きつねの戯言

銀狐です。不定期で趣味の小説・楽描きイラストなど描いています。日常垢「次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活」ではエッセイも。

A bunch of fives 五人は仲間 ーカテーナ・ヒストリア外伝ー第2部

2024-01-08 22:30:59 | 小説
(第1部からのつづき)
 数日に一日の割合で戦闘が行われない休日が与えられ、五人の被験者は戦術や技能の情報交換だけでなく、共闘する時のために、互いについての理解を深めようと、修行中の苦労話に始まり、故郷や家族の思い出なども語り合うようになっていた。最初は文化や個性の違いから反発することもあったが、その背景や来歴を知ることで理解し合えるようになり、少しずつ互いが歩み寄って、五人は固い絆で結びついた仲間へと変わって行ったのである。

 「ちっきしょう!もう、お前一体何やってんだよ‼あそこは違うだろ‼」
「それはこっちの台詞だ!お前こそヘマしやがって!」
そんな初期の罵り合いも、今では殆ど聞かれなくなり、戦況や敗因を冷静に分析できるようになって来ていた。
ある休日の昼下がり、ソフィアが従者のザイオンを伴って五人の被験者の宿舎の居間へやって来た。
「皆さん、連日の戦闘、お疲れ様です。今日は少しでも皆さんの疲れを癒すため、心を落ち着かせる白花菊(カマイラ)茶をご準備しました。では、ザイオン。お茶をお淹れして。」
「かしこまりました。」
ほかほかと白い湯気を立てて、柔らかな花の香りが漂い始めると、まだ白花菊茶を口にしていないうちから、心がゆっくりとほぐれ、全身から無駄な力が抜けて、雲の上に横たわって空に浮かんでいるような穏やかで軽い気分で満たされていった。
 各自の前に予め湯で温められた器が置かれ、薄い黄緑色の透明な液体がゆっくりと注がれていった。白花菊茶で器が満たされると、各々が自然に
「ありがとう、ザイオン。」
と言葉を発した。全員の茶器を満たすと、ザイオンは深々と一礼してソフィアの後方に控えていた。
「お茶を飲みながら、皆さんのお話を聴かせてください。皆さんはわたしがお世話係を務めさせて頂いた最初の召喚師になられる方々です。後の参考に、何故召喚師を目指すのか教えてください。」
五人は茶器を持つ手を止めて、一度一斉に沈黙した後、互いの視線を探り合い、誰が一番に口を開くのか、様子を窺っていたように見えた。そして、毎回こういう沈黙を破るのは決まってサクヤだった。
「そうねえ。あたしの場合は、なりたいとか、目指すとか、そういうのじゃないから。真剣に召喚師に憧れて、召喚師を目指している人には申し訳ないんだけど、あたしの国・青龍では召喚師の家系で最初に生まれた子供は召喚師になるって決められてるのよ。生まれた時から決まってるから、他の何になりたいとかいうのもなくて、なるもんだと思ってた。勿論そのための修業は頑張ったよ。今更出来ないとは言えないしね。『もし他の国に生まれてたら、召喚師じゃなかったかもなあ』なんて考えたことはあったけど、考えてみたってどうにもならないし、こういうのを『宿命(フェイト)』って言うんだろうな、って今は思ってる。」
サクヤの話を聴き終えて、次に言葉を発したのはカシムだった。
「サクヤのことをどうこう言うつもりはこれっぽっちもないんだけどさあ、ある意味、オレも憧れとか、そういうんじゃないんだな。白虎の国はあんまり治安が良くなくてさ、野盗も多いし、自然環境も厳しくて、オレみたいに砂漠で両親が死んで孤児になる子供がいっぱいいる。手に職つけて働けなかったら、物乞いか野盗か、どのみちまともな暮らしは出来ないんだ。だからオレは召喚師になろうと思った。それなら一生食いっぱぐれがない。生きるため、ただそれだけのために、オレは修業を積んで来て、今ここにいる。」
