(第2部からのつづき)
§召喚魔法詠唱―霊獣顕現―§
「大旋風(エアロ)!」「大竜巻(トルネド)!」
巨大な岩石が宙に浮き、ぐるぐると回転しては落下する。玄武(げんぶ)の国は白虎(びゃっこ)の魔術師(マギア)軍団の風魔法により甚大な被害に見舞われていた。
「大地震(クエイコ)!」
白虎の魔術師たちに向けて玄武の魔術師たちが反撃のため、地魔法で地面をうねらせて揺さぶるも、
「大浮遊(フロート)!」
白虎の魔術師たちは空中高く浮遊する魔法を使って攻撃を躱す。
「全体浮遊(ザフロータ)!」
更に、白虎の魔術師たち全員が空中に浮遊し、地魔法の攻撃は全て避けられてしまう。地魔法しか攻撃手段を持たない玄武の魔術師たちはまさにお手上げ状態となり、白虎の魔術師たちの攻撃に対して反撃する術を失い、せめて民と国土の被害を少しでも軽減するために、防御に専念するしかなかった。
ついに玄武の国の最高指揮官である将軍から呼び出され、、ミハイルに命令が下される。
「召喚師(ヴェシュベラ)ミハイル、時は来た。極悪非道の風の民(ヴィントロイテ)に罰を下す時が。地の精霊の化身、霊獣(スピリティア)・玄武を召喚せよ。」
ミハイルは躊躇した。自分の生命(いのち)が惜しいのではない。ミハイルが霊獣・玄武を召喚すれば、間違いなく霊獣・白虎が召喚され、霊獣同士の戦闘となるだろう。カシムとは戦いたくない。だが、そんな迷いを断ち切るように将軍は言った。
「どうした、ミハイル。召喚師となったからには、もう後には退けんぞ。覚悟を見せろ。」
はっと我に返り、ミハイルは覚悟を決めた。心の中で
(すまん、カシム。許せよ。)
と詫びながら、召喚魔法の詠唱を始めた。
「大地の主(あるじ)、霊峰タイタンの守護者、霊獣・玄武よ、来たれ。我が身に地の精霊の御加護のあらんことを。」
大地からゆらゆらと立ち昇る碧翠(あおみどり)色の光の粒子がミハイルの身体(からだ)に吸い込まれて行き、その身体は巨大化して蛇を巻き付けた黒い亀の如き姿、霊獣・玄武へと変態して行った。ミハイルの姿ばかりではなく、その魂も徐々に玄武の魂へと塗り替えられて行き、ミハイルの意識は魂の奥底へと深く深く沈められて行った。玄武はずしんずしんと地響きを立てて歩み、その巨体に巻き付いた蛇が鎌首を持ち上げると、空中に浮遊していた白虎の魔術師たちに向かって伸びて行き、二股に分かれた長い舌を伸ばして魔術師の身体に巻き付けては、次々と地面に叩き落とし始めた。
玄武が召喚されると、白虎の指揮官はカシムを呼び、召喚魔法の発動を迫った。
「カシム、召喚だ。今すぐ白虎を召喚しろ。敵が玄武を召喚し、友軍に被害が出ている。」
(ミハイル、ついに召喚しちまったのか…。)
心の中でそう呟きながら、カシムはがっくりと頭(こうべ)を垂れた。
「わかりました。」
跪いていたカシムは立ち上がり、召喚魔法の詠唱を始めた。
「砂漠の主、白く鋭き牙、霊獣・白虎よ、来たれ。我が身に風の精霊の御加護のあらんことを。」
砂を巻き上げ、竜巻のように舞う砂嵐の間隙を縫うように碧翠色の光の粒子が集まり、カシムの身体に吸い込まれて行くと、その身体は巨大化して白き虎の如き獣の霊獣・白虎へと変態して行った。白虎の姿が顕現すると、同時に白虎の魂がカシムの魂を凌駕して、カシムの意識は深く深く魂の奥底へと沈み、大地を揺るがすような咆哮を轟かせ、二本の長い牙と鋭い爪、射るような二つの瞳を持つ白虎が、触手のような二本の長い尾を鞭のようにしならせながら、背中に生えた二枚の大きな翼で飛び立った。その遥か前方にずしんずしんと歩む玄武の姿を捉えると、白虎は玄武の眼前へと舞い降り、二体の霊獣はついに相まみえたのであった。
