にっぽにあにっぽん日本語&日本語言語文化

日本語・日本語言語文化・日本語教育

日本語学基礎2

2012-01-20 08:05:00 | 日本語学
2009/09/17
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(12)語種クイズ復習

 海外との異文化交流の話。文化の交流があれば、かならず言葉の交流があります。古代から海外と交流しつつ、日本語の語彙が増えてきました。
 ここで、語の素性クイズ。日本語には、もともとオリジナルの日本語=和語と、漢字とともに中国から入ってきた漢語と中国以外から来た外来語があります。語種といいます。和語、漢語、外来語。

 2日目の宿題として、語種クイズプリントを渡して3日目に答え合わせ。これは、何度か、カフェコラムでも紹介した春庭クイズです。一度クイズを考えれば、毎年毎年学生は違うメンバーだから、何年でもつかえるクイズ。便利です。

 何度か掲載してきたクイズを再録。同じクイズを何度も見てきたという人も、復習です。もう一度回答してみましょう。(何度やっても忘れているから)
 1,次のことばを見て、A)の漢字の語にはよみがなを書いてください。  
2,A)①~⑤のグループ分けの理由を考え、どのグループの語が固有の日本語(古来の和語&日本で作られた語)か選び、海外から日本へ入ってきた語と区別してください。

① 久羅下  山  雨  花  
② 大根  火事
③ 哲学  経済  野球  
④ 梅  馬  寺  鮭 
⑤ 一日  二万  大豆 

 語種クイズ解答。
 Aグループの固有日本語(古来の和語と日本で作られた語は「①、②、③」です。え~っ、そうなの?と学生たち。そうなんです。毎年同じクイズをして毎年「え~!」とびっくりされる。

 っていうことは、④⑤は固有の日本語ではなく、もともとは外国から来たことば。古い時代に日本に来たので、今は外来の語だということは忘れられて、完全に日本語語彙としえ定着しています。
 A④の「梅」「馬」は、古来の日本語だと思われている。それほど日本語になりきっているので、もう外来語だと言う必要もありません。
 出自は古代中国語で「ンメィ」と発音したと思われる「梅」。日本に取り入れられたときは、語頭の「ン」は、古代日本語では発音できなかったので、「ウ」に変えて「ウメ」になりました。現代中国語では「メイ」。「馬」も同様、「ンマー」。現代中国語では「マー」。

 もともと日本にあった花木を固有の和語から中国風にかえたのか、中国から梅の木と共に名前もやってきたのかは不明。馬は、「騎馬民族説」などもあるくらいですから、もともと大陸にいた動物が流入したときに動物名も同時に来たのかもしれません。しかし、1万年くらい前までは、大陸とも陸続きであったのですから、もともと野生馬がいて、漢字「馬」が入ったときに、改めて「馬」という呼び方が定着したのかもしれません。

 「てら=寺」は朝鮮語のチョル(礼拝)と同根という説があります。仏教関係の語はサンスクリット語(梵語)や漢語から来ているので、テラだけが朝鮮語経由というのはこじつけっぽいと思うのですが、仏教伝来とともに、やってきたことばであることは、他の仏教用語と同様でしょう。

 「サケ=鮭」は、もともとサケ・マスを表すアイヌのことばだった語を和語に取り入れ、漢字をあてはめた。「鱒」をアイヌ人は( シャケンペ或はサ ケン ペ) と称するが,語源的に「シャクイ ペあるいはサクイペ」。(,hak.sak-夏)の(ipe-食)の意。
 中国語では魚のサケは「三文魚」。
 馬や鮭も、もはや外来語といわなくてもいいでしょう。

<つづく>
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2009年09月18日


ぽかぽか春庭「クラゲなす漂へる万葉仮名」
2009/09/18
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(13)クラゲなす漂へる万葉仮名

 語種クイズのうち①の久羅下(クラゲ)について。
 クラゲには海月という当て字もあります。中国語の「水母」をそのまま使う場合もあります。「久羅下」という表記は古事記や万葉集に出ている「万葉仮名」という書き方です。中国語である漢字を日本語表記にするため、さまざまな表記の工夫がなされました。漢字の意味をそのまま日本語にあてて、「山」を「やま」と読むことにしたり、久羅下のように、ひとつの音節(子音と母音を組み合わせて発音する音のひとまとまり)にひとつの漢字をあてはめたりしました。

 百人一首では持統天皇御製「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」万葉集では「来にけらし→来たるらし」「干すてふ→干したり」と、少しことばが違います。
 万葉仮名表記の例。
 春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山 はるすぎて なつきたるらし しろたえの ころもほしたり あまのかぐやま 

「はる」「なつ」「しろ」などには同じ意味の中国語漢字、春、夏、白を当て、「し」「の」など助詞には発音が同じ「之」「能」などの音読み漢字を当てています。之の草書から「し」という平仮名ができあがりました。乃の草書から「の」という平仮名ができました。能という漢字の草書から変体仮名ができました。どちらも音価は「no」です。(能の変体仮名の形は下記URLでお確かめを)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Hiragana_NO_01.png

 万葉集巻十、2174番「露を詠める よみ人しらず」
  秋田苅 借廬乎作 吾居者 衣手寒 露置尓家留
(秋田刈る仮廬(かりいほ)を作り我が居(を)れば衣手(ころもで)寒く露ぞ置きにける)

 万葉集2174番の歌は、天智天皇の歌として百人一首にもなっている「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ 我が衣手は 露にぬれつつ」の本歌です。雄略天皇の歌とか天智天皇の歌などの中には、万葉の時代に民謡のように流布して皆が口ずさんでいた歌を、洗練させてから「大王の歌」として掲載している歌も多い。パクリの日本事始め、というか、本歌取りは、和歌の技法のひとつとなっています。

 さて、パクリは今日の話題にあらず。本日のお勉強は、助詞の「乎を」、「居れば」の「者ば」、「置きに」の「尓に」などが他の語と区別されていることです。万葉集の表記者は、助詞や助動詞などの非自立語(付属語)と自立語と峻別していることがわかります。
 『古事記』や『万葉集』の編纂者、表記者は、日本語の文法をきっちり把握して表記していたということです。

 現代語での対照でも、中国語母語話者が習得に難儀するのが助詞の区別です。中国語に助詞も助動詞もないからです。

 ⑤の「一日、二万」などは、漢字が日本にもたらされた直後に日本語の語彙に取り入れられた語。
 「外来語ぎらいだから、外国から来た言葉は使いたくない、古来の日本語だけで、話したい」とおっしゃる方には、古来の日本語に言い換えができますから、どうぞ。
 15を「ジュウゴ」などと、外国から来た言い方でいわずに、「とおまりいつつ(とお余りいつつ」38は「サンジュウハチ」ではなく、「みそまりやっつ」と、本来の和語で言うことをお奨めします。456は、よつももまりいそまりむっつ。ちと、面倒ですね。だからこそ、中国方式の数の数え方が普及したのです。

 A④⑤は、固有の日本語だと思い、A③は漢語だと思った、という学生も多い。
 ③の日本語は、幕末明治期に西欧語を学んだ日本人が、翻訳した語。「フィロソフィ」にあたる語が日本語にはないので、漢字を用いて「哲学」と翻訳した。「エコノミィ」にあたる語がないので、中国古典に出てくる「経世済民」からとって、「経済」と翻訳した。

 近代以後、中国に逆輸入されて、現代中国語でも「哲学」や「自由」「社会」などを普通に使っているので、中国の学生に「これらの漢字語は日本で作られたんだよ」と、紹介すると、ええ~?!と驚きます。これらの和製漢語について詳しく知りたい方は柳父章(やなぶあきら)『翻訳語成立事情』岩波新書、惣郷正明『日本語開化物語』朝日選書などを参照してください。

<つづく>
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2009年09月19日


ぽかぽか春庭「多啦A夢」
2009/09/19
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(13)多啦A夢

和語漢語外来語クイズ後半
⑥ 旦那 獅子 葡萄 
⑦ 天麩羅 煙草 歌留多  
⑧ 普請 行燈 蒲団  
⑨ 鉛筆 血管 投票 
⑩ 麻雀 面子 焼売 
⑪ 電脳 電視台 机器猫

 A⑥~⑩の語も外国から日本に入ってきた語です。⑥の旦那 獅子 葡萄は、サンスクリット語古代ペルシャなどが漢語経由で日本に到達した語。⑦の天麩羅 煙草 歌留多は、ポルトガル語が室町時代の終わりに入ってきたのち、漢字を当て字した語。⑧は鎌倉・室町時代に日本にやってきた漢語。読み方(発音)が平安時代までに入ってきた漢語と異なります。⑨は、近世の漢語。⑩は近代の漢語。これらは日本語語彙として定着しています。ただし、⑩はマージャン、シューマイなど、カタカナで書く場合も多い。

 A⑪の語は、日本語ではありません。現代中国語です。コンピュータ=電脳、テレビ局=電視台という語は、インターネットの普及、中国映画の普及で、一部の日本の若者に使われるようになっていますが、まだ「漢語」として日本語語彙には入っていません。あくまでも中国語。これから一般化すれば、中国語からの「近代以後の現代流入の漢語」となって、日本語語彙の一部になっていく可能性があります。

 中国語で「机器猫」とは何でしょうか。答え「ドラエモン」です。ドラエモンのパクリが中国に新出したころはこう書きました。著作権問題をクリアした最近は、音訳で「多啦A夢ドゥォラーエーマン」と表記しています。たくさんの夢をポケットから引っ張り出すドラエモンという意味も含まれている漢字表記です。多啦A夢や桃小丸子(ちびまる子)、蝋筆小新(クレヨンしんちゃん)は、中国の子供たちに大人気。

 ちなみに、「蝋筆小新」の意匠登録は中国で法的に有効となっているので、クレヨンしんちゃんの商標権利を持っている双葉社は、蝋筆小新グッズの差し止め請求はできません。2009年の中国での買い物のひとつ、蝋筆小新のイラストと「このおバカ!」「止められるの?」という日本語が描かれているボストンバッグ25元を買いました。