カシムの壮絶な身の上話に、一同は俯いて暫し言葉を失った。意を決したように、沈黙を破ってゆっくりと口を開いたのはミハイルだった。
「そうだな。白虎ほどじゃないかもしれんが、玄武も貧しい国でな、ほんの一部の金持ちだけが良い暮らしをしてるんだ。玄武じゃ金持ちになりたきゃ召喚師になるのが一番の早道だ。召喚師になれば、一生楽に暮らせる。そのためなら修業の辛さなんてたいしたことじゃない。」
フンッと鼻を鳴らしてメリッサが言った。
「あなたたちの国って酷いのね。朱雀では召喚師は『選ばれし者』なのよ。生まれた時から、他のたくさんの魔術師を蹴落として、最も優秀な召喚師候補に上り詰めるために子供たちは皆死にもの狂いで努力するのよ。勿論朱雀でも召喚師になれば、地位も名誉も財産も全て手に入るわ。親もそのお零れに与れるから生まれてすぐに子供を差し出すの。親の顔も名前も知らず、私たちは必死に競い合う。でもそれは金持ちになるためじゃない。私が誰よりも優秀であるという自尊心のためよ。召喚師になれば、全てが与えられるけれど、なれなかった者には何も残らないの。生きる意味さえもね。召喚師になれなければ、私は、私が生きてて良いって思えない。召喚師じゃない私に、帰る場所なんかないのよ。」
そう言って顔を伏せ、すすり泣き初めたメリッサにかける言葉を誰もが見つけられずにいた中で、突然リヒトが語り始めた。
「他の国に比べたら、麒麟が如何に恵まれているか、良くわかるよ。麒麟には、それほど顕著な格差や貧富の差はないから、切羽詰まった気持ちで追い立てられるように召喚師を目指すってことはないと思う。寧ろ僕たちは『恵まれている者は、恵まれない者を助けるものだ』と教えられて育つんだ。だから、『才能を持って生まれた者はその才能を活かすべきだ』とね。そして自分自身や自分の家族、麒麟の国や民のことだけでなく、世界のために貢献するにはどうしたら良いだろうと考える。でも、僕たちは知らされていなかった。他国が困窮していたり、社会的な問題や矛盾を抱えていることなんて。日々の食事がなくて物乞いをしたり、犯罪に手を染める国があることも、一部の者だけが富を寡占している国があることも、子供の運命を家や親や国が勝手に決めてしまう国があることも。僕は何も知らなかった。それで世界を救うつもりでいたなんて、馬鹿げているよね。『井の中の蛙大海を知らず』とはよく言ったものだ。僕は正に無知だったよ。他国に直接干渉することは難しいかも知れないけど、どうにかして世界の不平等・不均衡を是正出来ないものか、僕たちは真剣に向き合わないといけないんだ。」
リヒトの言葉を聴いて、カシムは感極まって泣いていた。
「ありがとう。あんたの気持ち、とっても嬉しいよ、リヒト。最初はあんたのこと誤解してた。あんたみたいな育ちの良さそうな金持ちの坊ちゃんに何がわかるって思ってたんだ。ごめんよ、リヒト。」
すると、リヒトはカシムの肩に手を置いて言った。
「いや、それならお互い様だよ。僕だって君のことを、チンピラだ、ゴロツキだって思っていた。許してくれ、カシム。」
その傍らでミハイルは呟いた。
「俺は何てちっぽけな男だったんだ。世界のことまで考えてるリヒトに比べて、俺はただ金持ちを見返したいとか、良い思いがしたいとか、自分勝手なことしか考えてなかった。」
そんな男連中を横目にサクヤは自嘲的に笑った。
「運命なんてね、そんなに簡単に変えられやしないのよ。…でもね、何か馬鹿みたいに感動してるあなたたちを見てたら、もしかしたら、いつか世の中が変わる時が来るんじゃないか、なんて思えてきちゃう。あたしも馬鹿ね。」
メリッサも溜息をついて言った。
「サクヤまで何よ。あんたたち皆馬鹿なの?…でもね、私まで、突拍子もない夢物語だけど実現したら良いのに、って思っちゃったわよ。」
いつの間にか、生まれた国も、育った環境も、年齢も、性別も、何もかもが違う五人の被験者は、今やかけがえのない仲間としての絆で強く結ばれつつあった。

