した。ドーム外界は既に人類の生存には適さなくなった世界で、外界に取り残されたのは感染症に侵され人の心を失い本能のみで生きる魔物となった者、DNA損傷からミュータント化し人の心を持ちながらも言葉を失い異形の姿で生きざるを得なかった者たちであった。
人類の未来のためには、新しい世界、即ち、人を魔物に変えるウイルスのない世界を創成する必要があるが、その実現以前に人類が絶滅しないように、ライフエナジーから再び魂を作り上げ、その魂をクローン技術と再生医療によって作られた肉体に定着させる研究もまた必要であった。
ドーム内に暮らす人類が目指すのは、少数の選ばれし者たちによって新しい世界を最初から作り直すこと。
伝染病を克服して再び自然に子供が生まれ育つ世界を構築するまでは、荒廃した外界に彷徨う魂を回収しエネルギーとして消費しつつ、資源を食らいつくしてしまわない規模の小さな世界を、環境を破壊しない世界を、厳しい自然に耐えうる世界を最初から作り直すために魂の再生を可能とする。それが『パリンジェネシス(復活による再生)』思想であったが、その実現にはまだ時間が必要だった。
つまりは「命の選別により、他者の命を奪い、他者の命を糧に生き抜く世界はいつか破綻し、有限のものはいつかは終わり、いつかはそのツケが回って来る」という事実から目を背け、かつて人類存亡の危機に瀕した経験を活かすこともなく、同じ轍を踏むようにライフエナジーに依存し、魂の再生の研究を重ねながらも成果の出ないままじりじりとエネルギーを消費しているのが現状であった。
だが、同時に一条の光明もなかった訳ではない。融けた永久凍土から復活し蔓延した太古のウイルスと同じ地層から発見された古代生物は抗体を有しウイルス耐性を持っていた。
その古代生物の細胞を培養し、人間に移植することでウイルス耐性を獲得すべく研究を重ねたが、それは決して容易ではなく、被験者は全て拒絶反応によって死亡するか、生き残っても古代生物とのハイブリッドで心身に変異を来たし魔物と化してしまった。
生き残って魔物となってしまった被験者は、再びプシュケを回収するためにドーム外のファームAと呼ばれる区画に収容された。
そんな中、魂の再生研究の副産物として、同じ精子と卵子から作られた複数の受精卵群に古代生物の遺伝子を組み込んで誕生した『選ばれし子供たち』だけが死亡することなくウイルス耐性を獲得した。彼らは『使徒(アポステル)』と呼ばれ、古代生物は彼らの母という意味で聖母を意味する『マザー・ミリアム』と名付けられた。
アポステルは「短時間であれば外界に適応することが可能で、魔物と接触しても伝染病に罹患することはなく、常人には使いこなせない特殊魔法が使用可能であるから」という理由で、魔物との戦闘や魂の回収等の任務に当たることとされた。
新しい世界を作り直すためには犠牲はつきものであり、誰かが手を汚し、必要悪とならねばならない。新しい世界の礎となるために12人の少年少女はドーム外界で魂を狩る役目を担う必要があったのだ。
ただ、彼らアポステルに対しては、「ライフエナジーが人の生命そのものであること」も、「魔物がかつては人間であったこと」も秘匿され、マザー・ミリアムの遺伝子を持つ彼らのみが使用可能な、ライフエナジーの供給源として魔物の魂を回収するという技術は『特殊魔法』と名付けられ、「魂を回収するのは魔物が復活するのを防止するための措置である」という欺瞞が生まれた。実際には特殊魔法などというものは存在せず、彼らが戦闘で用いる武具に魂を回収し貯蔵する機能が備わっているだけなのだが、彼らに『選ばれし者』である自覚を持たせるために「アポステルのみが特殊な能力を持つ者である」と信じ込ませる必要があった。
§ファイル・ミッション@ファームB§
