きつねの戯言

銀狐です。不定期で趣味の小説・楽描きイラストなど描いています。日常垢「次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活」ではエッセイも。

1day チャレンジ小説 2020.05.24

2020-05-24 18:34:01 | 小説
前書き
この作品は今日1日で思いつくままに妄想小説を一気に書き上げたものです。
通常のように資料など下調べを一切しないままですので、深く突っ込むことなくさらりと読み流して頂けたら幸いです。
本来ならこれをプロットとして内容を膨らまして推敲を繰り返して作品を仕上げる、最初の下書段階そのままです。

ー本編ー
「おい、仕事だ。」
「へい。」
俺は木刀を支えにしてゆっくりと立ち上がった。
階段をのろのろと上がり、座敷に入ると隠し部屋のような奥の間に身を潜めた。
ここは旧街道の元城下町の外れにある女郎屋で、俺は用心棒のような仕事をしている。

俺は幼い頃に家が貧しくて人買いに売られた。
元々母親に似て女のような顔立ちだったのと、体つきも華奢だったので馬鹿にされ、苛められるのが嫌で棒切れを振り回して剣術の真似事をしているうちに、自己流ながらそれなりに技を身につけたおかげで今の仕事を与えられた。

女郎は皆金の片に売られて来たのだから、店に取っては品物と同じだ。
客に乱暴されたり、拐われたりしては困る。
中でも高値で売られて来た女郎なら尚更だ。
そんな訳でこの店では座敷の奥に隠し部屋のような小部屋を作り、高い女郎が客を取る時は用心棒を潜ませておいて、客を見張ることにしている。

昔思い詰めた客が女郎と無理心中を謀ったりしたことがあってから、そうするようになったとか聞いたが、所詮俺に取ってはどうでも良いことだ。
俺はただ小部屋に潜んで、客からは死角になっている目隠しの陰から、異変を感じたらいつでも飛び出せるように様子を伺っているだけのことだ。

俺は西国の小さな村に生まれた。
親父が道楽者で家は貧しく、母親は物心ついた頃にはもう居なかった。
俺の一番古い記憶は母親らしい女が小さい俺を抱き締めて
「ごめんね、ごめんね。」
と泣いている光景なのだが、その女の顔はのっぺらぼうのようにぼんやりとしていてよくわからない。
ただ、周りの大人がいつも
「お母さんそっくりや。ほんまに瓜二つや。」
と言っていたので、水鏡に映った自分の顔を見るたび、きっと母親はこんな顔をしていたのだろうと思っただけで、だからといってそもそも殆ど母親を知らぬまま別れてしまったので、母親というものがどんなものなのか知らない俺は、母親が恋しいとかいう気持ちもなかった。
だからもしかしたらあの母親の記憶も本当の記憶ではなく、俺が作り上げた妄想でしかないのかもしれないと思っていた。
後になって母親は女郎として売られて行ったのだと知ったのだが、その息子である俺も後に女郎屋の用心棒をやることになるとは何とも笑えない巡り合わせだ。

足音と話し声がして、客と女将が座敷に入って来た。
「本当にお大尽は強運でございますね。夕顔太夫は今日が初めてのお座敷でございますのよ。元はさる名家のご令嬢でしてね、このご時世で家が傾いて、嫁にも行かずにここで働くことになったんですが、何とまだ生娘なんですの。勿論それなりのお代金を頂戴する以上、店で一番床上手の女郎が手取り足取り教えておりますので、ご心配には及びません。どうぞお楽しみ下さいませね。ふふふふふふ。」
女将は下品な笑い声を上げた。
「ほほう、それは楽しみだ。うひひひひひひ。」
客も下品な笑い声で返した。
恐らくは成金なのであろう客は体全体がでっぷりと太って、自分の下半身が隠れるのではないかと思うくらいみっともなくたるんだ腹が前に突き出して、てかてかと頭に塗りつけた髪油の臭いがぷんぷんと漂い、鼻をつく。

