goo blog サービス終了のお知らせ 

志情(しなさき)の海へ

かなたとこなた、どこにいてもつながりあう21世紀!世界は劇場、この島も心も劇場!貴方も私も劇場の主人公!

図書館で比嘉豊光、宮城公子、目取真俊の鼎談を最初から終わりまで読んだ!切実感、パッションの行方!

2015-01-08 23:03:48 | 沖縄の過去・現在・未来

     (江戸上りの華、楽童子です!若衆の美ですね!本文の中身と関係ありません。外交として慶賀使・謝恩使が江戸に向かった。100人ほどが1年がかりである。平和外交だったと言えるのだろうか?「劇場国家琉球」だった。儀礼儀式・芸能が重要な機能を持っていた。)

現実の行方は、アクションの在り様と関係しているのは事実だろう。戦後70年、様々な仕掛け、捉え返しがなされていくに違いない。当事者であること、戦後70年を迎えたわけだが、恩師の米須興文先生は、戦後沖縄の戦争は終わっていない、と言い切った。戦争は遠いかなたにあるのだろうか?そうではないはずだ。

戦争を記録すること、戦争経験を継承していくこと、いずれも大切だ。70年前に現にこの沖縄で起こった地上戦の残酷さは、これでもか、と実証や証言が形になっている。戦争の表象もまた、戦後沖縄の文芸作品のほとんどが戦争を多かれすくなかれ、無意識にも意識的にも書かざるを得なかったのは戦後沖縄の歴史が戦争の影をずっと引きずっている事実ゆえでもある。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸、アフガン、イラク、シリア、そして東南アジアのインドネシアやミャンマー、ラオス、カンボジアにしても、決して遠い戦争ではなかったはずだ。戦争の世紀=20世紀から永久テロ戦争の21世紀に入ったような空気の中にわたしたちは生存している。生存させられているのかもしれない。

そして変わらぬ米軍基地が居座り続ける。琉球弧の全空域が米軍の演習場でありつづける。そして辺野古である。選挙で民意は示された。しかし、日本政府の対応は鞭である。いじましいほどの稚拙な対応で予算いびりが始まっている。国の舵取りをする者たちが、沖縄の民意を代表する知事を無視するのが現実で、翁長さんはそれらのすべてを事実として世界に表示している。ありのままに、媚びることもなく、140万県民の代表として知事は真摯に向き合っている。それを煙たがる日本の頭脳の中枢の姿は醜い!あたりまえの知事のスタンスを応援したい。過剰な基地負担、富を生み出さない基地だということは実証されている。癌でしかない基地の存在が明らかにされ、それが日米安保の担保にされているのだ。もうこれ以上、沖縄の島々を汚さないでほしいと沖縄の人々は訴えている。その自然の思いを翁長知事は受け止めて行動している。≪沖縄自民党は沖縄の一般民衆のための政党になってほしい。あなたがたは民意を踏みにじるのですか?基地との共存は、すばらしい未来でしょうか?翁長さんはミハイル・ゴルバチョフ(ノーベル賞受賞者)と心が通じ合える地点に立っている。仲里さんもそうだね。彼は見えてきたのですよ。欺瞞がー。この小さい沖縄が世界の注目になっています!人類の福利と安寧のための島になるのですよ!≫

敵対国をつくって対峙する未来に豊かさはありえない。中国や近隣諸国と友好な関係を築いていく先に未来は微笑んでいる。それを翁長さんは実践しているにすぎない。沖縄の民意もそこにある。そんなに米軍基地が必要ならば安部総理の故郷に移設してほしい。

3人の鼎談だが、日々カヌー隊として辺野古の海で闘っている小説家の目取真さんのことばが圧倒的な中身に思えた。現場で生身に闘う行為に返すことばはない。比嘉豊光さんは貴族的にさえ見え、宮城さんは御嬢さんに見えた。人の「パッション」「パトス」(受苦)は、想像(希望)を生み出す。それはどの場にいようと起こり得る。沖縄タイムスの新年号特集は、足元を掘る、つまり沖縄の歴史や文化の根(感性・知性・実践)から発信していくのだという強烈なメッセージが伝わってきた。それはきっといいレスをもたらすに違いないね。

伊波普猷が一面で登場は久々に、感銘深い。帝国主義が終わらない限り、真に私達に(沖縄の住民に)解放はないのかもしれないのだからー。それは日本やアメリカとて同じだろう。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。