玄武・白虎の二国の開戦とほぼ同時に勃発した青龍(せいりゅう)対朱雀(すざく)の闘いは双方の魔術師軍団の属性魔法を中心とした攻防で、一進一退の膠着状態に陥りつつあった。
「大火炎(ファイオ)!」
と朱雀の魔術師が火魔法を放つと、
「大水流(ウォート)!」
と青龍の魔術師が水魔法で炎を消し、押し寄せる波は炎柱を並べた障壁でせき止められた。業を煮やした両国がそれぞれの召喚師に霊獣召喚を命ずるには殆ど時間を要しなかった。
朱雀の国立魔術指導院の院長がメリッサを呼んで命じた。
「さあ、時は満ちました。メリッサ、今こそ霊獣・朱雀を召喚すべき時です。あなたはこの時のために生まれ、選ばれて、今まで勝ち抜いて来て、ついに頂点に立ったのですよ。」
刹那、メリッサの脳内にサクヤの面影が過った。朱雀を召喚して戦う相手は、他ならぬサクヤに違いないのだ。しかし、メリッサにとって「召喚師でない自分には何の価値もない」という切迫した思いは、サクヤの面影を振り払い、かき消してでも貫き通さねばならないものだった。
「勿論ですわ、院長先生。私は召喚師メリッサ。私が選ばれたことが正しい選択であったと、必ずや勝って証明して御覧に入れます。」
そう言うと、メリッサは一度深呼吸してから詠唱を始めた。
「湿原の主、燃え盛る紅の翼、霊獣・朱雀よ、来たれ。我が身に火の精霊の御加護のあらんことを。」
うねりながら宙を舞う碧翠色の髪帯(リボン)のような光の粒子の集合体がメリッサの身体に吸い込まれて行くと、その身体は巨大化して全身が炎に包まれた赤い鳥の如き姿、霊獣・朱雀へと変態して行った。それと同時に朱雀の魂がメリッサの魂を駆逐するように、メリッサの意識は深く深く魂の奥底へと沈められて行った。朱雀は巨大な一対の翼で羽ばたき青龍軍の魔術師たちの方へと飛び去って行った。
青龍政府の最高指導者の命により、政務執行官からサクヤに呼び出しがかかった。
「召喚師サクヤ。これより霊獣・青龍を召喚し、朱雀軍の魔術師たちと霊獣・朱雀を殲滅してください。これは長官よりの命令です。」
サクヤははっとして固まった。霊獣・朱雀とはメリッサのことだ。命令が下りた以上は従うよりないのだが、折角得られた仲間たちと、彼らとの間に芽生えた友愛の情を失わねばならないのか、と思うとやりきれない思いがした。
(何故あたしはいつだって手にしたものをすぐに失わねばならないのだろう。喜びも、幸せも、何もかもが手にした途端に指の間から零れ落ちて行く。あたしには何も残らない。今までだって数え切れないくらいたくさんのものを諦めて来た。望んだものを失うのは悲しいから、望まないようにした。どうせあたしは何も得られはしないのだから。「もしかして今度こそ」なんて期待する度裏切られた。もう何も望まないし、何も要らない。そう思っていたのに、光の民の国で出会ったミハイル、カシム、メリッサ、リヒトが仲間になって初めて、あたしにも友達が出来た。なのに、その友達の一人のメリッサと殺し合うことになるなんて…。やっぱりあたしには何も得られないし、何も残らないんだ…。)
しかし、サクヤにとって、どんなに残酷であっても、それ以外に選択肢はなかった。サクヤは召喚師になるべくして生まれ、そのために生きて来たのだし、召喚師として死ぬ覚悟はとうの昔に出来ている。今更他のものにはなれないし、他の生き方も出来はしないのだ。
「承りました。これより召喚師サクヤ、霊獣・青龍を召喚いたします。」
サクヤはそう言うと、召喚魔法の詠唱を始めた。
「海神(わだつみ)の主、蒼きの鱗の龍、霊獣・青龍よ、来たれ。我が身に水の精霊の御加護のあらんことを。」