「夕顔太夫にございまするぅ。」
幼女の声が重なり、跪いた禿二人がそっと左右に襖を引くと、中央に座して頭を下げている女郎の姿が現れた。
立ち上がってしずしずと夕顔太夫が座敷に入って来て、奥に着座すると改めて頭を下げ、
「夕顔でありんす。」
と挨拶をした。
太夫ともなると最初から客と床入りするという訳ではない。
最初は挨拶をするだけ、二度目は酒を酌み交わすだけと段階を踏んでやっと床入りになるが、その度に客は大金を支払う。更に気に入らない客の場合は太夫が断ることもできる。
「夕顔太夫、何と美しい!」
客は一目で虜になったようで声を上ずらせて叫んだ。
女将はにやにや笑いながら、
「お大尽、お気に召したようで、ありがとうございます。しかし夕顔太夫は初見ですので、今日はここまで。他のお大尽も是非夕顔太夫に会わせてくれと皆様仰って居られますので、早い者勝ちというのもご心配でございましょう。割り増しのお代金を頂戴できれば、他のお大尽よりもお先にご案内できるかもしれませんが。」
狡そうな笑みを口角に貼り付けて女将は言った。
誰にでもそう持ちかけておいて、競争心を煽り、代金を吊り上げようとしているのは見え見えだった。客は皆他の客が幾ら出したと言えばそれ以上の金を払う。それだけの価値があると思えば客は金に糸目はつけまい。
客はうむ、と唸ったが、
「わかった。」
と絞り出すように答えた。
「夕顔太夫お立ちぃ。」
と両脇に控えた禿たちが声を合わせて言うと、夕顔太夫は立ち上がり禿たちに先導されてしずしずと座敷を出て行って再び座して頭を下げた。
禿たちが襖を閉めると、女将が
「では、帳場に参りましょう。」
と客を促し、連れ立って座敷を後にした。

俺はいつものように足音が階段を降りきった後にそっと小部屋から出た。
新しい太夫の噂は耳にしていたが、遠目とはいえ、会うのは初めてだった。
確かにどことなく品があり、良家の子女であったというのは強ち嘘でもなさそうだった。

貧しかった俺とは住む世界が違うが、村にも元名主だったお屋敷があり、そこに俺と同じくらいの歳のお嬢様が居たのは、家が近かったので何となく覚えている。
美人というよりも可愛らしい顔立ちで、幼くともどことなく品があり、むしろ地味な着物を着た大人しい女の子だった。
故郷のことは殆ど覚えていないが、何故だかその娘のことは覚えている。
俺とは違って裕福な家に生まれて幸せなはずのその娘が、何故だかいつも寂しそうだったのが、子供心に不思議だったかもしれない。

その後夕顔太夫は何人かの太客との挨拶や酒宴を経て、女将から説教を受けていた。
「夕顔太夫、あんたは何か勘違いをしてやしないかい?確かにあんたを太夫にしようと決めたのはあたしだが、所詮女郎は女郎だ。女郎は客を取る商売なんだよ。客はあんたを抱くために大枚はたいて通って来るんだ。血筋の良い生娘を売りにして随分代金を吊り上げて儲けさせてはもらったが、ぼちぼち初めての床入りをしてもらわにゃならない。太夫は気に入らない客は断れるという仕来たりを盾にして、今まではのらりくらりと酌をするだけで逃げて来たが、もう客たちもしびれを切らしている。皆他の客より先にあんたを抱けるなら幾らでも払うと言っているんだ。焦らすのもいい加減にしてもらいたいね。」
夕顔太夫は目を伏せたまま答えた。
「女将さん、勿論それはわかっていますけど…。」
ほんの少し膝の上に重ねた手が震えていた。
「怖いのかい?なあに、最初のうちは目を瞑って身を任せておけば良いのさ。手練手管は朝霧太夫に仕込んでもらったんだろ?教わった通りにやれば良いんだよ。客に合わせてうまくあしらうことを覚えるのはおいおいで良いから。」
夕顔太夫は膝に置いた手をぎゅっと握り締めた。

