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ぽかぽか春庭「校正について」

2008-11-25 19:30:00 | 日記
2006/01/14(土)
家業紹介・表記校正(1)

 個人の表現における表記は自由でかまわない。自分の日記や詩の中で、「黒」と書いた文字に「しろ」とフリガナをつけても、何らさしつかえない。お好きなように。
 だが、公的な文書、マスコミの文書には、語彙表現で許容される範囲、仮名文字や漢字の標準的表記法が存在する。

 私がマスコミの文章や出版における表記基準にこだわるのは、自分の仕事が「日本語を教える」ことであることも理由のひとつだが、それ以上に、家業が「文字の間違いをなおしてナンボ」の仕事であるからだ。

 夫が自営している会社、主な仕事は「校正」である。編集後の文章ゲラ刷りを校閲し、漢字のまちがい、文章のまちがいを見つけて訂正していく。
 「表記の統一」についても研究おこたらず、旧漢字や変体仮名の校正もできる。
 旧漢字、たとえば、対→對 体→體 芸→藝 学→學。 
 変体仮名はフォントがないので、ここでの紹介は省略。見たい方は変体仮名画像表示サイトへ。
 たとえばhttp://esopo.fc2web.com/isoho/monji/monji.html

 長年仕事を引き受けてくれている優秀な校正者を抱えているので、仕事の評判はよいのだが、ちっとも儲からない。借金ばかりが増えていくのは何故だ!

 優秀な校正者とは、漢字を知っているだけではだめ。仮名表記漢字の知識はもちろんだが、雑学を豊富に身につけているかどうかが勝負どころ。元原稿が間違えている場合も多いからだ。若手ライターの原稿など、間違いだらけ。

 校正者は、校正紙と元原稿とをつきあわせて読んでいく。原稿の通りに直しを入れるなんて、簡単だと思いますか?
 「間違っている部分を直すだけなんて簡単」と思う方も、「いやどうも自信がないなあ」という方も、ひとつ簡単な校正練習をしてみませんか。
 次の一文を読んで、校正の朱筆を入れてください。

  「妻のマリー・アントアネットより一足速くギロチン台に消たルイ17世は、生前、錠前創りを趣昧にしていた。」

 フランス旅行ガイドブック校正紙の一部であると思ってね。もっとも、当社の仕事「地球の○○方」フランスガイドを読んでも、このような文は載っていません。あくまでも、練習問題です。
 ヒント:6ヶ所をチェックしてください。見つかった?

チェック 1)外国人の氏名カタカナ表記  アントアネット→アントワネット(?)

 フランス革命期の王妃Marie Antoinetteは、マリー・アントアネットというカタカナ氏名表記も使用されているが、マリー・アントワネットのほうが一般的。筆者があえてアントアネットというカタカナ表記にこだわるのでなければ、一般的なほう、アントワネットに統一するかどうか、質問の赤字を入れる。
 歴史研究者が自分の表記にこだわる場合もあるし、若手旅行ライターが、どっちでもいい、という場合もある。

チェック 2)歴史上の人物 ルイ17世→ルイ16世

 マリーの夫フランス王は、ルイ17世ではなく、ルイ16世であるという知識を持っていれば、元原稿が「17」と誤記されていても、見のがすことはない。
 ルイ17世は、マリーの息子。幽閉されていたタンプル塔にて10歳で死去。ギロチンにかけられたのではない。
 校正者は執筆者の元原稿を遵守するのが基本だが、明かな間違いは、質問の形でチェックを入れる。「マリーの夫のフランス王ルイは16世ですが、元原稿のまま17世で、よろしいでしょうか?」というお伺いの赤字をいれる。

 残り4つは、明日、発表。見つけておいてね。
<つづく>

2006/01/15 日  
家業紹介・表記校正(2)

「妻のマリー・アントアネットより一足速くギロチン台に消たルイ17世は、生前、錠前創りを趣昧にしていた。」
 間違い部分のチェック、残り4ヶ所見つかりましたか?

 お答えをよせていただきました。a*****さんからの解答。
「速く→早く」「創り→作り」「趣昧→趣味」の3つと、「消た→消えた」でしょうか。ギロチン台に消えた、も「・・の露と消えた」でないと意味やニュアンスが変わる恐れがありますね。。。

 4ヶ所、解答の通りです。ただし、「ギロチン台に消えた」を「ギロチン台の露と消えた」とすることは、校正者にはできないのです。
 校正者は、元原稿遵守が鉄則。表記やあきらかな誤記は訂正できるけれど、文章の内容は執筆者の書いたものが優先。

 「私はこういう文章の方がいい表現だと思う」と感じても、文章自体をいじることはできません。
 ゆるされるのは、せいぜい「、」の位置を変えて、文章の構造をわかりやすくするくらいです。

 私が校正したら見のがしてしまいそうな「趣昧」について、g****** さんも見つけだしてコメント。
「趣味と趣昧は意味は同じでしょうか」

チェック 3)似た漢字  趣昧→趣味 

 曖昧の「昧」と、趣味の「味」似ているけれど、違う漢字。
 「昧(まい)」は、くらい、はっきりしない、という意味。愚昧、無知蒙昧など。「味(み)」は、食べ物のうまみを知る、味わう、内容のおもしろさを知る、という意味。味覚、賞味、興味、玩味など。