定刻にアポステル全員が裏ゲートに集合していた。ファームAの時と同様に遠隔操作でゲートとセキュリティ防壁が順次解放され、ファームBに向かって出動した。ファームB入口の外ロックを解除し、全員が進入したら外ロックが自動的に施錠され、内ロックを解除して区画内への進入が完了すると再び内ロックが自動的に施錠された。
奥の方から敵の気配がして、全員が戦闘態勢に入り、それぞれの武器を構えた。
「嘘…。」
「何で…。」
「まさか、そんな…。」
アポステルたちは口々にそんな言葉を漏らした。
12体の魔物は姿形こそいろいろな異形の姿をしていたが、皆黒い大きな片翼を広げ、どこかしらに『人間の顔』のようなものがついており、その顔とは鏡で見慣れた自分自身の顔そのものだったからだ。
両前足が剣のような形に変形した魔物は不敵な笑みを浮かべたエリーの顔をしていた。
「何これ、気持ち悪い…。魔物のくせにうちの顔真似なんて趣味悪すぎ!」
不快な表情を浮かべながら、エリーは後ろ手に構えた双剣(ダガー)を煌めかせて魔物に向かって駆け出した。
頭の代わりに大きな槌がついたような魔物は、胸に飄々とした表情のトーラの顔が埋め込まれたような姿をしていた。
「何じゃこりゃ~!気味悪いよ~。」
トーラは全体重を乗せて魔物に向かって槌鉾(メイス)を振り下ろしたが、魔物はするりと身をかわしてしまった。
鞭のようにしなる何本もの触手を持つ魔物は絶好調の時の陽気なジェイミーの顔をしていた。
「鬱陶しい!俺みたいな奴は一人で十分なんだよ!」
ひゅんひゅんと音を立ててジェイミーは鞭剣(ウィップ)を振り回しながら魔物に向かって突進した。
鋏のように2本の前足を交差させてシャキンシャキンと音を鳴らす魔物は、怯えて泣きそうなキャンスの顔をしていた。
「僕だって戦える!怖くても戦えるんだ!馬鹿にするな!」
鋏(シザーズ)を構えてキャンスは魔物の隙を伺った。
頭が大きな剣の形になっていてお辞儀をするように剣を振り下ろしてくる魔物の胴体には、威風堂々と誇らしげに微笑むリオンの顔が埋め込まれていた。
「俺の真似をするなら、もっと格好良くするんだな!華麗な本物の剣技を教えてやるぜ!」
背中に装備した大剣(ソード)を抜いて、リオンは真っ直ぐに魔物に向かって行った。
先端が細い剣のようになったたくさんの触手がうねりながら波状攻撃をしかけて来る魔物は天辺の小さな突起に、冷静沈着なヴァルの顔が乗っていた。
「手数が多ければ良いってものじゃありませんわ。迅速で的確な動きがなければ、何の意味もないのですから!」
ヴァルは細剣(サーベル)を構えて、敵の繰り出す攻撃を交わしつつ、隙を狙った。
鋭い槍のような前足で突いてくる魔物には、凛々しくて爽やかなリブラの顔がついていた。
「狙いの正確さは勿論のこと、如何に効果的な攻撃をするか、状況判断を誤らないことが重要なのです。」
魔物をじっと見据え、その攻撃を躱しながらリブラは大槍(スピア)を構え、魔物の弱点を探していた。
大きな鎌状の両前足を交互に振り下ろしてくる魔物は大人びて妖艶なスピオの顔をしていた。
「どういうこと?武具や攻撃方法が似てるだけじゃない。私たちそっくりな顔がついてるなんて!」
スピオは大鎌(サイス)を振り下ろして魔物に斬りかかろうとするが、魔物も素早く身をかわして、逆にスピオを襲ってくる。
頭と両前足の位置に大小の弓のようなものがついていて、エネルギーの矢を放ってくる魔物の胴体には天真爛漫なサジトの笑顔がついていた。
「うへぇ~。3対1はずるくない~?それならこっちは3倍速で攻撃しちゃうよぉ~!」
サジトは高速で次々と洋弓(クロスボウ)に矢をつがえては放ちつがえては放ち、魔物から付かず離れずの距離を保ちながら攻撃を続けた。
両前足の位置に複数の腕と拳が生えているような魔物は、真面目な表情のカプリの顔をしていた。