「仕事だ。」
声がかかり、俺は「へい」と返事をしてゆっくり立ち上がり、木刀を提げてのそのそと階段を上がった。

いつものように座敷の奥の隠し小部屋に潜むと、死角から様子を伺っていた。
女将が客と一緒に部屋に入り、その後に禿を従えた夕顔太夫が現れた。
「おお、夕顔太夫。待ちかねたよ。」
客は既にしこたま酒を飲み、満面の笑みで声を上げて迎えた。
「夕顔でありんす。ぬしさま、今宵はよろしゅうお願いしんす。」
女将はさぞかし高い代金を手にしたのであろう。ほくほく笑顔で客に目配せをした。
「お大尽、どうぞ今宵は心行くまでお楽しみ下さいませ。何と行っても正真正銘今夜がこの夕顔太夫の初めての床入りでございます。至らぬ所もあるかもしれませんが、どうぞ宜しくお導き下さいましね。」
女将が座敷を出て行くと、禿は次の間の襖を開け、そこには夜具の準備が出来ていた。
「ぬしさま、暫くお待ちなんし。」
夕顔太夫は禿を伴って次の間に入ると、禿たちに手伝わせて着物を脱ぎ、髪飾りも外して床入りの支度を始めた。
支度が終わると夕顔太夫は禿たちを下がらせ、夜具の枕元に座して頭を下げた。
「ぬしさま、こちらへ。」

客が次の間に入り、夕顔太夫の腰ひもを外し、夜着の前をはだけると、白い肢体が露になった。するりと夜着が滑り落ちると一糸纏わぬ生まれたままの姿の夕顔太夫がぼんやりと灯りに照らされて闇に浮かび上がった。
客はおお、と感嘆の声を漏らした。
夜具に横たわる夕顔太夫の体は柔らかく吸い付くように客の掌を受け入れた。
客は慣れた手つきでその体を弄び感触を楽しんで、舌を這わせ、絡ませ、味わうように堪能した。
そして遂に夕顔太夫は初めて男の体を受け入れた。
嫁入りどころか、まだ恋しい男すらいないのに、一夜妻として金で買われて知らない男に抱かれていることが嘘のようで、酷く悪い夢を見ているのだと思いたかったが、体を貫くような痛みがそれを否定する。
上下に突き上げるような振動に身を揺さぶられながら、それでも夕顔太夫は泣かなかった。
泣いてしまったら、全てを認めてしまう気がして、決して泣いてはなるまい、と歯を食いしばって耐えた。
夕顔太夫の初めての床入りの相手を競り勝った客が目的を果たした後は、朝霧太夫に教わった女郎の手練手管をなぞってみせ、客は満足した様子で鼾をかいて眠りについた。

いつものことながら俺は隠し小部屋から女郎と客の様子を伺っていた。
客の中には女郎の体を傷つけたりする乱暴な客や、妙な癖のある客もあるし、懇ろになった女郎と駆け落ちを企む客も居る。そういう輩を見張るのが俺の仕事だ。
すっかりそれに慣れてしまって、最早女郎と客がどんな風に絡んでいたところで、何も感じない。
だが、この時は少し違った。
初めての床入りを済ませた後、夕顔太夫は声を殺して泣いていた。
客に抱かれている間は気丈に抑えていた感情が、一気に吹き出しそうなのを必死に耐えているようだった。
その時、ふと夕顔太夫の姿に、幼い女の子の姿が重なった。
家の近くのお屋敷のお嬢様。
名前も知らなかったが、面影だけははっきりと覚えている。
お屋敷の裏手で声を殺して泣いていたあの幼い女の子。

「ううん」と唸って客が目を覚ました。
夕顔太夫はそっと涙を拭って、客の懐に顔を埋めた。
「夕顔太夫、もう一度、もう一度頼む。こんなに心地良かったのは初めてだ。」
「あい、ぬしさま。あちきも嬉しんす。」
客に求められるまま、二人は再び激しく絡み合うのを見て、俺は何故だか動揺した。
女郎と客の絡み合う姿は毎日のように見慣れ過ぎて、何とも感じなくなっていたはずなのに。
ああ、と声を上げて眉をひそめる夕顔太夫の顔は、まだ完全に女郎にはなりきれない、生身の娘のそれに見えた。
客が歓喜の声を上げる一方で、恰も悦んでいるように見せる女郎の芝居をしているのがわかる。
いつかそれにも慣れて、女郎は皆、客に媚びる商売女になっていくのだろうけれど、夕顔太夫がもし本当にあのお嬢様なら、それは少し嫌な気がした。

夕顔太夫を買った客が上機嫌で帰ったと女将が喜んでいた。
夕顔太夫の初めての男にはなれなかった客たちが、その後も皆争うように金を積んで、女将は大喜びだった。
夕顔太夫に客がつくたびに俺は隠し小部屋から夕顔太夫が客を取る所を見ていた。
段々に床上手になって行くように見えることも、少し悲しかった。

