きつねの戯言

銀狐です。不定期で趣味の小説・楽描きイラストなど描いています。日常垢「次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活」ではエッセイも。

A bunch of fives 五人は仲間 ーカテーナ・ヒストリア外伝ー第1部

2024-01-08 22:28:50 | 小説
序章 回顧録
 ロイテンドルフ共和国国立図書館の一角にある古文書の棚の片隅にひっそりと納められた一際旧い一冊。古代種(グリュンデル)の血脈が絶滅に瀕して久しく、古代文字で書き記されたその本の内容を解読出来た者は今まで存在しなかった。細々と受け継がれて来た、古代種の血脈を継承する、数少ない一人でもある、若き古代史研究者ベアトリクスが初めて解読に成功したその本は、霊獣大戦の時代を生き抜いた最後の純粋な古代種ソフィアによって記された回顧録であったらしい。そこには霊獣大戦以前に彼女が出会った五属性の民からなる若き召喚師(ヴェシュベラ)たちとの思い出などが綴られていた。

 『霊獣大戦が勃発するより約20年ほど前、当時はまだ各国は、少なくとも表面上は、平和に暮らしていた。五属性の民は皆魔術師(マギア)で、非術師(マギナ)として生まれた無の民(ニヒツロイテ)は奴隷として魔術師に使役されていた。そんな中でも、数としては僅かばかりの光の民(リヒトロイテ)(訳者注:後の古代種)だけは、使用人であっても、無の民も他属性の民と同様に分け隔てなく接し、家畜や奴隷のような扱いはしなかった。魔法が使えるか否かは単なる個性の違いのみであり、本来はどの民も同様に尊ぶべきであると考えていた。それ故わたしの両親は使用人の子ザイオンと兄妹のように育ててくれたが、表向きはあくまでもザイオンはわたしの従者であるかのように装わざるを得なかった。というのも、わたしの両親は、光の神アルブに使える神官(プリスタ)と巫女(メティア)であり、五属性それぞれの召喚師を目指す若者が、神の僕・精霊(ガイスト)の化身たる霊獣(スピリティア)を召喚するための最後の試練を見届け、一人前の召喚師として認定する役割を担っていたからである。各地から集められた被験者たちは、神殿の近くの屋敷を宿舎とし、試練の期間を共に過ごすことになっていた。霊獣大戦前の最後の被験者となった五人の男女のことは今も鮮明に記憶している。わたしとザイオンが彼らと共に過ごした長いようで短い滞在期間の思い出は、かけがえのない宝物であると同時に、思い出す度に「あの大戦さえなければ」と今も口惜しい思いで歯噛みするものでもある。』
(『霊獣大戦前後の回顧録』著:最後の光の民純血種ソフィア/訳:古代史研究者ベアトリクス)

§地の章:ミハイル§

 
 玄武(げんぶ)の国は『霊峰タイタン』を筆頭に険しい岩山が国土の大半を占め、雪と氷に覆われた極寒の北国である。霊峰タイタンの地下深くの溶岩から発生する地熱エネルギーを利用してはいたが、極寒の地に育つ作物の種類や収穫量は少なく、霊峰タイタンの恵みで透明度の高い氷や清浄な天然水、湧き出る鉱泉水などの資源の対価として他国から食物を入手する交易に依存せざるを得ず、地の民(ボーデンロイテ)の生活は決して豊かとは言えなかった。その中でも一握りの上級魔術師や召喚師だけが富を寡占し、何不自由ない生活を約束されていた。有事に生命(いのち)を賭けるのは全ての魔術師が同じである筈なのに、強大魔法や召喚魔法が使えるというだけで、飢えや寒さから免れることが出来るという歪な社会構造であったが、誰一人その矛盾に対して異を唱えることが出来ないよう、一般の民は厳しく監視され、取り締まられていた。うっかり不平不満を漏らしたことを知られたら、密告により報酬を得られることを期待する隣人が嬉々として公安兵に直訴し、瞬く間に抹消されてしまう。その中にあって、貧しい庶民の子として生まれたミハイルは、物心ついた時から
(こんな貧乏暮しで一生を終わるなんて真っ平御免だ。俺はいつか召喚師になって暖かい広い家に住んで美味い飯をたらふく食える生活がしたいんだ。そのためならどんなに厳しい修行だって耐えてみせる。俺たちを見下して、ふんぞり返っている金持ちどもをいつか絶対見返してやる。)
と心に決めていた。