 そして全ての試練を終えた時、彼らは個人としての技量は勿論、誰と何人で共闘してもぴたりと息が合うようになっており、一人として欠けることなく五人全員揃って、晴れて召喚師として認定されたのである。
「皆様、見事一人も欠けることなく全員で召喚師となられ、おめでとうございます。今夜は宿舎にてささやかながら宴のご準備をしております。明日にはこの光の民の国を後にして、それぞれの国へ戻られることとなりましょう。今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。」
マリアとニコラスからの祝福を受けた五人は名残を惜しみ、宴は夜明け前まで続いた。五人は短い仮眠の後、支度を整え、互いに熱い抱擁や固い握手を交わしてから転送魔法で結界の外まで送り届けられ、それぞれの国に向かって帰路に就いた。

§霊獣大戦§
 カシムが召喚師の認定を取得して白虎の国へ戻った時、風の民の不平不満がついに爆発し、各地で暴動が起きて、既に国は荒れ放題だった。程なくして食料は不足し、治安は更に悪化して、数少ない緑地の水源も枯渇したり汚染されて、清潔な飲料水にも事欠く事態に至り、白虎の国としては、最早民を抑えるために隣国玄武を侵略するよりなかった。まずは水源の豊富な玄武を手中に収め、その後に麒麟、朱雀、果ては青龍までをも征服して、全世界を我が物とする。そんな無謀ともいえる戦争を始める以外、民の怒りの矛先を逸らす術はなかったのである。
 玄武にはミハイルが居る。戦争となれば、いつか彼と戦うことになるかもしれない。そんなカシムの不安をよそに、白虎は玄武への侵略を開始したのである。
 カシムは召喚師と認定されるのに必要な最後の試練のために光の民の国に滞在していた時のことを思い出していた。五人の被験者は次々と到着する度自己紹介を交わしたが、カシムにとってミハイルの第一印象はあまり良いとは言えなかった。「髭面の大男で、口数も少なく低い声でぼそぼそと喋るので『陰気なおっさん』だと思った。カシム自身とは正反対に感じられ、苦手だとさえ思えた。それ故彼と二人組で試練を受けることになった時はうまくいく気がしなかったが、それをクリアしなければ二人共召喚師にはなれない。連携を取って戦うには互いのことを知る必要があった。
「ミハイル、今度の試練の前に、ちょっと自主練でもしねえか?」
「ああ、そうだな。」
二人は被験者のために用意されている訓練場で、幻影魔法を利用した仮想の敵を相手に戦いつつ、最初はぶつかり合いながらも徐々に呼吸を合わせられるようになっていった。
「おっさん!今じゃねぇ!そこでもねぇ!空気読みやがれ!」
「お前こそ!」
そんな罵り合いから、いつしか無言でも互いの動きや思考が読めるようになり、風と地の魔法の合わせ技はどんどん上達していったのである。
 宿舎へ戻ってからも、反省会と称して膝を突き合わせ、その日の戦闘の課題などを話し合った。そしてその後は互いに光の民の国の酒を片手に、他愛のない話をしたりもした。
「カシム、お前、歳は幾つだ?」
ミハイルは普段は寡黙だが、酒が入ると少し饒舌になった。とはいえ、北国の玄武は寒いため、故郷の酒は火を近づけると燃え上がるほど強い酒なので、それに比べると光の民の国の酒は水のように薄い、とは言っていたが。
「オレか?オレは十八になったばっかだ。」
カシムは上機嫌でそう言った。
「何だ、そうか、十八か。」
そう言うとミハイルは笑った。カシムは怪訝な表情を浮かべて訊いた。
「何だよ?可笑しいか?」
ミハイルは手をひらひらさせて、まだ笑いながら答えた。
「俺は今年十八になるんだ。この前はお前に『おっさん』と呼ばれたがな。」
「え?」
カシムは一気に酔いが醒めたように青ざめた。
「本当かよ?どう見ても十は年上、いや、もっとおっさんだと思ってたぜ。」
「俺もお前はせいぜい十五、六、いや、もしかしたらもっと子供で、『小僧のくせにちゃらちゃらして生意気な奴だな』と思っていたんだから、お互い様だな。」
ミハイルがそう言うとカシムはミハイルの肩を抱いて、
「何だよ!同い年だったんじゃねえか、オレたち。よろしく頼むぜ、相棒。」
「こちらこそ、よろしくな。お前とならうまくやれる気がしてきたよ。」

