きつねの戯言

銀狐です。不定期で趣味の小説・楽描きイラストなど描いています。日常垢「次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活」ではエッセイも。

「聖母の子供たち」あとがき解説

2021-10-10 18:49:16 | 小説
先程新作小説「聖母の子供たち」1章13132字・2章16146字 完成・投稿しました。

きっかけはお盆明け頃だったでしょうか、家族がプレイしていたとあるRPGでした。
検索してみたらちょうど10年前に発売されたもので、当時子供たちがそれぞれ個別にプレイしていて、私も主題歌が好きでよく聴いていたりはしたのですが、たまたま今回ほぼずっと傍でプレイを見ていて、エンディングでは号泣してしまいました。
そのゲームをヒントに主人公たちのアイディアが生まれました。

12人の少年少女たちは西洋占星術のzodiac sign(星座)をモチーフにしています。
ヴィジュアルもイラストにしてみたのですが、のちになって設定変更になったキャラもあるので公開はしないでおきます。
西洋占星術の他、キリスト教やギリシャ哲学などに関係する用語を検索したり、武具の検索などもしたりしました。
武具も当初の設定から途中で変更したキャラもあり、人数が多いので「かぶり」が大変でした。
性格や口調、容姿や武具など、何度も変更したりしました。
一旦書き終えてから変更になると訂正する箇所が多くて、何度も読み返しては迷って書き直したりすることもありました。
12人+裏切者の13人目ということでキリスト教の使徒とイスカリオテのユダにあてはめ、聖母マリアの別名のミリアムにマザーを冠して命名したのも流れでした。

他のアニメやらゲームやら、動画サイトの考察動画やら、その他いろいろなところから発想を膨らませて物語を作っていく中で、別のRPGスピンオフゲームのムービー動画を見つけ、これも発売当時子供たちはプレイしていましたが、今回たまたま動画でストーリーを確認してみて、そこから「劣化」や「誇り」などのキーワードになるヒントを得て、小説に使える設定を閃きました。

当初は主人公たちはアバターを使って戦闘していて実際は眠って夢を見ているだけとか全く違う設定もあったのですが、結果的にこの形が一番うまく収まりました。
環境汚染や気候変動、資源枯渇、パンデミックという現実世界にもありがちな問題や、「実際に温暖化が加速すると永久凍土から溶け出した太古のウイルスが復活するという問題がある」とTVで見て知って、それを取り入れた部分もあります。

他にも休眠状態のネタの種や、下書きのまま塩漬けの作品もありますが、とりあえず、2か月近くかかって何とか完成したのでほっとしています。
次回作がいつ完成するかは全くわかりませんが、動き出してしまえば、「作品はなまもの」というくらい鮮度が大事なので、書き上げてしまうまでは落ち着かない日々を過ごすことになり、そんなに若くもないのについ徹夜したりもしてしまうので、やはり厳しいです。

またいつかお会いしましょう。

聖母の子供たち 2

2021-10-10 17:28:56 | 小説
§夢と記憶§

  「う~~~。」
エリーは苦しそうに頭を抱えたまま、ツインテールの髪を左右に揺らしていた。

   アポステルにはそれぞれ小さいながら個室も与えられていたが、出動指令が下りるまでの自由時間の殆どを、皆がリビングルームと呼ばれる広間で過ごすことが多かった。
リビングルームには複数のテーブルとチェア、ソファー等が置かれており、各自がそれぞれの好みの場所で思い思いに時を過ごしていた。

   そしてエリーはテーブルに両肘をついて頭を抱え唸り声を上げていた。
「どうしたの~?頭痛いの~?」
向かい側に座っていたトーラが俯くエリーの顔を覗き込むようにして心配そうに声をかけた。
その声にぴたっと動きを止めたエリーは俯き加減の体勢のまま視線を上げてトーラを見た。
「何かもう、訳わかんなくて、おかしくなりそうだよ~。」
そんなエリーの背後からキャンスが声をかけた。
「どこか具合悪いんじゃないか?メディカルセンターに行ってドクター・ヒューに診てもらった方が良くない?」
くるっと振り向いたエリーはキッと強い目でキャンスを睨み付け、睨まれたキャンスはしゅんとなって、黙って俯いた。
「大袈裟なんだよ、エリーは。いつだって大したことないのに大騒ぎするんだから。」
ジェイミーは小馬鹿にしたように言った。
「うるさい!あんたは黙ってて!」
エリーはジェイミーに向かって怒鳴った。
「エリーは最近調子が悪いみたいだね。何か悩んでいるんじゃないかい?」
エリーから少し離れたソファーで寛いでいたリブラが言った。
「デジャヴみたいなのが気になるって言っていたものね。」
リブラの向かいに居たヴァルも心配そうに言った。
「それに今はもう戦闘中だけじゃないみたいだしね?」
とその隣のスピオも言った。
「最近ずっと続いてるんでしょ?しかも、今日は他にも余程何か気になることがあったんじゃない?」
と部屋の隅に一人で居たアクアにズバリと言い当てられて、エリーは少しほっとしたように言った。
「うん、アクア、それ、当たりだ…。」
「遠慮しないで何でも言ってごらんよぉ~。気が楽になるよぉ~。」
サジトが後ろから近づいてポン、とエリーの両肩を叩いた。

 「最近、夢を見るんだ。昔の、子供の頃の夢。みんなと一緒に遊んだりしてる夢。」
エリーがそう言うと、リオンが訝しそうに言った。
「その夢の何が悩みになるって言うんだい?」
「夢の中でも皆の顔や姿ははっきり見えるし、それぞれの面影はちゃんと残ってて、誰が誰だかはっきりわかるんだけど、何故だか、ここにいる12人の他にも誰かもう1人居て…でもその子の顔や姿はちょっとぼんやりしてて、はっきり見えないの。でも、確かにその子のことは知ってる気がする。夢の中ではみんなで一緒に遊んでいるけど、誰も違和感は感じてないように見えるから、みんなもその子は知ってるみたい。普通に、当たり前にその子は一緒に居て、他のみんなと同じくらい親しくて、仲良しで、もうずっと前から一緒に居て、もしかしたら目が覚めた後の今でも一緒に居る仲間なんじゃないかと思うんだけど、実際にはそんな子が居るはずはなくて…。よくよく考えたら、何となく昔のことって覚えてるようであんまり覚えてなくて…。考えれば考えるほど訳がわかんなくなってきて、もう頭が爆発しそうなんだよ~。」
エリーの言葉を聞いて、皆がはっとした。
「そう言えば、10年前からの、戦闘模擬訓練をやったりとかした記憶はしっかり残ってるけど、それ以外の記憶って、何だかあやふやな気がするな。」
カプリが独り言のように呟いた。
「確かに、言われてみればそうかも?」
ピスケが右人差し指の先をを頬に当てて言った。

  確かに単なる夢の話であれば、精神状態が不安定なエリーが見たただの悪夢に過ぎないと断じてしまえばそれで終わりなのだが、その後皆で思い出を話し合ってみると、普通なら誰か覚えているが別の誰かは忘れていたり、そもそも知らなかったり、立場や状況によって解釈が違って話が微妙にずれたりするものなのに、全員の記憶が見事に殆ど一致していて、逆に違和感しかなかった。

 そして、次第に他の者たちも、
「自分は夢を見たことすら忘れていただけで、もしかしたらエリーと似たような夢を見ていたかも知れない」
という気さえし始めた。
「それはあくまでも単なる気のせいであり、妙な暗示にかかっているだけだ」
と無理やり結論づけようとしたが、全員の心の中に確実に不安の種が芽生え始めていた。

 夢の中でエリーは幼い子供になっていた。左手はトーラ、右手はピスケと繋いでいる。反時計回りにトーラの隣からジェイミー、キャンス、リオン、ヴァル、リブラ、スピオ、サジト、カプリ、アクア、そしてピスケへと繋がって輪になって回っている。みんな幼い子供の姿だ。楽しそうに歌いながら回っている輪の中心に誰か同じ年頃の子供がしゃがんで両手で顔を隠している。
 歌が途切れて立ち上がった子供が時計の3時と9時の位置で繋いだ手を手刀で切る仕草をすると、輪は等分されて二列に別れて向かい合う。別の歌を歌いながら向かい合う2組がそれぞれ波が寄せては返すように前進後退を繰り返す間に、その子供は小走りで駆け寄って右手をスピオの左手と繋ぎ、そのまま列を引っ張って左手をサジトの右手と繋ぐ。二つの列は繋がって再び一つの輪に戻る。
 だが、何故かその子供の両隣のスピオとサジトの姿ははっきり見えるのに、その真ん中の子供の姿だけはぼんやりとしていて男の子か女の子かすら判別できなかった。

 毎回眠るとその夢を見て、ほんの少しずつではあるが、その子供の姿がはっきりして来たように思えた。
あと少しでその正体が明らかになりそうなのに、まだわからないのがエリーにはもどかしく思えた。

§ブリーフィング・オブ・ファイナル・ミッション§

  「マザー・ミリアムの子供たち、アポステルの諸君、これより次のミッションのブリーフィングを開始する。」
ドクター・ヒューはブリーフィングルームに集合した12人のアポステルを前にして言った。

 「今回はドーム裏ゲートから出発し、ファームBの魔物と戦闘、プシュケを回収してもらう。作戦行動については前回のファームAのミッションとほぼ同じであるが、ファームBの魔物はファームAよりも更に手強いと予想される。前回も約半数が戦闘不能状態で終了したが、今回は更に厳しい戦いになることは間違いないと覚悟を決めて臨んで欲しい。」
ドクター・ヒューの表情は固く強張って見えた。