 ドラゴンボールが「七龍珠」になったりしたほか、全世界周知のあのネズミさえも、北京にそっくりさんキャラがお目見え。「中国での著作権解釈。映画などの共同作品(法人著作権)は、発表後50年で切れる。ミッキーマウス発表年1928年の50年後、1978年で中国における権利は切れている。」という法解釈なのです。
 著作権の保護という観点から見ても、通称「ミッキーマウス保護法」で「個人作品は著者の死後75年。法人作品は発表後95年まで延長」と著作権保護期間を延長したのは、アメリカのエゴと私も思います。

 子供が塀に書いた落書きにさえ著作権を言い立てるというあの会社、北京そっくりさんには何か言ったのかどうか。
 漢字というすぐれた表意文字を、著作権がどうのこうのと言わずに分け隔てなく周囲に与えてくれた中国ですから、ネズミのパクリくらいは大目に見てもいい、、、、のかな。

 語種クイズ⑥普請 行燈 蒲団 は、「唐音」「唐宋音」と呼ばれている、鎌倉時代以降に日本に入ってきた中国語の発音です。飛鳥奈良以前に入ってきた発音は「呉音」と呼ばれ、平安初期の遣唐使時代くらいまでに入ってきた発音は「漢音」と呼ばれます。
 訓読み「行く」の「行」は呉音では「修行」「行者」など「ギョウ」という発音、漢音では「旅行」「行進」など「コウ」という発音。「行燈」「行脚」の唐音では「アン」という発音になります。

 漢字をその時代その時代の発音で取り入れただけでなく、漢字を使いこなし、日本語に合った表記法「仮名」を自国語に適応させたニッポン魂、ニッポンチャチャチャ、と喝采してあげましょう。ちなみに、ここで言うニッポン魂とは、なんでも取り入れてなんでも自分たちの文化に合うように変形・編集する「編集魂」のことです。「編集」こそ「創造」なのだと、松岡正剛先生もいってます。ニッポンチャチャチャ。
 次回はニッポンジャパンの話、復習。

<つづく>
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2009年09月20日


ぽかぽか春庭「ニッポンジャパン和製英語」
2009/09/20
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(15)ニッポンジャパン和製英語

 9月実施日本語学集中講義で「日本語なんでも質問コーナー」という時間をもうけました。日本語についての学生が感じた疑問質問に、教師が答えるというコーナーです。
 ユカさんは「日本は、にっぽん、にほんどちらがいいですか。どうして英語ではジャパンというのですか」と質問してきました。これもカフェ日記では何度か書いたことです。日本語学の授業では呉音漢音の話のついでに解説しました。

 「日」は呉音では「ニチ」と発音します。「日曜」「日録」など。「日記」はニチキです。「チ」が促音化して、「ニッキ」に音が変化します。どの音が促音化するか、法則があります。しかし平安時代には促音の表記法がなかったので、「にき」と平仮名表記しました。「土佐日記」の平仮名表記は「とさにき」です。現代仮名遣いでは促音は、小さい「っ」を書くことになったので、「にっき」です。

 日本(ニチホン)は、チが促音の「ツ」になり、さらに「ホン(フォン)」は「ポン」に音が変化します。(この音変化も法則あり。促音の後ろはポン、撥音「ん」の後ろはボン)。変化したあとの発音は「ニッポン」です。でも促音の表記がないので、「ニホン」と表記しました。

 今では「ニッポン」「ニホン」どちらも使われ、原則として単独で用いるときは「にっぽん」。「日本語」「日本文化」など複合語のときは「にほん」です。

 漢音では「日」は「ジツ」と発音します。「祝日」「休日」など。「日本」は漢音の発音では「ジツ+ホン→ジッポン」です。現代中国語では「ジッポン」の発音が残り、「ジーベン=リーベン」と発音されています。ジッポンはシルクロード経由で欧米に渡り、ジパン(グ)、ジャパン、ジャポンなどになりました。Japanの「Ja」の読み方、スペイン語などでは「ja=ハ」、ドイツ語では「ja=ヤ」なので、「ハポン」「ヤーパン」「ヤーバン」など発音がかわります。
 
 このニッポンとジャパンの話も、毎年同じ話をして毎年「知らなかった!」と言われる「日本語トリビア話」です。

 語種クイズカタカナ語の部1~6。どれが日本語(固有の和語&日本で作られたカタカナ語)で、どれが海外から流入してきた語でしょうか。

1、クラゲ カリ オトメ 2、スキンシップ ナイター パネラー 3、カステラ カッパ キセル 4、ミシン ラジオ テレフォン 5、デパート アパート パソコン 6、  ケアホーム バリアフリー ユビキタス

 語種クイズBのカタカナのことばのうち、1は和語。3はポルトガルからの外来語、4・5は英語からの外来語を省略したり発音変化したりしたもの、2と6は「和製英語・和製カタカナ語」と呼ばれるものです。

 動植物名は漢字表記以外のとき、原則としてカタカナで書くことになっていますが、雁を「カリ」と書くと、ガンとは別の鳥のようですね。

 和製カタカナ語については、アユさんに発表してもらいました。アユさんは英語のことばを言い、日本語ではなんと言っているか当てるというクイズを考えて出題しました。

 野球用語outside pitchは、日本語でなんというでしょう。答え「アウトコース」。英語play catch日本語「キャッチボール」。サッカー用語additional timeまたは injury time。日本語ロスタイム。ファッション用語same outfit,またはmatching outfits。日本語ペアルック。英語sleeveless。日本語ノースリーブ。コンピュータ用語、英語numeric keypad。日本語テンキー。英語update,または upgrade。日本語バージョンアップなど。

<つづく>
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2009年09月21日


ぽかぽか春庭「文法栓抜き説」
2009/09/21
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(16)文法栓抜き説

 スキンシップ、ナイターなどのおなじみ和製カタカナ語のほか、モーニングサービス、アメリカンコーヒー、ガードマン、カプセルホテル、ラブホテルなども英語圏では意味が通じないことを学生たちに認識させます。マンションに住んでいるというと、大邸宅、大豪邸に住んでいると思われるから、アパートメントハウスまたはコンドミニアムに住んでいると言いましょう、と言うと、学生たち「英語でも通じると思っていた」とため息。

 第3日目は日本語の文法について。今回は品詞分類だけやりました。学生たち、品詞分類は大いに苦手です。典型的な名詞と形容詞・動詞は分類できますが、ちょっと分類がわからないと、助動詞にしてしまう。間違い続出で、「~をとおして、何より、ほとんど、にした、にしても、しっかり」などは、よくわからないからと助動詞にされていた。「小さな」→形容動詞。「すばらしさ」→形容詞、、、などなど。
 「きれいな」は、形容動詞(日本語教育ではナ形容詞と呼ぶ)ですが、「大きな、小さな」は連体詞。「すばらしさ」「美しさ」など「さ」がついたら、形容詞ではなく、名詞に分類しなければなりません。

 これでは文法学習の基礎をやってからでないとだめだとわかったので、後期の演習で文法をがっちり学ばせることにして、今回は日本語教師は日本語文法をしっかり身につけていなければ、教えられないよ、と、日本語教師志望者に伝えるにとどめました。

 学習者が「大学に勉強する」「大学で通う」「部屋でいる」「喫茶店に待つ」という誤用をしたときに、わかりやすく説明するためには、教師が助詞のちがいをきっちりわかっていなければならない。

 「彼は親切だ」「彼は学生だ」という文型を習ったあと、「親切な彼」を習うと、学習者は「学生な彼」と書いてきます。「学生な彼」はダメだよ、日本語ではそう言わない、だけ教えて、「学生な彼」がなぜ言えないのか説明してやらないと、「学生」については訂正できても、次にまた「医者な彼」と書いてしまいます。「元気な彼」はいいけれど、「病気な彼」は言えないということを、まとめて理解できるようにしてやらなければなりません。

 学習者が「彼女はきれいだ。彼女はうつくしいだ」と表現したとき、「彼女はきれいだはいいけれど、彼女はうつくしいだ、とは言いません」とだけ教えたのでは、次にまた、同じ間違いをして「彼は元気だ。彼はやさしいだ」と書くかもしれません。形容詞(イ形容詞)と形容動詞(ナ形容詞)の区別を教師が知り、文の中での使い方を教えてやれるようにしておかなければなりません。

 文法は、外国語学習を効率的に経済的に進めるための道具です。
 紙を束ねて留めるのに、ホッチキスという道具があると便利ですね。針で穴をあけて、糸で閉じても紙を重ねて綴じることができますが、ホッチキスでガチャンと留めれば、早くできます。
 針で穴をあけて糸で綴じるという方法もひとつのやり方ですが、できるだけ短期間に言語学習を進めたい、という場合に、ホッチキスは便利です。

 ビール瓶のふたをあけるのに、歯で栓をかじって開けるより、栓抜きがあったほうが簡単です。文法というのは、ホッチキスだったり、缶切りや栓抜きだったり、便利な道具なのです。ことばにとっての道具の基本は「品詞」ですから、品詞を覚えないと栓抜きなしにビールのふたをあけるようなことになりますよ。まあ、歯が丈夫な人なら、毎回歯でビールの栓をこじ開けるのもよいでしょうが、普通は、栓抜きがあったほうが、おいしくビールが飲めます。語学学習、単語暗記が第一。第二は文法理解です。

<つづく>
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2009年09月22日


ぽかぽか春庭「禅車両ふたたび」
2009/09/22
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(17)禅車両ふたたび

 日本語学概論の第4日目は、社会の中の日本語と世界の中の日本語。日本語が取り入れた外来語や和製英語、世界語として通用する日本語、などについての学習です。

 古くはゲイシャ、ハラキリなどが英語の辞書に載りました。最近ではスシ、カラオケが「世界語」になっています。サキさんは、「世界で通じる日本語語源のことば」クイズを担当しました「アニメ」「オタク」なんていう語が世界進出しています。