海中より鋭い槍が突き出したように、碧翠色の光の粒子が渦巻きながらサクヤの身体に突き刺さり、吸収されて行くと、その身体は巨大化して青き翼を持つ龍の如き霊獣・青龍へと変態して行った。青龍が顕現するに従って、青龍の魂がサクヤの魂を上書きするように、サクヤの意識は深く深く魂の奥底へと沈められて行った。青龍は翼を広げ、朱雀の魔術師たちの方へ向かって飛び去った。
麒麟の国ではリヒトが大公の前へ呼ばれていた。
「リヒト。国内外の情勢は把握しておろう。ついに周囲四ヶ国の霊獣が顕現したようだ。白虎と玄武、朱雀と青龍がまもなく直接対決すると思われる。どちらが勝つにせよ、敗れるにせよ、我が国だけが被害を免れることは有り得まい。実際に国境付近では周囲の国々から敵が侵入し始めているという。召喚師として霊獣・麒麟を召喚し、この国を守ってくれ。」
「仰せのままに。」
リヒトは跪いて深々と一礼した後退室し、召喚魔法の詠唱を始めた。仲間達への想いが溢れそうになるのを堪え、心を閉ざし、何も考えないようにした。
この国を、この世界を救うためにこの身を捧げると誓ったのなら、果たすべき自らの役割に殉ぜねばならない。きっと仲間たちも同じ気持ちだろう。国を、民を、世界を救うには、戦いを終わらせなければならない。そのために存在するのが霊獣であり、霊獣の依り代たる召喚師の役割だ。自分にそう言い聞かせるしかなかった。
「平原の主、雷(いかづち)呼びて黄金に輝く角、霊獣・麒麟よ、来たれ。我が身に雷の精霊の御加護のあらんことを。」
天空から流星群のように碧翠色の光の粒子が降り注ぎ、リヒトの身体に吸収されて行くと、その身体は巨大化して黄金の体毛に覆われた一角獣の如き霊獣・麒麟へと変態して行った。麒麟が顕現するに伴い、麒麟の魂はリヒトの魂を超越し、リヒトの意識は深く深く魂の奥底へと沈められて行った。麒麟は一声高く嘶(いなな)き、蹄を踏み鳴らして、空を蹴り、天へと駆け上った。
各国の霊獣が出揃い、五体の霊獣が入り乱れて、後の世に『霊獣大戦』と伝えられることになる五つ巴の壮絶な大戦争となった。
獣型の風の霊獣・白虎が地を蹴り、大きく飛躍して空中を舞う鳥型の火の霊獣・朱雀に鋭い牙と尾の鞭で攻撃すると、朱雀は火の粉を撒き散らし、火の粉を被った亀型の土の霊獣・玄武が地震を起こし、揺さぶられた一角獣型の雷の霊獣・麒麟が多数の雷を落とし、落雷で痺れた龍型の水の霊獣・青龍が大量の水を一直線に噴き出して、射貫かれたように白虎が吹き飛ばされる。そんな五つ巴の戦闘が続き、最早何処の国が仕掛けたとか仕掛けられたではなく、それぞれが国と民の存亡を賭けて、決して負けられない死闘を繰り広げていた。属性による相性の良し悪しはあれど、戦力はほぼ互角の五霊獣は、誰にも戦況の予測すら立たぬまま、それぞれが疲弊し、膠着状態に陥っていき、霊獣大戦は霊獣たちの莫大な魔力が枯渇するまで、いつ終わるとも知れない長期間に亘って続いたのであった。
光の民(リヒトロイテ)から派生した非術師(マギナ)である無の民(ニヒツロイテ)の中から、突然変異により、先祖返りのような形で「魔法耐性(マアイク)」を有する特異体質を持つ者が出現していたが、当人は全く無自覚であるために、その異変に気づいていなかった。霊獣大戦の最中に、彼らは突如として覚醒し、神託によって選ばれて、秘匿されて来た『神獣(ディヴィスティア)』と契約することにより、代償は伴うものの、神獣の魂をその肉体に宿し、神獣の姿となって顕現し、同時に神獣の魔力を利用して魔法の使用が可能となった。無の民の中から神獣によって選ばれた三名の者が神獣の契約者、即ち『器(ヴェセル)』となったのだった。その神託を受け取った光の民の新しい巫女は、今は五霊獣へと姿を変えてしまった五人の召喚師と所縁(ゆかり)の深いソフィアであり、器に選ばれた三名うちの一人はソフィアの従者・ザイオンであった。