§風の章:カシム§

 白虎(びゃっこ)の国は国土の大半を広大な砂漠が占め、完全に止むことのない風が絶えず吹き続け、時に激しい砂嵐で往来もままならないことすらあった。風の民(ヴィントロイテ)は砂漠に点在する緑地に集落を作って暮らしていたが、カシムが幼い頃、行商人だった両親は砂漠の真ん中で砂嵐に巻き込まれ帰らぬ人となった。カシムのような身の上の孤児は珍しくもなく、首都の孤児院に集められて暮らすしかなかった。大きな風車を作って、砂漠の風を利用した風力エネルギーを得ることは出来たが、緑地以外に水分を保持できるような土壌はなく、よって乾燥した砂地でも生育可能な作物は限られ、砂漠の砂の中から僅かに採れる鉱物や金属を集めることで、他国との交易により食物を入手するしかなかった。風の民の生活は常に困窮しており、家族を養うのが精一杯の民が、孤児に手を差し伸べることなど有り得ないので、国が最小限の援助をすることでやっと孤児たちは命を繋いでいた。成長すればいつか孤児院を離れざるを得ない時が来るが、何らかの仕事にありついて自分の食い扶持だけは何とか賄えるようになるものは寧ろ稀であり、彼らの未来は路上の物乞いか、危険な砂漠で行商人などを襲う野盗か、最悪餓死することになるかも知れなかった。そんな中でカシムは考えた。
(何とかして独りで生きる術を身につけなければならない。幸いにも魔法の才能に関しては少々自信がある。最も安定した生活が保証される召喚師を目指そう。手に職を付けなければ生きて行けないこの国で、オレがなれそうなものといったらそれしかない。どんなに修行が大変でも、何も出来ずに死ぬことに比べたら、遥かにましだ。死なずに済むなら何だってできるし、やってやる。)

§火の章:メリッサ§

 朱雀(すざく)の国は湿地帯に覆われ、土地は肥沃で、高温多湿な土地柄に適する作物なら幾らでも採れた。野生の果物などもたわわに実り、毒さえなければ幾らでも収穫して食卓に供することが出来た。そして、魔法による強大な火力をエネルギーとして利用できるため、比較的豊かな国であった。ただ、天空の底が抜けたかと思われるような集中豪雨が突然始まったかと思えば暫くして止むという不順な天候が毎日のように続くこともあった。そんな地に暮らしていたのが火の民(フオイアロイテ)である。
 朱雀の国では、魔術師の中でも特殊な召喚魔法を使用可能な召喚師は特別な存在であり、生まれながらに才能を持っていると思われる子供は親元を離れて幼少期から国の専門機関によって英才教育され、常に研究を重ねて最新の効率的修行方法によって研鑽を重ね、その中でも最も優秀とされた者が召喚師候補として選ばれる。最終選別に残り、召喚師候補として選出されて、その結果、見事召喚師と認定された者は生涯に亘り国から多額の報酬や豪華な住居、その他生活の一切について優遇されることが決まっており、その両親や親族までもが恩恵に与(あずか)れることとなっていたため、親たちは「子供を奪われる」と嘆くこともなく、我が子に才能があると知れば、喜んで国へ差し出したのである。そんな優秀な召喚師候補生の中にメリッサは居た。親と離別したのは赤ん坊のころだったので、メリッサは親の顔も名前も知らない。物心ついた時には自分と同様に召喚師を目指すたくさんの候補生たちと競い、毎日発表される順位では常に上位に位置していたが、更に上を目指すべく日々鎬(しのぎ)を削っていた。脱落した者は親元へ送り返され、『期待外れ』と親に蔑まれながら、顧みられることもなくみじめな生活を送るか、或いは既に力尽きて命まで失い、亡骸となって帰郷することも珍しくはなかった。そんな中でメリッサは
(私は『選ばれし者』。常に最高位でなくてはならないの。私は絶対に誰にも負けない。召喚師になるのは私。他の誰でもない、私でなければならないの。そうでなければ、私には生きる価値がない。生きる資格がないのよ。でも、私なら出来るわ。きっと出来る筈。だって私は『選ばれし者』なんだから。)
と日々自らに言い聞かせていた。

