きつねの戯言

銀狐です。不定期で趣味の小説・楽描きイラストなど描いています。日常垢「次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活」ではエッセイも。

吸血鬼~BLood sucker~ 8

2012-07-31 13:24:11 | 日記
8章 運命の選択

 その夜ヴィンセントは最後となる1000人目の獲物を求めて街へ出た。次々と女が行方不明になり、今や夜の街で女を見かけることはほとんどできなくなっていた。
 今夜は珍しく物乞いの女が一人路地裏の一角に蹲っていた。他に人影もない。体つきからするとまだ若い女のようだ。いつもの商売女と同様に金でも見せればすぐについてくるだろう。ヴィンセントはこの女を最後の夜の生贄にすると決めた。

 ヴィンセントが歩み寄ると女は顔を上げた。長い前髪に隠れてはいるが元は大変美しかったであろうその顔の右半分は無残にも破壊され、右の眼球は失われているようだ。隻眼の黒い瞳はヴィンセントを見つめているように見えて、どこか虚ろであった。

 『立てますか?』
ヴィンセントは彼女に手を差し伸べた。彼女は何を言われているのかすぐには理解できない様子で少し首を傾げたが、やがてゆっくりと単調に
「ありがとうございます。」
と答えた。
『お腹は空いていませんか?よかったら僕の屋敷へいらっしゃい。春先とはいえ夜はまだ肌寒い。こんなところにいては風邪をひいてしまいますよ。』
親切そうな甘い言葉を囁きながらも、ヴィンセントの紅い瞳は獲物に狙いをつけた獣のように鋭い光を放っていた。
彼女はまた機械的に答えた。
「ご親切にどうもありがとうございます。」
『いいえ』
ヴィンセントは微笑を浮かべて彼女の手を取り、屋敷に導いた。彼女はおとなしく彼に従った。
ヴィンセントは寝室のベッドに彼女を座らせた。
被っていたフードを脱がせても彼女はじっと眼の前を見つめたまま身動き一つしなかったが、ヴィンセントが彼女の髪や頬に触れようとすると怯えて頭を抱えた。
(僕の術に操られている訳ではないのか…?)
ヴィンセントはいつものように簡単に心を操ることのできない彼女に少し戸惑った。
『大丈夫…。怖がらなくていいんだ…。君はとても美しい。さあ、もう一度僕によく顔を見せて…?』
ヴィンセントが語りかけても彼女はぶるんぶるんと頭を振っている。
ヴィンセントは彼女の横に座り、その長い腕を回して背後から覆いかぶさるように強く抱き締めた。
『落ち着いて…』
彼女は彼の腕の中で次第に落ち着きを取り戻した。
『僕を受け入れて…』
おとなしくなった彼女の首筋にヴィンセントは口づけた。
彼女は目を閉じて彼に身を任せた。今までの999人と同じように。

 その時ふと身に纏っていた衣の長い袖から彼女の左手首が覗いているのが目に入った。そこには古い傷跡が残っている。
『うっ…!!』
その傷を見た瞬間ヴィンセントを激しい頭痛が襲った。
(ベアトリクス…!?)

 いつの間にかエリスが奥のドアから部屋に入ってきていた。
『エリス!彼女は…!?』
ヴィンセントは思わず叫んだ。
「ベアトリクスよ。生きていたのね。やはり。遺体が見つからなかったはずだわ。噂には聞いていたの。死に損ねた化け物みたいな女がいると。少し調べたら、あの後顔に大怪我をした片眼の女を助けた人がいた。でもその女は記憶をなくしていたから身元がわからなかった。怪我が治ると何処かへいなくなってしまったって。それが彼女かもしれないとうすうすわかってはいたわ。だけど証拠もないし、貴方には死んだことにしておこうと思ったの。まさか貴方が1000人目に選んだ女が彼女だったとはね。」

 ヴィンセントは彼の腕の中で意識を失ったようにぼんやりしているベアトリクスを見つめた。
(彼女には記憶がない…僕を知らない…僕を愛したことも、僕に愛されたことも…そして今の僕が999人の女を殺した吸血鬼になっていることも…)
ヴィンセントは唇を引き結び、意を決したようにベアトリクスを抱いて立ち上がった。
「ヴィンス?彼女をどうする気?…何処へ行くの?」
『彼女は帰す。今夜のことは悪い夢だと思うだろう。』
「あなたはどうするのよ!」
『僕のことはいい!』
固く目を閉じ美しい眉根を寄せてヴィンセントは叫んだ。制止しようとするエリスを振り切ってヴィンセントはベアトリクスを抱いたまま屋敷を出た。