光と闇と聖の三神獣の器として選ばれし三人の無の民は、光の神殿に集められ祝福を受けた。その儀式を通して彼らは神獣を身に宿し、器となるのである。神官(プリスタ)ニコラスと巫女(メティア)マリアの娘として生まれたソフィアは、突然神の神託を受けて巫女として覚醒し、彼らが器として選ばれることを知ったのである。巫女である母マリアを尊敬し、憧れて来たソフィアは、自らも巫女として覚醒するに至り、その使命を果たすべく覚悟は決めていたが、まさか兄妹のように育ったザイオンも器として選ばれるとは想像だにしなかった。無の民である彼には魔法は無縁だと思っていたし、彼が魔法耐性を持つ特異体質であることも信じられない気持ちだった。その身に神獣の魂を宿すことは想像を絶する負担を強いられることであり、使命のために生命を捧げる『宿命(フェイト)』を背負うことでもあった。これが全て悪い夢で、目覚めたらまたザイオンが笑顔でお茶を淹れてくれていたりはしないかと思いたかったが、それは儚い幻でしかなかった。
「ソフィア様、お嘆きにならないでください。私はこの光の民の国で、この家で、生まれてから今までずっと幸せに暮らして来ました。他国で家畜や奴隷として虐げられている同族とは天と地ほども違う、とても有難いことです。ソフィア様に従者としてお仕えしながらも、ニコラス様とマリア様は我が子同然に慈しんで育ててくださいました。あなたを、この家を、この国を守るのは、ご一家に対する私のご恩返しです。召喚師の皆さまと戦うことは哀しいことですが、この世界を救うことが私に与えられた宿命です。そのためなら私の生命を捧げることに何の躊躇いがありましょうか。」
ザイオンは寂しそうに微笑んで言った。
(もうあなたと会えなくなる。あなたの姿を見ることも、声を聞くことも、差し出された手に触れて口づけることも、もう二度とできなくなる。)
心の中ではそう呟きながら、涙をこらえて気丈に微笑んで見せたつもりのザイオンだったが、その笑顔はぎこちなく、少し歪に見えた。
「ザイオン…。」
ソフィアはそれ以上言葉にならなかった。物心ついた時からずっと傍らに居て、陰になり日向になり支え続けてくれた彼は、いつしかもうただの「兄のような存在」ではなくなっていた。「いつかザイオンと結ばれて、両親のように暖かい家庭を築けたら」と年頃の少女らしい夢を見ていたのに、それぞれが巫女と器となった今、それは決して叶わぬ願いとなってしまったのであった。
「思い出すわね。あの方たちと過ごした時間を。最初は無の民であるあなたに対して、どう扱っていいのかわからず、腫れ物に触るようだったのに、試練を終えて、お別れの宴を催した時には、あなたともすっかり馴染んでいたわ。被験者同士だけでなく、わたしとあなたも、彼らの友達になれたと思っていたのに。魔術師でも非術師でも関係ない。全ての者が互いにわかり合い、友情で結ばれることが出来るって、そう思っていたのに、哀しいし、悔しいし、とても残念だわ。」
「ソフィア様、私も同じ気持ちです。」
その夜はソフィアに乞われてザイオンはソフィアの隣で手を繋いで眠った。明日になれば戦場へ赴く彼に、「最後のわがままを聞いてほしい」とソフィアが懇願したからである。年頃の、夫婦でもない男女二人が床を共にするなど、あってはならないことではあるが、ニコラスとマリアはそれを許した。
「妹の一生のお願いを聞かぬ兄など居ないでしょう。」
とマリアが微笑んで言うと、ニコラスも
「ザイオン、今夜はソフィアと一緒にゆっくりおやすみ。」
とザイオンの肩に手を置いて言った。