§水の章:サクヤ§

 広大な海洋に点在する島々を束ねる最大の島を首都とする国が水の民(ヴァッサーロイテ)が暮らす青龍(せいりゅう)である。青龍では伝統的な価値観の下に血統が重んじられ、水属性魔法も細分化されて個々の家系によって受け継がれて来た。それ故召喚師も又、召喚師の家系に生まれた長子に継承されるものと決められており、長子が死去した場合は長子の長子へと受け継がれるのだが、子供がない場合は次子へ、子供が幼くてまだ継承できない場合は、その成長を待つ間に限り、暫定的に次子へと継承されるべく、厳格な規定が設けられていた。青龍の国は、海産物の資源が豊かで、波の力をエネルギーに利用している安定した国家であったが、嵐や津波などにより、甚大な被害を受けることもあり、大陸との交易のみに留まらず、「いつかは大陸に領地を拡大する」という悲願を達成すべく、虎視眈々と機会を窺っていた。有事となれば、最も重大な戦力として期待されるのが、霊獣を召喚できる召喚師であるため、全ての水の民の期待と信頼を背負う立場である召喚師の一族は、かつては崇め讃えられたが、各国の均衡が保たれて、表面上の平和が長期に亘り継続している現在では、召喚師は政権を司る機関における職能の一つでしかなかった。その召喚師一族に長子として生まれたのがサクヤだった。幸いサクヤは魔法の才能にも恵まれ、召喚師となるよう運命づけられた子供であり、誰もがそれを口にした。サクヤにとってはそれが必然であり、自分は同じ年頃の他の子供たちとは違う運命の下に生まれ落ちたのだと、成長に伴ってひしひしと感じられた。最初は親や親族たちの言う「サクヤは召喚師になるのだから」という言葉に何の疑問も抱くことはなかったが、他の子供たちがそれぞれの人生を歩む中、自分には他の選択肢が存在しないことに気づかざるを得なかった。別に召喚師になることが嫌な訳ではない。だが逆に、積極的に自分から召喚師になりたいと強く願った訳でもない。親たちが当然のように言うから、そのようなものだと無理にでも納得するしかなかった。
(もしこの家に生まれていなければ、あたしにも別の人生があったのかな。)
と考えてみたところで何も変わらないなら、他の可能性は諦めるよりない。そして開き直って
(召喚師になると決まっているなら、なるしかないでしょ。)
と一抹の寂しさを覚えつつも、心に決めるしかなかった。