 ミハイルも又カシム同様に、二人組で試練を受けた時のことを思い出していた。玄武では召喚師は地位や名誉、富を手に入れられ、生活を保障される一方で、その代償として最終兵器として扱われ、他国に対する抑止力であり続けられるうちは良いが、有事となれば一命を賭して戦わねばならない。それはあくまでも最後の手段ではあるが、他国が先に召喚魔法を使い、霊獣を召喚した時は、覚悟を決めねばならない。仲間として認め合ったカシムとは直接戦いたくない、いや、敵が他のどの国であったとしても、サクヤやメリッサ、リヒトの誰とも、出来ることなら戦いたくはなかった。しかし、玄武の国では召喚師は全軍人の頂点に立つ軍人の中の軍人という立場だけに、そんな本音は口が裂けても言えなかったし、気取られることすら許されなかった。

 一方で白虎の国における召喚師は、全ての子供や若者の夢であり、憧れの存在であった。誰もが召喚師となって地位や名誉や富を手にすることを望んでも、召喚師となるには生まれ持った類稀な才能と、その才能を120%引き出すための血の滲むような弛まぬ努力が必要とされた。才能に恵まれる者はそもそも魔術師の中でも極少数にしか過ぎなかったし、それを活かせるところまで研鑽を積める者はほんの一握りであり、夢を実現出来る者はさらにその中の極一部でしかない。広大な白虎の砂漠の中からたった一粒の砂金を探し当てるに等しかった。貧しさ故に夢を見ることすら許されない者、道半ばにして命を絶たれる者が大半を占める殺伐とした世の中で、数々の苦難を潜り抜けて夢を実現した勝ち組、それこそが召喚師である。そんな召喚師になれたカシムは子供たちの尊敬と若者たちの羨望を一身に受けて、決して負けることの出来ない闘いへと駆り出されることになった。ミハイルを始め、仲間たちの面影が脳内に蘇り、出来ることなら彼らの誰とも戦わずに済むことを祈りながら、同時にその祈りは決して聞き届けられないものであろうという絶望的な思いに胸を痛めていた。

 玄武・白虎の両国の開戦とほぼ時を同じくして、青龍の国も朱雀の国へと奇襲攻撃を開始した。海上の島々からなる青龍は古来より広大な領土への渇望から大陸進出の野望を秘めていたのである。玄武・白虎の開戦の兆しを察知した青龍の国は両国の開戦の機に乗じて、白虎に隣接する朱雀の国の混乱に付け入る隙ありと見たのである。宣戦布告もなく、隠密裏に進められていた作戦が成功し、青龍の特殊工作部隊は同時多発的に朱雀の主要な軍事拠点を攻撃し、一定の成果をあげた。当然のことながら、朱雀の国も反撃を開始し、青龍軍を迎え撃つための準備が進められた。