「腰を入れたパンチの重さ、手首を回しつつ繰り出す速さ、急所を見定める狙いの正確さ、それが三拍子揃ってこそ最大の効果を生む、日々の鍛練の賜物だ。滅多やたらに打てば良いというものではないぞ!」
カプリは魔物の懐に飛び込んで、敵の攻撃を交わしつつ拳(ナックル)を繰り出した。
様々な形状のエネルギーの刃を自在に投げて来る魔物は真摯に見詰めるアクアの顔をしていた。
「それぞれの魔物が、あたしたちの武具や攻撃に合わせて特化されている。攻撃パターンや思考回路まで似ている気がする。『戦いにくい、戦いたくない』というドクター・ヒューの言葉はこういうこと?」
攻撃を交わしながら、そして短剣(くない)を投げて反撃しながら、アクアは懸命に考えていた。
両前足の位置から2本ずつの腕が生えて、それぞれが持っている別々の棒状のもので攻撃してくる魔物は満面の笑みのピスケの顔をしていた。
「嫌だ~。自分の顔がついてるのってすごくやりにくいよ~!」
ピスケは懸命に杖(ロッド)で四本の棒を払っていた。
敵の魔物は自身と同じ顔を持つだけでなく、まるで思考を読まれているように戦い方もそっくりで、アポステルは苦戦を強いられた。
堪らずに通信用携帯端末に向かってジェイミーが叫んだ。
「ドクター・ヒュー、こいつら何なんだよ!」
ドクター・ヒューの声が端末から冷たく響いた。
「劣化が激しくて、もう人の形を保てなくなってしまった元アポステル、諸君の未来の姿だよ。」
「言ってることがさっぱりわからねえ!」
ジェイミーは激怒して叫んだ。
「嘘…でしょ?」
とエリーが呟いた。
動揺した隙をついて魔物に斬りつけられて腕を負傷した。
トーラも
「そんな…信じられない…。」
と動きを止めた途端に魔物の振り回した大槌に殴り飛ばされた。
ジェイミーが
「何でだよ?どういうことだよ?誰か、ちゃんとわかるように説明してくれよ!」
と騒ぎ立てる隙に魔物の触手がジェイミーの脛を打ち、崩れ落ちるように倒れた。
キャンスが大粒の涙をぼろぼろ零して
「そんなの、悲しすぎる…。」
と動きを止めた瞬間に魔物の攻撃が脇腹を切り裂いた。
リオンは
「嘘だろ?嘘だよな?嘘だと言ってくれ!」
と狼狽し、魔物の大剣が背中を斬りつけた。
ヴァルは「皆さん、落ち着いてください!」
と声を震わせて叫んだが、魔物の剣先に手首を突かれて細剣を落とした。
リブラが
「今までの全てが偽り、ということですよね?」
と問いかける間に魔物の槍状の前足の尖った先端が頬を掠めた。
端末からドクター・ヒューの言葉が聞こえてきた。
「何故今まで諸君だけが戦闘不能状態となっても蘇生できたのか?どれほど激しく負傷しても跡形もなく修復できたのか?その理由は諸君の体は消耗品だということだよ。」
スピオは
「私たちは、騙されていたということ?」
と戸惑い、魔物の大鎌の先端がふくらはぎを刺した。
サジトが
「もう、訳わかんないぃ~。」
と叫び、矢をつがえる手が止まると、魔物の矢が弓を支える左前腕を貫いた。
「諸君の体はマザー・ミリアムのDNAを組み込まれたクローン体で、いくらでも替えがきく消耗品だ。魂はライフエナジーから再生され、オリジナルの記憶や意識を移植したものだ。だが次第に魂は劣化して記憶は混乱し、意思は欠落して、いつか人の心を失い、体も細胞が劣化して異形の魔物に変化してしまう。人間としての心を失い、ただ戦い続けるだけの生ける兵器となって、最後は新しいアポステルに魔物として処分され、回収されたプシュケはライフエナジーの供給源となる。今目の前にいるのは劣化した諸君の姿なのだよ。諸君もまたいつかこうして後任者に狩られる運命なのだ。全ては来るべきパリンジェネシスのため。ライフエナジーを供給し続けるにはアポステルが必要だからだ。」