§雷の章:リヒト§

 大陸中央部の温暖な平原に麒麟(きりん)の国はあった。国土の一部に結界に護られた聖なる森と光の神殿があり、その結界内だけは光の民の国であった。元々雷の民(ドンネルロイテ)は光の民から派生した亜種であったが、他民族との混血を繰り返す中で、純血種の光の民は激減し、今や絶滅寸前となっていた。一方で突然変異で発生した非術師・無の民は増加の一途を辿り、各国においては多少の扱いの違いはあれど、殆どが家畜や奴隷に等しい待遇の下に虐げられていた。麒麟の国は土地も広く、良質な土壌と、豊かな水源となる泉の恩恵を受けて多種多様な作物が豊穣で国は富み栄えていた。時折断続的に多発する落雷さえなければ、地上の楽園と言っても過言ではなかったが、雷の民はその落雷すらもエネルギーとして利用することに成功していた。雷の民は、アルブ神に仕える光の民の流れを汲む者として、自国のみならず全世界を視野に入れて、他国民を支え導く立場にあると自負していた。そんな雷の民として生まれたリヒトは「常に国や民を思い、世界に思いを馳せて行動すべき」と考えていた。力のある者が力のない者を、富める者が貧しき者を、それぞれ各自が自分に出来ることで精一杯力を尽くして、世のため人のために貢献する。それこそが使命だと確信していた。リヒト自身にとって、それは召喚師となり有事には霊獣を召喚して戦うことだと信じていたのである。

§聖地巡礼§
 召喚師を目指すと言っても、召喚師になるためには、光の神殿で行われる最後の試練を経て、神託による認定を受けなければならなかった。各国において一度に参加できるのは一名のみ。各々が自国内で最も優秀な召喚師候補である被験者たち五人は、光の民の国に集められ、共に生活しながら精霊の試練に挑み、乗り越えられた者だけが神官と巫女を介しての神託により召喚師として認定されるのである。地の民・ミハイル、風の民・カシム、火の民・メリッサ、水の民・サクヤ、雷の民・リヒトはそれぞれの国から聖地・光の神殿を目指して旅立った。光の民の国がある聖なる森は結界によって守られているので、通常は許可なく侵入することは出来ない。被験者は事前に発行された身分証明書を所定の場所で提示することで、証明書に付与された空間魔法が発動し、神殿近くの集合場所に転送される仕組みとなっていた。それぞれの被験者は身分証明書と共に送付された案内に従って定刻までに全員が集合した。五人は今まで自国での修行に勤しんで来た者ばかりなので、他属性の民を実際に目にする機会は殆どなかったため、戸惑いながらも互いを観察していた。

 最初にやって来たのは、大柄で筋骨逞しい青年。顔色は青白く、輪郭は面長で、黒い髪と黒い瞳を持ち、獣の毛皮の帽子を被り、首元の詰まった袖丈の長い衣服を身に纏っている。余裕を持って早めに出発したのであろう。まだ定刻までは充分時間があったので、他には誰も来ていないことは予め想定していたのか、案内状を取り出すと説明を読み返していた。
 次にやって来たのは小柄で薄橙色の肌の丸顔の少女。糸のように細い目をしていて、直線的な筒袖の、袖も裾も丈の長い衣服を身に着けて、青色の真っ直ぐな長い髪の上に小さな帽子をちょこんと乗せている。集合場所に転送されて来ると、その傍らに居る青年の姿を見つけて声を掛けて来た。
「召喚師認定の被験者さん?」
青年が黙って頷くと、一人で心細かったところに、同じ被験者を見つけてほっとしたのか、細い目をもっと細めて笑顔になり、
「あたしもよ。あたしは水の民で、名前はサクヤ。よろしくね。」
と挨拶した。じろりと眼だけを向けた青年は、一呼吸おいて低い声で答えた。
「俺は地の民。名はミハイルだ。」
 その答えと同時に三人目の被験者がやって来た。灰色がかった浅黒い肌に、逆三角形の輪郭の顔の少年は、頭に布を巻いて、ゆったりとしただぶだぶの衣服を着ていたが、頭の布の下から少しだけ覗いている髪の色は灰白色で、、二重瞼の下の瞳は灰色だった。二人の姿を認めると、少年は彼らに歩み寄りながら声を掛けて来た。
「あんたたちも被験者か?オレは風の民のカシムだ。よろしく頼む。」
 ミハイルとサクヤがそれぞれ名乗ると、四人目の被験者が集合場所に到着した。大柄で肉付きの良い身体(からだ)を装飾と露出の多い衣服で包んだ女性は、赤ら顔に派手な目鼻立ちをして、赤髪に茶色の瞳だった。
「あら、もう皆来てるの?私はメリッサ。火の民よ。」
メリッサ以外の三人が名乗り終えた時、最後の被験者が現れた。現地には一番近いから、という計算通りだったのだろう。色白で彫りの深い顔立ちに金髪、緑色の瞳をして、比較的体系に沿う形の衣服を着て、肩から背中にかけて短めのマントを付けた長身の男性だった。
「お揃いのようだね。僕は雷の民のリヒト。よろしく。」

