あの東日本大震災から5年が経過しようとしています。
被害に遭われた皆様に、改めて お見舞い申し上げます。
今回の被災地復興にあたっては、100年先1000年先の子孫が
同じ悲しみに遭わないような、現代の遺産としての町づくりになる
ことを願って已みません。
今回掲載の写真は、前回掲載の河津桜と同じ日に撮った
東京湾入口にあたる三浦海岸の海景色です。
向いには千葉県房総半島が直ぐ近くにみえます。
この東京湾に津波が押し寄せたとき、この狭い湾で増幅された
波が東京に向かって一気に襲い掛かると言われています。
この海岸線もひとたまりもありません。
明日に起きるかも知れません、
100年先かも知れません
きっと事が起きるまで対策の立てようが無いのでしょう。
古代から自然災害に晒されてきた日本。
そんな自然現象が日本の風土を育んできたのかも知れません。
自然現象とは言え、先人の遺言を生かし切れない日本。
一見平和そうで波乱を秘める現代日本。
しかし私は、この地で生きて行くことを決めています。
(やっほ)
§1 何となく見覚えがある。
48年前に海水浴に来たこと。
その時以来の懐かしい風景。
一気に蘇った当時の思い出。
§2 こんな馬の光景はなかった。
今思えば、レトロな夏の水着姿が眩かったなぁ!
§3 48年後の春の海は眩い
§4 渚に向かう二人
§5 空と海と砂浜と
§6 春の渚にて
§7 考える人
§8 時間も忘れ
§9 軌跡
津波でお亡くなりになられた方は、bikoさんおっしゃるように、
結果としてはそうなのかもしれませんが、突然襲われた無念さは
我々には計り知れないものがあったのでしょうね。
それは明日であるかもしれません。
でも、津波で亡くなるっていうのは、ある意味、母親の羊水に戻ることかもしれないと思ったりもします。こんなことを言うと、不謹慎かもしれませんが・・・。
やっほさんは、お小さい頃は羊水のような海で遊ばれていたのですね。(^^)
生まれは海女の郷です。
なので、あまり海の見える場所に住むって事には拘りが無いです。
むしろ山里のほうに憧れます。
長野方面はよく行きました。大好きです。
筑波方面も好きですよ。
今の住まいは海は近からず遠からずってところです。
大変失礼しました、申しわけありません。
電柱が多いのは日本の良い?ところです。
ポールの陰に人ですか?わたしには見えない事になっています 笑
じっと海を眺めていると、詩人や哲学者なんてそんな高尚な事ではなく、
自然と夢想してしまいますね。
海の音と風と匂いは幼き頃の故郷のものと全く同じです。
母親のお腹の中と共通したものがあるのかも知れないですね。
でも、自然は、恵ももたらすけど、災害も。
お住まいは、海の近くなのでしょうか?
海の見える場所に住める、いいなぁ。
でも、地元主体でじっくり計画立てて将来を見据えた復興をして頂きたいですね。
津の海岸って良く海坊主が出て溺れる人が多いって聞いたことがありましたが、
今生きていらっしゃるということは大丈夫だったんですね。
最後の泳ぎがハワイじゃ、ロマンチックな海の思い出が一生残りますね。
心の海にワイキキが見えるっていいですね~
見張り役が良く気を付けて見ていてくれましたね。
迅速に助け出されて良かった!
海はトラウマでも、海産物はお好きなんでしょうね、きっと。
わたしは海育ち海女の郷に育ったので、泳ぎも潜りも得意です。
アワビは採るとその場で生のままかじって食べました。
ウニなどは沢山いたので見向きもしませんでしたね。
それにウニの棘を足に刺したりして2・3日すると自然に
抜けては来るのですが、その間痛かったです。
あれから5年経つのですね、早いものですね。
まだまだ復興には程遠い現実
明日はわが身かもわかりませんね、
津の海岸によく泳ぎに行きました、幼かった頃は
親に連れられ大きくなったときは友達と夕方の海に
泳ぎに出かけた記憶があります、
最後に泳いだのはハワイの海でした。
もう海を眺める事もなくなりました。
「脇見運転注意」の棒の陰に人が隠れてる。
この人何してるのかと妙なことが気にかかる。(悪
趣味?ですね)
NO.3 じっと海を眺めて何思う?
海は人を詩人にするか、哲学者にする。
あなたはどちらになったのかしら?
海はいいね。広くて大きい。
ここに津波が押し寄せることがありませんように。
私は海のないところで育ちました。
小学生の頃は学校で列車に乗って行く”海水浴”という行事がありました。
今のようにのどかに見ることはなかったです。
おまけに4年生の時、高波にさらわれて溺れました。
気が付いたら誰かに馬乗りになられて、人工呼吸をされていたのです。
それから水が怖くて、未だに泳げない私です。
海は見るに限ります。泳ぐところではない←確信(笑)
災害は忘れたころにやってくる・・といわれます。
こんな歳なってしまい、その時は災害を甘受しようと思っている私です。