 春庭のカフェコラムでも「禅zen」が、フランス語に取り入れられて、「瞑想できるくらい静かに乗っていたい人のための新幹線車両」の名称になっていることを紹介したことがあります。いつ書いたのか忘れたので、検索しました。「春庭・zen車両・フランス」の3語アンド検索でトップに出てくる。便利ですね、検索機能。2008年2月23日に書いたことがわかりました。
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/d1372

 各国語との対照言語学も日本語教師として知っておくべきです。日本語学習者のそれぞれの母語が、発音面、文法面でどこが日本語と共通しているか、どんな点が日本語と異なっているかを把握しておけば、ある学習者にとって日本語の何がむずかしいのかわかります。

 発音対照では、私の授業では毎回必ず「右、左、ライトレフト聞きわけドリル」「モニの熊さん歌詞聞き取り」などを行います。中国南方地方出身者にとって「N」と「R」の音は同じ音に聞こえる、というと、「え~、ぜんぜん違う音じゃないの、どうしてニスとリスの区別ができないのだろう、簡単な区別なのに」と言う日本語母語話者も、自分たちには「lightとrightの区別がつかない」ということがわかると、母語によって発音の区別が違うことに気がつきます。

 英語母語話者にとって、lightとrightは別の音を発音する別々の単語だけれども、日本語母語話者の耳には同じ音に聞こえることがわかれば、「練習」という漢字に「ねんしゅう」とふりがなを書いてしまう中国南方出身者の気持ちもわかります。「連絡」という発音を聞いて、「ねんらく」「れんなく」「ねんなく」さて、どんなひらがなを書いたらいいのか迷いにまよってしまいます。「れんらく」と発音しても「ねんなく」と発音しても、彼らの耳には同じ音に聞こえているのです。

 世界の言葉との発音対照では、日本人の苦手な英語の発音と、日本語学習者にとってむずかしい日本語の発音のチェックをします。
 ハングル文字表を見て、自分の名前を書かせると、自分の名前の発音が韓国語では発音できない(文字がない)ものがあることに気づく。渡辺和歌子さん、韓国のハングルには「wa」の文字がありません。韓国語では合成母音ㅘ[wa]「ㅗ+ㅏ ua」になります。
 座間さん、「za」の字がありません。韓国語には「za」の発音がないのです。

 逆に言うと、日本語の発音の中で、韓国語にはないものがあれば、韓国人にとって発音がむずかしい。「za」の発音がむずかしいから、韓国人やタイ人の中には「おはようございます」が「おはようごじゃいます」になる人がいる。
 日本語母語話者にとって日本語にない発音「th」が苦手で、たいていの人がthank youをsankyu と発音するようなものです。スミスさんは、Sumithだから、最初のスはいいけれど、さいごのthは「ス」じゃないのだけれど、日本語話者には発音できないので、スミスさん、と呼んでいます。渡辺さんは、韓国の人には「ウァタナベ」さんと呼ばれます。

<つづく>
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2009年09月23日


ぽかぽか春庭「狐の嫁入り」
2009/09/23
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(18)キツネの嫁入り

 発音対照のつぎは語彙の対照。雨のことば集めのついでに、各国語での雨の語彙比較対照をします。
 日本語では雨のことばがたくさんありましたが、アラビア語では雨のことばは少ないだろうと予想しました。アラビア語の雨はマタル。アル・サド・アル・マタルAl Sa'd al Mat.arは「幸運をもたらす雨・雨の守りの星」という星の名になっている。バニ・マタルは「雨の子孫たち」という意味の地域名。イエメンのバニマタル地方は雨期にはかなりの雨がふり、モカ・コーヒーの産地になっているそうです。このように、いくつかは雨にまつわる語もありますが、雨に関わる言葉集めをしても、アラビア語には、日本語ほどたくさんはなさそうだと推測できます。

 各地での雨に関わることばを対照比較してみましょう。
 「涙雨」にぴったりとあてはまって一語で表現できる英単語がないので、「涙のような雨The rain like my tears」というような表現にするしかありません。sprinkling rainでは、雰囲気が違ってしまいます。ほかの雨の例で比べてみましょう。

 ロシア語では「きのこ雨」грибной дождьというのを、日本語ではなんて言うでしょうか。ロシア語だと検討もつきません。
 英語では「太陽のシャワーsun shower」と言い、オランダ語でも「太陽の雨zonregen」、デンマーク語スゥエーデン語ノルウェイ語(この三カ国の言語は方言差程度で、ほぼ同じ言語です)では「太陽の雨solregn」という。なんとなく、意味がわかってきました。
 
 アジアのことばでは、どうでしょうか。インドネシア語「雨熱い(熱い雨)hujan panas」
 韓国語で「キツネの雨 ヨウビ 여우비)。ヨウは狐여우のことで、ビは雨。여우비(ヨウビ)はキツネの雨。
インド南部のケーララ州などで話されるマラヤーラム語(インドで認められている22の公用語のうちの一つであり、話者は約3,570万人)では、「キツネの結婚式kurukkande kalyanam」。
 そう、日本語でも「狐の嫁入り=天気雨」です。アジアの中でも韓国やインドのケーララ州のように同じ発想で天気雨を表す語もあることがわかって、親近感がわきます。

 学生たち、クイズを発表しあって、楽しみながら日本語のあれこれを考えました。
 学生の「日本語トリビアクイズ」発表では、「甲骨文字クイズ」「KY式、アルファベット略語クイズ」「国名漢字表記クイズ」「四つ仮名(じぢずづ)読み分けクイズ」などが出題されました。

 「日本語の擬音語は、英語でどのように翻訳されているか」という発表では、ドラエモンの英語版を使って、オノマトペ(擬音語擬態語)が少ない英語だと、ほとんどが単純な動詞や副詞になっていることが紹介され、皆、日本語オノマトペの豊富さにあたらめて気づきました。

<つづく>
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2009年09月24日


ぽかぽか春庭「日本文化プレゼン」
2009/09/24
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(19)日本文化プレゼン

 英語との比較では、「ハリーポッターの翻訳、訳者によるちがいの比較」を発表した学生がいたので、私は追加説明として、法廷通訳の話をしました。裁判員制度がはじまって、外国人の裁判にも一般の人が参加することになったけれど、翻訳のことばひとつで被告の反省の気持ちが伝わったり反省していないと受け止められてしまう、など、影響が出てきます。
 今、私と同じ大学院ゼミの博士課程に所属している方は、法廷通訳の問題点を追求して博士論文を書いています。法廷通訳は、言葉だけでなく各国の文化の違い法律の違い倫理観の違いなどまでしっかり把握していなければならず、たいへん重要な仕事です。日本語教師もまた、言葉の違いだけでなく、文化や社会背景の違いを知っておくべき仕事です。

各国の文化を知り、日本の文化を発信できることは日本語教師の必需項目。この夏、中国で「浴衣の着付け」を学生に教えて、おおいに喜ばれました。私の得意技は「ソーラン節」などの踊り、折り紙、昔話のかたり。

 今年の中国では「桃太郎」を語ったのが好評でした。
 聴解の合同クラスを担当したとき、数字に弱いので、CDの番号のどこに聴解問題が入っているのか、わからなくなってしまい、困りました。「聞き取り問題が苦手」という学生が多いので、聴解授業は大切なのですが、、、、「それでは日本語の聞き取り練習、昔話を聞きます」と、「昔むかし、あるところに」、とお話をしたのです。CDの聴解は、授業外でも聞くことができるけれど、教師が生の声で昔話を語るのを聞くという時間はなかなかないので、学生たちには喜ばれました。怪我の功名。

 学生たちにも、「日本語教師として、日本語学習者に伝えたい日本事情」という発表をさせました。「日本事情」とは、日本の地理歴史、文化、社会情勢など、上級日本語の科目として学習者に日本語で教える授業です。
 日本語学習者に伝えたい「私の得意技による日本文化紹介」は、私がどの授業でも自己表現練習として課しているプレゼンテーション。過去の授業では、「空手の型」「神社のおはらいのやり方」「奄美地方のことばで自己紹介」「茶道お手前披露」「書道紹介」「お手玉披露」などなど、それぞれの学生が自分の得意なことを発表してきました。

 学生ひとりひとり、得意なことなんでもいいから、発表できることを昼休みのうちに考えておくこと、という課題を出しました。通常ですと、「来週までに準備すること」という課題になるのですが、4日間のみの集中授業なので、午前中に課題を出し、「昼休みに準備して午後発表してください」と、忙しい。時間の制約があるので、はたしてどんな発表になるのかと思っていましたが、それぞれ工夫して身近なことから発表をしました。

 2009年夏の集中授業での「日本文化紹介」発表では。「日本の学校での給食について」「中国語について」「帝国ホテル紹介」「節分豆まきの由来」「日本で最初の長編アニメ『白蛇伝』紹介」「百人一首1番から30番まで暗記朗唱」「六郷土手花火大会紹介」「剣道紹介」「効果的なスポーツ訓練法の紹介」「折り紙紹介」「川越の古い町並み紹介」「切腹とは何か」など。

 短時間の準備しかできないので、何人かの学生はインターネット利用で発表しました。ユーチューブの映像を利用して地元の花火大会のようすを見せながら「六郷土手の花火大会紹介」をしたり、『白蛇伝』予告編を見せながら、日本最初の長編アニメを紹介したり。

 自分が生まれた町の紹介あり、剣道3段の腕前を持つ学生の剣道の構えの紹介あり、アルバイトをしていたホテルの紹介もあり、みな、5分間の発表で、他の学生を「へぇ、そうなんだ!」と楽しませる発表ができました。
 日本語学習者むけには、既習の日本語だけを使う工夫が必要ですが、自己表現は十分にできる学生たちなので、日本語教育について学んでいけば、日本語を母語としていない学習者に対しても、しっかり日本の文化や歴史を紹介していくことができると感じました。