 「質問してもよろしいでしょうか?」
とリブラが挙手して言った。
「勿論。」
とドクター・ヒューが答え、リブラは立ち上がって言った。
「前回の魔物より手強いと仰いましたが、具体的にはどのような敵だと理解したらよろしいでしょうか?」
「そうだね、具体的な説明というのは非常に難しいが、『最も戦いにくい、戦いたくない相手になるだろう』とだけ言っておこうか。」
ドクター・ヒューの言葉は漠然としていたが、何故だか背筋が凍るような悪寒を禁じ得なかった。
「それは前回のような精神的負荷を伴う戦いになるということなのですか?」
とヴァルが尋ねた。
「それも一つの要因と言って良いかも知れない。」
ドクター・ヒューがそう言うと、
「でも、それだけじゃない、ってことね。」
とスピオが言った。
ドクター・ヒューは真顔のままで続けた。
「諸君は初戦から圧倒的に強かったと言っても良かろう。これまでは多少苦戦したとしても、それほど負ける気がしなかったのではないかな?だが、前回ファームAの敵と戦って初めて恐怖や不安に苛まれたことと思う。実際に半数の者が戦闘不能状態になり、最悪の結末を予想したかもしれない。一つだけ諸君が今まで詳しく知らなかったことを教えよう。実は体の傷は治療できても、魂の傷を治療することは難しいということだ。恐怖や不安という魂へのダメージは蓄積し回復が困難であるからこそプシュケの回収に特殊魔法が使える。戦闘不能状態は魂へのダメージが限界を超えた状態だということだ。」
「つまり、」
とアクアが言った。
「恐怖や不安があたしたちの魂にダメージを与え続けたら、戦闘不能状態になるかも知れない。今度の敵はあたしたちが全滅になりかねない相手だ、ということですよね。」
「それだけのプレッシャーを与えてくるが、それに負けてはいけない、ということでもある。」
ぐっと拳を握り締めてカプリが言った。
「みんなで協力して、励ましあって、支えあって、だね。」
とピスケも言った。

 「ねえ、ちょっと良い?」
とエリーが手を挙げた。
「今言うべきか悩んだけど、前回自分が自分じゃないような感じになったって言ったよね?みんなも多少なりともそうだったって言ってたよね?そんな状態でもっとシビアなミッションやって大丈夫なの?」
「エリーは変な夢も見るって悩んでるんです。それは病気とかじゃないですよね?」
心配そうにキャンスが言った。
「事前に個別に呼び出してメディカルチェックは行う予定だ。もし異常があれば作戦参加は見合わせる。」
ドクター・ヒューは冷静に答えた。
「でも~、エリーだけじゃなくて前回の戦闘中はみんなも何か変だな~とは感じてたみたいなんですよ~。原因がわからないのって何か嫌じゃないですか~?」
とトーラが言った。
「気のせいだと思いたいけど、何かすっきりしないしさ。」
とジェイミーも唇を尖らせて呟いた。
「問題ない。諸君たちは度重なる戦闘で心身が疲弊したために軽い神経衰弱に陥っているのだろう。一番の薬は成功体験だ。困難なミッションをクリアすることで自信がつけば自ずと不安は解消されて精神状態も安定するだろう。」
ドクター・ヒューにそう言われると反論はできそうになかった。
「戦って勝てば全て解決する、と信じても良いってことなんですね?」
とリオンが言った。
「ここまで来たら、それっきゃないっしょ~!」
とサジトが暗くなりかけたその場の雰囲気を盛り上げるように言った。

   「それでは諸君、メディカルチェックに問題がなければ、明後日ニイサンマルマル裏ゲートに集合し作戦開始。裏ゲートから出発し順次遠隔操作によりセキュリティ防壁を解除しつつファームBに向かう。ファーム入口の二重ロックを順次解除後魔物との戦闘開始。全12体の魔物を殲滅、戦闘不能状態に至らしめて特殊魔法にてプシュケを回収することで作戦終了とする。なお、本日個別にメディカルチェックを行うので個人端末宛に連絡があれば、メディカルセンターに出頭するように。」
とドクター・ヒューが説明すると
「了解しました。」
アポステル全員が声を揃えて答えた。

§13人目のアポステル§

  個別メディカルチェックに呼び出されたアポステルに対して、ドクター・ヒューから説明があった。
「今回は特別にメンタル面でもメディカルチェックを行うことにしたよ。検査の間ちょっと催眠状態になってもらうけど、全員に同じ検査をするから、特に心配はいらないよ。」
眠りに落ちたと思ったら次に目覚めた時は既に検査が終了していて、眠っている間に何が行われていたのかはわからなかった。
「検査結果はどこにも異常は認められなかったので、作戦参加は問題ない。作戦開始までゆっくり休みたまえ。」
ドクター・ヒューは12人全員に同様の言葉をかけていた。

 (ついに来るべき時が来てしまった。また私は彼らを…。)
ドクター・ヒューは眉を顰め、メディカルセンターの奥の隠し扉を開けた。
真っ暗な奥の部屋に灯りが灯ると、そこには人が一人入れる大きさのカプセルが12個並んでいて、カプセルの中にはライフエナジーが溶け込んだような薄緑の液体が満たされ、その中に人影が見えた。
そのカプセルの一つに触れながら、ドクター・ヒューが呼びかけた。
「エリー。」
そのカプセルの中にはエリーにそっくりな人型の肉体が浮かんでいる。
更にまた一つ一つのカプセルに触れながらドクター・ヒューはアポステルの名を呼んだ。
「トーラ。ジェイミー。キャンス。」
そのカプセルにはそれぞれ名を呼ばれたアポステルと同じ姿の肉体が浮かんでいる。
「リオン。ヴァル。リブラ。スピオ。」
どれも俯き加減で目を伏せて、一糸纏わぬ生まれたままの姿で液体の中に浮かんでいる。
「サジト。カプリ。アクア。ピスケ。」
どの個体も傷一つない綺麗な姿である。

 「私は…アポステルになれなかった欠番。13人目のアポステル。」
そう言うと自虐めいた笑みを浮かべた。
薄暗い奥の方にまた別のカプセルがあり、そこには『人ではない何か』が収められ、そのカプセルに付けられたタグには「マザー・ミリアム」の文字が書かれていた。
「何故なんだ。マザー・ミリアムの子供たちは全部で13人だったはずなのに。」
カプセルに手を触れて、ドクター・ヒューは呟いた。
「私だけが歳を重ねて、彼らの時は永遠に17歳で止まっている。私は生き残ったのではない。ただ、死ななかっただけだ。彼らは永遠に17歳を繰り返し、何度も何度も私は彼らを迎え、見送るだけ。生まれてすぐに死ぬこともなく、さりとて彼らと同じ能力を得ることもできなかった不活性な受精卵から生まれたのが、よりによって何故私だったのか…。そしていつか私だけが歳を重ね、老いさらばえて死ぬ。だが、それも人類の悲願『パリンジェネシス』のため。私はただの失敗サンプルでは終わらない。たった一人彼らと違う運命を与えられたのは、きっと私自身がパリンジェネシスの鍵を握る者になるという使命なのだ。そうだろう?マザー・ミリアム。彼らが新しい世界の礎となるために生まれた者たちであるなら、私もまた、重要な役割を果たすべく生み出された存在、『選ばれし者』に違いない。13人目のアポステルとして、私は何度でも彼らを蘇生し続ける。今はまだ、消耗し劣化していく彼らを、そのまま失うわけにはいかないのだ。」

§マザー・ミリアム§

 かつて栄華を誇った人類は、環境破壊との関係を否定できない気候変動や大規模な自然災害により、その半数以上を失った。
そして、環境汚染のため種の生存に不適合となり大量死した動植物の絶滅や、不慮の天災により瞬時に肉体を失ったことに気づかぬまま死の自覚なく彷徨う全ての魂は、いつしか星に還るためにライフエナジーと呼ばれるエネルギーに姿を変え、そのまま廃墟等に滞留していた。
 また、温暖化により永久凍土が融け出して露出した太古の地層に眠っていた未知のウイルスが拡散し、謎の伝染病により感染者は死亡し、或いは生存できたとしても人に非ざる魔物へと変化してしまった。胎内でウイルスに感染していた場合は、普通は死産だが、仮に生まれたとしても、17歳頃になって発症し突然命を失うか魔物と化すこととなり、成人するまで無事に育つ子供が激減した。
 また、都会では環境汚染とウイルス感染によるDNA損傷により突然変異することで、多くのミュータントが誕生した。人としての言葉すら失い、魔物のような姿で生まれたミュータントは同胞としては受け入れられず、彼らは最早汚染された世界でしか生存できないため、人類が棄てた街の廃墟に留まるしかなかった。

 資源が枯渇した世界では、食糧やエネルギーの争奪が繰り返され、ついにはライフエナジーこそが究極のエネルギー源であり、瀕死の肉体から魂(プシュケ)を回収(ドロー)し、ライフエナジーに変換し利用するための技術が開発されて、ウイルス感染から免れた一部の人類は自らを巨大ドーム内に隔離し、ライフエナジーの恩恵を受けて存続していたが、その未来には自ずと限界が存在した。ドーム外界は既に人類の生存には適さなくなった世界で、外界に取り残されたのは感染症に侵され人の心を失い本能のみで生きる魔物となった者、DNA損傷からミュータント化し人の心を持ちながらも言葉を失い異形の姿で生きざるを得なかった者たちであった。