 青龍国内でも隠密作戦については極秘事項であり、一般国民は勿論のこと、関係者以外には緘口令が敷かれており、サクヤにとっても開戦の報は青天の霹靂であった。朱雀には共に試練を受けた仲間の一人、メリッサが居る。このまま戦争が激化すれば、召喚師も戦場に出ることになるだろう。そうなれば、メリッサと直接戦うことになるかもしれない。できればそれは避けたいところだが、両国の属性の相性からして、一方的に勝敗が決まるとは到底考えられない。両国の戦力が拮抗すれば、最後は召喚師同士の闘いになることは明白だった。サクヤの脳内に光の民の国でメリッサと共闘の訓練をすることになった時の記憶が蘇った。サクヤにとってメリッサの第一印象は、口にも態度にも出しはしなかったが、決して良いとは言えなかった。派手でけばけばしい印象の火の民は初見だったし、なにかとつっかかってきたり、急に激高したりと、情緒が不安定なメリッサはサクヤ自身とは真逆の気がして、メリッサからも嫌われている、というか、好印象を与えていない感じもひしひしと伝わってくるようだった。そんな彼女と二人で協力して試練に合格できるのだろうかと、一抹の不安を感じた。
「メリッサ、今度の試練のことなんだけど。」
サクヤが言うと、メリッサはふふん、と鼻で笑った。
「あなたは私の動きに合わせて支援してくれるだけでいいわ。私が敵を倒すから。」
「そう、それならそれでいいけど、訓練場で仮想の敵を相手に訓練はしておいた方がいいんじゃないかしら?実戦の動きをおさらいしておく方が試練本番で自然に動けるわよ。」
サクヤが言うと、やれやれ、というように呆れ顔をしてメリッサが答えた。
「そんなに言うなら付き合ってあげてもいいけど。別にぶっつけ本番でも私は全然大丈夫だけど、あなたはそうはいかないかもね。」
「じゃあ、そういうことで。早速訓練場に行きましょうか。」
サクヤはいつもの通りの微笑んでいるのかいないのかわからない表情のまま言った。
 仮想の敵は想像以上に強く、メリッサが主体の攻撃は思うように奏功せず、苦戦を強いられたが、サクヤの機転でメリッサは救われ、最後には二人の同時攻撃により見事に敵を撃破することに成功した。二人は訓練場から戻り、ソフィアの差し入れてくれたお茶とお菓子で反省会をすることになった。
「あなた、意外に強いのね。びっくりしたわ。普段から飄々としていて何を考えてるのかわからなかったから、あなたのこと、少しは見直したかも。ま、勿論私の方が強いのは変わらないけどね。今日はちょっと敵の能力を見誤ったのもあって、最初から調子が乗らなかっただけで。」
負け惜しみのようにメリッサが言うと、サクヤは少し笑った。
「うん、メリッサは強い。それはわかってる。ただ、もう少し相棒を信頼して任せてくれる方が動きやすいかな、お互いに。」
最初は息が合わなくて衝突したり、あわや同士討ちになりかけたことを言っているのはメリッサにもわかっていた。
「そうね。私は自分さえ強ければ、一人でどうにでもなると思ってた。それではうまく行かないこともある、ってわかったわ。あなたが居てくれて助かった。」
サクヤはメリッサがそんな風に素直に認めるとは思っていなかったので、少しの間ぽかんとしていた。
「メリッサがそんなことを言うとは思わなかった。訓練の最初の時は『間抜け!』とか『ちゃんと支援しなさいよ‼』とか怒ってばっかりだったから。でも、本当は怖かったんだよね。ただ、強がってたんだよね。てっきりメリッサは沸点の低い、ツンツンしてばかりの人だと思ってたよ。」
サクヤがそう言うと、メリッサも少し頬を赤らめて視線を落とし、ぼそぼそと答えた。
「私もあなたのこと、『胡散臭い、得体の知れない、何を考えてるかわからない奴』と思ってたわ。でも、ちゃんと状況を見てるし、聴いてるし、冷静に判断して的確な指示をくれた。しっかりした、頼りに出来る人なんだとわかったわ。」
「じゃあ、相棒として認めてくれたんだね。だったら、これからは『あなた』じゃなくて、『サクヤ』って呼んでよ。」
サクヤがそう言うと、メリッサも笑顔になり、右手を差し出して言った。
「これからもよろしくね。サクヤ。」
その手を握り返して、サクヤも答えた。
「勿論よ。メリッサ。」