ドクター・ヒューの言葉は端末から残酷にファーム内に響いた。
カプリは
「今まで俺たちは何のために戦って来たんだ…。」
と落胆し、拳を繰り出せずにいる間に魔物の拳が腹に命中し、呻き声を上げた。
アクアは
「つまり、あたしたちの記憶の全ては夢幻だったってことよね。」
と思わず短剣を投げる手を止めた瞬間、魔物の攻撃が額と首筋に赤い筋を残し、傷口にはうっすらと血が滲んだ。
ピスケは
「きっと悪い夢を見ているだけ…そうだったら良いのに…。」
と目を閉じて流れる涙を手の甲で拭う間に魔物に脚を払われて転倒した。
「痛いよ…。」
「怖いよ…。」
「私たち、どうなっちゃうの?」
「あんな風に魔物になっちゃうの?」
「人間じゃなくなるってこと?」
「嫌だよ!魔物なんかになりたくない!」
「でも、今まで命を奪ってきた魔物だって皆元は人間かもしれないんだよ?」
「そして、殺したのは私たち…。」
「みんなのことも忘れちゃって、もう一人の自分と戦うだなんて!」
「人間としての誇りだけは忘れたくない!」
「本当に死んじゃうの?」
「死んだらどうなるのかな?」
「嫌だ!死にたくない!」
「もうだめかもしれない…。」
「誰か、助けて…。」
「諦めるな!」
「みんなで生きて帰ろう!」
それぞれがぼろぼろになりながらも声を掛け合って戦い、ギリギリのところで何とか任務を完了した。
全員が歩くのもやっとの状態で、少しでも余力のある者が傷ついた仲間を支え、ドーム裏ゲートまで帰還した。
完全防護衣を身につけた保安部員が現れ、保持されたプシュケを開放しライフエナジーを生成するため武具を回収すると、その場でアポステル全員が密室に隔離された。
「マザー・ミリアムの子供たち、アポステルの諸君。お疲れ様。最後の任務も無事完了したね。」
ドクター・ヒューが現れて言った。
「戦闘中に全部思い出したよ。うちの夢の中に出てくるもう一人の子供、13人目のアポステルは、水色の髪に空色の瞳の男の子…そう、ドクター・ヒュー、あなただったって。」
エリーがドクター・ヒューを睨み付けて言った。
「そうだよ。エリー。幼い頃に諸君のオリジナルと一緒に遊んでいたのは私だ。」
そう言うとドクター・ヒューは束ねていた髪をほどいた。
「かつて青い空と青い海と緑の植物に満ち溢れた美しい世界に人類は栄えていたが、環境汚染や気候変動で全人類の半数以上が失われ、絶滅する動植物の種が後をたたなかった。太古の地層から未知のウイルスが復活して謎の伝染病が蔓延し、多くの人命が失われ、又は魔物に変化した。環境破壊による遺伝子異常からミュータントが生まれ、ウイルス禍を免れた人類が暮らすこのドーム外界は人類の生存に不適合な世界となった。ウイルスと同じ地層から発見されたマザー・ミリアムと呼ばれる古代生物の遺伝子を組み込んだ受精卵から生まれた13人の選ばれし子供たちは外界での活動を可能にしウイルス耐性を持つと期待された。」
ドクター・ヒューは悲しげに目を伏せた。
「だが13人のうち一人だけ不活性な者がいた。それが私だ。アポステルになれたのは諸君ら12人だけだったのだ。」
ドクター・ヒューは目を開けると、寂しそうな表情で続けた。
「幼い頃は兄弟姉妹のように育ったのに、17歳で互いの道は分かたれてしまったのだよ。ライフエナジーとは、プシュケとは、生物の魂そのものだ。エネルギーとして利用するだけではなく、魂そのものを再生できるなら、マザー・ミリアムのDNAを組み込んだアポステルのクローンを作り、再生した魂を入れることで、戦いに敗れて戦闘不能状態となっても、何度でも蘇生できる。永遠に戦い続けることのできる無敵の戦士と期待されたが、それは甘かった。再生された魂を移植したクローンは劣化したのだ。」
ドクター・ヒューは笑おうとして失敗したように不器用に顔をひきつらせて続けた。