 人類の未来のためには、新しい世界、即ち、人を魔物に変えるウイルスのない世界を創成する必要があるが、その実現以前に人類が絶滅しないように、ライフエナジーから再び魂を作り上げ、その魂をクローン技術と再生医療によって作られた肉体に定着させる研究もまた必要であった。

 ドーム内に暮らす人類が目指すのは、少数の選ばれし者たちによって新しい世界を最初から作り直すこと。
伝染病を克服して再び自然に子供が生まれ育つ世界を構築するまでは、荒廃した外界に彷徨う魂を回収しエネルギーとして消費しつつ、資源を食らいつくしてしまわない規模の小さな世界を、環境を破壊しない世界を、厳しい自然に耐えうる世界を最初から作り直すために魂の再生を可能とする。それが『パリンジェネシス(復活による再生)』思想であったが、その実現にはまだ時間が必要だった。

 つまりは「命の選別により、他者の命を奪い、他者の命を糧に生き抜く世界はいつか破綻し、有限のものはいつかは終わり、いつかはそのツケが回って来る」という事実から目を背け、かつて人類存亡の危機に瀕した経験を活かすこともなく、同じ轍を踏むようにライフエナジーに依存し、魂の再生の研究を重ねながらも成果の出ないままじりじりとエネルギーを消費しているのが現状であった。

 だが、同時に一条の光明もなかった訳ではない。融けた永久凍土から復活し蔓延した太古のウイルスと同じ地層から発見された古代生物は抗体を有しウイルス耐性を持っていた。
その古代生物の細胞を培養し、人間に移植することでウイルス耐性を獲得すべく研究を重ねたが、それは決して容易ではなく、被験者は全て拒絶反応によって死亡するか、生き残っても古代生物とのハイブリッドで心身に変異を来たし魔物と化してしまった。
生き残って魔物となってしまった被験者は、再びプシュケを回収するためにドーム外のファームAと呼ばれる区画に収容された。

 そんな中、魂の再生研究の副産物として、同じ精子と卵子から作られた複数の受精卵群に古代生物の遺伝子を組み込んで誕生した『選ばれし子供たち』だけが死亡することなくウイルス耐性を獲得した。彼らは『使徒(アポステル)』と呼ばれ、古代生物は彼らの母という意味で聖母を意味する『マザー・ミリアム』と名付けられた。

 アポステルは「短時間であれば外界に適応することが可能で、魔物と接触しても伝染病に罹患することはなく、常人には使いこなせない特殊魔法が使用可能であるから」という理由で、魔物との戦闘や魂の回収等の任務に当たることとされた。
 新しい世界を作り直すためには犠牲はつきものであり、誰かが手を汚し、必要悪とならねばならない。新しい世界の礎となるために12人の少年少女はドーム外界で魂を狩る役目を担う必要があったのだ。

 ただ、彼らアポステルに対しては、「ライフエナジーが人の生命そのものであること」も、「魔物がかつては人間であったこと」も秘匿され、マザー・ミリアムの遺伝子を持つ彼らのみが使用可能な、ライフエナジーの供給源として魔物の魂を回収するという技術は『特殊魔法』と名付けられ、「魂を回収するのは魔物が復活するのを防止するための措置である」という欺瞞が生まれた。実際には特殊魔法などというものは存在せず、彼らが戦闘で用いる武具に魂を回収し貯蔵する機能が備わっているだけなのだが、彼らに『選ばれし者』である自覚を持たせるために「アポステルのみが特殊な能力を持つ者である」と信じ込ませる必要があった。

§ファイル・ミッション@ファームB§

  定刻にアポステル全員が裏ゲートに集合していた。ファームAの時と同様に遠隔操作でゲートとセキュリティ防壁が順次解放され、ファームBに向かって出動した。ファームB入口の外ロックを解除し、全員が進入したら外ロックが自動的に施錠され、内ロックを解除して区画内への進入が完了すると再び内ロックが自動的に施錠された。

 奥の方から敵の気配がして、全員が戦闘態勢に入り、それぞれの武器を構えた。
「嘘…。」
「何で…。」
「まさか、そんな…。」
アポステルたちは口々にそんな言葉を漏らした。
12体の魔物は姿形こそいろいろな異形の姿をしていたが、皆黒い大きな片翼を広げ、どこかしらに『人間の顔』のようなものがついており、その顔とは鏡で見慣れた自分自身の顔そのものだったからだ。

 両前足が剣のような形に変形した魔物は不敵な笑みを浮かべたエリーの顔をしていた。
「何これ、気持ち悪い…。魔物のくせにうちの顔真似なんて趣味悪すぎ!」
不快な表情を浮かべながら、エリーは後ろ手に構えた双剣(ダガー)を煌めかせて魔物に向かって駆け出した。

 頭の代わりに大きな槌がついたような魔物は、胸に飄々とした表情のトーラの顔が埋め込まれたような姿をしていた。
「何じゃこりゃ~!気味悪いよ~。」
トーラは全体重を乗せて魔物に向かって槌鉾(メイス)を振り下ろしたが、魔物はするりと身をかわしてしまった。

 鞭のようにしなる何本もの触手を持つ魔物は絶好調の時の陽気なジェイミーの顔をしていた。
「鬱陶しい!俺みたいな奴は一人で十分なんだよ!」
ひゅんひゅんと音を立ててジェイミーは鞭剣(ウィップ)を振り回しながら魔物に向かって突進した。

 鋏のように2本の前足を交差させてシャキンシャキンと音を鳴らす魔物は、怯えて泣きそうなキャンスの顔をしていた。
「僕だって戦える!怖くても戦えるんだ!馬鹿にするな!」
鋏(シザーズ)を構えてキャンスは魔物の隙を伺った。

 頭が大きな剣の形になっていてお辞儀をするように剣を振り下ろしてくる魔物の胴体には、威風堂々と誇らしげに微笑むリオンの顔が埋め込まれていた。
「俺の真似をするなら、もっと格好良くするんだな!華麗な本物の剣技を教えてやるぜ!」
背中に装備した大剣(ソード)を抜いて、リオンは真っ直ぐに魔物に向かって行った。

 先端が細い剣のようになったたくさんの触手がうねりながら波状攻撃をしかけて来る魔物は天辺の小さな突起に、冷静沈着なヴァルの顔が乗っていた。
「手数が多ければ良いってものじゃありませんわ。迅速で的確な動きがなければ、何の意味もないのですから!」
ヴァルは細剣(サーベル)を構えて、敵の繰り出す攻撃を交わしつつ、隙を狙った。

 鋭い槍のような前足で突いてくる魔物には、凛々しくて爽やかなリブラの顔がついていた。
「狙いの正確さは勿論のこと、如何に効果的な攻撃をするか、状況判断を誤らないことが重要なのです。」
魔物をじっと見据え、その攻撃を躱しながらリブラは大槍(スピア)を構え、魔物の弱点を探していた。

 大きな鎌状の両前足を交互に振り下ろしてくる魔物は大人びて妖艶なスピオの顔をしていた。
「どういうこと?武具や攻撃方法が似てるだけじゃない。私たちそっくりな顔がついてるなんて!」
スピオは大鎌(サイス)を振り下ろして魔物に斬りかかろうとするが、魔物も素早く身をかわして、逆にスピオを襲ってくる。

 頭と両前足の位置に大小の弓のようなものがついていて、エネルギーの矢を放ってくる魔物の胴体には天真爛漫なサジトの笑顔がついていた。
「うへぇ~。3対1はずるくない~?それならこっちは3倍速で攻撃しちゃうよぉ~!」
サジトは高速で次々と洋弓(クロスボウ)に矢をつがえては放ちつがえては放ち、魔物から付かず離れずの距離を保ちながら攻撃を続けた。

 両前足の位置に複数の腕と拳が生えているような魔物は、真面目な表情のカプリの顔をしていた。
「腰を入れたパンチの重さ、手首を回しつつ繰り出す速さ、急所を見定める狙いの正確さ、それが三拍子揃ってこそ最大の効果を生む、日々の鍛練の賜物だ。滅多やたらに打てば良いというものではないぞ!」
カプリは魔物の懐に飛び込んで、敵の攻撃を交わしつつ拳(ナックル)を繰り出した。

 様々な形状のエネルギーの刃を自在に投げて来る魔物は真摯に見詰めるアクアの顔をしていた。
「それぞれの魔物が、あたしたちの武具や攻撃に合わせて特化されている。攻撃パターンや思考回路まで似ている気がする。『戦いにくい、戦いたくない』というドクター・ヒューの言葉はこういうこと?」
攻撃を交わしながら、そして短剣(くない)を投げて反撃しながら、アクアは懸命に考えていた。

 両前足の位置から2本ずつの腕が生えて、それぞれが持っている別々の棒状のもので攻撃してくる魔物は満面の笑みのピスケの顔をしていた。
「嫌だ~。自分の顔がついてるのってすごくやりにくいよ~!」
ピスケは懸命に杖(ロッド)で四本の棒を払っていた。

  敵の魔物は自身と同じ顔を持つだけでなく、まるで思考を読まれているように戦い方もそっくりで、アポステルは苦戦を強いられた。
 堪らずに通信用携帯端末に向かってジェイミーが叫んだ。
「ドクター・ヒュー、こいつら何なんだよ!」
ドクター・ヒューの声が端末から冷たく響いた。
「劣化が激しくて、もう人の形を保てなくなってしまった元アポステル、諸君の未来の姿だよ。」
「言ってることがさっぱりわからねえ!」
ジェイミーは激怒して叫んだ。