 ヴィンセントは彼女を元居た場所へと帰した。そして自分が身に纏っていたマントを掛けてやった。
彼女は安らかに寝息を立てて眠っている。
『さよなら。ベアトリクス。君だけは幸せに。』

 その後ヴィンセントはエリスの店へ向かった。エリスの店の奥には硝子の柩に収められた自分の元の躯体が保存されている。ヴィンセントは部屋の中にあった椅子を持ち上げて硝子の柩に投げつけた。硝子の柩は粉々に砕け散り、暗赤紫色の気体が漏れ出てきた。美しい白い顔はみるみるうちにどろどろと腐り始め灰白色の骨が見えてきた。そしてその骨も砂のようにもろく崩れ、さらさらと風に舞うように消滅した。

 エリスが慌てて駆け込んできた。
「ヴィンス!何てことしたのよ!貴方はもう人間に戻れなくなってしまったのよ!」
『わかってる。だからこそ壊したんだよ。エリス。』
「貴方、自分のしていることがわかってるの!?」
『よくわかってる。もういいんだ。エリス。もう何も言わないでくれ。』
ヴィンセントはテーブルの上にあったナイフを手にして自分の左手首を切った。傷口からエリスに飲まされた魔女の血が流れ出して床にこぼれ落ちた。
「ヴィンス!やめて!やめて!」
エリスは慌てて言った。
『これで契約は解消だ…。』
「貴方…なんてことを…なんてことを…」
床に流れ落ちた血がどす黒く変色し、エリスの体もまたどろどろと肉が融け、骨が崩れていく。
「今の貴方の身体は人形なのよ。生き血を吸わなければ、すぐにその身体を保てなくなるわ。そうしたら器を失った魂も消滅するのよ。永遠に。もう生まれ変わることもできないわ。貴方はもうおしまいよ!」
エリスの声だけが響き、断末魔の悲鳴だけを残して消えた。

 ふっと自嘲的な笑みを浮かべてヴィンセントは呟いた。
『わかっているよ。エリス。それでいいんだ。』
ヴィンセントは夜の明けきらぬうちに屋敷へ戻った。

 (最愛の人を抱いても何の感触も得られない。この手で触れても口づけても僕の体温も吐息も彼女に感じさせることはできない。
僕が与えられるものは偽りの感覚だけ。心を操り、夢を見させるだけ。
所詮この体は人形。生身の体でベアトリクスと再会して、彼女を強く抱き締めたかった。
しかし今の僕にはそんな資格はない。
ベアトリクスは僕を失って命を断とうとした。僕は彼女が死んだと思い、生き返らせるために他人の命を奪ってきた。
魔女の口車に乗せられたとはいえ、999人の女を殺めてまで自らの望みを叶えようとしたんだ。
もうすぐこの体も命も魂も消えうせる。
僕のことを何も知らないまま彼女は、魔女も吸血鬼もいなくなったこの街で、これからも生きていくんだ。)

 ヴィンセントはベッドに身体を横たえた。身体から全ての力が少しずつ抜けていく。
(あぁ、僕は死ぬんだな…)
ヴィンセントはほっとしたように微笑んだ。人形の体は眠ることがない。やっと人間だった頃のように眠りに就くことができる。
 そして眠りに落ちたらもう二度と目覚めることはない。

 路地裏の片隅でベアトリクスは眼を覚ました。見覚えのない柔らかなマントが身体を覆っている。記憶はないはずなのに何故だか懐かしい香りがした。心安らぐ香り。
「ヴィンセント…」
何故かその名が口を衝いて出た。誰のことだったのかはわからない。その人の顔すら思い出せないけれど、この香りはきっとその人の思い出に繋がるものなのだろう。
 ベアトリクスはもう一度そのマントから漂う香りを感じようとしたが、それはもうできなかった。あれは錯覚だったのだろうか。夢でも見ていたのだろうか。その手に握っていたはずのマントすら何処にも存在していなかった。ついさっき口にしたその名前すら思い出せない。
 朝の光。爽やかな風。小鳥たちの囀る声。
平和な街のありふれた朝だった。

 幽霊屋敷の寝室の開け放たれた窓から入る風がカーテンを揺らしている。
大きくひび割れた古びた鏡に光が当たると、一瞬その中に美しい青年が映っているように見えた。
しかし次の瞬間にはもうその姿は消えうせてしまい、そこにはしわ一つない純白のベッドだけが映っていた。