 青龍の国では、召喚師は代々血統により継承されるものであり、かつては賞賛と尊敬を集めた歴史もあったが、今では大工の子が大工を継ぐが如く、単なる職能の一つである。青龍の国の政権を司る機関に勤務する他の魔術師と同様に、召喚師という部署に属する職員の一人に過ぎない。各々がその職能に従い、職責に殉ずるべしというだけで、召喚師を特別視することも、極端に優遇することもない。その命を賭するが故に多少の危険手当分を加算された給与が支給されるだけである。召喚師自身も必要とされる時が来たら粛々と任務を全うするだけのことだ。サクヤもそう思って来たし、そのことに何ら疑問を持つことも、不満を覚えることもなかった。しかし、光の民の国で、他国の被験者たち、即ち召喚師候補の仲間たちとの交流を持つことによって、召喚師に対する扱いは国毎に全く異なることを知った。今まさに戦争をしようとしている相手である朱雀の国では、召喚師は常に命がけ、それも召喚師自身だけの問題ではないことを知った。勿論サクヤ自身も我が身や祖国を護らねばならない気持ちはある。しかし、メリッサにとっての覚悟は、それとは全く違う事情によって、求められるものなのだ。メリッサとの闘いは出来ることなら避けたい、残酷で悲壮な運命でしかなかったのである。

 朱雀の国では、召喚師は国の命運を託されたと言っても過言ではない、非常に重要な存在である。朱雀の召喚師は世界一の強さを、それも圧倒的な強さを誇り、他国を凌駕するものでなくてはならない。そのために朱雀では国を挙げて召喚師を育成する体制を整え、幼少時から才能のある子どもを全国から集めて英才教育を施している。選ばれし子供たちは自身が栄誉を与えられるのみならず、両親や親族までもがその恩恵を受けるため、親の顔も名前も知らぬ状態で親元から離されて、過酷ともいえる修行に明け暮れる。召喚師となれば本人は勿論、両親や親族までもが特別視され、十二分な名誉と富を享受することが出来るが、召喚師が負けた場合は、召喚師自身の命が失われるだけでなく、その一族全員が死罪となるのである。召喚師の敗北はその一族の滅亡に直結する。決して召喚師一人だけの問題ではない。それ故、召喚師の抱える使命感には想像を絶する重圧が付与されているのである。決して負けることは許されない。メリッサもまた朱雀の召喚師として常勝を使命付けられていた。平時なら何事もないまま豊かで平穏な日々を過ごし、国民の尊敬や羨望を一身に受けて一生を終えられる召喚師も居ただろうが、青龍の国と戦闘が開始された今となっては、早晩召喚師が参戦せざるを得なくなることだろう。メリッサは光の民の国での試練を切欠に仲間としての絆で結ばれたサクヤやミハイル、カシム、リヒトの顔を思い浮かべた。楽しかった思い出は、まるで夢のようで、現実の出来事の記憶ではなかったかのようにさえ思えた。サクヤと戦いたくない。自分が勝ってサクヤを殺すことも、サクヤに負けて自分が命を失い、あまつさえ両親や一族全員が死罪となることも、どちらも絶対に起こって欲しくないことだった。しかし、そのどちらもを回避する方法は存在しない。メリッサは全てがただの悪夢であると思いたかったが、それはあり得ないことであると十分に承知していた。

 ほぼ同時期に北と西、東と南の四方の国々が戦闘状態となったことで、麒麟の国は動揺していた。軍事の専門家の分析によれば、交戦中の二国間の戦力には大差はなく、白虎の国の強大な風属性魔法で、氷雪に覆われた玄武の国の岩石が民や家屋の上空から落下させられたことにより甚大な被害を与えられたが、白虎の魔術師が風属性魔法の応用術式である空中浮遊や飛行魔法を得意とするだけに、地の民には相性が悪いため、程なく召喚魔法による決戦に移行するであろうし、朱雀の火属性魔法と青龍の水属性魔法は相反する作用を持つため、属性魔法による攻防では容易に埒が明かず、業を煮やした両国が共に霊獣を召喚するであろうことも時間の問題だということだった。その予測が現実となれば、中央に位置する麒麟の国は周囲四国が交戦状態に陥った今、自国防衛のためには即刻霊獣を召喚し、他国の霊獣の脅威に備えねばならないだろうというのが結論だった。