 「嘘…でしょ?」
とエリーが呟いた。
動揺した隙をついて魔物に斬りつけられて腕を負傷した。

 トーラも
「そんな…信じられない…。」
と動きを止めた途端に魔物の振り回した大槌に殴り飛ばされた。

 ジェイミーが
「何でだよ?どういうことだよ?誰か、ちゃんとわかるように説明してくれよ!」
と騒ぎ立てる隙に魔物の触手がジェイミーの脛を打ち、崩れ落ちるように倒れた。

 キャンスが大粒の涙をぼろぼろ零して
「そんなの、悲しすぎる…。」
と動きを止めた瞬間に魔物の攻撃が脇腹を切り裂いた。

 リオンは
「嘘だろ?嘘だよな?嘘だと言ってくれ!」
と狼狽し、魔物の大剣が背中を斬りつけた。

 ヴァルは「皆さん、落ち着いてください!」
と声を震わせて叫んだが、魔物の剣先に手首を突かれて細剣を落とした。

 リブラが
「今までの全てが偽り、ということですよね?」
と問いかける間に魔物の槍状の前足の尖った先端が頬を掠めた。

 端末からドクター・ヒューの言葉が聞こえてきた。
「何故今まで諸君だけが戦闘不能状態となっても蘇生できたのか?どれほど激しく負傷しても跡形もなく修復できたのか?その理由は諸君の体は消耗品だということだよ。」

 スピオは
「私たちは、騙されていたということ?」
と戸惑い、魔物の大鎌の先端がふくらはぎを刺した。

 サジトが
「もう、訳わかんないぃ~。」
と叫び、矢をつがえる手が止まると、魔物の矢が弓を支える左前腕を貫いた。

 「諸君の体はマザー・ミリアムのDNAを組み込まれたクローン体で、いくらでも替えがきく消耗品だ。魂はライフエナジーから再生され、オリジナルの記憶や意識を移植したものだ。だが次第に魂は劣化して記憶は混乱し、意思は欠落して、いつか人の心を失い、体も細胞が劣化して異形の魔物に変化してしまう。人間としての心を失い、ただ戦い続けるだけの生ける兵器となって、最後は新しいアポステルに魔物として処分され、回収されたプシュケはライフエナジーの供給源となる。今目の前にいるのは劣化した諸君の姿なのだよ。諸君もまたいつかこうして後任者に狩られる運命なのだ。全ては来るべきパリンジェネシスのため。ライフエナジーを供給し続けるにはアポステルが必要だからだ。」
ドクター・ヒューの言葉は端末から残酷にファーム内に響いた。

 カプリは
「今まで俺たちは何のために戦って来たんだ…。」
と落胆し、拳を繰り出せずにいる間に魔物の拳が腹に命中し、呻き声を上げた。

 アクアは
「つまり、あたしたちの記憶の全ては夢幻だったってことよね。」
と思わず短剣を投げる手を止めた瞬間、魔物の攻撃が額と首筋に赤い筋を残し、傷口にはうっすらと血が滲んだ。

 ピスケは
「きっと悪い夢を見ているだけ…そうだったら良いのに…。」
と目を閉じて流れる涙を手の甲で拭う間に魔物に脚を払われて転倒した。

「痛いよ…。」
「怖いよ…。」
「私たち、どうなっちゃうの?」
「あんな風に魔物になっちゃうの?」
「人間じゃなくなるってこと?」
「嫌だよ!魔物なんかになりたくない!」
「でも、今まで命を奪ってきた魔物だって皆元は人間かもしれないんだよ?」
「そして、殺したのは私たち…。」
「みんなのことも忘れちゃって、もう一人の自分と戦うだなんて!」
「人間としての誇りだけは忘れたくない!」
「本当に死んじゃうの?」
「死んだらどうなるのかな?」
「嫌だ!死にたくない!」
「もうだめかもしれない…。」
「誰か、助けて…。」
「諦めるな!」
「みんなで生きて帰ろう!」

 それぞれがぼろぼろになりながらも声を掛け合って戦い、ギリギリのところで何とか任務を完了した。
全員が歩くのもやっとの状態で、少しでも余力のある者が傷ついた仲間を支え、ドーム裏ゲートまで帰還した。
完全防護衣を身につけた保安部員が現れ、保持されたプシュケを開放しライフエナジーを生成するため武具を回収すると、その場でアポステル全員が密室に隔離された。

 「マザー・ミリアムの子供たち、アポステルの諸君。お疲れ様。最後の任務も無事完了したね。」
ドクター・ヒューが現れて言った。

 「戦闘中に全部思い出したよ。うちの夢の中に出てくるもう一人の子供、13人目のアポステルは、水色の髪に空色の瞳の男の子…そう、ドクター・ヒュー、あなただったって。」
エリーがドクター・ヒューを睨み付けて言った。
「そうだよ。エリー。幼い頃に諸君のオリジナルと一緒に遊んでいたのは私だ。」
そう言うとドクター・ヒューは束ねていた髪をほどいた。

 「かつて青い空と青い海と緑の植物に満ち溢れた美しい世界に人類は栄えていたが、環境汚染や気候変動で全人類の半数以上が失われ、絶滅する動植物の種が後をたたなかった。太古の地層から未知のウイルスが復活して謎の伝染病が蔓延し、多くの人命が失われ、又は魔物に変化した。環境破壊による遺伝子異常からミュータントが生まれ、ウイルス禍を免れた人類が暮らすこのドーム外界は人類の生存に不適合な世界となった。ウイルスと同じ地層から発見されたマザー・ミリアムと呼ばれる古代生物の遺伝子を組み込んだ受精卵から生まれた13人の選ばれし子供たちは外界での活動を可能にしウイルス耐性を持つと期待された。」

 ドクター・ヒューは悲しげに目を伏せた。
「だが13人のうち一人だけ不活性な者がいた。それが私だ。アポステルになれたのは諸君ら12人だけだったのだ。」
ドクター・ヒューは目を開けると、寂しそうな表情で続けた。
「幼い頃は兄弟姉妹のように育ったのに、17歳で互いの道は分かたれてしまったのだよ。ライフエナジーとは、プシュケとは、生物の魂そのものだ。エネルギーとして利用するだけではなく、魂そのものを再生できるなら、マザー・ミリアムのDNAを組み込んだアポステルのクローンを作り、再生した魂を入れることで、戦いに敗れて戦闘不能状態となっても、何度でも蘇生できる。永遠に戦い続けることのできる無敵の戦士と期待されたが、それは甘かった。再生された魂を移植したクローンは劣化したのだ。」

 ドクター・ヒューは笑おうとして失敗したように不器用に顔をひきつらせて続けた。
「オリジナルのアポステルは貴重なサンプルとして保存されることになり、彼らの時は17歳で止まったまま、私だけが歳を重ね続けている。クローン体に移植するために、ライフエナジーから再生された魂に彼らの記憶や意識をコピーして、アポステルは永遠の17歳を何度でも繰り返す。クローンにしろコピーにしろ繰り返せば次第に劣化が激しくなる。それでも肉体と魂の再生研究が成功し、パリンジェネシスをなし得るまでは、何度でも繰り返すしかない。誰かがやらねばならないことだが、今それができる者は諸君しか居ない。」
そう言うとドクター・ヒューは項垂れた。

 「うちらの十年間の記憶は偽物、十年前に初めてドクター・ヒューと出会ったのも、模擬戦闘訓練を頑張ったのも全部嘘、だったのよね。」
エリーがドクター・ヒューを睨み付けて言った。
「そうだよ。齟齬がないようにバックアップした記憶は部分的に修正を施している。それでも体で覚えた技や感覚は全て継承されていくから戦闘経験を積んできたことは強ち嘘という訳でもない。」
ドクター・ヒューは淡々と答えた。

 「私たちはこれからどうなりますの?」
ヴァルが尋ねた。
「入れ替わりにファームB送り、ってか?」
ジェイミーが吐き捨てるように言った。
「いや、今回はもうそれには及ばない。」
ドクター・ヒューは首を横に振った。
「細胞の劣化が進めば古代生物マザー・ミリアム由来の遺伝子情報が優勢となり、魔物に変化していくのだが、最早今の諸君は全員がほぼ戦闘不能状態に近い。蘇生しなければ魔物になるより先に命が尽きるだろう。」
と言うとドクター・ヒューは何かの装置を取り出した。

 「それは、廃墟に設置したライフエナジー収集装置?」
スピオが尋ねた。
「諸君が廃墟周辺で設置した装置と似てはいるが、これは少し違う。正確にはプシュケ回収装置ということになる。本来ならもう少し小型化して13人目のアポステルである私の武具にも組み込まれるはずだった。諸君の武具と同じにね。本当は特殊魔法等というものは存在しない。全て武具に組み込まれていたこの装置が作動しただけのことだ。」
ドクター・ヒューは最早彼らに対して嘘や隠し事は必要ないというように全てを包み隠さず話した。
「ライフエナジーは既に肉体を離れていた魂で、プシュケは瀕死の体内から強制的に抜き出した魂。あたしたちが完全に動けなくなったら、あたしたちの魂を回収するんでしょう?」
とアクアが尋ねた。
「ご名答。そして、この装置は標的(ターゲット)のプシュケが回収可能となったことを感知すると自動で起動する優れものだ。さすがに私が手動で諸君の魂を抜くことは耐えられそうにないからね。残された時間はそれほど長くはないだろうが、せめて最期の時を迎えるまで、兄弟姉妹水入らずで過ごせるようにという、私からの心遣いのつもりだ。」