Fin

 
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吸血鬼~Blood sucker~ 7

2012-07-31 12:46:31 | 日記
7章 最後の一夜

 そして数年後商売女は勿論若い娘から大人の女性まで含めてその街で行方不明となった女の数は既に999人に達していた。

 「ヴィンス。とうとうあと一人で1000人になるわね。ついに人間に戻れる日が来たのよ。」
エリスがヴィンセントの細長い白い指を撫でながら言った。
『…!?』
虚ろな目をしたヴィンセントがエリスを見つめる。
 魔物として生きるうち、ヴィンセントは人間だった頃の記憶を少しずつ失ってきていた。
吸血鬼としての命をつなぐため、人間の女の生き血を吸い続けて生きてきただけで、何一つものを考えてはいなかった。

 ただ本能のままに女を誘い、誑かし、弄ぶ。女は彼にとってただの獲物。命の糧。
微笑も囁きも全ては獲物を狩るための手管。目の前で絶命する女たちに何の感情を抱く訳でもない。
食事をするように女を抱き、生き血を吸う。もはやそのことに何の不思議も感じていなかった。

 今やヴィンセントはどうして自分が吸血鬼になったのかということすら覚えてはいなかった。

 「この日が来るまで大切に預かっていた貴方の躯体(からだ)よ。私の大切な大切な宝物。貴方が人間に戻ってもずっとずっと私と一緒にいてね。私はもう決して貴方を離さないわ。」
エリスが指し示した硝子の柩の中には美しい青年が横たわっている。鏡に映ることのないヴィンセントはそれが自分自身の肉体であったことさえわからなくなっていた。
『エリス…?これが…僕の…体…?』
「そうよ。ヴィンス。今の貴方の体はお人形なの。今夜最後の女を生贄にして貴方は人間に戻るのよ。」
『そう…僕は昔…うっ!…』
記憶を辿ろうとした瞬間、ヴィンセントは頭が割れるかと思うほどの激しい痛みを覚えた。

[オ モ イ ダ シ テ ハ イ ケ ナ イ]

そんな言葉が頭の中にこだまする。

 「いいの。ヴィンス。昔のことは思い出さなくていいの。辛い過去は忘れて、私と一緒に新しい人生を歩き始めましょ?」
『新しい…人生…』
ヴィンセントはぼんやりとオウム返しをしたが、それがどんなものなのか何も考えられなかった。人間に戻ったら何が変わるのだろう。今の空っぽな自分には何も想像できない。かつての自分は何を願い何を望んだのだろう。あの柩の中の体に戻ったら、何もかも思い出すのだろうか。

to be continued
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吸血鬼~Blood sucker~ 6

2012-07-31 11:37:18 | 日記
6章 幽霊屋敷

 夜の闇の中では昼間でさえ異様な雰囲気のあるその屋敷は更にその不気味さを増している。その屋敷に今夜も彼は一人の女を伴って戻ってきた。
『さあ、どうぞ。』
彼に導かれるまま虚ろな目をした女がゆっくりと寝室に入ってくる。

 真夜中でもカーテンが閉じられた薄暗い部屋の中で燭台の灯りがぼんやりと白いベッドを浮かび上がらせている。
女はふらふらとベッドに近づいた。
彼はふわりとマントを外し、上着を脱いでタイを緩めた。シャツのボタンを外すと白い胸に血の契約の証の紅い薔薇のタトゥーが見える。
女を見つめる彼の紅い瞳。柔らかな蝋燭の光に照らし出された彼の顔はぞくぞくするほど美しい。
彼は女の両肩に手を掛けた。
『僕に全てを委ねて…。心を開いて僕を受け入れて…。君が欲しい。君の全てが欲しい…。』
甘い囁きは何処か冷たい響きを含んでいる。
彼はベッドに腰掛けた女の向かいに跪くと左手で女の頬を包み込み右手で髪を撫でた。
女の左脇に座ると背後から腕を回して両肩に手を掛けた。
そして彼の唇が女の首筋に触れた。
女は眼を閉じて陶酔の表情を浮かべたが、その唇の冷たさにびくりと小さく体を震わせた。呼気さえ感じられない。
その部屋の片隅にある大きくひび割れた古びた鏡にはベッドと女の姿しか映っていない。
彼の瞳が一際紅く強い光を放ち、犬歯が長く鋭く伸びて女の首に突き立てられた。
これまでどんな男も与えてくれたことのない興奮と快感が女の体を貫き走る。
その悦びが絶頂に達した時、女の体から全ての血液が失われた。
それでも肌が土色になりどさりとベッドに倒れた女の表情は最高に幸せそうに見えた。