 最後の被験者リヒト以外の全員がそれぞれ名乗り終えると、丁度定刻となり、五人の前に姿を現したのは、光の民の男女だった。二人とも独特の尖った耳の形をしているので、一目でわかる。二人の瞳の赤い色と身に着けた装束から、神官(プリスタ)と巫女(メティア)であることは、被験者の誰もが理解できた。
「玄武のミハイル、青龍のサクヤ、白虎のカシム、朱雀のメリッサ、麒麟のリヒト。光の民の国へようこそ。わたしは巫女のマリア、そしてこちらは夫で神官のニコラスです。あなたがたはこれより右手に見える屋敷を宿舎とし、共同生活を送りながら、精霊の試練を受けることとなります。左手の屋敷はわたしたち家族の住まいで、一人娘のソフィアとその従者で無の民のザイオン他、数人の使用人が暮らしています。あなたがたの滞在中、わたしたちはあなたがたを家族と同様に受け入れますので、あなたがたも我が家だと思ってお寛ぎください。」
マリアがそう言うとニコラスが口を開いた。
「ただ、一つだけ心して頂きたいことがあります。あなたがたはそれぞれ母国の文化の下に生きて来られた。それは他国とは異なる部分もありましょう。お互いが自国流のやり方や考え方を貫けば、我々や他の被験者と衝突する原因ともなりかねません。『郷に入れば郷に従え』と申すように、滞在中は我が光の民の国の文化を基準として折り合って頂きたい。配慮すべき部分は可能な範囲で配慮しますが、お互いの文化の違いを知ることは、相互理解に繋がります。問題が起きた場合、事と次第によっては、試練を中断し、自国にお帰り頂くこともあるので、ご協力をよろしくお願い致します。」
 過去に問題を起こして退去を命じられた被験者があったことは皆伝え聞いていた。自国では常識の範疇であったとしても、他国では通用しない場合があり、それが「極めて非常識」と判断される可能性があり、仮に納得できなかったとしても、「両成敗として双方退去になっても意義を申し立てることは許されない」と規約に定められている。
「あなたがたのお世話は、娘のソフィアの指示の下に、主に使用人の無の民が行います。彼らは、我ら光の民にとっては家族に準ずる大切な存在であり、敬意と感謝の念を持って労うことを常としております。特にこの点についてはご留意くださいますように。」
ニコラスの発言に五人の被験者は動揺した。各々の自国では、程度の差こそあれ奴隷扱いである無の民を、自分たち魔術師と対等に見るなどと生まれてから一度も経験したことがなかった。しかし、この異文化を受け入れることを拒めば、退去を命じられて今までの修行に費やした時間と血の滲むような努力が水泡に帰すかもしれないと言うのなら、目を瞑って従うよりないのだろう。