「オリジナルのアポステルは貴重なサンプルとして保存されることになり、彼らの時は17歳で止まったまま、私だけが歳を重ね続けている。クローン体に移植するために、ライフエナジーから再生された魂に彼らの記憶や意識をコピーして、アポステルは永遠の17歳を何度でも繰り返す。クローンにしろコピーにしろ繰り返せば次第に劣化が激しくなる。それでも肉体と魂の再生研究が成功し、パリンジェネシスをなし得るまでは、何度でも繰り返すしかない。誰かがやらねばならないことだが、今それができる者は諸君しか居ない。」
そう言うとドクター・ヒューは項垂れた。
「うちらの十年間の記憶は偽物、十年前に初めてドクター・ヒューと出会ったのも、模擬戦闘訓練を頑張ったのも全部嘘、だったのよね。」
エリーがドクター・ヒューを睨み付けて言った。
「そうだよ。齟齬がないようにバックアップした記憶は部分的に修正を施している。それでも体で覚えた技や感覚は全て継承されていくから戦闘経験を積んできたことは強ち嘘という訳でもない。」
ドクター・ヒューは淡々と答えた。
「私たちはこれからどうなりますの?」
ヴァルが尋ねた。
「入れ替わりにファームB送り、ってか?」
ジェイミーが吐き捨てるように言った。
「いや、今回はもうそれには及ばない。」
ドクター・ヒューは首を横に振った。
「細胞の劣化が進めば古代生物マザー・ミリアム由来の遺伝子情報が優勢となり、魔物に変化していくのだが、最早今の諸君は全員がほぼ戦闘不能状態に近い。蘇生しなければ魔物になるより先に命が尽きるだろう。」
と言うとドクター・ヒューは何かの装置を取り出した。
「それは、廃墟に設置したライフエナジー収集装置?」
スピオが尋ねた。
「諸君が廃墟周辺で設置した装置と似てはいるが、これは少し違う。正確にはプシュケ回収装置ということになる。本来ならもう少し小型化して13人目のアポステルである私の武具にも組み込まれるはずだった。諸君の武具と同じにね。本当は特殊魔法等というものは存在しない。全て武具に組み込まれていたこの装置が作動しただけのことだ。」
ドクター・ヒューは最早彼らに対して嘘や隠し事は必要ないというように全てを包み隠さず話した。
「ライフエナジーは既に肉体を離れていた魂で、プシュケは瀕死の体内から強制的に抜き出した魂。あたしたちが完全に動けなくなったら、あたしたちの魂を回収するんでしょう?」
とアクアが尋ねた。
「ご名答。そして、この装置は標的(ターゲット)のプシュケが回収可能となったことを感知すると自動で起動する優れものだ。さすがに私が手動で諸君の魂を抜くことは耐えられそうにないからね。残された時間はそれほど長くはないだろうが、せめて最期の時を迎えるまで、兄弟姉妹水入らずで過ごせるようにという、私からの心遣いのつもりだ。」
そう言うとドクター・ヒューは装置をその場に残して出口へと向かい、扉の手前で立ち止まって振り返った。
「残念ながら私は諸君とはここでお別れだ。私には次のアポステルを誕生させるという任務が待っている。また新しい諸君と出会うために、既に作戦開始前のメディカルチェックの時に新しく再生された魂に諸君の記憶と意識のバックアップは取ってあるからね。では、諸君。さらばだ。」
そう言ってドクター・ヒューが部屋を出ると、自動でロックがかかった。
「偽物の体に作り物の魂を入れて、嘘の記憶を与えられてた俺たちは一体何者だったのかな?」
カプリがぼそっと呟いた。
「僕たちは何のために生まれて、何のために今まで戦って来たんだろう?」
キャンスが天井を仰ぎ見て言った。
「ただ戦って他の命を奪うためだけに生まれてきたなんて、冗談じゃないよな。」
とジェイミーがやけ気味に言った。