 そう言うとドクター・ヒューは装置をその場に残して出口へと向かい、扉の手前で立ち止まって振り返った。
「残念ながら私は諸君とはここでお別れだ。私には次のアポステルを誕生させるという任務が待っている。また新しい諸君と出会うために、既に作戦開始前のメディカルチェックの時に新しく再生された魂に諸君の記憶と意識のバックアップは取ってあるからね。では、諸君。さらばだ。」
そう言ってドクター・ヒューが部屋を出ると、自動でロックがかかった。

 「偽物の体に作り物の魂を入れて、嘘の記憶を与えられてた俺たちは一体何者だったのかな?」
カプリがぼそっと呟いた。
「僕たちは何のために生まれて、何のために今まで戦って来たんだろう?」
キャンスが天井を仰ぎ見て言った。
「ただ戦って他の命を奪うためだけに生まれてきたなんて、冗談じゃないよな。」
とジェイミーがやけ気味に言った。

 「姿形は異形の魔物となり言葉や心を失った元同胞を、知らなかったとはいえ殺して来た罪の報いとでもいうのかしら?」
とスピオが悲しそうに言った。
「あたしたちは『パリンジェネシス』というドクター・ヒューの大義名分に利用されたけど、『パリンジェネシス』が正しいかどうかわからないし、あたしたちが決めることでもない。ただ、あたしたちのプシュケはライフエナジーとなって星に還るだけ。今まであたしたちが回収してきたプシュケ同様に、例えそれが同胞を養うために利用されるだけだとしても。」
とアクアが醒めた目をして言った。
「許されない罪などありません。自らの命を以て償うのですから。」
とヴァルが言った。

 「魂を抜かれたら死んじゃうんだよねぇ~?死んだらどうなっちゃうのかなぁ~?」
サジトが泣き笑いで言った。
「ちょっと怖いけど、みんなが一緒なら大丈夫。」
と強がってピスケが言った。
「良いじゃないですか。魔物になるよりはこのまま人の姿で、このまま自分の心で終われる方が。人間としての誇りを最期まで失わずに逝けるのですから。」
リブラが微笑んで言った。

 「でも、やっぱり死ぬのは怖いから嫌だ~!」
トーラが泣き出した。
「おいおい、俺たちはまだ生きてる。今にも死にそうだけど、まだ死んでない。泣いて死ぬより、最期まで笑っていたいじゃないか。何か楽しいことを考えよう。」
リオンがトーラの肩に大きな手を置いて言った。
「楽しいこと?」
トーラが泣き止んで言った。

 「そ~だよねぇ~。考えるだけならタダだよぉ~?ねえ、もしも昔みたいな平和で綺麗な世界に生まれ変われたら、みんなは何をやりたい?青い海に魚たちが群れをなして泳ぎ、青い空には鳥たちが列を組んで飛んで、緑の植物に覆われた大地を動物たちが駆け回り、ドームなんてなくても外界で深呼吸できて、たくさんの人類が文化を築き上げて栄えていた、そんな世界で。わたしはゆっくり世界一周旅行してみたいなぁ~。」
サジトが楽しそうに言った。
「ええと、とにかく生まれ変わってもみんなと一緒が良い!」
とピスケが言った。
「もう戦うのだけは嫌だな。」
とキャンスが言った。
「いろんなところへ行って、その土地の美味しいものをいっぱい食べたいな~。」
とトーラが言った。
「もっともっと学びたいから世界のいろんな図書館に行って紙に書かれた昔の本をたくさん読みたいです。」
ヴァルが言った。
「敵と戦わなくても己を磨くための鍛練は続けないとな。世界中の心技体の優れた相手と手合わせしてみたい。」
とカプリが言った。
「世界にはきっとまだあたしが知らないことがいっぱいあるだろうから、何でもいい、いろんなことをできるだけたくさん知りたい。」
とアクアが言った。
「俺はいろんな奴と出会って世界中にたくさん友達を作るぜ!」
とジェイミーが言った。
「美しいものに触れたいですね。風景でも、美術でも、音楽でも、きっと美しい世界には素晴らしい芸術がたくさんあるはずです。」
とリブラが言った。
「素敵な人と出会って、恋に落ちて、結婚して、幸せな家庭を持ちたいわ。」
とスピオが言った。
「そうだな、俺は夢が叶った皆の幸せそうな顔を見ていたい。生まれ変わってからも、いや、今だって。」
とリオンが言った。
12人は互いに寄り添い、手を取り合い、全員が幸せそうな笑みを浮かべて最期の時を迎えた。

 プシュケ回収装置が起動し、12人の体から次々と碧緑に輝く光が抜け出て、すうっと糸を引くように装置に吸い込まれ、魂を抜かれた肉体は小さな光の粒の集合体に変化し、やがて消えて行った。

 時を同じくして、ドクター・ヒューはブリーフィングルームに集められた12人の少年少女を前に任務の説明を始めた。
「マザー・ミリアムの子供たち、アポステルの諸君。これよりファースト・ミッションのブリーフィングを開始する。」

(おわり)


聖母の子供たち 1

2021-10-10 17:28:20 | 小説
§ファースト・ミッション§

 「ミッション・スタート~!いっくよ~!」
亜麻色の髪をツインテールにした少女が第一声を上げると、先頭を切って駆け出した。その両手に握られた双剣(ダガー)がきらりと輝く。
「エリー!危ないっ‼」
先頭の少女の背後に忍び寄る敵を、その小柄な体には似合わない巨大な槌鉾(メイス)で殴り倒すと、
「…もう大丈夫。」
と桃色の巻き髪の少女が微笑んだ。
「いつも真っ先に飛び出してばっかで…。トーラが間に合わなかったらやられてたぞ。いい加減懲りやがれ!」
ひゅん、と音を立てて鞭剣(ウィップ)を回しながら、ちょっと癖毛の赤色の髪の少年がエリーに言った。
その後ろから、外はねの栗色の髪の少年が、
「気をつけて…エリー。僕も君が心配だよ。」
と両手に持った大きな鋏(シザーズ)を胸元に引き寄せた。
「ジェイミーもキャンスもうるさい~。」
とダガーで敵と戦いながらエリーは文句を言ったが、
「まあまあ、言い方は真逆だけど~、二人ともエリーのこと心配なんだから~。」
時によろけたりしながらもメイスを振り回しているトーラが宥めた。
ジェイミーとキャンスもそれぞれの武器で敵と戦っているが、次々と押し寄せてくる敵に徐々に囲まれ始めた。
その時、後方から悲鳴に似た敵の叫び声が上がり、どさりどさりと倒れる音が聞こえる。
「俺が来たからには心配無用だ!俺に任せとけ!」
常人なら一振りでも、いや、持ち上げることさえ容易ではない程の巨大な大剣(ソード)を担いだ橙色の髪の少年が高笑いと共に現れた。長い前髪をオールバックにして、サイドとバックは刈り上げている大柄な少年は更にソードで、次々と敵を薙ぎ倒す。
「さっすが、リオン!すっご~い!」
トーラに褒められて気を良くしたのか、リオンは口角を上げて不敵な笑みを浮かべて見せた。
「皆さん、油断は禁物です。気を引き締めて行きましょう。」
真っ直ぐな長い黒髪を靡かせて、細い細剣(サーベル)を自在に操りながら、眼鏡をかけた細身の少女が言った。前髪はきちんとなでつけられて黒いヘアピンで一筋たりとも乱れないようにきちんと留められている。
「みんな、落ち着いて。それぞれで判断せず、連携して力を合わせよう。」
さらさら流れるストレートの金髪の少年が言った。端正な顔立ちを崩さないままで、狙いを定め大槍(スピア)で敵を突く。
「さっすが、ヴァルとリブラは落ち着いてるう~。」
トーラが褒めても、二人は淡々と任務をこなし続ける。
「きりがないわ。さっさと終わらせよう?」
紫色の髪をポニーテールにして、両サイドから一筋ずつ後れ毛を垂らした少女が敵に向かって大鎌(サイス)を振り下ろした。口調が冷静なせいか、他の仲間たちより少し大人びて見える。
「楽勝、楽勝~‼」
緑色の髪を二つのお団子に纏めて首筋の両側に後れ毛を一筋ずつ垂らした少女は洋弓(クロスボウ)をバンバン打ちまくっていった。
「スピオかっこいい~!サジトも別の意味でかっこいいよぉ~!」
トーラが悪乗りすると、
「お喋りは良いから、任務に集中しようぜ!」
と、朽葉色の短髪の真面目そうな少年が拳(ナックル)で次々と敵を殴り倒して言った。
「二手に分かれて、一方が逆方向に回り込んで退路を断ち、挟み撃ちにしよう。あたしが支援するから誰か行って!」
ぶん、ぶん、と空中を切り裂くように短剣(くない)を投げながら灰色の髪をアップスタイルに纏めた少女が駆けて来た。
「カプリ厳しい~。アクア、ナイスアイディア!」
トーラがそう言うと、仲間たちも頷き、それぞれが連携に向けて移動し始めた。
「みんなっ!がんばろっ‼」
茶色の髪を肩上で切りそろえ、耳から上の髪を後ろで一つに束ねた少女が微笑みながら手にした杖(ロッド)を持った手を突き上げた。
「ピスケも!行こう!]
 仲間たちの声に向かってピスケは駆け出した。
それが彼らにとっての『ファースト・ミッション』だった。