<つづく>
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2009年09月25日


ぽかぽか春庭「集中講義の感想」
2009/09/25
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(20)集中講義の感想

 日本語についての新しい知識を得て、自己表現もしっかり行って、4日間の集中講義を終えて「楽しかった」と学生たちは、夏休みの校舎を去っていきました。
 集中講義、今回は最終レポートをレポート用紙提出ではなく、「メール添付文書提出」にしました。成績をすぐに提出しなければならないので、郵送を待っている余裕がないということもあります。私にとっては、初めての試み。今まで、メール不着をおそれて「レポート郵送または直接教師に提出」にしていたのですが、もうそろそろメール添付でもいいかなと思って。

 最終レポートは「報告」であって、「感想文」ではないので、感想を付け加える必要はない、自分の発表と授業で学んだことの報告を書きなさいと課題を伝えたのですが、字数3000字以上という課題に、少しでも文字数を増やしたくて感想を付け加えて書いてきた学生もいます。メール添付のいい点は、コピーが簡単なこと。レポートの中の学生の感想部分をコピーしておきます。

 提出レポートに「つまらない授業で飽き飽きした」と書く学生はいないので、よかった部分だけの感想を書いているのでしょうけれど、楽しかったという気分は今回の受講生13名の学生それぞれが持ったようなので、私としても疲れたけれど、4日間全力投球の充実感がありました。
==========
(あや)
 現代日本語概論の講義を通して、日本語の奥深さ、面白さ、難しさ本当にたくさんのことを感じました。そして、たくさんの発見がありました。
普段なにげなく使っている日本語も、改めて外国の学習者に教えようとして、1つ1つ先生に説明されると、とっても難しいものだと実感しました。
(ゆき)
 母国語である日本語の奥深さに触れ、自分の知識のなさを痛感した4日間ではあったが、日本語の複雑さと面白さも改めてしることができた。先も述べたが、日本人の発音や聴き取れる音域の幅は、他国とは比較にならないほど低い。しかし、そうした中で、我々日本人は独自の文化、豊富な擬声語を用いた情景豊かな文章表現は、世界に類をみない。普段何気なく用いている語が、他国には無いということは、驚きでもあるが、同時に誇らしい。一見、閉鎖的な歴史を歩んできたかに思われる日本ではあるが、様々な表記、表現方法は、一生かかっても用いたり、触れたりできる機会は、あまりないかもしれないのだが、せっかく、世界でも習得することが困難な言語を母国語に持つことができたのだから、もっと知識をつけていきたいと思う。
(ゆか)
先生が「言葉は常に変化する」「間違った日本語でも、みんなが使い始めればそれが正しくなる」という言葉を聞いて感激しました。本当にその通りだなと共感しました。
品詞について一番分かったことは、自分の苦手分野だということ。名詞、動詞、形容詞、形容動詞、助詞、副詞…聞くだけで頭が痛くなります。しかし、ここをしっかりと理解し学習者に説明できるようにしなくてはいけないな、と再確認しました。
今回この現代日本概論の集中講義をとって私は成長でき、知らなかったことを疑問に思い調べて発表して理解し知識を身につけることができました。みんなの前で自分の意見を発言したり発表したりすることにまだ慣れていない私は、初めは恥ずかしかったけど最後は疑問に思ったことの答えが早く知りたくて、みんなに教えてあげたい、発表したいと思えるようになるくらい自分が成長したことに気付きました。
後期の授業でも先生の授業をとらせていただきます。これからまだ自分の知らないことが待ち受けているのか先生の授業がとても楽しみです。わたしも先生のようにものしり先生になりたい!と思いました。どうか後期の授業でもよろしくお願いします。
===============

 この4日間集中講義に続いて、6日間、一日に90分授業5コマ連続というさらにハードな集中講義がありました。前期、中国滞在のために休講していた4単位、週2コマの分です。学生も私もかなりへとへと。それも本日25日が最終日。

  私の授業は、「参加型、獲得型授業」であって、「教室の椅子に座って半分いねむりをしていれば授業が終わる」という「睡眠不足解消型」のお得な授業ではないので、学生も集中して授業に参加していると疲れます。発音確認や朗読練習で声を出し、ペアワークやグループワークをし、発表し、「達成感があった」と喜ぶ学生もいるし「疲れたぁ」となる学生もいます。

 今回は、どんな感想が出てくるでしょうか。「疲れたぁ」だけでなく、日本語や日本語教育を知っていくことへの意欲を引き出していける気分を持てたのならうれしいですが。

<おわり>


日本語学基礎1 

2012-01-15 09:31:00 | 日本語学
09/06 ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(1)アイウエオ事始め
09/07 ことばの基礎(2)毎度おなじみ母とパパ
09/08 ことばの基礎(3)アカサタナのヒミツ
09/09 ことばの基礎(4)語彙と漢字
09/10 ことばの基礎(5)魚偏の漢字
09/11 ことばの基礎(6)魚と羊
09/12 ことばの基礎(7)雨のことば
09/13 ことばの基礎(8)春雨氷雨涙雨
09/14 ことばの基礎(9)色彩名詞
09/15 ことばの基礎(10)虹の色
09/16 ことばの基礎(11)ことばと社会制度
09/17 ことばの基礎(12)語種クイズ復習
09/18 ことばの基礎(13)クラゲなす漂へる万葉仮名
09/19 ことばの基礎(13)多啦A夢
09/20 ことばの基礎(15)ニッポンジャパン和製英語
09/21 ことばの基礎(16)文法栓抜き説
09/22 ことばの基礎(17)禅車両ふたたび
09/23 ことばの基礎(18)キツネの嫁入り
09/24 ことばの基礎(19)日本文化プレゼン
09/25 ことばの基礎(20)集中講義の感想


2009/09/06
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(1)アイウエオ事始め

 9月1日から、一日4コマ4日間の集中講義を行いました。半年間中国に赴任している間、私立大学での週1回1コマの授業をお休みした、その分を4日間の集中講義でこなさなければならない。週1回2コマの授業をしてきた別の私立大学では一日4コマを6日間続けることになっている。ふぅ。

 週1回2単位の授業だと、4月~7月でだいたい15コマの授業を行うのが一般的。毎週1回出席するかわりに4日間で2単位分が取得できるなら、「お得!」と考える学生も出てくる。確かに、学生にとっては4日間で2単位は効率いいように思えるのだろうが、教師にとっては、少しも効率がよくない。

 15週の授業のうち、最初の1週目はガイダンスとイントロダクション。最終週とその前週は、試験と試験のフィードバックにあてているので、実質授業は12コマの講義となるのですが、毎週私は次の週の学習項目のための「考えるヒント」という課題を出して、学生に日本語についてより深く知るための宿題を課しているのです。それが、集中講義だと4日間ですから、宿題は3回しかだせなくなる。15週で講義するのとはまったく異なる授業構成をしなければならないので、準備はまたまたたいへんです。

 「宿題」のひとつをご紹介しましょう。1「来週までにノートに日本語の音を全部書いてくること。考えるヒント:まずは五十音表をローマ字で書いてみよう」2「日本語の音の表や五十音表を書いて気づいたことをメモしてくること」

 日本人大学生たちは「な~んだ、宿題っていっても、五十音表なら、小学生でもできることじゃん」という顔をします。その通り。五十音表を書くってのは、小学校でひらがなを習った人なら、思い出せばすぐできる。ただし、学生によっては、「あ~ん」の清音だけをノートに書き、濁音を忘れる学生もいるし、多くは拗音を書いてこない。日本語の「音声」を考えるために、五十音表はよいヒントですが、日本語の「音」は、五十だけではない。
 学生に「日本語のひらがなは音節文字である」ということを理解させるために、ローマ字表記で書かせる。授業での「ワークショップ」として、宿題点検をペアワーク、グループワークで行う。お互いの表の異同をチェックしあい、どこが同じでどこが違っていたか、グループで違いを確認させる。
 この違いの発見から、問題2の「日本語の音声」への疑問質問をだすことが、日本語を知る第一歩となります。日本語学を学ぼうという大学生なら、この「日本語音声の表」を見て、いくつもの「疑問点」を提出できるようでなければなりません。

 ペア・ワークでお互いのローマ字五十音表を点検させ、異同を調べると、違うところがいくつも出てくる。文科省と外務省の表記方法が異なるので、学生はまずそこに気づく。「フ」のところが、「fu」と外務省方式(ヘボン式)で書いた人と「hu」と、文科省方式(訓令式)で書いた人がペアになると、手をあげて「フのローマ字が二人でちがいます。どちらが正しいのですか」と質問してくる。まず、ローマ字表記に二つの方法があることを解説して、さて、日本語の発音について。

<つづく>
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2009年09月07日


ぽかぽか春庭「毎度おなじみ母とパパ」
2009/09/07
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(2)毎度おなじみ母とパパ
 
 日本語は過去から現在までさまざまに変化してきたし、これからも変化していくであろうけれど、骨幹の部分は残されていきます。この「土台」の部分が「言語共同体」の「共同」の部分といえるでしょう。

 さまざまに変化してきて日本語のなかで、私がよく例に出すのが「母はむかしはパパだった」というひとつ話です。
 「母」は、現在は「haha」と発音しているけれど、鎌倉時代にはfawa」であり、平安時代には「fafa」であった。もっと古くは「papa」であった、という発音の変化がありました。こちらは、仮名表記は変化しておらず、発音だけが変化したのです。
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/d800#comment
 日本語の発音変化について書いてありますので、で復習していただけると幸いです。

 平安初期に漢字草書体から整理されて平仮名が成立したとき、「はひふへほ」の発音は「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」でした。録音テープもない昔の発音がどうして現代の人にわかるのか。ひとつには、室町末期戦国期に来日したポルトガル人宣教師が、「はひふへほ」のついた語をローマ字で「fa fi fu fe fo」と記録しているので、室町時代までは「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」だったことがわかります。ポルトガル人は「花」をfanaと記録しました。江戸時代のオランダ人の記録では「hana」に変化しています。