「姿形は異形の魔物となり言葉や心を失った元同胞を、知らなかったとはいえ殺して来た罪の報いとでもいうのかしら?」
とスピオが悲しそうに言った。
「あたしたちは『パリンジェネシス』というドクター・ヒューの大義名分に利用されたけど、『パリンジェネシス』が正しいかどうかわからないし、あたしたちが決めることでもない。ただ、あたしたちのプシュケはライフエナジーとなって星に還るだけ。今まであたしたちが回収してきたプシュケ同様に、例えそれが同胞を養うために利用されるだけだとしても。」
とアクアが醒めた目をして言った。
「許されない罪などありません。自らの命を以て償うのですから。」
とヴァルが言った。
「魂を抜かれたら死んじゃうんだよねぇ~?死んだらどうなっちゃうのかなぁ~?」
サジトが泣き笑いで言った。
「ちょっと怖いけど、みんなが一緒なら大丈夫。」
と強がってピスケが言った。
「良いじゃないですか。魔物になるよりはこのまま人の姿で、このまま自分の心で終われる方が。人間としての誇りを最期まで失わずに逝けるのですから。」
リブラが微笑んで言った。
「でも、やっぱり死ぬのは怖いから嫌だ~!」
トーラが泣き出した。
「おいおい、俺たちはまだ生きてる。今にも死にそうだけど、まだ死んでない。泣いて死ぬより、最期まで笑っていたいじゃないか。何か楽しいことを考えよう。」
リオンがトーラの肩に大きな手を置いて言った。
「楽しいこと?」
トーラが泣き止んで言った。
「そ~だよねぇ~。考えるだけならタダだよぉ~?ねえ、もしも昔みたいな平和で綺麗な世界に生まれ変われたら、みんなは何をやりたい?青い海に魚たちが群れをなして泳ぎ、青い空には鳥たちが列を組んで飛んで、緑の植物に覆われた大地を動物たちが駆け回り、ドームなんてなくても外界で深呼吸できて、たくさんの人類が文化を築き上げて栄えていた、そんな世界で。わたしはゆっくり世界一周旅行してみたいなぁ~。」
サジトが楽しそうに言った。
「ええと、とにかく生まれ変わってもみんなと一緒が良い!」
とピスケが言った。
「もう戦うのだけは嫌だな。」
とキャンスが言った。
「いろんなところへ行って、その土地の美味しいものをいっぱい食べたいな~。」
とトーラが言った。
「もっともっと学びたいから世界のいろんな図書館に行って紙に書かれた昔の本をたくさん読みたいです。」
ヴァルが言った。
「敵と戦わなくても己を磨くための鍛練は続けないとな。世界中の心技体の優れた相手と手合わせしてみたい。」
とカプリが言った。
「世界にはきっとまだあたしが知らないことがいっぱいあるだろうから、何でもいい、いろんなことをできるだけたくさん知りたい。」
とアクアが言った。
「俺はいろんな奴と出会って世界中にたくさん友達を作るぜ!」
とジェイミーが言った。
「美しいものに触れたいですね。風景でも、美術でも、音楽でも、きっと美しい世界には素晴らしい芸術がたくさんあるはずです。」
とリブラが言った。
「素敵な人と出会って、恋に落ちて、結婚して、幸せな家庭を持ちたいわ。」
とスピオが言った。
「そうだな、俺は夢が叶った皆の幸せそうな顔を見ていたい。生まれ変わってからも、いや、今だって。」
とリオンが言った。
12人は互いに寄り添い、手を取り合い、全員が幸せそうな笑みを浮かべて最期の時を迎えた。
プシュケ回収装置が起動し、12人の体から次々と碧緑に輝く光が抜け出て、すうっと糸を引くように装置に吸い込まれ、魂を抜かれた肉体は小さな光の粒の集合体に変化し、やがて消えて行った。
時を同じくして、ドクター・ヒューはブリーフィングルームに集められた12人の少年少女を前に任務の説明を始めた。
「マザー・ミリアムの子供たち、アポステルの諸君。これよりファースト・ミッションのブリーフィングを開始する。」
(おわり)