 これは、現代のコンピュータ処理オフセット印刷では起らない間違いをわざと入れた、漢字のひっかけ問題。植字技術者が手作業で活字を拾っていた時代には、見た目が似ている活字の間違いはよくありましたが。

チェック 4)送りがな  消た→消えた

 「消える=自動詞(2グループ動詞・一段活用)」「消す=他動詞(1 グループ動詞・五段活用)」
 動詞の送りがな原則。活用語幹部分を漢字にあて、活用語尾をひらがなで書く。
 「きえる」は「きえナイ、きえタ、きえル、きえレバ」と、なり、「きえ」が語幹。原則通りなら、活用語尾の部分だけひらがなで書けばよいので、「消る」でよいはずだが、他動詞「消す」とのかねあいで、「消える」と、送りがなをつける。「送りがな原則の例外」にあたる。
 「例外の例外」もあったりして、ややこしいのが送りがなだが、一応の原則を知っていれば、だいじょうぶ。

チェック 5)漢字(同音漢字の使い分け)  一足速く→一足早く

 スピード、速度のはやい遅いは、「速い」を使うが、時間的経緯のはやい遅いは「早い」を使う。「一足はやく」の漢字表記は「一足早く」になる。「朝、早く起きた」は、4時とか5時、早朝といえる時間帯に起きたことを意味する。「朝、速く起きた」としたら、ものすごいスピードで蒲団をはねのけ、1秒くらいで寝ている状態から立ち上がって起きたことを意味する。

チェック 6)漢字(同音漢字の使い分け) 錠前創り→錠前作り/錠前造り

 錠前をつくるなら、「作る」か「造る」のほうがよい。「創る」は創作活動によって、何か新しい作品を生み出すばあいが適切。
<つづく>
00:05 |

2006/01/16 月  
家業紹介・表記校正(3)

 と、まあ、このような文字の細かいミスをひとつひとつ拾い上げ、「1ページいくら」で、稼いでいくのが、校正会社の仕事です。
 どうでしたか。6ヶ所全部見つけられた人、校正校閲者に向いています。
 校正の仕事を経験した方、縁の下の力持ちの仕事の苦労がわかっていだけたと思います。

 校正の仕事をやっていたというh****さんからも
 「文章の間違いを直したくて直したくて我慢できないときは付箋つけてました。(笑)」

 私もついつい「こうしたほうが、意味が分りやすく、全体にまとまった文章になるのに」と、付箋貼りまくって叱られてばかりでした。

 文章に目がいっていしまい、文字の細かい部分を見落とす私は、すでに夫から「校正者失格」の烙印を押されています。
 練習問題に出した文、これだけを見つめていれば「趣味」が「趣昧」になっていても気づきますが、長い文章の一部だったら、私は見のがすでしょうね。細かい違いなど気にしないで読んでしまうので。

 結婚後、しばらくは夫の仕事を手伝っていたのですが、「とても使いものにならない。あなたに校正やらせたら、うちみたいな弱小校正会社、クレーム続きでたちまちつぶれてしまう」と言われて、今は日本語教師の仕事に専念しています。

 旅行ガイドブックのホテルなどの電話番号、数字ひとつのまちがいを見逃しても、えらいことになります。
 出版社との契約打ち切りどころか、損害賠償裁判になった他社の例もあります。零細会社は、一文字の見落としが倒産につながりかねない。
 でも、夫の会社、私が手伝うのをやめたおかげで、まだつぶれていない。

 夫は日本人の書いた原稿を校正し、妻は留学生の日本語作文を添削し、夫婦で同じような仕事をしていて、毎日時間におわれて働いているのに、少しも稼げない。
 儲からない会社への「企業診断をお奨めします」というアドバイスもいただきました。ご心配いただき、ありがとうございます。いろいろ経営に不備は多いのですが、もうからない一番の理由はわかっています。

 「執筆者、編集者への報酬に比べて、校正者への社会的評価と収入は、不当に低い」という主張の持ち主である社長が、校正者に対して、他社に比べてずっと高い報酬を支払っています。そのため有能な校正者が長年働いてくれているのです。
 しかし、出版社から支払われる校正料は、他社より高いってことはありません。出版社から支払ってもらえる金額は他社と同じで、働き手に支払う金額は他社より高いのですから、儲かるはずもありません。

 毎年、「年末の資金繰りができないとトーサンは倒産」という駄洒落をききながら年越しをし、正月を迎えてきた。
 誤字脱字の漢字でも、ひらがなカタカナ、何でもいいから、とにかく平穏無事に正月を迎えられたら、それが何より。
 今年も姑から貰った餅で、なんとか雑煮を作って食べました。

 「家業紹介」文、これにてひとまず校了です。
  日本語は、適度に間違えて書きましょう。当社が校正校閲いたします。
<おわり>