 室町時代から江戸時代は、発音・語彙・文法が変化した時代です。「ぢ/じ」「づ/ず」の発音の違いも、室町から江戸にかけてなくなっていき、江戸中期には「蜆しじみ」と書いてよいのやら「しぢみ」と書くのか、「鼓つづみ」と書くのか「つずみ」と書くのか、書き分けがわからなくなっていました。この件については、何度かお話してきましたが、今回もあとでもう一度申し述べます。
 日本語の音節文字、原則ひとつの音節にひらがなひとつが対応していますが、どうして「だぢづでど」と「ざじずぜぞ」の「じ・ぢ」「づ・ず」は、ひとつの発音に文字が二つずつあるのですか?という質問を学生に投げて「考えるヒント」を与えます。

 さて、「は」の発音が「fa」だったり「ha」だったり「wa」だったりしてきた、ということについて。「は」の発音が平安初期のひらがな成立時には「ファ」だったということがわかる証拠のひとつが、アイウエオ五十音表の「アカサタナの行配列」です。

 平安時代初期に成立した「アイウエオ五十音表」のアカサタナ~の行配列、でたらめに並んでいるのではありません。発音の順序によっています。
 小学校では機械的に暗記させる「あかさたな~」の行の順序。これを覚えていないと、紙の辞書を引くとき苦労します。紙媒体の英語辞典を引くときにabcのアルファベット順を覚えていれば早く引けるのも同じ。

 アカサタナの行の順番を覚えさせられたとき、どなたか「どうしてこの順番なんですか」と、質問した方がいたでしょうか。日本の小学校では、教師に命じられたら疑問など持たずにただひたすら覚えなければならないことになっていますし、質問したとしても、多くの国語教師は文学専攻なので、そもそも教師自身がこの行配列がなぜアカサタナの順番なのか、知らないのです。
 古代文学を専攻して中学校国語教師になった当時の私も、知りませんでした。中学生は「なぜアカサタナの順序なのか」なんていう質問はしなかったからよかったけれど。今はもちろん知っています。日本語学のセンセーだからね。

<つづく>
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2009年09月08日


ぽかぽか春庭「アカサタナのヒミツ」
2009/09/08
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(3)アカサタナのヒミツ

 私がこのアカサタナの配列の意味を知ったのは、日本語史を学び、日本語音声学を学んでからのことです。
 日本語の五十音表はサンスクリット語(梵語)の音声研究に基づいています。
 最初の行がaiueoであるのは、母音だからです。母音はのど奥の声帯を震わせた音が、口腔内のどこにも邪魔されずにまっすぐに出てくる音です。
 子音は口の中で息を止まらせて、音を邪魔してから発します。大まかな分け方で分類すると、息を邪魔する場所は,

(1)声門の前(のどびこがあるあたり)k・h
(2)口腔の上部(口蓋)ch/sh(cha・chi・chu・che・cho/ sha・shi・shu・she・sho)
(3)歯茎の上部と歯、s・t(口から息を出す)、n(鼻から息を出す)
(4)唇、p・f(口から息を出す)m(鼻から息を出す)
の4カ所。のどの奥から唇まで、しだいに前へ進んでいます。

 「k・s・t・n・f/p・m」は、人間の息がどこで邪魔されてから外へ出ていくかという場所の順序を示しているのです。さて、hに注目しましょう。hの音は、現在の発音ではkと同じのどの奥から出されます。それなのに、五十音の行配列では、mと同じ唇の場所にあります。それは、五十音表が作られた当時の「はひふへほ」の発音が「fa・fi・fu・fe・foファ・フィ・フ・フェ・フォ」だったからです。唇をすぼめて息を邪魔してから口から出す発音だったのです。「フ」の音だけが唇音として残り、ハヒヘホは、のどの奥の音に変化しました。

 現代日本語発音の「ハ」と「フ」の音の作られ方が違うということは、手に「は~」と言って息を吹きかければ暖かく、「ふ~」と言って息を吹きかければ涼しいということからも、その違いを実感できます。春庭の日本語音声学授業では、一番先に学生に課すワークです。

 五十音表のアカサタナ「k・s・t・n・f・m」行配列は、人間の発する子音の口の中の状態を科学的に示していた表だったということ、わかっていただけたでしょうか。
 カ行はのどの奥の方から声が出てきて、「フ」は唇で作られる音だということを声を出して確かめてみて。

 ハ行がマ行の前にあることは、元は唇の音だったのに、現在はのどの奥の音へと発音変化したゆえであることを説明しました。
 さて、残りの「yrw」は、音声学上「半母音」の仲間です。ただし、現代日本語発音では半母音は「y・w」だけで、「r」は「はじき音」として子音に分類されています。

 日本語の「r」の音は、世界の多くの言語の「r」の音と少し違っています。英語の「l」や「r」の音の響き、「milk」という発音をネイティブスピーカーが発音しているのを注意深く聞くと「ミルク」ではなく、「ミゥク」に聞こえることに気づいた方もいらっしゃると思います。語頭ではない、語中の「l」「r」は、しばしば半母音の響きに聞こえます。サンスクリット語では、「r」は母音の仲間として配列されています。韓国朝鮮語では、半母音の「w」はありませんから、[ua]で代用します。

 和語は、「ラ行音」が語頭に立たなかったことをお話ししました。和語も最初は「r」音が半母音の位置にあったのだろうと推測されます。この半母音の順番も(1)口蓋y(2)歯茎r(3)唇w、の順になっています。

 「アカサタナの順番、どうしてこの順なんだろう」とか、「一番画数の多い漢字ってなんだろう」とか、「これって、いったいどういうことなんだろうか」と、考えること、脳内活性化の手段です。悩むことが人間をひとまわり大きくすると、姜尚中が『悩む力』で言ってます。
 金儲けのためには役にも立たない春庭コラムですけれど、「忙しい時期こそ、日本語についてあれこれ思い悩むことがきっと人生を豊かにします」、、、って、これは姜尚中じゃなくて、春庭のことば。
 以上、時代によって、日本語の発音も変化していったことを復習しました。
 「は行転呼音」などの、日本語の発音のはなしは、2006年の5月6月7月、3ヶ月に渡って書きましたので、ごらんください。

<つづく>
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2009年09月09日


ぽかぽか春庭「語彙と漢字」
2009/09/09
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(4)語彙と漢字

 2009年9月の集中講義、最初は「4日間、毎日朝から夕方まで同じセンセーの授業を受けて、飽きちゃわないかなあ、かったるいなあ」という顔でおそるおそる教室に座っていた学生たち、一日目が終わると「あっという間に一日がすぎた」と言い、二日目は「明日が楽しみ」と言い、四日目が終わると「ものすごく充実した4日間だった」「アルバイトばかりでつまらない夏休みを過ごしてきたけれど、授業が楽しかったので、いい夏になった」という感想を口々にかわしていました。

 私としても、90分授業を一日4コマ続けるために、工夫をこらし、楽しく生き生きと学べる方法を模索しながらの4日間でしたが、学生たちがそれぞれに「次々と課題が出るので大変だったけれど、集中して授業に参加し、達成感のある4日間だった」という気持ちを持ってくれたことをうれしく思っています。

 「現代日本語概論」の4日間のシラバス(教授内容細目)は、第一日目「日本語の音声と音節文字(平仮名・カタカナ)」第二日目「日本語の語彙と漢字」第三日目「日本語文法と日本語教育」第四日目「現代社会の中の日本語と世界の中の日本語(社会言語学&対照言語学)」という内容です。
 初日、1コマ目は、クラス内の学生の自己紹介とペアラーニング&グループラーニングを円滑に行うための人間関係作りのコミュニケーション練習。

 机の上に置く名前カードの裏を縦横四つに分割し、に「好きな人、好きなモノ、好きなこと・何でもインフォメーション」を書き込む。相手のカードを見て、書かれたことにたいして3つの質問を考える。互いに質問と回答を繰り返し、オプション質問をする。オプション質問は何でもよいが、質問を思いつかない人は「夏休みのベスト1またはワースト1は何でしたか」と質問する。この4つの質問を1分ずつ交互に行うと約10分ほどで、互いに前よりは相手を理解することができる。
 ペアを2組ずつにして、4人グループにする。ペアの相方について、いっしょになったグループのもう一方のペアに紹介をする。この4人が「本日のグループ学習」の仲間となる。グループは毎日組み替え。

 グループ学習の例。
 第一日目の授業で日本語の音を調べ、[k][a][i]という三つの音素で/a/ /i/ /ka/ /ki/という四つの音節が作れることを確認しました。四つの音節があると、いくつの日本語が作れるでしょうか。グループごとに言葉作り競争です。たくさんの言葉を考えたグループはポイントゲット。

 一人でやるなら「カッタリーよぉ」となることば集めや漢字書き取りも、グループごとに成績がポイントとなって、最終レポートの点数に加算されるということになると、皆真剣にやります。自分一人なら「無理して優(AA)を取らなくてもいい。そこそこ単位とれる点数で十分」と考える学生でも、「自分がさぼっていたら、他の3人の成績も悪くなる」と思うと、「他者に迷惑をかけたくない」と思ってがんばれる、という日本的風土で育った日本語母語話者の習性を利用した、教師の授業テクニックです。

 最初は辞書を見ずに思いついた言葉を書き出します。/a/ /i/ /ka/ /ki/の四つの音節で、胃、愛、赤、秋、烏賊、牡蛎などがすらすらと出てきました。「まだいろいろな語が作れますよ。じゃ、辞書を見ましょう。辞書を使うと同音異義語がたくさん出てきますよ」とアドバイス。かき(柿、牡蠣、下記、夏期、夏季)など、きか(気化、帰化、幾何、貴下、奇禍、机下、奇貨、旗下)など、いか(以下、医科、異化、易化、医家)など、たった4つの音節でも、たくさんの単語が作れることを確認。
 次は音節の足し算。蚊・亀・カメラ・カメラ屋・カメラ屋さん、、、科・医科・医科学・医科学研究所、、、、など、音節を付け足して新しい言葉を作る。