 「では、皆さん。宿舎にご案内致します。」
背後からの声に振り返ると、そこにはマリアと瓜二つの少女の姿があった。
「申し遅れました。ソフィアと申します。滞在中の皆さんのお世話係を承っております。若輩ゆえ行き届かないこともございますが、よろしくお願い致します。」
丁寧に頭を下げるソフィアは、五人とは然程年齢差がないように見えた。
「あなたと同じくらいの年齢の相手にでも、そんなに堅苦しいのが光の民流なの?」
サクヤが言うと皆がサクヤに注目した。
「まさかそんな一言で退去にはなるまいが、あまりに不用意過ぎはしないか」と一同は驚いたのである。
「いいえ、そういうのではないけど…。まだ初対面だし、お世話係を任されたのも初めてなので。」
ソフィアが少し頬を赤らめて答えると、サクヤは、
「じゃあ、そういうのナシで。その上で、あたしたちがもしあなたたちからしてとんでもないことをやらかしそうになったら教えて。わからないだけで、わざとじゃないから。」
と言い、ソフィアは
「ええ、わかったわ。」
と答えた。
 五人は宿舎となる屋敷に入るとそれぞれに与えられた個室に案内され、後刻広間で会食がある旨伝えられた。
 会食ではソフィアの指示で使用人の無の民が給仕を行い、光の民の国の名物料理が振舞われた。使用人たちの、言葉遣いこそ丁寧ではあったが、主であるソフィアと家族や友人のように親しげに会話する様子は五人には違和感しかなかった。そもそも奴隷を部屋に入れることすらなかったり、奴隷が主に直接口を利くなどということはあり得なかったりという文化以外知らない彼らにとって、魔術師が無の民と談笑する場面など見るのも聞くのも初めてであり、戸惑っていた。会食の準備が整い、ソフィアと五人の被験者が着席すると、ソフィアが言った。
「本来ならお客様から先に給仕してもらうのだけど、皆さんは光の民の食事作法がわからないと思うので、今日はわたしから先にしてもらいます。皆さんはわたしを真似て、同じようにして召し上がってくださいね。」
ソフィアが女中に向かって、
「じゃあ、お願いね。」
と言うと、女中は
「かしこまりました。」
と頭を下げ、女中がソフィアの前に置かれた空の器に飲み物を注ぎ終わると、ソフィアは軽く会釈して
「ありがとう。」
と女中に声を掛けた。五人は居心地悪そうに着席していたが、サクヤの器が飲み物で満たされると、サクヤは恐る恐る、小さな声で女中に
「ありがと。」
と言い、それを聞いてソフィアは頷いた。次にリヒトの器に飲み物が注がれると、リヒトもぎこちない作り笑顔で
「ありがとう。」
と言った。メリッサは少し口ごもりながら、小さな声で
「あ、ありがとう。」
と言い、カシムは目をぎゅっと瞑り、一気に吐き出すように
「ありがとうっ。」
と言った。ミハイルはどうしても言葉が出せない様子だったが、ソフィアが「こほん」と小さく咳払いすると、大きな体に似合わない、蚊の鳴くような小さい震える声で、絞り出すように一音ずつ
「あ り が と う。」
と言った。特に無の民に対して家畜同然と刷り込まれている地の民のミハイルにとっては受け入れ難かったのだろう。同様に奴隷とは一線を画し、接点がほぼ皆無であった風の民のカシムも、頭では受け入れねばと理解していても、簡単に順応することは難しかったのかもしれない。
 光の民の国の料理は、木の実や茸を中心としたどれも美味なもので、遺伝的にも地理的にも近いリヒトや、順応性の高いサクヤは比較的馴染みやすかったが、落差の大きいミハイルやカシムだけではなく、そもそもの文化の違いというより、あまりにも自尊感情の高過ぎるメリッサにとっては、非術師である無の民に対して敬意や感謝を示すことは苦痛に感じられたようで、食事を味わうどころではないうちに会食は終了した。
 「では、皆さん。就寝時刻までは居間で歓談されるも良し、自室で休息されるも良し、ご自由にお過ごしください。」
ソフィアの言葉でやっと少し緊張が緩和された五人は、居間で思い思いに寛ぐことにした。