ある夜、客が高鼾で眠った後、夕顔太夫がこっそり床を抜け出した。
まさか足抜けでは、と俺は木刀を握り締めて小部屋から出ようとしたその時、夕顔太夫がするりと隠し小部屋に身を滑り込ませた。
「良かった。やっと会えた。」
その言葉には故郷の西国の訛りがあった。
「うちのこと、覚えてはる?」
「お屋敷のお嬢様?」
俺は虚をつかれて、思わずそう口走った。
「嫌やわ。そんな言い方。今は女郎やのに。」
何故俺のことを知っていたのか、俺は狐に摘ままれたような気がした。
「こんな出会い方、嫌やよね。でも、このお店に居てくれて良かった。それにいつもここで私を見ててくれる。守っててくれる。それだけで嬉しい。」
客が寝返りを打った気配を感じて、夕顔太夫は慌てて床へ戻って客に寄り添った。
夕顔太夫は知っていたのだった。俺がここに居ることを。ここでこうして全てを見ていることを。
幼友達というのさえ憚られるほどの希薄な繋がりなのに、夕顔太夫は俺を覚えていた。
知り人には最も見られたくない筈の姿を、何度も見られているのに、会えて良かったと言った。
故郷を遠く離れて、他に知る者も居ないこの地で、再会するのなら、もっと別の形で会いたかった。
未来も希望も見出だせないこんな世界で、出会ったところで何がどう変わるものでもないというのに。

その後もそんな日々が何年も続き、俺はただ客に抱かれる夕顔太夫の姿を陰から見守り続けた。
夕顔太夫は常に店の一番人気の女郎であり続けたが、年増になると寄る年波には勝てず、馴染み客に身請けされて店を去ることになった。
客は所帯持ちで夕顔太夫は妾だったが、小さな家で女一人暮らすには不自由ない生活を保証するという約束だったらしい。

水揚げの前日、下女が夕顔太夫と外へ買い物に行くので、用心棒として同行して欲しいと請われた。
女将も何事かあっては客に申し訳が立たないからと渋々認めた。
途中で夕顔太夫は
「これで美味しいものを食べておいで。」
と下女に小遣いをやった。
下女は最初は
「女将さんに叱られます。」
と渋っていたが、夕顔太夫が
「簪屋に修理を頼んである簪を取って来てもらうお駄賃だから」
と言うと素直に受け取って使いに行った。
二人きりになったら、夕顔太夫は俺の手を掴み、人気のない河原へ誘った。
「うち、いつもお客を取っている時は、頭の中でお客は貴方やと思うて抱かれてたんよ。」
と言った。
「貴方には触れることもでけへんけど、貴方の視線を感じてたら、『うちが今抱かれているのは知らんお客やない。隠れて見ているあの人なんや、と思おう』って。そうしたら、何でもできた。ほんまは今も貴方が欲しい。けど、それはでけへん。水揚げしてくれた旦那さんはほんまにええ人やから。せやけど最後に一度だけでええから、うちのこときつう抱き締めてくれはらへん?うちの体は色んな男になぶられて来たけど、うちの心はずっと貴方でいっぱいやったんよ。嫌やなかったら、一度だけ、ぎゅうっと抱き締めて。お願い。」
俺はその言葉が終わらないうちに、夕顔太夫を抱き寄せていた。
息が止まるくらい、骨が砕けるくらい、きつく抱き締めた。
「ありがとう。ありがとう。うち、今、世界で一番幸せやわ。」
終わり

後書き
思いつきでやってみた1dayチャレンジ小説。
たまたま昨夜だったか今朝だったか、ネット漫画サイトの広告を見て、花魁をヒロインとした漫画が上がっていて、そこから妄想が膨らんだ次第です。
最近現実世界でストレスがたまることが多く、なかなか新しい小説も書けないし、前々からネットで有名なとある動物一家の擬人化イラストも描きたいのに描けないし、とフラストレーションがたまってました。
あまり最初から詳しい設定は考えず、勢いに任せて書いたので、『時代背景は』とか『正しい風習や言葉使いは』とか細かいところは流して、イメージだけで書いたものです。
筋書きも書いてるうちに思いつくままに繋げて行っただけなので深いテーマや内容があるわけでもなく、単なる変態エロ小説みたいになってしまいました。
これはこれで1日限定でどれだけ書けるか、うまくまとめられるか、というチャレンジだということでご容赦頂きたいと思います。