 奥のドアが開き、エリスが姿を現した。
ヴィンセントに歩み寄るとその前にしゃがみこみ、ヴィンセントの両頬に手を添えて、女の血がべっとりと付いた彼の唇をとがった舌先で丁寧に舐めた。
ヴィンセントは黙ってなされるがままにしている。
「ヴィンス…いつも通り女の始末は私に任せて貴方はもうおやすみなさい。」
エリスが命じるとヴィンセントはこくりと頷きベッドに横たわって目を閉じた。
眠れる訳ではない。人形は眠ったりしない。ただ体を横たえて休むだけだ。また夜が来るまでじっとベッドの上で待つだけだ。
エリスはそんなヴィンセントの横顔を満足そうに眺めていた。
「ヴィンス。私の愛しい人。離さないわ。永遠に私だけのものよ。」
そしてエリスは全ての血液を失って嘘のように軽くなった女の体を何処かへと運び去った。

to be continued
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吸血鬼~Blood sucker~ 5

2012-07-31 10:54:11 | 日記
新しいチャンネル


5章 美しすぎる魔物

 その街の外れには小さな古い屋敷があった。かなり以前からずっと空き家で幽霊屋敷と噂されていたのだが、最近異国から一人の若い男性が引っ越してきて住み着いたらしかった。
 
 その男は背が高くほっそりとしていて肌が透けるように白く、印象的な深い紅色の瞳で見つめられると吸い込まれそうになる。端正な顔立ちと柔らかな物腰で、彼に出会った女は老いも若きも皆一瞬で心を奪われてしまうと言われていた。
 氷のように冷たい表情に強い光を放つ紅い瞳。決して抗うことのできない圧倒的な魅力で心を鷲掴みにされてしまう、と。
 ほとんど外出することのないその男の噂で街中もちきりだった。
どれほどの魅力の持ち主なのか、一度会ってみたいと女は誰もが憧れていた。

 日が暮れると街灯も疎らな街並みでは路上でも薄暗かった。賑やかな声が響く酒場の裏通りにはその眩しいほどの店内の明かりも届かない。
路地裏の暗がりにけばけばしい化粧と肌も露わな際どい衣装の女が一人。
(今日はボウズかしらねぇ…)
ふうっと煙草の煙を吐き出した女の前に人影が。闇に溶け入る黒ずくめの装束。近付くとぼんやりと白い肌が浮かび上がる。
「ねぇ、遊ばない?」
女が媚びた声をかける。

 無言で差し出された細長い白い指先には高額の紙幣が。驚いて客の顔を見ると紅い瞳がじっと見つめていた。
『これで足りますか?』
女はごくりと唾を飲み込み、無言で頷いた。
『そのかわり一緒に僕の屋敷まで来てもらえませんか?』
その言葉は心の奥深くに沈み、有無を言わせぬ力を持っていた。紅い瞳に見つめられその甘い声で囁かれると、女は誰しもまるで術に操られるように彼の意のままに動いてしまうのだった。
「はい…」
生気を失った女の瞳がぼんやりと宙を見ている。その視線は何処にも焦点を結んでいない。夢遊病者のようにふらふらと女は彼に歩み寄る。
『さあ、行きましょうか』
ふわりとマントを翻し彼は包み込むように女の肩に腕を回した。二人の人影は街外れの幽霊屋敷の方角へと消えていった。

 数日後、夜の酒場でそれぞれ脇に商売女を侍らせた数人の男たちが酒を酌み交わしている。連れの女たちは既にへべれけに酔って呂律も回らない客の男たちをそっちのけでひそひそ声でおしゃべりを始めた。
「ねぇねぇ、知ってる?最近あたしたちのお仲間が次々行方不明になっているって話。」
「うんうん、聞いた聞いた。まぁ出入りの激しい業界だから別の街に流れて行ったりしていなくなることは別に珍しくはないけど、最近立て続けに消えちゃったってねぇ…いったい何が起こってるんだろ?」
男たちが席を立ち、女たちもおしゃべりをやめてそれぞれの客と共に店を出て行った。

 中には物騒な噂を恐れて本当にこの街を離れた者もいたにはいたが、大方の女たちは生活のためには客を取らない訳にも行かず、内心少し怯えながらも街角に立っていた。

 そして今夜も誰もいない暗い路上で客待ちをする女に黒い影が忍び寄る。

to be continued
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7月30日(月)のつぶやき その6

2012-07-31 01:25:02 | 日記
23:51 from yubitter
心臓バクバク どうして君はいつも 私の心を乱す 嬉しい でも 怖い

23:55 from yubitter
中継繋がってた!6分間の空白大丈夫だったか?余裕無さすぎ…焦った…また行方不明にならなきゃならなくなる

by NonChromatic on Twitter
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