 「『使徒(アポステル)』全員に告ぐ。ミッション終了。お疲れ様。」
全ての敵が戦闘不能状態になると、全員の通信用携帯端末から、落ち着いた男性の声がした。
「『希(プシュケ)』を回収(ドロー)したら、帰還してくれ。」
「了解しました。ドクター・ヒュー。」
代表してヴァルが返信した。
「ご苦労だった。皆、よくやったな。戻ってゆっくり休むと良い。」
ドクターからの労いの言葉に笑みが零れた。
「ありがとうございます。」
仲間たちがそれぞれが戦闘不能となった敵に向けて『特殊魔法』を唱えると、碧緑に輝く光がそれぞれの武具に吸い込まれた。『プシュケ』即ち『魂』を吸い取られた魔物(モンスター)の体は消えてしまった。
全ての「敵だったもの」が消滅し、12人の少年少女たちは帰還した。

 §『10年前』§

 時は約10年前に遡る 。
「初めまして。マザー・ミリアムの子供たち、アポステルの諸君。私はオフィウクス博士。呼びにくいだろうから、ドクター・ヒューと呼んでくれて構わない。世界を救うために選ばれ、魔物と戦い、プシュケを回収する使命を帯びた君たち12人のアポステルを支援するのが私の役目だ。」
白衣を着た長身の青年は真っ直ぐな水色の長い髪を一つに束ね、眼鏡の奥の空色の瞳で静かに12人の『選ばれし子供たち』を見つめて言った。
「世界は今この瞬間にも常に危機に瀕している。我々の生活しているこのドームの外から無数の魔物が我々を狙っている。魔物は戦闘不能状態になっても、魂さえ残っていれば何度でも復活する。それ故に我々は魔物が復活しないように魂を抜く必要がある。魔物にとって我々は自らの生命を脅かす敵であり、種の存亡をかけた戦いなのだ。だが、魔物と戦うことは容易ではない。魔物と戦うことが出来るのは『アポステル(使徒)』と呼ばれる戦士、即ち君たちだけだからだ。アポステル以外の人間はドームの外の環境には適応できないし、特殊魔法によって魂を抜くこともできない。マザー・ミリアムの子供たちである君たち12人の使徒の両肩に世界の存亡がかかっている。心して任務についてほしい。」
物心ついたばかりの12人の子供たちにはまだドクター・ヒューの言葉は難しかったが、それから『10年間』の訓練を経て、彼らアポステルは初めての実戦に出動することになった。

§ブリーフィング・オブ・ファースト・ミッション§

  ファースト・ミッション開始前、ブリーフィングルームに集められたアポステルを前にしてドクター・ヒューが言った。
「マザー・ミリアムの子供たち、アポステルの諸君。本日ファースト・ミッション出動が決まった。」

  「いよいよ実戦デビューかぁ!やったね~。」
エリーがわくわくする気持ちを抑えきれない、という面持ちで言った。
「エリー、やる気まんまんだね~。ま、いつものことだけど~。」
トーラが苦笑しながら言った。
「おいおい、模擬戦闘訓練(シミュレーション)の時みたいに気負い過ぎてまた先走んなよ?」
とエリーの言葉に眉を顰めたジェイミーが、隣に居るキャンスの異変に気づいた。
「お?キャンス、どうした?怯えてんのか?」
「模擬戦闘訓練はしてきたけど、実戦となったらやはりうまく行くのか心配だよ…。」
キャンスは少し青ざめて小刻みに震えていた。
そんなキャンスの肩をぽん、と叩いて、
「もっと自分に自信を持てよ!」
とリオンが言った。
ヴァルは右手で眼鏡のフレームを直しながら、
「そのための模擬戦闘訓練でしょう?訓練通りにきちんとやれば大丈夫です。」
と言った。
「むやみに怖れる必要もないけど、初めての実戦で不安になる気持ちもよくわかるよ。」
とリブラが穏やかに言った。
「何事も実際にやってみなければわからないんじゃない?」
とスピオが静かに言った。
「きっと大丈夫だってぇ。何とかなるよぉ。てか、絶対に何とかしちゃうしぃ。」
天真爛漫な笑顔でサジトが言った。
「努力は決して裏切らない。」
カプリがぐっと拳を握りしめて力強く言った。
「とにかくミッションの説明を聞こう?『できるかできないか』じゃなくて『やるしかない』んだから。」
アクアがドクター・ヒューの方に視線を向けて言った。
「そうだねっ!みんなで力を合わせてがんばろっ!」
とピスケが小首を傾げ、両手をぐっと握りしめ、微笑んで言った。

 「では、ブリーフィングを始めよう。」
ドクター・ヒューが声をかけると、アポステルは全員彼に注目し、ドクター・ヒューは少し緊張した表情で説明を始めた。
「本日ヒトフタマルマル、ドーム正面ゲートに集合、同ゲートより外界に赴き、ドーム周辺地域に出没している魔物(モンスター)を索敵し戦闘開始。全標的(ターゲット)を戦闘不能状態に至らしめたら、特殊魔法によりプシュケを回収する。今まで模擬戦闘訓練でやってきたことと同様だが、今回は実戦なので、当然ながら何事が起こるかわからない。全員で協力し、臨機応変に判断し、ミッションをクリアするように。また、戦闘不能となった者でもメディカルセンターまで連れて戻れば蘇生・回復は可能だが、万が一全員が戦闘不能状態となった場合は救護が間に合わない可能性もある。危機的状況に陥れば任務を放棄して撤退しなければならなくなることもあるかもしれない。自分自身と仲間の身を守りつつ、任務遂行をはかるように。」
「了解しました!」
アポステルは全員声を揃えて答えた。
「結構。では作戦開始までは自由行動とする。遅れるなよ。」
ドクター・ヒューは表情を緩めて声をかけた。
「了解!」
アポステルが声を揃えて返答すると、ドクター・ヒューは微笑んで、それに応えるように右手を上げ、ブリーフィングルームを後にした。

§ブリーフィング・オブ・セカンド・ミッション§

 「アポステル諸君、ブリーフィングルームに集合したまえ。」
ファースト・ミッションから数日後、通信用携帯端末を通じてドクター・ヒューからの召集を受け、12人のアポステルがブリーフィングルームに着席して待機していた。
ドクター・ヒューが到着すると、一斉に起立し、一礼すると、ドクター・ヒューの合図で着席した。
「マザー・ミリアムの子供たち、アポステルの諸君。これよりセカンド・ミッションのブリーフィングを行う。」
ドクター・ヒューの言葉にアポステル全員が集中した。

 「諸君も承知していると思うが、ドーム正面ゲートより北東の方向に『絶望の谷』と呼ばれる廃墟が存在しており、大量のライフエナジーが滞留している。ライフエナジーは我々の生活には必要不可欠な資源であり、その確保は極めて重要な任務である。しかしながら、当該地域にはドーム周辺地域とは別種の魔物が出没して大変危険でもあるし、アポステル以外の者はドーム外界環境に不適応なため、ライフエナジー収集作業従事者を派遣することは極めて困難である。依って今回の諸君たちの任務は魔物を排除し、遠隔操作により無人で稼働するライフエナジー収集装置の設置を可能にすることである。当然ながら、前回同様に魔物を戦闘不能状態に至らしめたら、復活しないようにプシュケ回収を行う。何か質問はあるか?」
ドクター・ヒューがアポステル全員の反応を確かめるようにぐるりと見回した。

 「ドクター・ヒュー、別種の魔物と仰いましたが、それは前回の敵とどのように違うのでしょうか?」
アクアが挙手して質問した。
「それはなかなか難しい質問だね。強いて言えば、『亡霊』のようなものと『怪物』のようなもの、とでも言っておこうかな?」
ドクター・ヒューが苦笑しながら答えると、
「科学者らしからぬお答えですけれど?」
と生真面目にヴァルが言った。
「前者は悪意がなくて、後者は悪意がある、みたいなことでしょうか?」
とリブラがドクター・ヒューに助け船を出した。
「結局、どういうことなのさ?今度の敵の方が強いってことなのか?」
ジェイミーが言うと、
「そんな恐ろしいこと言わないでよ…。」
とキャンスが身震いした。
「別に今度の敵が前の敵よりも強いとしてもそれが何だ?俺たちの方が更にその敵より強ければ良いだけのことだろう。」
リオンが語気を強めて言った。
「そうとも。常に鍛練を怠るな。」
と腕組みをしてカプリが頷いた。
「だいじょ~ぶ。行ける、行けるぅ~!」
サジトは拳を突き上げてぶんぶん振り回して言った。
「今ここでいろいろ考えても仕方なくない?戦ってみたらすぐわかることでしょ?」
スピオが言った。
「そ~そ~。さっすがスピオ良いこと言う~。」
とトーラが笑った。
「うちらは戦って魔物のプシュケを回収するだけで良いの?」
とエリーが質問した。
「諸君のピックアップ前にライフエナジー収集装置の設置作業も行ってもらうことになるが、それは敵襲さえなければ雑作もないことだ。」
ドクター・ヒューが答えた。
「みんなで一緒に戦って、勝って、無事に帰ろうねっ!」
ピスケが言うと皆が、
「おう。」
「うん。」
「ええ。」
「そうだね。」
等と口々に答えた。