ソフィアの願い通り、ザイオンは手を繋いで添い寝をしたまま朝を迎えた。契りを結ぶことはおろか、唇さえ重ねることのないまま眠り、目覚めたザイオンはソフィアの髪を撫で、いつも通り手の甲にそっと口づけて部屋を出て行った。ソフィアの閉じられた両瞼から、涙が滲み出て頬を伝い枕を濡らし続けた。
戦場では昼夜を問わず、ぼろぼろになりながらも五霊獣の戦闘が続いていて、無尽蔵と思われた精霊の魔力も枯渇し始め、霊獣の中で深く沈められていた五人の意識が少しづつ浮上を始めていた。
三神獣が戦場に降臨した時、五人の召喚師の魂が共鳴した。三神獣ののうちの一体の中から幽かにザイオンの意識を感じたからである。同時にザイオンもまた、今までは本能に従い戦っていたかのような霊獣の中に、彼ら五人の存在を感じ取ったのである。ザイオンと五人の召喚師の脳内に、試練を終えた後の宴の記憶が流れ出す。
「長かったようで、短かったようで、でも、もうこれで終わりだなんて気がしないよ。」
とリヒトが言った。
「何かもう帰りたくねえな。国に帰ったら贅沢三昧させてもらえるとしても。」
とカシムが笑った。
「じゃあ、ずっと居るか?」
ミハイルがからかうと、カシムはお道化て答えた。
「そうは問屋が卸さんぞ、って言われるね。きっと。首に縄をつけて引きずってでも連れ戻されるんじゃないか?」
「バッカじゃないの?召喚師は国防の要なのよ。認定されるのを待ってくれてるだけ。いつまでも油売ってたらダメに決まってるじゃない。」
メリッサがそう言うと
「だからこそ、帰りたくないんだよね。ここの居心地が良すぎて、もう現実には戻りたくないんでしょ。」
とサクヤが言った。相変わらず、笑っているのか真顔なのかわからない。
「仕方ねえだろ。ここは天国みたいなもんなんだから。なあ、ザイオン。」
カシムが傍らで給仕していたザイオンに言うと、突然話しかけられたザイオンは微笑みを浮かべて
「そうですね。皆さんのお話を伺っているだけで、私も楽しいです。」
と答えた。するとカシムは急に真顔になって言った。
「オレたち異国の民は、無の民を蔑ろにしている。差別とか偏見に慣れてしまってて、それを何とも思わずにいた。でもよ、ここでザイオンと出会ってわかった。ザイオンはオレたちの友達だ。オレたち五人の仲間と、ソフィアとザイオンと、ここの人たち皆も。」
「ありがとうございます。私も皆さんの友達に加えて頂いて光栄です。」
「堅苦しいのはやめよう?友達なんだからさ、もっと力抜いて良いんだよ。」
ザイオンに向かってサクヤが声を掛けた。
「それぞれ国に帰ってしまったら、もう叶えるのは難しいだろうけど、いつかまたこうして皆で集まりたいよね。ここでは訓練と試練の繰り返しばっかりだったしさ。それぞれの国に旅して、名所を案内してもらって、名物料理を食べて、全部の国を回るの。その時はソフィアとザイオンも一緒に来てね。」
サクヤの語る夢物語が実現する可能性なんて殆ど有り得ないことを知りながら、皆が想像を膨らませた。
「そんなこと、無理に決まってるじゃない。…けど、出来たらいいなとは思うわよ。」
メリッサがぼそぼそと呟くと、
「いいじゃねえか。妄想はタダだよ。」
とカシムが笑った。
「起きて見る夢も良いもんだ。」
とミハイルが言った。
「今は夢物語かも知れないけど、いつかそれが現実になるように、皆が頑張って少しずつ国や民を変えて行こう。諦めたらそこで終わりだ。」
リヒトが言うと、一同は(リヒトらしいな)と思った。
そんな宴を終えて、それぞれが旅立つ前、互いに抱擁や握手を交わし合う中に、五人の仲間とその友達となったソフィアとザイオンも居た。立場や境遇は違えど、若者たちは固い友情の絆で結ばれたのだった。
(((((ザイオン?)))))