 日本の音の種類は世界の言語の中でも少ないほうから2番目だというと、そんなに少ない音声でたくさんの言葉が作れるかと心配していた学生たちも、日本の音の種類110~120あれば、無限大の単語を作っていけることを確認しました。
 音の単位「音素」と意味の単位「記号素」を組み合わせれば、語は無限大に作れます。これを「語の二重文節」と言います。

 2日目は「日本語語彙と漢字」という内容です。
 課題。「魚偏の漢字をグループでできるだけたくさん集めよう。どのグループが一番たくさん書けるか。一番たくさん書いたグループはポイントゲット」と、「商店街で買い物するとポイントがたまる」方式で、競争します。

<つづく>
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2009年09月10日


ぽかぽか春庭「魚偏の漢字」
2009/09/10
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(5)魚偏の漢字

 グループ学習。漢字書取りグループ対抗戦。お題は「魚の漢字集め」
 1回戦は辞書を見ないで。魚偏の漢字をウラ紙に書いていきます。鮭、鯉、鯛、学生たち、グループごとににぎやかに、「ほら、寿司屋で見たことあるんだけど、あれ、なんだったけなあ、魚に有るで、えっと、、、」そらで思い出すのは難しい。
 グループで紙に書いた字を発表させ、一番たくさん書いたグループはポイントゲット。

 2回戦、辞書を見ていいことにする。すると鯑、鯰、鰯、鯱、鰰、など、たくさんの魚編の漢字が出てきて、「わぁ、こんなにいっぱいあるんだ」と、寿司屋の湯飲み茶碗などに書かれた魚偏の漢字コレクションのようになった紙をながめる。

 さて、ここからが春庭の日本語語彙論講義です。前期は魚偏で、後期は木偏でやるのです。今年の受講生のなかには、6歳から日本に住んで日本の小学校からずっと日本人と一緒の学校だったので、「日本語については100%知っている」と思っていた北京出身者と、1994年と2007年と2009年、半年ずつ3回も中国に住んだのに、中国語がさっぱりできない私がいたので、中国語との比較を取り入れましたが、他の学生にとってもっとも長く習ってきた外国語は英語なので、英語との比較を中心にします。

 漢字と語彙の課題では、まず、漢字の本場と日本人が考える中国語との比較から。中国国籍のルイさん、中国語と日本語のバイリンガルです。中国語との対照を教えてもらいます。「鮭」とは、中国でどんな魚でしょうか。
 日本で言う「鮭」は、中国語で「鮭魚gui(1)yu(2)(数字は声調)」と書いてある辞書もありますが、たいていの魚屋では「三文魚」という名で売られています。北京語の発音ではsan(1)wen(2)yu(2)(数字は声調)。英語のsalmonサーモンの音訳です。
 「あれ?中国から来た漢字だから、中国語でも鮭でいいのかと思った」と、日本人学生。
 中国語の帯魚は、日本語の何でしょうか。日本語では太刀魚。これは何となくわかる。

 中国語で鮎はどんな魚と思う?日本で「鮎あゆ」を食べたことある人?「はい、居酒屋でバイトしてますが、鮎の塩焼きがメニューにあります」「どんな魚でしたか」「15センチくらい。おいしいです」
 では、ルイさん、中国語で「鮎」という魚を食べたことある?ルイさん首をひねっています。「中国で、鮎はこういう魚です」インターネットで中国語の「鮎」に当たる魚の絵をだします。「あれ?アユじゃない」「ほら、ここにヒゲがあるでしょう。日本ではこの魚を鯰と書きます。ナマズです。中国語で日本語のアユという魚は香魚と書きます。水墨画で『瓢鮎図』と題された絵があったら、ナマズを捕まえている絵です」

 「中国で鮎がナマズというなら、日本の鯰は何ですか。中国の漢字で鯰がありますか」とルイさんに振ると、また首をひねっています。中国語に「鯰」はありません。日本で作られた漢字「国字」だからです。日本で作られた漢字には、畑、働く、峠などがあります。
 魚の漢字調べをした中に、日本で作られた漢字がたくさんあります。
 中国語の漢字と同じで意味も同じ漢字、中国語にもあるけれど意味が違う漢字、中国語にはなくて日本にだけある漢字。漢字と言っても、中国とまったく同じではないのです。
 寿司屋に出ている魚偏の漢字、多くが国字(和製漢字)です。はい、日本語トリビアクイズの個人発表してもらいます。だれか、この和製漢字調べを担当してください。

 最初の日にグループでの「日本語トリビアクイズ」発表。2,3日目には、個人の「日本語発見」発表、4日目に個人の「日本事情発表」。ひとりが4日間に3回の発表ノルマがあり、最終レポートは講義内容と発表内容をまとめて3000字以上書いてメール添付する、という4日間で15回分の課題をこなすのは、学生にとってもきつい内容ですが、アヤさんは、和製漢字について発表し、ルイさんは中国語簡体字について発表しました。

<つづく>
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2009年09月11日


ぽかぽか春庭「魚と羊」
2009/09/11
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(6)魚と羊

 中国簡体字クイズはルイさんが担当しました。まず、私が例題を出します。繁体字(本来の漢字)「藝」日本では新字として「芸」と書きます。中国語では簡体字として「艺」とかきます。
 ルイさんのクイズ。「术」は日本の漢字の何でしょう。「丰」は、日本の漢字の何にあたるでしょう、というクイズを10題出題しました。「术」は日本の漢字「術」、「丰」は、日本の「豊」です。「え~、省略しすぎだよ」と、学生たち。

 国字クイズはアヤさんが担当しました。
 クイズ、まず魚偏「鰯イワシ 鮃ヒラメ 鮪マグロ」中国語にもあるのはどれでしょう。答え「鮪マグロ」です。つまり、鰯や鮃は和製漢字。中国にはありません。
 次に、魚偏以外の国字。「凪 凩 风」この中のひとつは中国の簡体字、ふたつは日本の国字です。どう読むでしょう。国字はどれでしょう。
答え。凪は「なぎ」 凩「こがらし」国字です。「风」は簡体字=「風」

 国字クイズ。皆、頭をひねりながら、楽しみました。
 鮃ひらめ 鮖かじか鮗このしろ鮴ごり鯏あさり鯑かずのこ鯒こち鯲どじょう鯱しゃちほこ鯰なまず鰯いわし鰤ぶり鰡ぼら鰰はたはた鰹かつお鱚きす
などが魚偏の国字の代表です。

 魚のことば調べ、次に英語との比較。
 寿司屋では、こんなにたくさんの魚をそれぞれ別々にメニューにしてスシをにぎってくれます。「ハマチ」と注文したり、「イナダ」と注文したり。

 じゃ、洋食屋の魚料理、英語では、どんな魚の種類があるだろうか。調べてみると、、、、海鮮料理の店のメニューでも、cod(タラ)salmon(サケ)trout(マス)sole(舌平目)tuna(マグロ)sea bass(シーバス/bassは「スズキ」)swordfish(メカジキ)haddock(コダラ)くらいのもので、寿司屋の魚偏のようには並んでいません。

 洋食の魚料理メニューと寿司屋の魚偏の字を比べて、さて、これはどうして?と、学生に質問。「考えるヒント」の時間です。ペアで答えを言い合い、ペアとしての回答を考える。いくつかのペアをあてて、答えを言わせます。「欧米人は日本人ほど魚料理が好きではない」「日本は海に囲まれた島国なので、魚が豊富にとれる」など、いくつかのペアの回答を引き出します。

 次に、「焼き肉店に行って、ジンギスカン食べたことある人。北海道とか修学旅行に行って、食べた人もいるかな」と、手をあげさせ、ペアで羊肉が好きか嫌いか互いに言わせる。そして「羊の肉注文するとき、なんと言いましたか」と教師が質問。答えは「ラム」「マトン」。「羊という動物の名前、ほかに言い方を知っている人?」教師の質問に、「ええっと、山羊ですか?」と、学生。あらら、ヤギは羊と似ているけれど、別の動物ですね。羊はマトン肉も食べるけれど、毛を刈り取ってウールにします。

 教師は、モンゴル語では「羊」の名詞がいくつあるか、表を見せます。モンゴル語の「羊」は、まず、雄羊と雌羊では別の単語があります。これは英語でも雄牛はox雌牛はcowという別の単語があることを思い出させておく。そして、1歳の羊、2歳の羊、3歳の羊、4歳の羊、5歳から9歳の羊、10歳の羊、10歳以上の羊、それぞれ別の呼び方をすることを教える。

 モンゴルの羊を飼っている牧畜民にとっては、羊は重要な動物なので、羊を表す呼び方は1歳の羊、2歳の羊、3歳の羊、4歳の羊、5歳から9歳の羊、10歳の羊、10歳以上の羊、別々なのです。自分たちの生活や文化に関わりが深いものほどたくさんの名詞があるのです。

 え~!羊にそんなにたくさんの名詞があるの?という学生に、さきほどの魚の日本語を復習させ、「寿司屋ではハマチを注文しますね。さて、ハマチが大きくなると、なんて呼ぶでしょう」とクイズ。答えはブリです。鰤という魚、関東ではワカシ、イナダ、ワラサ、ブリと成長によって呼び名が代わります。関西ではツバス、ハマチ、メジロ、ブリです。出世魚というので、めでたい魚のひとつになっていますが、日本では魚が身近な食材なのでブリの名前も大きさで区別します。

 シラスが大きくなればイワシです。
 カタクチイワシは地方ごとに別の呼び名があって、ヒシコイワシ、シコ、シコイワシ、田作り(タヅクリ)、五万米(ゴマメ)、背黒鰯(セグロイワシ)、狼鰯(オオカミイワシ)、脹眼(ハンガン)、金山(カナヤマ)、丸(マル)、ヒラレ、泥目(ドロメ)、ドロイワシ、ママゴ、エタレ、クロタレ、シラス、タレクチ、チリメン、タレ、ホオタレ、ホホタレ、ホウタレ、ブト、コシナガ、カエリ、カクハリなど、多様な呼び方で食用にしています。