「何だかものすげえ所に来ちまったなあ。試練よりもここでの生活に慣れる方が骨が折れそうだぜ。」
溜息をつき、頭を横に振りながらカシムが言った。
「それは大変ねえ。拘りを捨てて、役者が芝居をしてるみたいに、合わせとけばいいじゃない。一生続く訳じゃないんだから。」
サクヤは笑いながら言った。生まれてからずっと周囲に望まれる自分を演じ続けて来て、最早本当の自分がわからなくなっているサクヤにとっては、他人の思惑を読み取って、それに合わせることが完全に習慣となってしまっていて、異国で出会う初見の文化・習慣や作法であっても、表面上だけ合わせて見せることなど、然程難しいことではなかった。
「そうだね。自国と違うのは当然だ。余程無理なことでなければ、合わせておいて損はない。方便というものだよ。」
与し易しというだけではなく、敢えて波風を立てないよう無難な方へ寄せて行く如才なさは、リヒト自身の処世術であった。可能な限り争いを避け、安全と判断出来そうな選択をする。常に落雷という天災から身を護ろうとして来た雷の民らしい考え方だった。
「しかしな、理屈ではわかっていても、俺は不器用なもので、なかなかうまくは立ち回れんのだよ。」
ミハイルは頭を掻きながら言った。真面目さの裏返しか、頑固で融通の利かないミハイルにとっては、腑に落ちてもいないことを、小手先でどうにか取り繕うなどということほど苦手なものはなかった。
「そもそもね、女中は給仕をするのが仕事なんでしょ?それに敬意とか感謝とかって必要?女中は女中らしく、自分の仕事を淡々とこなせばいいだけじゃないの?」
メリッサはつい本音が口から飛び出してしまったことにはっとして慌てて口を押えた後で、
「とはいえ、それがここのやり方だって言うんなら仕方ないわよ。」
ぼそぼそと自己弁護の言葉を口にして、キョロキョロと皆の反応を窺った。
「でも、労ってもらったら嬉しくないですか?」
と、いつの間にか居間に来ていたソフィアが言った。
「もし、メリッサが魔術師として戦って、敵に勝てたとしたら、それはメリッサが自分の務めを果たしただけですよね?でも、もしそれで助かった人たちが、メリッサに『ありがとう』と言ってくれたら、報われたなって嬉しくなるでしょう?そして、これからもまた頑張ろうって思えるじゃないですか。彼女たちも同じですよ。一生懸命仕事をして、『ありがとう』って感謝してもらえたら、明日も頑張って仕事をしようって思えるから。」
ソフィアの言葉に、視線を泳がせ、もじもじしていたメリッサは、
「それとこれとは…。」
と言いかけたが、
「同じですよ。」とソフィアに遮られた。「仕事の内容には関係なく、全ての民は平等である」と言わんばかりのその言葉には重みと圧力と真摯な響きがあり、今までは無の民を対等な立場として見られなかった他の者たちも、口には出さなかったが、内心では(そうかもしれない)と思い始めていた。

 翌朝からは、精霊による試練が開始された。五人の被験者と五体の精霊の化身・霊獣が、それぞれ相手の人数や組み合わせを変えながら無作為に戦闘を行い、全ての組み合わせの総当たり戦が終了するまで連日繰り返される。模擬戦闘ではあるが、霊獣の強さは人数や属性の相性に応じて変化し、どの対戦においても難易度に大きな差異がないように調整されている。敗北した対戦においては何度でも再戦が可能だが、全ての対戦において魔術師が勝利するまでは終了せず、勝利できなかった対戦を残したまま以降の戦闘を放棄した場合は棄権と見做される。参加すべき対戦を他者が棄権した場合は、幻影魔法によって棄権者と同等の能力・技量を持つ仮想の魔術師が代理を務める。全ての戦闘は精霊による評価の対象となり、アルブ神の総合判断により、召喚師認定の神託が下りて、マリアとニコラスによって被験者たちに告知されることとなっていた。
(第2部へつづく)

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