五人は自らが感知した彼の魂に動揺した。召喚師を目指し、認定を経て、今霊獣の姿と化した仲間たちと、互いに敵として戦闘を続けて来た彼らの前に、立ちはだかった新たな敵・三神獣の一体が、彼らと友の契りを交わしたザイオンであることに、彼らの認識が追い付かなかった。そして秘匿され続けて来た三神獣は五霊獣を全て倒すためにこの戦場に降り立った存在であると、霊獣の魂の知覚で感知はしたものの、到底理解は出来なかった。国と民を護り世界を救うために存在するはずの霊獣を、害悪として退治するかのような神獣が存在すること自体意味が不明であったし、その一体の中にザイオンの魂が内包されていることも謎でしかなかった。ただ、今この世界にとって、霊獣という存在が既に不要と神に認められたのなら、是非もない。
カシム(生まれる国も)
サクヤ(生まれる家も)
メリッサ(生き方すらも)
ミハイル(選べなかったが)
リヒト(今こそ選ぶんだ)
(((((自分の死に方と死に場所だけは!)))))
ザイオンの魂が五人の心の叫びを聞いた。今までは霊獣の魂に沈められていた彼らの意識が表へ出始めて、それぞれが霊獣ではなく彼ら自身として戦って死のうと覚悟を決めたのだ。彼らは自らの運命を知っている。それでもなお戦うより他に進むべき道はない。絶望的な状況だとしても、その道を貫き通す以外に選択肢は残されていない。最後の最後まで戦い続けることだけが彼らの出した答えだった。ならば、友としてザイオンがなすべきことは、彼らを正しく終わらせること。苦しませず、長引かせず、逝かせてやることだけだった。
顕現した三体の神獣が五霊獣を圧倒し、それぞれの霊獣は死後、世界から吸収した生命エネルギーと魔力の凝縮した塊である巨大な「大魔石(クエレ)」と化した。魔法を使えないために、魔術師たちから見下され、虐げられて来た非術師の無の民は、屈辱的なその名称を不服として、自ら「新種族・アンスロポス」と名乗り、大魔石由来の魔力を利用することで、「疑似魔法(メギカ)」を手に入れることとなり、「大魔石」の欠片「魔石(ライストン)」を生活魔法に使用することで繁栄した一方で、大戦後霊獣を失い絶滅に瀕した五属性の民は、アンスロポスによって「蛮族(バルバリアン)」と呼ばれ、過去の歴史の報復とばかりに権利や尊厳を剥奪されて、「蛮族狩り」によって捕らえられ、奴隷商人に売られた蛮族は、奴隷や家畜として魔石の消費なしに使える「生得魔法(マギカ)」の使用を強要され、魔力が尽きるまで酷使された挙句、使い捨てられて死んでいった。魔力の源は魔術師自身の生命エネルギーであったから、魔法の過剰な使用はその生命を削ることに他ならなかったからである。
霊獣大戦の後、アンスロポスにとっての救世主となった三神獣は世界の創生主たる『混沌(カオス)』即ち『星の命』から生まれ、光の神獣は光の世界、即ち生者の世界『現世(うつしよ)』の神アルブに属していたが、闇の神獣は闇の世界、即ち死者の世界『幽世(かくりよ)』の神アトルから、聖の神獣は混沌から借り受けたものであった。光の神獣は霊獣大戦の終了により現世に安寧が齎されたため、アルブの命により長く深い眠りに就いたが、アトルはアンスロポスの監視のために闇の神獣を眠らせなかった。アンスロポスの中から選ばれし器の身にその魂を宿らせたまま、魂の番人としてアンスロポスを監視する役割を担わせようとしたのである。現世とアンスロポスの行く末を見守り、光と闇の世界が反転すべき時が来たら、闇の器によって光の世界を破壊するために。そしてその時が来れば、アルブは光の神獣を目覚めさせ、光の器と闇の器との闘いの結果で世界の行く末を占おうとしたのである。闇が勝てば全ての魂は幽世へと送られ、再び世界は混沌の中から新たな創世『パリンジェネシス』を行うべく。一方でザイオンが器となった聖の神獣は混沌へと還り、『星の命』に溶け込んで世界を巡ることとなった。後の世で再び聖の神獣が必要とされる時が来れば、新たな器を得て復活することはあるだろうが、ザイオンの魂は『星の命』の一部となって永遠に生き続けることとなった。空にも、海にも、草原にも、岩山にも、砂漠にも、世界のあらゆる場所に『星の命』は生命エネルギーとなって循環し、見守り続ける。ザイオンの魂も他の多くの魂と共に、愛するソフィアが生きるこの世界を見守り続けるのだった。