 そんな麒麟の国の召喚師であるリヒトは、光の民の国での試練で共闘した仲間たちに思いを馳せていた。試練では個人戦から仮想の敵に対する五人全員での共闘まで、あらゆる組み合わせの総当たりによる模擬戦闘の全てに勝利するまで、被験者が棄権しない限り、続けられた。自然と連携して戦えるようになるまで何度も自主訓練を繰り返し、戦闘前の作戦会議や戦闘後の反省会を行ううち、五人の被験者は互いを仲間と認識し、絆を深めたのだった。その中で第一印象とは違った、時には真逆と言っても良い相手の本質を見極め、心と心、魂と魂で結ばれた仲間と呼べる存在へと変わって行ったのである。

 リヒトの他の四人に対する第一印象はあまり良いものではなかった。それまで他国の民と接する機会がなかったからか、根拠のない先入観のせいか、外面の良さでごまかしてはいたが、好印象とは程遠かった。
 ミハイルは寡黙であったため、暗くて陰気で不愛想だと思ったが、実は歳の割に落ち着いていてしっかりしている男に他ならなかった。
 カシムは不良っぽくて下品な、チャラチャラと軽い男で、所謂チンピラとかゴロツキとかいう類なのではないかと思ったが、熱い心を持ち、真面目な努力家だった。
 メリッサはツンツンと偉そうで、お高く留まっている嫌味な女だと思っていたが、意外に可愛らしいところがあり、ただ照れ屋で負けず嫌いな、子供っぽいところがあるだけだとわかった。
 サクヤはつかみどころのない、腹の底の見えない感じがして、もしかしたら腹黒いのではと疑ったこともあったが、サバサバしているように見えて、本当は寂しがりやで、人生を諦めているような投げやりなところがあった。
 それぞれが、ただ不器用で表現するのが苦手だったり、「弱みを見せまい、馬鹿にされるまい」と虚勢を張ったり、本当の自分を知られたくなくて偽りの仮面を被ったように振舞って見せたりはしていても、素の姿が見透かせるようになると、理想の自分を演じようとしていつも背伸びしているリヒト自身と彼らとが、環境や背負っているもの、形や方法は違っても、同じように悩み、苦しみ、必死に藻掻き、足搔いて生きているのだと気づき、互いに仲間であると思えるようになったのだった。
 人間らしく生きるために、日々の糧を得るために、自分の居場所を求め、自分という存在を認め、生きていて良いと思えるために、それぞれが選んだ道だった。麒麟の国では、「恵まれた者が恵まれない者を、持てる者が持たざる者を救う」という精神を拠り所としているため、才能に恵まれ、召喚魔法という力を持つ召喚師は、いうなれば勇者であり、英雄である。その立場に相応しい覚悟が求められ、国を救うという使命を背負って戦わなければならない。それはリヒト自身に召喚師の素質が認められた時から繰り返し刷り込まれて来た価値観である。光の民の国で彼らと出会う前のリヒトならば、微塵も迷うことなく自らの『宿命』に従い、使命を全うしただろう。そのためなら命をかけて戦う覚悟は出来ていた。しかし今、リヒトが倒すべき敵は、ミハイル、カシム、メリッサ、サクヤという仲間たちなのだ。属性魔法による魔術師同士の戦闘が膠着状態となれば、各国はそれぞれ召喚師に対して霊獣召喚を命じる。そして霊獣をその身に顕現させ、五人の仲間たちは五体の霊獣と化して殺し合いをすることになる。召喚師と認定されたその時から逃れる術はない、一番訪れてほしくなかった未来が、今まさに現実となって五人の眼前に突き付けられたのである。
(第3部につづく)
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