 モンゴルの羊も同じこと。地方ごとの方言があるし、年齢や去勢しているかしていないか、出産後か未産か、などによって細かい分け方をした単語がそれぞれについています。

<つづく>
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2009年09月12日


ぽかぽか春庭「雨のことば」
2009/09/12
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(7)雨のことば

 語彙と文化のかかわりについて、さらに。
 日本語ではラクダは「らくだ」一語だけですが、じゃ、アラビア砂漠ではどうでしょう。そう、ラクダを言い表す言葉がたくさんあるだろうと想像できます。エジプト、モロッコ、イランなど地方ごとの方言もいれれば、アラビア語には700ものラクダを言い表す言葉があるそうです。ジャマールは雄の総称。雌の総称はナーカ。さらに、たとえば、「雄の去勢済みの4歳のラクダ」「雌のまだ出産していない3歳のラクダ」とか、細かい区別があり、それぞれに別の単語がある。

 それでは次の課題。日本語で魚のほかにたくさんの種類がある言葉は何でしょう。アラビア語ではたぶん数が少ないと思うけれど、日本ではこれを言い表す言葉がたくさんあるんです。
 答えは「雨」。

 「雨のことば集め」さて、辞書を見ずにどれだけの雨に関わることばを集められるでしょうか。はい、読者のみなさん、ぼけ防止頭の体操。雨がつく言葉、雨を表すことばを、辞書を見ずにできる限り思い出してください。学生たちが集めた数に勝てるかな。

 日本語語彙論課題として、「午後、雨の単語を集めるから、お昼ご飯食べながら、雨を表すことばを考えておいてね。最初は辞書を見ないで集めて、もうこれ以上思い出せなくなったら、インターネットで調べてもいいです」
 午後の授業でグループ順にぐるぐるとひとつずつ雨の呼び方を言わせてパワーポイントに書き込んでいく。

 辞書を見ないで思い出した雨のことば。
氷雨ひさめ 梅雨つゆ 五月雨さみだれ 長雨 夕立 霧雨 春雨 秋雨 にわか雨 通り雨 天気雨 スコール 土砂降り 時雨、雷雨、豪雨。 
雹ひょう 霰あられ、このふたつは雨というより、雨が凍った粒を指すます。

 辞書で調べた雨のことば。 
 霖雨 しのつく雨 花の雨 涙雨 卯の花くたし 鉄砲雨 地雨 丑が雨 やらずの雨 ひじかさ雨 ひと雨 驟雨 虎が雨 涙雨 薬降る わたくし雨 そ知らぬ雨 菜種梅雨 半夏雨 狐の嫁入り 寒九の雨(かんくのあめ)、、、、

 「狐の嫁入り」をはじめて聞いたという学生たちに、え~、今まで知らなかったんだと思うけれど、「私雨」については、春庭も何年か前に知った言葉であることを学生に告白。「狐の嫁入り=天気雨」。「わたくしあめ」限られた区域に降る局地的な雨。
 学生が辞書で調べた雨のことばのうち、私は「半夏雨はんげう」と「寒九の雨(かんくのあめ)」について、知りませんでした。半夏雨は半夏生のころの雨だろうと察しがつきましたが、「かんくのあめ」は「寒九の雨」という文字から寒い季節にふる雨というのは想像できるけれど、初めて耳にした言葉でした。寒の入りから九日目にふる雨なんだそうです。 

 学生たち、他グループの回答の中に、自分たちの知らなかったことばを見つけて、「へぇ、そんな雨があるんだ」と、感心しきり。やらずの雨とか、涙雨とか演歌に出てきそうな名前の雨ですね。若い世代にはなじみがない雨も、こんなにたくさんあるんだということがわかります。

 オバマ米大統領が9・11慰霊集会に出席したときの新聞写真には「涙雨の中、犠牲者遺族をなぐさめるオバマ大統領」というキャプションがついていました。

 英語だったら、「涙雨」にぴったりの表現は何でしょうか。辞書に出ているsprinkiring rainなどだと、スプリンクラーが連想されて、日本語母語話者には、校庭や農園でぐるぐる回りながら水をまき散らすイメージです。とても涙雨のイメージではありません。

<つづく>
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2009年09月13日


ぽかぽか春庭「春雨氷雨涙雨」
2009/09/13
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(8)春雨氷雨涙雨

 日本は雨が多い国だから、こんなにたくさん雨のことばがあります。さきほどの魚と羊の例から、それでは雨が少ないと思われるサウジアラビアで、アラビア語ではどんな雨の単語があるか、想像してみてください。そう、たぶん、日本のようにたくさんの雨の言葉はないだろうと想像できます。アラビア語で雨は「マタル」ですが、それ以外に言い方がいくつあるのか、いずれにせよ「時雨」「霧雨」「氷雨」「夕立」などの細かい分け方はおそらくないでしょう。

 日本語には雨の語彙がたくさんあることを確認してから、複合語の成り立ちと日本語の音の変化について学習。
 「春雨」は、「春」と「雨」という「単純語=意味の上からこれ以上細かく分けられない語」がふたつ組合わさってできた言葉です。複合語と言います。
 複合語は組合わさると音が変化する語があります。「haru」+「ame」だから「ハルアメharuame」になるはずですが、日本語は母音が二つ続くのを嫌うので、間に「s」の音が入り込んで「harusame」となる。
 「雨+傘」は、母音交代と連濁が同時に起きて「あめかさ」ではなく「あまがさ」になる。

 では「長い」+「雨」はどうでしょうか。「naga」+「ame」で「nagaame」になるところですが、古代日本語の発音では「aa」と母音が二つつながるのを嫌って[a]がひとつ消えて「nagame」になります。
 そのため、平安時代「長雨」と「眺め」を掛詞として小野小町は「花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに」と歌いました。

 「雨傘」は「雨の傘」、では、雨の靴は?はい、「雨靴あまぐつ」ですね。
さて、同じ「あめ・あま」でも「天下り」という複合語もあります。これは「天の下り」でしょうか。複合語の元の意味を考えると、これは「天から下る」ですね。複合語の成り立ちについては、後期に学習することにしましょう。語構成といいます。
 
 さて、さきほどの小野小町「花の色は~」の色ですが。花と言えば、桜の花を代表とします。それではどんな色だったと思いますか?
 「魚、羊、雨」などの言葉調べで、文化によって言葉の細分の仕方はそれぞれであることを理解し、次に色彩名詞しらべ。色の名前を調べます。

 まず、知っている色の名前。学生が持っていたハンドタオルを取り上げて「これは何色ですか」学生は「ピンク」と答えました。
 「この色を桃色と呼ぶ人がいますか。私のハンドタオルは桃色だ、って言っている人?」学生の中にはひとりもいませんでした。

 課題1「日本の古代語では色の名前は4つだけでした。何色があったでしょうか」
 課題2「私が子供の頃、この色のクレヨンには桃色と書いてありましたが、今、だれもそう言いません。なぜでしょうか」
 課題3「現代日本語では色の名前は500色以上あります。できるだけたくさん集めましょう」
 課題4「虹の色はいくつあるでしょうか」

<つづく>
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2009年09月14日


ぽかぽか春庭「色彩名詞」
2009/09/14
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(9)色彩名詞

 課題1「古代日本語の色彩名詞は、清浄な白、暗い色の黒、明るい鮮やかな赤、その他もろもろの青、この4色だけでした。この四色は、「い」がついて、赤い、青いなどの形容詞を作っていることからも基本色であることがわかります。『古事記』に出ている色彩名詞は白黒青紅と丹擦り。丹擦りは色名というより、染め物の名称でしょう。

 「緑」はもともとは色を表す語ではなくて、「若々しく萌え出たもの」、新緑の葉やツヤツヤと生え出る髪などを指し「緑の若葉」「みどりの黒髪」などの形容に使われました。そのうちそれらの色を指すようにもなりました。でも、基本色でないので、「みどりい」になりません。紫も 基本色でないから「むらさきい」にはなりません。

 大陸や半島から進んだ染色技術が入ってきたこともあり、色彩名詞が日本語にしだいに増えていきました。中国語では「黄」は陰陽五行思想の中心の色として重要ですから、飛鳥時代には道教や風水思想などの流入とともにこの色彩名が日本にも入りました。

 染色の技術とともに漢字の色彩名詞が入ってきました。「紫草」の根(紫根しこん)で染めた色を「紫色」、「アカネ草」の根で染めた色を「茜色」と呼ぶなど、染め物も発達しました。お茶の葉で染めた色を「茶色」と呼びました。(日本語の茶色は、現代中国語では「棕色」ですけれど)
 『日本書紀』や『続日本書紀』には、紫、真緋(あけ)、紺、緑、黒紫、赤紫、縹(はなだ)、緑青(ろくしょう)、金青(こんじょう)、真朱、朱沙、雄黄(ゆうおう)、黄丹(おうたん)などが記録されています。いずれも、最初は色名というより、染色の材料名だったろうと思います。

 また、「ウグイスの羽の色」は鶯色、桔梗の花の色は「桔梗色」など、具体的に色を持つものから色の名が増えていきました。

 課題2。桃色について。桃の花の色から「桃色」と呼ばれました。中国語と日本語の「桃色」が桃の花の色を差すのに対して、英語のpeach colorは桃の実の色です。「桃の実」について言うなら、中国でも日本でも桃の実には生命力があると考えられて、桃の実は「桃太郎」説話に見られるように、命の誕生に関わるイメージを持っているものでした。桃太郎説話も、命の果物「川から流れてきた桃」を食べたおじいさんおばあさんが、にわかに若い気分になって、夜を元気にすごした結果、赤ん坊が生まれた、というのが元の話です。

 しかし、日本ではある時期から「桃色映画」「桃色遊戯」など男女間の交渉を通俗的に表現する語に使われるようになり、「桃色」というと性的な意味合いを含むようになり、色彩名詞として「桃色」がさけられるようになってしまいました。その語外来語のピンクが色彩名詞として定着しました。

