「笑いを発酵させる大阪」「笑いを消費する東京」・・・いつの頃か、そう思う様になった。
東京の「お笑い番組」を見ていると、「本芸」をやらせる番組が少ない。「レーザーラモンHG」があれだけ、東京でブームになるのかが良く分からない。大阪では多分、終わりを告げていると思うのだが。
「あるある探検隊」の二人も、本当の漫才をやらせれば、それなりに伸びていくと思う。しかし、「東京」(或いは、東京発の全国ネットの番組)では、それは許されない。短い時間で、視聴者が飽きない様に、番組作りをする。芸人は全くの「消費財」である。つまり、「笑いという芸」を見る視聴者の「目」も無い。ちゃとした「芸」を見ても、その面白さが分からないし、ちゃんとした「芸」を見せる劇場も無い。
吉本興業の強いのは、劇場を持っている事。芸人は「生の客・・・特に大阪の、お笑いには厳しい客」に育てられている。
もう一つは、「テレビ」というメディアそのものが「タレント」を消費するもので、ここが「ラジオ」との違いだと思う。視聴者が「想像力」を持てるのが「ラジオ」。だって、音しか無いのだから。「テレビ視聴」に、「想像力」は必要ない。「画像で分かりやすく噛み砕いて見せてやればいい」からである。
だが、視聴者も、今、その「想像力」を持てないという「テレビ」媒体に気付き始めている。
「ゲーム」に関して、僕は全く興味が無いのだが、やがて日本人の多くも、「ゲーム
」から興味を無くすのではないかと思う。そうあって欲しい。
先日、会社の後輩と話していた時、「中田ダイマル・ラケット」「Wヤング(旧)」は面白かったよねという話になった。どちらも、「しゃべくり漫才」である。つまり、言葉のやりとり「、「突っこみ」と「ボケ」で勝負するのである。一瞬の間が客を笑わせるか、白けさせるかを決める「一発勝負」である。この二組の漫才は同じネタを何度聞いても面白い。
それが「芸」というものでは無いだろうか。