 「では、明日ヒトマルサンマル正面ゲートに集合、輸送車両内にて詳細な作戦説明を行い、『絶望の谷』地域到着後は四人グループ三組に別れて作戦行動開始。グループ構成は『チーム・M』:エリー、トーラ、ジェイミー、キャンス。『チーム・C』:リオン、ヴァル、リブラ、スピオ。『チーム・Y』:サジト、カプリ、アクア、ピスケ。全標的魔物戦闘不能状態、プシュケ回収完了を以て作戦終了とする。任務終了後はピックアップポイントにて合流、ライフエナジー収集装置の設置作業を行い、起動確認後輸送車両にて帰還する。前回同様、負傷者が出てもメディカルセンターまで帰還すれば治療・蘇生は可能だが、全員が戦闘不能状態となった場合は救護できない可能性があるので、作戦放棄・撤退やむ無しの状況になりかねない。互いに協力し、身を守りつつ任務を遂行してほしい。」
ドクター・ヒューの言葉にアポステル全員が声を揃えて、
「了解しました!」
と答えた。
「よろしい。では、作戦開始まで自由行動とする。作戦行動時のグループ別にしっかりと準備をしてから今夜はゆっくり休んで明日に備えてくれ。」
ドクター・ヒューはそう言うとブリーフィングルームを後にした。

§セカンド・ミッション§

  作戦当日、定刻にアポステル全員が集合し、グループ別に整列して正面ゲート前から輸送車両に乗り込んだ。輸送車両は遠隔操作による自動運転で目的地である『絶望の谷』へ向かった。車両内にはモニターがあり、ドクター・ヒューから作戦行動について詳細な説明があった。

 『絶望の谷』の南側にあるピックアップポイントにベースを設置、目的地周辺東側の地点Pでチーム・Mが下車、同じく北側の地点Qでチーム・Cが下車、更に西側の地点Rでチーム・Yが下車した後、車両は一旦帰還。各チームは索敵しながら目的地で魔物と戦闘、プシュケを回収しつつベースを目指す。作戦終了後、各チームは合流し、ベースにて待機、輸送車両が運搬するライフエナジー収集装置を設置完了後、輸送車両にて帰還する。

 地点Pにチーム・Mが到着し、輸送車両は残りのチーム・Cとチーム・Yのメンバーを乗せたまま発車した。
「ここが『絶望の谷』…。」
震える声でキャンスが呟いた。
「何だよ。全っ然怖かねぇよ。ただの廃墟じゃねぇか。」
というジェイミーも緊張しているのか少し声を上ずらせた。
「何か緑色の靄が立ち込めてるみたいでちょっと綺麗だね~。あれがライフエナジーなんだよね~?」
トーラが無邪気に微笑んで言った。
「行っくよ~!うちらが一番先にベースに戻るんだから!」
そう言うと両手にダガーを握りしめたエリーは廃墟に向かって駆け出した。

 地点Qにチーム・Cが到着し、輸送車両はチーム・Yを乗せたまま発車した。
「行きましょう。もうチーム・Mは出発しているはずです。」
とヴァルが言うと、
「何だか空気が重く感じない?」
とスピオが言った。
「魔物の放つ殺気なのか、ライフエナジーの密度の影響なのか、どちらにしろ何だか息苦しいですね。」
とリブラが眉を顰めた。
「そんなものに負ける俺たちじゃないだろう?少なくとも俺は負けやしない!」
リオンがソードを構えて先頭に立ち、廃墟に向かって歩を進めた。

 地点Rにチーム・Yが到着し、輸送車両は空のまま発車し、ドームへの帰路についた。
「何だか不気味ぃ~。嫌な予感がするよぉ~。」サジトがぶるっと身震いして言った。
「何だ?怖じ気づいたのか?」
とカプリが眉間に皺を寄せて言った。
「もう既にチーム・Mとチーム・Cは動き出してるはずなのに、静か過ぎる。魔物はこちらの様子を伺っているのかもしれない。前回の雑魚敵と違って曲者かもしれないから注意した方が良いね。」
アクアが冷静に状況を分析して言った。
「きっと他のチームのみんなも頑張ってるよね?みんな無事でベースに戻って来れるよね?」
ピスケがそう言うと、
「俺たちも行くぞ!警戒を怠るな。」
とカプリが声をかけた。

 各チームが慎重に廃墟の中を索敵していると、物陰から魔物が不意をついて襲って来た。
ドーム周辺で戦った魔物たちは敵であるアポステルを発見すると本能的に襲って来るようであったが、この廃墟に潜む魔物は、不意討ちや挟み撃ち、罠を仕掛ける等、ある程度の知能を有しているようであった。それだけに手強く、時に苦戦を強いられる場面もあった。
「何だよっ!くそっ!」
「なかなかやるなっ!」
「つ、強い…。」
「こんなはずじゃ…。」
アポステルの口から思わず言葉が零れ出ると、
『ヤラレテタマルカ!』
『シニタクナイ!』
『マケナイゾ!』
魔物の口から出る咆哮もそんな言葉に聞こえた気がした。
(もしかして魔物にも心があるのか?)
アポステルたちの心にそんな疑念が湧いて来た。姿形は異形の魔物であっても、人間と同じような心を持っているのかも知れない。同じように生き残りたいと願って戦っているのかも知れない。そう思うと心が苦しいけれど、戦わなければ、自分たちが死ぬ。アポステルの敗北は人類の滅亡に繋がると言っても強ち大袈裟ではない。アポステルがいなければ誰が魔物から同胞を守るのか。アポステルはその両肩に人類の未来を担っているのだ。

 正に死闘と行っても良い苦しい戦いを繰り広げ、数名の戦闘不能者を出したものの、辛勝し魔物を殲滅したアポステルはそのプシュケを全て回収した。回収(ドロー)されたプシュケはアポステルの武具に一時貯蔵(ストック)され、帰還後再び解放するとライフエナジーに変換され、エネルギーとして利用されることになる。

 全員がベースに帰還し、ドクター・ヒューに報告すると、ライフエナジー収集装置を乗せた輸送車両がやって来て、戦闘不能者以外で装置の設置作業を行い、起動成功を見届けてから、輸送車両に乗ってドームに帰還した。
戦闘不能者の蘇生と負傷者の治療回復のためアポステル全員がメディカルセンターに収容された。

§デジャヴ~ステップ・トゥ・ネクスト・ステージ §

 「マザー・ミリアムの子供たち、アポステルの諸君、お疲れ様。今回も見事にミッションをクリアしたね。」
ドクター・ヒューはブリーフィングルームに集まったアポステルに労いの言葉をかけた。
「今回はかなり苦戦したようで、戦闘不能状態に陥った者もいたが蘇生できて、全員無事治療回復できた。次のミッションまでゆっくり休んでくれ。」
その言葉通り、仮死状態だった戦闘不能者は蘇生し、負傷者たちも傷痕一つ残さず完全に回復していた。

 「ドクター・ヒュー、質問があるのですが?」
リブラが挙手して言った。
「何かな?」
ドクター・ヒューは質問を許可した。
「前回ドーム周辺で戦った魔物たちは本能的に襲って来たようなのに、今回の敵は知能や心があるように感じられたのですが?」
リブラが立ち上がってそう訊くと、ドクター・ヒューはふっと笑った。
「そう感じたのかい?…そうだね。出撃前のブリーフィングで僕が言った文言を覚えているかな?『亡霊と怪物』という例えを。」
「あ…。」
アクアが、思い出した、というように声を漏らした。
『別種の魔物がいる』と言われて、『どう違うのか』と質問した時に確かにドクター・ヒューはそんなことを言っていた。
「明確な意思のようなものがあるかないか、ということだったんですよね?」
アクアが言うと、
「例えがわかりにくかったかも知れないが、まあ、そんなところかな?」
とドクター・ヒューは苦笑した。

 「うちからも質問~。」
エリーが手を挙げた。
「どうぞ。」
ドクター・ヒューが応えると、エリーは、
「うちの気のせいかも知れないんだけど、今回の魔物みたいなやつと前にも戦ったことがあるような気がして…。勿論初めてなはずなのはわかってるんだけど、何かこう、夢の中で、とか、戦闘訓練でやった、とかじゃなくて、その、うまく言えないんだけど、現実で前にも同じようなことがあったみたいな…初戦の時もそうだったんだけど、何か前にもあったことのような、初めてじゃないような気がしたんだけど…。」
と、珍しくもじもじして歯切れの悪い口調で言った。

 「それはデジャヴ(既視感)じゃあないかなあ?」
とジェイミーが割り込んだ。
「ああ、そうかも知れないね。いくら戦闘訓練を積んだとは言っても、実戦となると、命懸けだからね。言ってみれば極限状態だ。脳が誤作動したとしても仕方ない。ジェイミーの言うように、デジャヴだったのだろう。」
ドクター・ヒューはエリーを労るように慈愛に満ちた表情で言った。
「そ、そう、なの…かな?」
照れ臭そうに頬を赤らめてエリーは着席したが、少しまだ腑に落ちない様子だった。
「他に質問がなければ、これでお開きにしようか。…では、解散。」
ドクター・ヒューはそう言ってブリーフィングルームを出た途端厳しい表情になった。
(そろそろ次のステージへ進めなければならなくなったようだ…。)

 今後もずっと『絶望の谷』のような廃墟に赴き、その周辺に出没する魔物を退治してライフエナジー収集装置を設置し、廃墟以外の地域の魔物を狩ってプシュケを回収し続けるのがアポステルとしての主な任務だろうと彼らは考えていたが、更にその先の自分たちの身に何が起こるのかについて、その時の彼らはまだ何も知らなかった。