終章 回顧録の続き
古代種の末裔でもある、若き古代史研究者ベアトリクスが、初めて解読に成功した古文書、最後の純粋な古代種ソフィアによって綴られた回顧録には、未解読とされる数頁があったと言われている。「損傷が激しくて解読不能だった」と言われていたが、「実は既に解読されていたにもかかわらず、ベアトリクスの判断で未公開のままになった部分ではないか」という説もあった。
『霊獣大戦で命を落とし、大魔石と化した五体の霊獣は、わたしとザイオンにとってかけがえのない友であった五人の若者たちである。最後の召喚師となったその五人の男女は、国のため、民のため、世界のために自らの命を捧げた英雄である。だが、召喚魔法によりその身に霊獣を顕現した彼らの魂は精霊ないし霊獣の魂によって抑制され、結果的に世界に甚大な被害を与えることとなった。世界の滅亡を防ぐために、神々によって召喚された三神獣によって五霊獣は倒され、三神獣もこの世界から姿を消したが、その一体の器となったのが、ザイオンであった。巫女であったわたしにはわかる。最期に霊獣となった五人の仲間の魂が、神獣の器となったザイオンの魂と共鳴したのであろうと。彼らの魂が自我を取り戻し、自らの宿命を悟った時、ザイオンは心を鬼にして友のために自分が出来る唯一の役割を果たそうと決心した。そしてザイオンは他の二体の神獣と共に五霊獣を殲滅した。かけがえのない友たちを、自らの手にかけて殺さねばならなかったザイオンの心情は察するに余りある。そして使命を全うしたザイオンの魂は『星の命』へと還った。彼はわたしたちと生きたこの世界を心から愛していた。一人遺されたわたしの生きる「この世界を護りたい」と彼は言った。その言葉通り、彼は今もなお『星の命』の一部となって遍くこの世界に存在し、見守り続けている。彼を失った哀しみは、今もわたしの心から消えることはないが、この世界に生きる限り、わたしはザイオンを感じることが出来るし、いつも彼と共に居られる。時が流れ、わたしは別の男性と結婚し子供も生まれた。その家庭や生活には何の不満もない。夫は優しくて真面目な人柄で、子供たちも素直で思いやりのある良い子に育った。わたしが憧れていた両親のような、温かい家庭を持てたことは、家族に感謝しかない。しかし、それとは別に、わたしは死ぬまで五人の仲間とザイオンのことは忘れない。今日(こんにち)のわたしの幸せな生活の礎となった彼らの犠牲を忘れてはならない。わたしの夫は正確には光の民ではなく他種族との混血のため、わたしの家族を含めて、光の民の血脈は途絶えてはいないが、純粋なる光の民はわたしが最後の一人となってしまった。時の流れは全てを押し流し、いつかは全てが忘却の彼方へと消えて行ってしまうだろう。しかし、わたしはこの回顧録を残し、霊獣大戦の陰に埋もれて消えて行ってしまう真実を後世に伝えようと思う。
地の民・玄武の国のミハイル、風の民・白虎の国のカシム、火の民・朱雀の国のメリッサ、水の民・青龍の国のサクヤ、雷の民・麒麟の国のリヒト、そして光の民の国で生まれ育った無の民・ザイオンにこの書を捧ぐ。神々よ、『星の命』よ、彼らの魂に安らぎを与え給え。』
(『霊獣大戦前後の回顧録』著:最後の光の民純血種ソフィア/訳:古代史研究者ベアトリクス)
(おわり)
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