 「ピンク映画」など、ピンクにも性的な意味を含意して使う用例もありますが、「ピンク映画産業」そのものが凋落一途であるせいか、ピンクの語のイメージ価値低下は桃色ほどではありませんでした。「ピンク産業」「ピンク女優」などの用例もありますが、一時代を築いた「ピンクレディ」のきわどい語感が「ピンク」のイメージ零落を救ったと私は見ています。セクシーさを健康的な存在感で覆った見事なアイドルキャラクターの「キャラ設定」定着により、ピンクは桃色ほど性的イメージに席巻されなかった。乳ガン検診啓発のシンボルとして「ピンクリボン」がつかわれるなど、「温かいやさしい色」というイメージを保っています。

 高橋真梨子「桃色吐息」や松浦亜弥「桃色片想い」で、「桃色」復権のきざしか、と思ったのですが、幼稚園のお絵かきの時間に先生が「はい、桃色のクレヨンだして」と表現することは、これからもなさそうです。

 色彩語のイメージでいうと、外来語のブルーというと、日本語ではさわやかなイメージがあり「ブルーなんとか」とつけられている商品名もたくさんありますが、英語だとblueは「憂鬱な・陰鬱な」というイメージがあります。これは日本語カタカナ語にもなって、ブルーマンディ、マタニティブルー、就活ブルー、若者ことばで「今日はブルー入ってる」などと使われます。日本のテレビで戦隊ものでは、絶対的優等生のリーダーレッドに対して、レッドに対立したり嫉妬しながらも最後にはレッドと協調するサブリーダーの役どころ。
 ブルーという語のイメージも文化によって違います。

<つづく>
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2009年09月15日


ぽかぽか春庭「虹の色」
2009/09/15
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(10)虹の色

 課題3では、グループごとに色彩名詞の発表。
 蜜柑色、檸檬色、若竹色、らくだ色など、どんな色か想像できる色もあるし、弁柄色、納戸色、憲法色など、ことばを発表した学生にもどんな色なのか説明できない色名もある。「憲法色」は吉岡憲法という江戸初期の染織家(元は兵法家)が作り出した茶系の色です。「瓶のぞき」は、「藍染めのうち、藍の染料の瓶の中をさっとのぞいた程度に染めたのが、瓶のぞきです」と、教師が解説。学生「へぇ、そうなんだ」
 みな、初めて知る色の名前がつぎつぎに出てきます。

 縹色(はなだいろ)がでたところで、この色が薄い青色であることを解説し、ついでに「ポケモンのハナダタウン、トキワタウンなどは、色彩名詞からきていることを解説すると、ゲームのポケモン、アニメのポケモンとともに育ってきた世代である学生たちに大受け。
 ハナダタウンは縹色、トキワタウンは常磐色(深緑)、ニビシティは鈍色(灰色)と説明していくと、クチバシティ朽ち葉色(くすんだオレンジ色)シオンタウン紫苑色(紫)、セキチクシティ石竹色(淡いピンク)グレンシティ紅蓮色、ヤマブキシティ山吹色など、色の名前もなじみのものに思えてきます。「セキチクシティって、知ってたけれど、それが石竹色という色の名前だってこと、初めて知った」と、学生たち。

 課題4「虹の色はいくつ」では、学生皆が7色と答えました。予定通りです。東アジアでは虹の色を7色に分類してきました。しかし、虹の色には境目はありません。日本語では、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の7つに分けるけれど、欧米語では、科学的な本などには7色分類されているけれど、民衆の表現では7色ではない。「藍」は区別しないで6色に分類すると話すと、「へぇ、虹は6色と言う国もあるんだ」と学生たち。
 アメリカでは市販の子供の絵本を見ると虹は六色で印刷されているのが普通。どこの幼稚園に行っても子供たちは六色の虹を描くといいます。「藍」の色はない。ドイツやフランスでも同じ。

 世界中で7色なんだと思っていた、という学生たちに「虹は3色という国もありますよ」
 H.A.グリースン著『記述言語学入門』(大修館書店)によると、アフリカのジンバブエの言語Shona語では虹の色は3色。西アフリカのカメルーンの言語Bassa語では2色。

 色彩語の確認のためにジョン・ライアンズの『言語と言語学』の「色彩用語」の項を読んでいたら、20年前に読んだはずなのに、すっかり忘れていたことばかりなので、復習いたしました。ライアンズは、翻訳の問題として、「英語でMy favourite colour is blue.をロシア語にする場合、ロシア語にはblue一語に相当する単語がないので、sinji(dark blue)か、goluboj(light blue)のどちらかを選ぶしかない、と述べています。(ライアンズ1987,347)

 日本語には英語のblueに青を対応させて使っていますが、青色ダイオードが普及していなかったころには、信号の青信号は緑色に光っていました。「青信号」というと、英語圏留学生は「先生、信号の色は青ではなく、緑です」と言うので、いちいち、日本語古代語では青色は、灰色も緑色も含んだ「その他の色」だったことを説明したものでした。今、東京の信号はほとんどが青になりました。

 羊や雨と同じく、言葉を分類するのは文化によるのであり、区別をどこで細分するのかについて、優劣はないことを述べます。色の名を4つに区切っても500に区切っても、日常生活は不自由なく、虹の色は3色という言語の国の文化も、それで十分なのです。日本語には羊を表すことばが「ひつじ」ひとつしかなくても、不自由なく生活しています。海にいる生き物に対して、鮪も鯉も鮹も鯨も「魚」という一語で表すとしても、まったく不自由しない生活もあります。

 文化によることばの区切り方の違いについて、さらに親族名称を取り上げます。日本では兄と弟、姉と妹を区別するけれど、英語ではbrotherとsisterの区別しかありません。日本では父方の祖父母と母方の祖父母はおなじように「おじいさん、おばあさん」と呼びますが、中国語では父方と母方では呼び方が異なります。父方のおばあさんは奶奶(ナイナイ)、母方の祖母は姥姥(ラオラオ)です。

<つづく>

2009/09/16
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(11)ことばと社会制度

 親族名称の話のついでに、文化による親族の親疎について話しておきます。日本ではいとこ結婚は法的に許されています。四等親以上は許されるので。しかし、いとこ結婚は兄弟姉妹結婚と同じように禁じられている地域もあります。たとえば、アメリカの例だと、いとことの結婚は25の州で禁止されています。ユタ州は双方とも年齢65歳以上であるか、55歳以上の性的不能の場合のみ、つまり、子をなさないという条件で許可される。

 日本人がイトコと結婚するというと、兄と妹が結婚するような「近親結婚」のタブーを犯しているように受け取られるのです。逆に、イスラム圏ではいとこ結婚は普通に行われる。文化によってことばも社会習慣もさまざまであることを、学生たちに伝えます。

 アフリカのある地方では、一夫多妻の生活が普通です。妻たちは生まれた子供たち全員に平等に接して共同で育てており、子供たちは父の妻全員を「母」と呼ぶ。家の中で「お母さん」はいつも複数という暮らしもあります。
 日本の週刊誌などでは、芸能人の母親について「戸籍上の母と生みの母と育ての母と、三人の母がいる」などと話題にすることがありますが、これは「母というのは自分にとってただ一人」という社会通念があるから話題にされるのであって、アフリカのある地域では、母が複数いるというのが「常識」となります。日本人が「私の母はたった一人」と言ったら、なんぞ問題を抱えている家庭なのか「欠損家庭」なのか、と同情されるでしょう。

 一夫一婦制の社会の人から見ると一夫多妻に違和感がありますが、日本の家庭で、両親が複数の子供を持ったとして、どの子も平等に育てていて、どの子も同じようにかわいい、というのと、一夫多妻の社会では夫にとって、どの妻も平等に同じように愛している、というのと、違いはありません。兄弟が仲良くたすけあって成長する家庭もあり、仲が悪い兄弟姉妹もいるのと同じく、妻たちが仲良く助け合って家庭を守る家もあれば、仲が悪い妻同士もいるってだけです。

 昔の日本や昔の中国のように、一夫多妻の妻たちに序列がつけられているような場合だと妻同士の間に争いも起こりますが、たとえば、イスラム教の4人の妻の間には身分上の差はなく、1番目の妻も4番目の妻もまったく平等です。平等に接することができないなら、複数の妻を持つことはできません。物を買い与えるのも、夜のお泊まり回数も等しくないと。若い方の妻がいいからと、年老いた最初の妻をないがしろにするような男は、非難囂々、男の風上にも置けぬと不名誉を背負い、人々からの信用を失って生きなければなりません。

 一家の中に買いそろえるべき家財も増えた現代では、一夫多妻生活も楽ではないので、最近の若い人は一夫一婦の暮らしを選ぶ人も多くなり「妻が一人だけでは肩身が狭い」という風潮も薄れてきたのだと、これはイスラム圏の留学生から聞いた話。
 ヒマラヤ山脈近辺の山岳地帯では一妻多夫の社会もあります。 妻は家を守り、夫は交代で出稼ぎに出る家庭が多い。夫にとっては妻が生んだ子は分け隔てなくみな我が子。

 「自分たちの文化や社会制度の尺度で、世界の多様な社会について価値判断を決めつけてはいけない」ということを、日本語教師志望者に教え込む。欧米の文化は進んでいるけれど、アフリカの文化は遅れている、あるいは先進文化と野蛮な文化がある、というような受け止め方をするのは、異文化理解を前提とすべき日本語教師の態度ではありません。
 異文化に対するときに、どの文化も等しく尊重すべきであるということは、日本語教師にとって、もっとも必要な態度です。

 自分たちにとって常識と思うことでも、他の文化ではタブーであったり、自分たちが嫌っていることでも、他の文化にとっては当然の行動であったりすることを理解しつつ、日本語教師になりたい人は、言葉の勉強と文化の勉強をしていかなくてはならないことを学生に教えます。

<つづく>