§ブリーフィング・オブ・スペシャル・ミッション§

 「アポステル諸君、ブリーフィングルームに集合せよ。」
ドクター・ヒューからの指令を受けて、アポステル全員が集合した。
「マザー・ミリアムの子供たち、アポステル諸君、これより新しいミッションのブリーフィングを行う。」
ドクター・ヒューが少し緊張した面持ちで言った。
「諸君は今まで数々の困難なミッションを成功させて来た。今回の敵は、今まで以上に強く、厄介な敵になるかも知れないから、心して任務に当たって欲しい。」
アポステルたちはドクター・ヒューの表情や声音から、従来とは違う特別なミッションであることを感じ取った。
 「今まで諸君には伝えて来なかったことだが、ドームの裏ゲートの先にファームA・ファームBと呼ばれる区画が二つある。今回の敵はファームAに収容されている魔物であり、それらの殲滅とプシュケの回収が諸君の任務である。」

 「ドクター・ヒュー、質問があります。」
とリブラが挙手した。
「許可しよう。」
とドクター・ヒューが言うとリブラは立ち上がって、
「ありがとうございます。ドクター・ヒュー、今回の魔物はドーム周辺等の魔物、或いは廃墟の魔物のどちらかと同様の魔物でしょうか?それともまた違うタイプの魔物なのでしょうか?」
と尋ねた。
アポステルたちは一斉に注目し、固唾を飲んでドクターの返答を待った。
「正確にいうとどちらでもない。ある意味前者に近いかも知れないが、別の意味で後者にも近い。だが、それらの中間という意味でもない。強いて例えるなら、以前の『亡霊』と『怪物』に対して、『悪魔』のようなものとでもいうところか。」
ドクター・ヒューは慎重に言葉を選んで答えたようだが、あまりにとらえどころがなかった。
「はぁ?全っ然意味わかんねぇ。」
ジェイミーが吐き捨てるように言った。
「それは今までとは根本的に戦い方を変えなければいけないかも知れないということなのですか?」
とヴァルが尋ねた。
「その可能性は否定できない。」
とドクター・ヒューが言うと、
「一筋縄では行かない相手だということでしょう。今まで以上にに危険な任務になるという意味で。」
と、アクアが引き継いだ。
 「ファームAに収容されている魔物は非常に危険であり、諸君らにしかできない任務ではあるが、困難な任務であることもまた事実だ。今まで以上に負傷者や戦闘不能者が増える可能性が高い。もしも全員が戦闘不能状態になれば、いつものように蘇生できなくなるかも知れない。もし全滅が危惧される状況となれば、作戦放棄も視野に入れざるを得ない。人類の未来のためにアポステルを失うことだけは絶対に避けなければ。」
ドクター・ヒューは厳しい表情で言った。
 「それでも…うちらがやるしかないんでしょ?」
とエリーが顔を上げた。
「う~ん、そうだよね~。」
トーラが敢えて笑顔を作って言った。
「死ぬのは怖いけど、ドームに戻れば蘇生できるのなら…。」
とキャンスが言った。
「戻れるさ。俺がお前を連れ戻す!」
リオンがキャンスの肩を叩いた。
「やり遂げましょうよ。私たちは戦うための存在なのだから。」
スピオが力強く言った。
「大丈夫~!きっと何とかなるからぁ~。ていうか、みんなで何とかしちゃおうよぉ~!」
とサジトが言った。
「俺たちはどんどん強くなってる。ずっと精進して来た成果を出し尽くそう!」
カプリは拳を握りしめて言った。
「みんなが一緒なら、頑張れる~!」
ピスケが言うと、皆が頷いた。
ドクター・ヒューも頷いて言った。
「では、諸君。作戦開始は明朝マルロクマルマル、ドーム裏ゲート前に集合。それまでは各自自由行動とする。解散。」
「了解!」
と全員が答え、ドクター・ヒューは硬い表情でブリーフィングルームを後にした。
(いよいよ次の段階へと駒を進めねばなるまい…。)

§スペシャル・ミッション@ファームA§

 作戦当日の朝、アポステルはドーム裏ゲート前に集合していた。
ゲートからファームまでは通常魔物のドームへの侵入を防ぐため厳重なセキュリティ対策を施した何重もの防壁があり、作戦開始後の短時間のみ遠隔操作で開放されるのだが、作戦終了(もしくは中止)の決定があるまで、ドーム内への帰路は完全に断たれることになる。作戦中止の場合は非常用の脱出装置を作動させてファームを閉鎖することになるが、遠隔操作で防壁を開放して退路を確保するには少々時間がかかるため、万が一作戦放棄の判断が遅れた場合アポステル全滅の可能性もある。戦況の判断が何よりも重要とされ、今日初めて相対する敵を分析しながら戦わなければならない難しい任務と言えた。

 「諸君、準備は良いね?では防壁開放のカウントダウンに入る。」
モニターから聞こえるドクター・ヒューの合図で、アポステルの12人はドームの裏ゲートを出た。
いくつもの防壁が彼らの前で開き、彼らが通り過ぎると閉まる。もう後戻りは出来ないという無言の圧力がひしひしと伝わってくる。
生き残って帰るしかない。傷つき倒れた仲間を連れてでも、この道を戻る以外にないのだ。アポステルの敗北は人類の存亡に関わる。
全員が覚悟を決めて最後の防壁を背にファームAの前に立った。ファームAの外ロックを解除し、中に入ったら再び自動的にロックがかかる。
内ロックを解除したら、もうそこは敵の魔物の巣窟なのである。

 いよいよ内ロックを解除し全員がファームAの区画内に入ると、再び自動的にロックがかけられた。
奥の方から一斉に夥しい数の魔物が襲いかかって来て、戦闘の火蓋が切って落とされた。
異形の魔物たちは戦闘力も今までの敵よりもかなり高いと思われたが、本能的に襲って来た周辺の魔物とも違い、生き延びたいという意思や知能を持っているように思えた廃墟の魔物とも違い、ファームAの魔物たちからは憎しみや呪いに似た、負の感情が発せられているようで、アポステルにとっては精神的にも辛い戦いになった。

 しかし魔物たちに攻められて窮地に陥ると、アポステルたちは今まで知らなかった不思議な力が自らの奥底から湧き上がって来るかのように、自然と戦闘力も増して、何故か突然に新たな技や戦い方ができるようになり、また、防御力が上がって負傷しダメージを受けても耐えることができた。精神的な苦痛ですら次第に薄れ、純粋に戦うことしか考えられない、いや、既に考えていると言うよりも、もう生ける兵器のように意識の全てが戦いで占められて、さながら12体の魔物と化したかのようにすら感じられた。
壮絶な戦闘の末、半数が戦闘不能に近い状態で、残り半数も相当のダメージは受けたものの、任務は終了した。

 ドクター・ヒューは腕組みをし眉根を寄せてモニターで戦況を見守っていたが、携帯端末で戦闘終了の報告を聞くと、
「お疲れ様。ゲートを解放する。ドームに戻ったら全員メディカルセンターに集合してくれ。」
と指示を出した。

 「マザー・ミリアムの子供たち、アポステルの諸君、お疲れ様。今回はかなりハードなミッションだったと思うが、全員帰還できて良かった。」
ドクター・ヒューからの労いの言葉を聞いて、ブリーフィングルームに集まったアポステルたちはふっと表情を緩めた。

 「ドクター・ヒュー、うちら、何かおかしくなってなかった?変な病気じゃないよね?ホントに大丈夫なの?」
突然エリーが立ち上がって言った。
「どうしたのかね?どこか具合が悪いのかな?蘇生と治療回復後のメディカルチェックでは全員問題なかったようだが。」
ドクター・ヒューが言うと、エリーはぶんぶんと首を横に振った。
「じゃなくて!戦闘中、何か変だったの!自分が自分じゃないみたいな。それって多分うちだけじゃないと思う。」
「あ~、そ~言えば、何かそんな気がした~。」
トーラが同意した。
「しかも!また、デジャヴみたいなの、あったの!」
エリーは更に続けた。
「僕も感じました。厳密に皆が同じかはわかりませんが、いつもと違う、何らかの違和感は感じていたんじゃないでしょうか。」
リブラが言った。
「そうですね。最初は魔物から憎しみや呪いのような負の感情が感じられて、戦うのが少し辛かったのですが。」
とヴァルが引き継いだ。
「急に自分たちが強くなれたと思ったら、途中から自分が人間じゃなくなって、魔物になってしまったような奇妙な感じがしたのはあたしだけではなかったと思うけど?」
とアクアが続け、皆がその言葉に頷いた。
「なるほどね。」
ドクター・ヒューは眼鏡を外し、ポケットからクロスを取り出してレンズを拭った。
それは次の言葉の前に一呼吸置こうとしている仕草に思えた。

 (時が満ちたようだ。諸君たちに残された時間はまもなく尽きるだろう。)
ドクター・ヒューは心に浮かんだその言葉を飲み込んで、別の言葉を吐いた。
「『成長痛』のようなもの、と言ったら良いだろうか。諸君が『一皮剥けた』ということではないかな。」
ドクター・ヒューの視線はアポステルの方に向けられているようで、その焦点はそこに結ばれておらず、彼の言葉が嘘やごまかしであることに彼らは気づいていたが、それを指摘することは何故だか憚られる気がした。
「近々、次のミッションの予定だ。かなり厳しい任務ではあるが、今の君たちならきっと遂行できるだろう。」
そう言うとドクター・ヒューはブリーフィングルームを後にした。

(つづく)